江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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感情のある生き物

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 ・貞吉三年(1545年) 五月 安芸国高田郡 吉田郡山城  毛利元就


 ふぅむ……。
 さすがは立原佐渡守(立原幸隆)。あれほどに揺さぶられてもなお崩れぬ。
 だが、さすがと言うのならばやはりさすがは六角軍だ。兵一人一人の強さが段違いだ。

 それに、あれだ。

 ”ダダダダーン”

 あれが噂の『天竺筒』か。
 左衛門尉(桂元澄)の申した通り、良く当たる。あれと戦をせねばならぬと思うとぞっとするな。
 いかに鉄砲の威力が高くとも、当たらなければどうということは無い。だが、あれほど数が揃えばどうあっても被害が出る。
 しかも狙いが良く当てやすいとなると、戦う相手はなにがしかの対策が必要になる。
 ……が、目下のところどう対策すれば良いのか皆目見当もつかん。

 やはり朝倉宗哲(景紀)のやったように、騎馬の脚を利して一息に距離を詰めるしかないか。
 朝倉の突撃は鉄砲の前に散ったと聞くが、兵数が充分であれば打ち破ることが出来たであろうとも言われている。

 ……いや、周到な六角公方(六角定頼)のことだ。
 その点にも何らかの対策を打っていると思った方が良いか。

 ううむ……儂が立原なら、どうするかのぅ。

「殿、こちらでしたか」
「おう、左衛門尉か。お主の申した通りであったな」
「六角の鉄砲にございますか?」
「うむ。博多の商人から『南蛮筒』を買い求めて試してみたが、あれほどには当たらなんだ。六角の鉄砲には天竺渡りの技が使われているという噂だが、やはり南蛮よりも天竺の方がそういった工夫には優れているのだろうなぁ」

 再び鉄砲の発射音が響く。さすがの立原もたまらずに兵を退いたか。
 とは言え、立原も元より一息に郡山城を攻め落とせるとは思っておるまい。緒戦は亀井を退かせれば充分。本命は後から来る修理大夫(尼子詮久)の本陣という所だろう。

「そう言えば、尼子が陶に応援を求めたというのは真か?」
「まだ裏は取れておりませぬが、そういう噂が流れているそうにございます。世鬼の者どもを確認に向かわせましたが、いかんせん我らも籠城の為に不自由になっておりますれば……」
「ふむ……陶と尼子が手を組むとなると、我らも気を引き締めてかからねばならんな」
「左様ですな」

 まあ、あり得ることではあるな。
『敵の敵は味方』とは、五郎殿(陶隆房)の好むいかにも単純で分かりやすい構図だ。
 真ならば、御屋形様(大内義隆)の戦も幾分かは楽になろう。

 ま、陶までもこの戦に絡むとなれば、六角公方もいよいよ重い腰を上げざるを得まい。
 それに、陶と尼子を一気に打ち破れれば、我らの懸念も随分と減る。陶が尼子に味方するのならば、むしろ好都合かもしれぬ。

「……殿、そろそろ我らも参りませんと」
「おう。そうだな。後は間近で見させてもらうとしよう」

 儂の要請に応じ、六角弾正殿(六角賢頼)から海北殿の率いる軍勢を遣わして頂けた。
 海北善右衛門と言えば、隠れもせぬ六角六人衆の副将格だ。
 まあ、出来れば噂に名高い今藤太(蒲生定秀)の戦ぶりを見てみたかったが、それはまたの機会もあろう。

 物見櫓から広間に下りると、太郎(毛利隆元)や次郎(吉川元春)らが既に用意万端整えていた。

「父上! 遅うございますぞ! このままでは戦が終わってしまいます!」
「次郎、そう焦るな。六角が尼子を追い払ってくれるのならば願ったりではないか」
「なんと情けない! それでは我が毛利が六角に侮られましょう! 『安芸に毛利在り』と六角に知らしめるは今この時をおいて他に……」
「ええい、耳元で怒鳴るな。そもそも我ら毛利は独力で尼子を追い払えぬから六角に後詰を頼んだのだぞ。それが元気いっぱい押し出してどうする」
「そもそもそれが気に入らぬのです! お下知を頂ければ亀井の首如きはこの元春が立ちどころに……」

 ああ、もう。うるさい。
 それではいかぬと何度申せば分かるのだ。

「こちらは六角の後ろについているだけで良い。噂に名高い六角の戦ぶりを存分に見聞せよ」
「次郎。父上のお下知に背いてはならんぞ」

 太郎はさすがによくわかっているようだが、次郎はぶすっとしている。
 まったく、若さゆえであろうがもう少し視野を広く持ってもらいたいものだ。

 ……それに、太郎もな。
『父上のお下知』ではなく己が儂を引っ張るくらいの気概が欲しい所だ。毛利の当主としてはやや頼りないと言うべきか。

 ……まあいい。

「よいな、次郎」
「……はい」
「改めて言うぞ。決して逸るな」
「決して逸りませぬ」
「抜け駆けをするな」
「抜け駆けを致しませぬ」
「働きすぎるな」
「……働きすぎませぬ」

 ……大丈夫であろうか。
 まあ、ここまで来たら連れてゆかぬわけには行かぬか。

「では、皆の者。此度は働くぞ!」
「おおう!」



 ・貞吉三年(1545年) 五月  摂津国東成郡 大坂城  六角定頼


「随分と形になってきたな」
「恐れ入ります。城としては今少し備えも必要ですし、未だ普請は半ばというところではありますが……」
「いや、縄張りをしてから一年余りの間にここまで普請が進んだのはお主らの功だ。よくやってくれた」

 普請組奉行の永原重興が嬉しそうに笑う。
 本願寺の跡地を利用した大坂城はある程度形になった。とはいえ、秀吉が築いた大坂城とはやや趣が違っている。

 秀吉の大坂城は天下人の本拠地として整備されたため、その城郭は威容を誇示するために巨大で華麗な物だった。
 俺の大坂城は縄張りこそ秀吉に負けない広大な敷地を敷いてあるが、その多くは備蓄蔵であり市立ての為の街区であり、さらには水運の為の堀を縦横に通してある。
 城というよりも町そのものに近いな。

 そもそも大坂城は物資の集積拠点として整備したこともあり、建築よりも淀川や各種水系の土木工事の方がメインになっている。
 近江の治水や逢坂峠・日ノ岡峠の道普請など普請組も多くの土木工事を経験し、今では土木のエキスパートになっている。

 峠道には『車道』という工法を使い、牛車の往復を容易にしている。
 車道とは山道を切り開いて石畳を敷き、大八車専用の道路を通す物で、言わば高速道路の役目を果たす。
 江戸時代には既に実用化されていたからこの時代でも可能かと思って試してみたが、これがまあ手間のかかることかかること。
 だが、その車道のおかげで琵琶湖から京への物資の搬入は相当に改善された。雨が降ってもぬかるむことも無く、牛や馬の歩行を妨げない。

 そして、車道が完成したことで琵琶湖と淀川を繋ぐ経路が万全になった為、大坂城の物流拠点としての重要性も増した。
 堺の商人らも次々に大坂に出店を構えている。無論、堀端の一等地は千宗易や津田・今井らが取った。本願寺門徒の説得には彼らも良く働いてくれたから、それくらいの利権はむしろ当然だ。
 これから彼らを中心にして大坂は繁華な町になってゆくだろう。

「大坂の普請が終われば、次は平野川や大和川の治水もせねばならん。仕事は多いが、これからも頼むぞ」
「はい。幸い、本願寺門徒達も仕事にありつけたことで不満は徐々に収まりつつあります。ですが……」

 永原が少し言いにくそうにした時、離れた所で騒動があった。

「ちょっと、失礼します」

 永原と共に随伴していた丹羽長政が慌てて騒ぎの方へ駆けつける。
 何事だろうか?

「法華門徒です。本願寺と法華宗の講和は成ったとはいえ、やはり門徒の端々には未だに敵対感情があるようで……」
「そうか……」

 ……やむを得んか。
 元々は畿内を舞台に血みどろの抗争を繰り広げた間柄だ。
 宗門としては講和しても、個人の感情まではどうにもならん。

「上手く使えているのか?」
「組分けには宗門にも配慮するようにはしていますが、元々気性の荒い者も多く……あれでも、近頃では随分とマシにはなってきているのです。銭を持つようになって食うことはできるようになっていますから」
「そうか。苦労をかけるな」
「いえ。これが我らの役目ですから」

 どんな仕組みを敷いたとしても感情だけは如何ともしがたい。
 考えてみれば、毛利と尼子がここまでこじれたのも元は感情論だ。

 史実では毛利と尼子は宿命のライバルだったが、この世界ではまだそれほど派手にやり合っているわけでは無かった。
 鈴に話を聞くまでは妥協の余地はあるはずと思っていたんだが、少々甘かったのかもしれん。

 ……いや、そもそも尼子をなあなあのまま取り込もうとしたことが失敗だったな。
 その為に賢頼にも苦労をさせた。
 やはり、六角と尼子は一度しっかりとやり合う必要があったのかもな。

 まったく、父親の尻を息子に拭かせていては世話はない。

「引き続き、よろしく頼む。彼らが自然に馴染めるようにしてやってくれ。その為なら酒や女、芝居や祭などの娯楽は積極的に与えろ」
「はい」



 ・貞吉三年(1545年)  五月  伊予国越智郡 霊仙山城  蒲生定秀


「お奉行様! 何故道後出陣を取りやめられます! 兵達は出陣のお下知を今や遅しと待っておるのですぞ!」

 軍議の場で六番組の高野瀬小次郎(秀頼)が不満を漏らす。同じような仏頂面が二人ほどか。
 やはり説明はせねばならんが、どう説明した物か……。

「御本所様(六角賢頼)が尼子と戦を始められた」
「それは承っております。ですが、河野も既に宇都宮と戦を始めておるのですぞ。今我らが手を引けば、河野は見殺しになってしまいます」
「無論、見殺しにはせぬ。宗三郎殿(河野通宣)には一旦越智郡へ退いて頂き、後日改めて道後の奪回を行いたいと文を送る」
「何故、それほどまでに出陣を厭われます?」
「……勘だ」

 場にざわめきが起きる。
 まあ、これほどの重大事の根拠が勘では納得もいかぬだろうな。

「お奉行様は、御本所様や海北殿が尼子に敗れると思し召しで?」
「そうは思わん。我ら南軍が抜けたとはいえ、御本所様には播磨や備前の兵も居る。兵力において尼子に後れを取ることはないだろう」
「では、一体何故……?」
「敗れることは無くとも、手こずることはあるかもしれん。そして、この戦、時がかかってはまずい」
「いずこかより尼子の後詰がある……と?」
「かもしれぬ。それこそ、儂の勘に過ぎん。だが、今我らが宇都宮との戦に掛かりきりになるのはいささかまずい気がしてならぬのだ」

 皆が一様に沈黙する。
 戦においては、こうした勘が不思議に命を救う場合も往々にしてある。組頭達もそれを重々理解しているのだろう。
 儂の勘は、今ここで宇都宮と戦うべきではないと告げている。

「右衛門大夫殿(村上通康)には儂から話そう。ともかく、今は宇都宮との戦を控え、越智郡を防衛することに専念する。良いな」
「……ハッ」


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