江雲記―六角定頼に転生した舐めプ男の生涯―

藤瀬 慶久

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西国戦線異状有り

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 ・貞吉三年(1545年) 六月  備後国三谿郡 高杉城  毛利元就


「いやあ、右馬頭殿(毛利元就)。ご子息のお働きは見事ですな」
「は……いえ、恐れ入りまする」

 海北殿(海北綱親)が上機嫌で儂の肩に手をやった。
 次郎(吉川元春)め。あれほど働きすぎるなと申したのに、海北殿に目をかけられて嬉々として山中の戦に出かけおって。
 おかげで我らも前線に出張ることになってしまったではないか。

 そもそも立原があれほどあっさりと退くとは思わなんだ。
 亀井を退かせた後、決戦を避けつつ小競り合いを繰り返しながら陣を下げ、気がつけば赤穴城まで撤退してしまった。
 今も山中にて小部隊の小競り合いを繰り返している。

 おまけに修理大夫(尼子詮久)が石見勢を率いて都賀に陣を張り、砦を築いているという。
 これではとても早期の決戦を期しているとは言い難い。むしろ尼子の狙いは我らが根負けして兵を退くことにあるようではないか。

 だが、最も不可解なのは陶だ。
 尼子と手を組んだらしいという話は聞こえてくるが、その割に軍勢は周防から動いておらぬ。尼子に合力して六角と戦うならば、軍勢を安芸に向けるはず。
 儂の知る五郎殿(陶隆房)は今少し分かりやすい御仁だったはずだが……。

「参られました!」

 近習の声が響くと皆が雑談を止め、儂を含めて床几に座っていた諸将が全員立ち上がる。
 やがてゆっくりとした足取りで鎮守府大将軍六角定頼その人が上座へと座った。
 あれが噂に聞く『桶側二枚胴』という具足だな。通常の鎧と違い、胴丸部分は小札では無く細長い一枚ものの鉄で作ってある。それを紐で繋ぎ合わせて一体とし、背中にも同じような拵えがしてある。
 随分と頑丈そうな具足だ。

「ご苦労だな。皆、座ってくれ」

 その声と共に諸将が一礼して再び床几に腰かける。

 これが六角定頼公か。
 聞いていたよりも随分と顔つきが優しい男だな。今も諸将を見る目には労わるような色がある。
 だが、その目には同時にこちらの背筋を伸ばさせるような威圧感もある。
 年老いて丸くなったという噂だが、なかなかどうして、やはり数々の強敵を葬って天下を取ったその迫力は健在という所か。

「右馬頭(毛利元就)だな」
「ハッ!」
「此度の戦ではご子息が随分と働いてくれていると聞いている。安芸に毛利が居ること、頼もしく思うぞ」
「……ハハ! こちらこそ我らの救援要請に応じて下さったこと、心より感謝申し上げます」

 まあ、結果良ければ次郎の働きも無駄ではないか。

「では、軍議を始めようか」



 ・貞吉三年(1545年) 六月  備後国三谿郡 高杉城  六角定頼


「……斯様に尼子は一旦兵を退き、赤穴城を厳しく守っております。山中ではこちらの兵も思うように動けず、また敵の出方も不明なため、一旦はここで陣を構築しております」
「敵の数は?」
「石見からの増援も加えて三万と号しておりますが、実数は一万五千を少し超える程度かと」

 一万五千か……。
 対してこちらは海北の北軍一万に備中・備後・安芸の軍勢を加えて実数で三万近い。
 まともにやれば負ける戦ではないな。

 しかし引っかかる。尼子は何故動かん。
 無論、勝つ確率を少しでも上げる為だろうが、今のままでは尼子の勝ち筋が見えてこない。

 赤穴城まで撤退と気軽に言うが、赤穴城は尼子十旗の中でも備後方面からの最終防衛線だ。
 いくら勝ち目が薄いからと言って、最終防衛線まで下がって守るなんざ愚の骨頂だ。万に一つ突破されれば、その瞬間に出雲本国が危険に晒される。
 こちらの兵糧切れを狙うのならばまずはこの高杉城辺りで大掛かりな戦があってしかるべきだが、海北綱親の話ではこの高杉城も守る兵は僅かだったと言う。

 ならば、尼子の狙いは兵糧切れでは無く援軍の到着を待っているということになる。

 ……陶か?
 俺達をここに引き付け、都濃郡から安芸に向かって進軍して挟撃の体勢を取る。
 だが、その為には陶の軍勢だけでは物足りん。こちらは佐東銀山城に抑えの兵を三千は残して来た。陶が動員できる兵はどれだけ多く見積もっても一万。
 大内と正面から取っ組み合いをしている以上、長門を放置して全兵力を安芸に振り分けるわけには行かないはずだ。とすれば、陶の援軍はとても当てになる物じゃない。

「尼子は山中に砦をいくつか築いていると言ったな」
「はい。逆茂木と木塀だけの簡素な備えでさほど厳重な物はありませんが、既に十を超える砦を山中に構築していると物見から報せて参りました」

 やはり尼子は山中での防衛は考えていない。
 簡素な砦と言うことは、ゲリラ戦の拠点ということだ。そこを防衛線にするつもりは無く、あくまでも防御の要は赤穴城に置いている。山中の砦は言わば物見台だ。

 仮に尼子の後詰が陶だけでは無いとしたら、どうだ?
 安芸を抜いてこちらの背後を突けるだけの軍勢……そう、少なくとも安芸攻めに一万は動員できる勢力……。

 そう言えば、陶は大友の支援を受けて独立した。加えて、大友は尼子とも共闘した過去がある。
 大友は今のところこちらに反抗する姿勢を見せてはいないが……嫌な予感がするな。

「このままでは埒が明かんな。山中でいくら小戦を繰り返しても決定打にはならん。この際、高杉城には抑えの兵を残して一旦陶を攻めるか」
「しかし、尼子が南下して来れば高杉城だけで支えるのは至難となりますが……」
「そこはやり様だ。久助(滝川一益)」
「ハッ!」
「鉄砲衆を全て高杉城の守りに投じれば、尼子の軍勢一万五千をどの程度支えられる?」
「左様……江の川に柵と逆茂木を回して敵の渡河を防ぎつつ鉄砲で牽制すれば、ひと月ほどは持ち堪えられましょう。ただし、鉄砲以外にも槍・弓・足軽等で二千ほどは頂きとうござる」
「いいだろう。ひと月あれば、例え予想外の事態が起こっても対策を打てる」

 よし。まずは陶を潰し、尼子の勝ち筋を狭めよう。
 ……念のため、鉄砲二十丁だけ持ってゆくか。



 ・貞吉三年(1545年)  六月  伊予国越智郡 梶取鼻高台  蒲生定秀


 こ、これは……!

 夥しい船団が西から海を渡って来る。嫌な予感の正体はこれか。
 大友め……我らの伊予征伐に業を煮やし、宇都宮を援護するために出陣したと見える。あのまま宇都宮と戦をして居れば、今頃は陸と海から挟まれていたな。

 ……ん?
 先頭の船にはためいているあれは……村上の旗? しかし、来島や能島の村上の旗とは少し趣が違うような……

「右衛門大夫殿(村上通康)。あれは村上の旗ではないのか?」
「……」
「右衛門大夫殿!」

「か、掃部頭(村上義忠)の倅だ。い……生きていたのか」
「掃部頭?」
「能島の村上海賊です。我ら来島衆とは親戚筋に当たり申す」
「能島村上の頭領は宮内少輔(村上義益)では無いのか?」
「……現在の宮内少輔の祖父、山城守隆勝には三人の男子が居りました。すなわち宮内少輔義雅、掃部頭義忠、左近大夫隆重の三人です。このうち長男の宮内少輔義雅は父隆勝に先立って亡くなっております。
 山城守亡き後、掃部頭義忠は幼弱の甥に変わって能島村上の家督を望みましたが、因島を含む我ら村上三家の総意によって山城守隆勝の跡目は嫡孫の宮内少輔義益へと継がせることとなりました。
 それを不服とした掃部頭は武力によって家督を奪おうと企てましたが、決起に至る前に某の父らが機先を制して義忠を成敗し、その首を刎ねて屋敷に火を放ちました。
 末弟の左近大夫隆重や掃部頭の倅もその時に命を落とした物とばかり思っておりましたが……」

 九州に逃れ、大友の庇護のもとで再起を図っていたというわけか。
 つまり、これは単なる宇都宮の支援ではない。能島村上を大友に有利な者に継がせ、六角に奪われた瀬戸内の制海権を奪回するための布石というわけだな。

 角屋水軍の主力は大坂からの兵糧輸送の真っ最中だ。
 九鬼や小浜だけであれだけの数を相手にするにはやや分が悪いか……。
 だが、海からできる攻撃はたかが知れている。いずれ能島に上陸するのであれば、我らが能島で敵を迎え撃てば……

 いや、待て!
 敵の船の進路……あれは、安芸を目指しているのか?

「い、いかん! 敵の狙いは備後の大本所様(六角定頼)本陣だ! 瀬戸内を奪回するどころではない!敵は我らの総大将を直接討ちに来た!」

 こうしてはおれぬ。
 敵は陶と合流して安芸を攻め上るつもりだ。大本所様は今頃安芸に抑えの兵を置いて全軍で備後に向かっているはず。
 尼子を攻める背中を討たれれば、いかに大本所様といえども……。

「大至急霊仙山城に戻るぞ! 我らも瀬戸内を渡る!」

 言い捨てると馬首を返して駆け戻る。後ろで何やら声がするが、もはや何を言っているかは聞き取れん。
 ともかく今は一刻も早く大本所様の元に駆け付けねば!



 ・貞吉三年(1545年)  六月  伊予国沖 軍船甲板  戸次鑑連


 甲板に立つと潮風が心地よい。
 だが、やはり大地に足が着かぬというのはいささか心細いな。

「左近大夫(村上隆重)。そろそろか?」
「今しばらくですな。日暮れまでには岩国に船をつけられましょう」
「ふむ……しかし、先ほど陸はすぐそこに見えていたが?」
「あれは屋代島にござる。我らは屋代島の横を抜けて伊予沖へと向かっております。安芸の海は懐が広く、伊予沖を抜けた先に倉橋島、江田島と続き、最も安芸に近い所に厳島がございます。
 目指す岩国はその厳島の手前にて、まだまだ道のりは三分の二といったところです」
「左様か」

 船は楽で良いが、もどかしいのが欠点だな。我が足で駆けた方がよほどに早いように感じる。見た所陸はすぐそこなのに、大きく海を回らねばならぬとは……。
 だが、明日には我ら大友の精鋭八千が岩国に上陸する。
 尼子攻めに夢中になっている六角もさぞや慌てることであろう。我が佩刀『千鳥』も働く時を今や遅しと待ちわびておるわ。

「我ら水軍衆は岩国に貴方様を送り届けた後、厳島にて陣を張りまする」
「うむ。我らの行く先に退路など不要なれど、勝った後には豊後に戻る足が必要なのでな。よろしく頼むぞ」
「はい。戦勝の暁には……」
「ん? ふっふ。 心配するな。掃部頭(村上武吉)には村上の家督を継いでもらう。それが我が御屋形様(大友義鑑)の為でもある」
「何卒、よろしくお願い致します」

 ふっふ。
 思えば六角定頼も哀れよな。西国から鎮西(九州)までもが敵に回るとは思いも寄るまい。
 だが、よく知りもせぬのに西国に首を突っ込むのがいかんのだ。西国のことは我ら大友に任せておけば良い物を、ノコノコとやって来るから痛い目を見る。
 精々あの世で後悔するが良い。


――――――――


お詫びと訂正

第186話『とぼけた男』にて大内義隆の現状を『周防一国に押し込められた』としましたが、正しくは『長門一国』でした。
現状大内義隆は宇部の敗戦によって周防山口を追われ、長門の内藤興盛の元に身を寄せています。
筆者の頭の中で周防と長門の位置関係が逆になってしまっておりました。
この場を借りて訂正させていただきます。
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