江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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我慢比べ

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 ・貞吉三年(1545年) 六月  美作国真島郡勝山  宇喜多直家


 勝山に上って大山連峰に目を向けると、山々のそこかしこに尼子の旗が見える。
 この大山全体が尼子の要塞のような物だ。

 昨日の軍議では一戦して山根城を落とすべしと進言したが、容れられなかった。
 藤兵衛殿(小寺政職)の反対もあったが、やはり朽木殿(朽木貞綱)が反対されたことが大きかった。

 真木山、寺畑山、茶臼山……
 各所にはとりあえず逆茂木と幔幕を張り、高田城の後詰体勢を整えてある。
 高田城は旭川を天然の堀とした要害の城だが、唯一の弱点は後方に回られたら弱いことだ。しかし、これだけ重厚な陣を張れば、たとえ尼子勢が川を迂回して来ようとも我らの後詰によって挟撃されるだけに終わるだろう。

 防備は万全。
 だが、問題はどうやって攻め進むか、だな。

 再び大山の方に視線を向けると、尼子の旗が嫌でも目に入る。
 あれは要害山城か。

 ……厄介だな。

 まともに進めば相当に時がかかる。かといって兵力差を活かすにはあまりに地形が険しい。
 山根城を落とせば状況も変わると思ったが、やはり兵衛殿や朽木殿の申される通りか。力押しで進めば、こちらも相当な犠牲を覚悟せねばならん。

 しかし、だからと言っていつまでもここで睨み合っているわけにはいかん。美作は海から遠く、兵糧を運ぶのも骨が折れる。
 伴伝次郎が兵糧を運ぶ牛馬を手配してくれているとはいえ、それでも戦が長引けば兵糧が心細くなってくる。
どうしたものか……

「八郎(宇喜多直家)。各所の陣の様子はどうだ?」
「これは御本所様(六角賢頼)。ご覧のように防備は万全です。ですが……」
「いかにして進むか、か?」
「はい。藤兵衛殿(小寺政職)の仰った通り、某はいささか大山連峰を甘く見ておったのやもしれませぬ」

 御本所様が騎乗したまま大山に目を転じた。
 ここからは見えぬが、大山の東側には羽衣石城を始め尼子方の諸城が未だ健在のはずだ。真っすぐに出雲を目指せば、伯耆の尼子勢に背後を突かれることにもなる。
 何か妙案はないものか。

「気負い過ぎるな」
「は?」
「短兵急に事を為そうとすれば足元を掬われる。それに、いかに有利な戦でも一度の敗戦によって形勢は簡単に変わる物だ。かつて、俺はそのことを嫌というほど思い知った。
 焦らず、じっくりと攻めてゆけば良い」
「……しかし、それでは御本所様の武名が」
「ははは。俺は父上とは違う。一歩一歩地を這いながら進んでゆくのが俺のやり方だ。お主もそう心得ておくが良い」

 主君に気を使わせるとはなんと情けない。
 だが、御本所様がこのように仰せであるからには、やはり東伯方面への手当てをしつつ、一つずつ砦を攻略してゆくのが常道か。

「……しかし、あれだけの城塞郡に米を運び込むのはさぞや難儀しただろうな」
「左様ですな。川船も使えませんし、牛馬の背に載せて運べる量は限られます。元々は尼子が美作を攻める際に構築したものだそうですが……」

 ……待てよ。
 確かにあれだけの城塞郡に兵糧を補給することは簡単な事ではない。
 つまり、敵の備蓄は決して長くは保たないはず。

「御本所様。今少し山中に物見を出してもようございましょうか」
「構わん。多羅尾に言って甲賀の物見を出させる。甲賀衆は山中の物見に慣れた者達ばかりだ」
「ありがとうございます」

 時間をかけて進むのならば、その時間を使って尼子を苦しめることができるかもしれん。

 尼子兵糧の補給が万全ではない……。



 ・貞吉三年(1545年) 六月  美作国真島郡 山根城  尼子誠久


「何? 六角が新たに砦を構築していると?」
「ハッ! 真木山や寺畑山の陣から普請の槌音が聞こえております。高田城を核としてこちらと睨み合う姿勢かと」

 ううむ。
 山根城に攻めかかって来れば話は簡単なのだが、やはりそう上手くはいかぬか。
 いかに砦を増やしたところでこちらの備えを破れるとは思わぬが、さりとてこのまま見過ごせばこちらも高田城に手出しができなくなる。

 長期戦になるか……。
 備後・美作への進軍に備えて兵糧は備蓄してあるとはいえ、あまりに対陣が長引くと心細くなってくるな。

「月山富田城に使いを出せ。長期戦の構え故、兵糧を頂きたし、と。儂はこれからその砦とやらにひと当てしてみよう。普請に取りかかった所であれば、まだ十分な備えは出来ていまい」
「しかし、正面から高田城に当たってはこちらも被害が大きくなりましょう」
「……山中を迂回して真木山の陣を攻める。真木山はここから見て高田城の奥地にある。敵もまさか一番遠くの砦に奇襲を受けるとは思っておるまい」

 とはいえ、こちらも様子見にしかならんか。
 たとえ真木山をこちらが占拠したところで、大山の砦からは少し遠い。逆襲を受けても後詰を出すのは厳しいな。

 いや、待てよ。
 真木山は備後方面への備えだ。真木山を奪い、そのまま松山城まで進む構えを見せれば六角は南を無視できなくなる。
 こちらの狙いは御屋形様との合流、備後・伯耆から挟撃の構えとなれば弾正の軍を追い散らすことも可能だ。少なくとも、敵にそう思わせることはできるかもしれぬ。

 大山にも備えを残すとして、連れてゆける兵は多くても二千か。いや、奇襲ならば五百で充分だ。
 よし、六角の鼻面を引っかきまわしてやるとするか。




 ・貞吉三年(1545年)  六月  美作国真島郡 飯山城  宇喜多直家


 夜襲の声に跳ね起きると、既に城内が慌ただしい空気に包まれている。
 式部少輔(尼子誠久)め、早速に動いて来たか。

 急いで広間に向かうと、既に御本所様は広間に座っておられた。
 他には数名の近習、それに池田伊予守殿(池田景雄)か。

「遅くなって申し訳ありません」
「構わぬ。俺はたまたま起きていただけだ。それより、状況は?」
「物見の報告を待っております。真木山の普請場を狙ったとのことですが、備後方面から敵の後詰が来るとなれば、こちらもある程度の兵を真木山に向かわせる必要がありましょう」

 広間の奥に畳んである絵図面を改めて取り出す。
 かがり火の明かりではやはり少々心許ないな。

 絵図面を広げ、碁石を並べている間に城外に陣を張っていた諸将が続々と城内に駆け付ける音がする。
 小寺藤兵衛殿(小寺政職)が真っ先に入って来た。その後ろからは赤松左京大夫殿(赤松政祐)、別所大蔵殿(別所就治)と続く。

 甲賀衆は……多羅尾殿はまだ来ておられぬか。

「夜襲と聞き及び、慌てて駆け付けて参った」
「ご苦労。今物見の報告を待っているが、真木山の陣が敵襲を受けたそうだ」
「真木山……?」

 皆が一様に怪訝な顔をする。
 大山方面に陣取る尼子勢が攻めて来るならば、第一に寺畑山、第二に茶臼山を狙うのが常道。真木山では、奪ったところで何にもならん。

 だが……

「今絵図面を用意したところです。こちらをご覧ください」

 儂の声に合わせて皆の視線が絵図面に向かう。お互いの陣に碁石を置いて行くが、未だ皆の顔は晴れない。

「ご覧の通り、彼我の陣において敵が真木山を獲るは自ずから孤立するようなもの。下策と申せませしょう。
 ですが、備後から修理大夫(尼子詮久)の後詰がこちらに来るとすれば……」

 備後に置いた黒石の配置を見て一座が騒然となる。
 そう。尼子から見れば、安芸に抑えを置いて全力でこちらの本陣を落としに来る構えとも見える。

「大山連峰は天然の要害ですが、ここを抜かれれば月山富田城は目と鼻の先となることも事実。富田城の最終防衛線たる尼子十旗の城も備後から石見に向けて構築されております。
 つまり、尼子の目から見て我らの動きは相当な脅威に映ったとしても不思議ではない」

「い、いかん! 一刻も早く真木山を救援に行かねば!」
「落ち着いて下され。只今甲賀衆の物見を出しております。式部少輔の狙いが修理大夫との合流ならば、真木山を確保するための兵を準備させているはず……」

「失礼します!」

 ちょうど甲賀衆が広間に入って来た。
 御本所様に視線を向けると、大きく頷いて声を掛けられた。

「構わん。物見の状況をそのまま申せ」
「ハッ! 真木山に現れた敵の奇襲部隊は一千に満たぬ数です」
「備後方面からの敵勢は見えますか?」
「いいえ。暗闇の中ですが、今のところ後続の松明などは確認できません」

 続いて甲賀者がもう一人。こちらは山根城を張らせていた者達だな。

「申し上げます! 山根城からは後続の出る気配は見えず! 城内のかがり火も常と変わりません」
「飯を炊いている様子は?」
「ありません! 山中へ向けて百本ほどの松明が出た後は鎮まりかえっております!」

 やはり、ハッタリか。
 式部少輔には元々真木山を占領する意図は無い。ただの様子見であり嫌がらせだ。

「御本所様。やはり式部少輔は修理大夫と連携する意図は無いように思われます。真木山への救援は周囲の陣から一千の兵を送り、併せて山根城へ逆襲をかけてはいかがでしょうか」
「うむ。他に意見はあるか?」

 皆が顔を見合わせるが、特に反対意見も出ない。

「よし、夜明けと共に山根城へ兵を出す。先陣は小寺、別所勢を充てる。高田城の三浦下野守(三浦貞久)へは使者を遣わせ、軍勢が動くことを通達せよ」
「ハッ!」

 この一戦で山根城を落とせれば良し。
 例え落とせずとも、山根城に敵影ありと聞けば式部少輔は泡を食って真木山から撤退するはずだ。

 そちらが嫌がらせをするのならば、こちらも徹底的にそちらの嫌がることをしてやる。
 どちらの兵糧が先に切れるか、我慢比べといこうじゃないか。

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