堕落した淫魔は夢を見る

雪之丞 親実

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淫魔と感情

03

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  店に入るとVIP席には既に客が来ていた。
  今日は開店直後に楼依はルシカを連れて店に入った。
  
「指名されても拒否る先輩が珍しいな」

  VIP席とは離れた少し狭い卓のソファーにルシカを座らせながら、楼依はそう呟いた。

「この前弾さんと一緒に居た男の子、居たじゃないですか?その人と母親っぽいです。和服美人な感じでした」

  テーブルにお通しやらグラスやらをセットしながら佐藤が言った。

「ふーん。先輩が店に来たのも久々だし、兄貴の事はとりあえず落ち着いたのか?」

  楼依はルシカの横に座った。
  
「あの翠って奴、なかなかにヤバいぞ。先輩とのセックスに執着ありまくりだった」
「え?オーナーのセフレなんすか?」
「あー、……そうなんだろな。先輩は縁切りたいでしょーがねぇみてぇだが。だから、傍に居ても抱けなかったのかも、兄貴ん事」

  横で脚を組みながら深く座り直す楼依に、ルシカは目を向けた。

「神代さんは兄さんを『好き』って事なのか?」
「あー……、多分な」

  楼依にその言葉に、ルシカは嬉しげに笑みを見せた。
  
「甘めのカクテルで良かったでしたっけ?」

  テーブルのセットを終えた佐藤は、立ち上がって聞いた。
  あぁ、と楼依は答えた。

「アレ、来るの?」

  卓を離れようとする佐藤を呼び止めた。
  
「オシャレしてました。相当浮かれてますね」

  ルシカは楼依の顔を覗き込む。

「……誰か来るの?」
「本当は二人でまったりしたかったんだけど。……あのヤンキー呼んでもらった」

  ルシカは驚いて目を丸くした。

「末っ子君、……どうにかしてやんねぇと」

  そう楼依は付け足すも、少し面倒臭い様な表情を浮かべる。
  佐藤はカウンターへ戻った。

「でも何で?」
「俺は魔界とか知らねぇし、お前ら兄弟の事も第三者から見たら何か分かるかも。……それに、末っ子君は魔界の本を欲しがってる」
「……本?」
「どうにかして関西君の脚を取り戻してぇんだろ。……じゃねぇと、また末っ子君は」

  楼依は一息着いた。
  ルシカは俯いた。

「……楼依は凄いね。……俺、何にも出来ねぇのに」
「そんな事ねぇよ。お前は兄貴としてちゃんとやっている。お前に気を遣わせねぇ様に振舞ってんのが証拠だ」 
  
  楼依はルシカの頭を抱き寄せた。
  
「でも……、俺だってお兄ちゃんなのにっ!?」

  ふと前を向いたルシカは驚いた。
  何人かのホスト達が、柱越しに二人を覗いている。

「あの人が姫神さんの……」
「姫さん達の中で一番美人じゃね?」
「あの姫神さんがベタベタしてる……」

  ヒソヒソ声も聞こえて来た。
  楼依は溜息を吐く。

「……先輩に叱られろ」

  そうボソッと言うと、ホスト達の顔色が青くなりそそくさと散って行った。

「あー……、恋人出来たんだったっけ?関西君の奴」
「……本当かは分からねぇけど。前に遊びに来た一人が言ってた……」
「関西君はなんて?」
「否定したかったと思う。でも、彼氏君が真幸君は照れ屋だからって……。そう言われたらそうなのかな、って……。俺も……、真幸君の事、知らないし……」

  ふーんと楼依は鼻先で言った。
  佐藤がお酒を持って来た。

「ストロベリーマルゲリータです。度数も弱めで飲みやすくしてますので」

  ピンク色の可愛いお酒だ。
  ロングのグラスにライムが縁に付いていて、シンプルで可愛い。

「後輩君はロックで良かったですよね?」

  佐藤は手際良くお酒を作った。
  楼依の前に置くとそれを手にし、ルシカもグラスに手を伸ばした。
  グラスの縁を当て合うと、ルシカは一口口に入れる。
  甘くて美味しくて目が輝いた。

「ゆっくり飲めよ。直ぐに酔っ払うから」
「ぜ、善処する……」

  ルシカは目を輝かせながら、二口目を飲んだ。

「なぁ、神代さんは何でセフレなんて居るの?……まぁ、あの顔なら居ても可笑しくはないだろうけど」
「気になるか?」

  楼依は半分くらい飲んだグラスを、テーブルに置いた。

「楼依みたいにワンナイトなら何となく分かるんだ。溜まるもんも溜まるだろうし」
「そうそう、俺も気になって居たんです。人に興味がなさそうな人がわざわざセフレなんて作るかなー、って。そこまであの子はオーナーを満足させてるテクニシャンなのかなー、とか。気まぐれとかあるだろうけど」

  正面の丸椅子に座った佐藤は、一気にそうペラペラと言った。
  
「そもそも、セックス自体に興味なさそう。ここ立ち上げた時には枕もしてましたけど」
「まくら?」

  ルシカはグラスに口を付けたまま首を傾げた。

「客と交尾する。そんで、ここに来て貰う」
「何で?」
「そうすれば、また客はここに来て金を落とす。……ま、やり過ぎたら刺されるけど」

  ルシカは楼依の話を聞くと、不安そうに見上げた。

「俺はしてねぇ。プレゼントとかも受け取ってねぇし」
「……」

  じーっと、不安げに見詰める。

「後輩君は同伴もアフターもしないですよ。ただ、女の子の横に座ってお酒飲ませて居るだけで」
「……だって、……最近なかなか二人になれねぇし」

  ルシカはふいっと横を向いた。

「今、そう考えるのも、……不躾なんだけどさ」

  そう言うとチビっとお酒を飲んだ。

「……ガキの頃はそこそこヤりまくってたとは思う。弾さんに拉致られて乱交とかあったし」
「後輩君も居たの?」

  拉致に乱交……、佐藤は丸くした目を楼依に向けた。

「拉致られた先が浅霧組の持ってる島だ。参加しねぇと帰してくれなかった。俺は先輩や弾さん達と違う部屋だったけど」
「昔から元気いーですね、あのヤクザさん」
「んー、でも遊び過ぎたって感じでもねぇし。彼女っぽいのも見た事あんけど、先輩自体は本気じゃねぇし。許嫁もいるし」
「「許嫁っ!?」」

  ルシカと佐藤は同時に声を上げた。

「総合病院の院長の息子だ。一番上が跡を継ぐけど、あまりにも先輩に女っ気がないからな。どっかの令嬢って聞いた」
「……じゃあ、兄さんと一緒になれねぇじゃん」
「そこは何とかすんじゃね?」

  楼依はグラスのお酒を飲み干した。

「で、俺も良く知らねぇけど……」

  千皇と翠の関係性を話し出した。
  この店もそこそこ有名になり始めた頃、翠の母が客として訪れた。
  海外のカジノ王とやらと妻らしいのだが、その時付いたホストがちょっとやらかしてしまったらしい。
  やらかしで謝罪に来た千皇を一緒に来ていた翠見初め、店を続けたいのであれば、慰謝料の代わりに翠の相手を2年続ける事を契約させたらしい。
  もっとも、他に理由があるのかも知れないが。

「弾さんもセフレの一人。でも、一番は先輩だってさ」

  新しく作られたお酒のグラスを揺らし、楼依はそう言った。

「お金と身体を天秤に掛けるならさ、もう十分だと思いますけど。ここだって後輩君のお陰で売り上げ爆上がりなんだから、残りはお金でどうにかならないのかな……」
「母親がどんなんか知らねぇけど、息子は厄介だな。甘やかされて育ったか知らねぇけど」
「……どうにかならないのかな」

  ルシカは両手でグラスを握ると俯いた。

「先輩は先輩なりにどうにかしよと「あれー?君も来てたんだー」」

  目の前を翠が通り掛かった。
  あ?と楼依は見上げた。

「その子が君のお気に入り?」

  翠はルシカに視線を向けた。
  楼依はルシカを抱き寄せる。

「お気に入りじゃねぇ。恋人だ」

  ルシカの顔が真っ赤になった。
  恋人と言う言葉はまだ慣れない。

「お店で宣言しちゃっていーの?No.1でしょ?」
「次が見付かるまでの繋だ」
「……ふーん、……僕より可愛くないし、その髪色、気に入らない」
「自分本位だから避けられるんじゃねぇの?それに、あんたより可愛いっつっただろ?」
「猫被りでしょ、どーせ」

  楼依はムッとして、グラスを掴んだ。
  ルシカが咄嗟に楼依の手を掴んだ。

「たかだかセックスにこだわっちゃってさ、馬鹿らしいよね、君もちーも」

  楼依の掴んだグラスにピシッと軋んだ音が聞こえた。
  ヒビの入ったグラスを見た佐藤は、声なき声を上げ青ざめる。

「セックスなんて誰としたって同じじゃん。ちーのとこに居たそこの髪色と同じ奴だって、弾にケツ振ってたなら、僕と変わらないのにさー」 
「……君と兄さんは違うよ」

  ルシカは楼依の腕を強く握った。

「兄さんは仕方なくせっくすしてたんだ。……それが当たり前だって思い込むくらい。根っから好きな君とは同じにしないで」
「生意気ー。カレシの前では猫被りっぽ」
「俺の事はどうでも良いよ。でも、君のお目当てが兄さんを選んだなら、君とのせっくすは気持ち良くなかったんじゃないの?……可哀想だね」

  ルシカはふっと笑って見せた。
  翠はムッとした顔をした。
  
「僕が気持ち良ければちーだって気持ち良いよ。弾はいつも気持ち良いって言うし。口に出さないだけでしょ」
「あー……、出す瞬間くらいじゃねぇの?それまではその為の義務作業。擦り続けりゃ出るのはあんたでも分かるだろ」
「じゃ、君も義務作業なんだ」
「それがな、そーでもねぇんだ。自分本位じゃねぇから、俺もルシカも。お前は少しでも、先輩を気持ち良くさせようって考えてるのか?」

  楼依の言葉に、翠はグッと拳を握った。

「気持ちが一方通行のセックスって、虚しいだけだ。感情がなくてもお互い楽しいなら別だけど」
「ちーは何も言わないだけだ。男とセックスなんて僕だけだし、僕一人でじゅーぶんだ」

  ふんと、翠はそっぽを向くとトイレの方へ歩き出した。
  楼依は一息ついた。

「あれはなかなか強者ですね……。弾さん以上に厄介な……」
「尻軽にも程がある。それより、お前は大丈夫か?」

  楼依は心配げにルシカを見た。

「俺は大丈夫だよ。……それに、兄さんの事は邪魔して欲しくねぇし」
「だな。……さっさと落ち着いたら良い」

  楼依はグラスを置くと、ルシカの手を握った。

「おーっす!ルシカっ!久しぶりっ!」

  今度はヒーロが顔を出した。

「俺はグラス変えてきますね。ヒーロ君、喧嘩はしちゃダメだよ」
「そりゃコイツ次第だろ」

  佐藤が立ち上がると代わりにヒーロが座った。
  佐藤はヒビの入ったグラスをトレンチに乗せると、カウンターへ向かった。

「よしお前、手ぇ出せ」

  いきなり楼依がヒーロにそう言った。

「はぁ?何でテメェに指図されねぇとならねぇんだよっ」

  ヒーロは睨む様に楼依を見た。

「……あのさ、手を出してくんね?俺と握手しよ?」

  察したルシカは、そう優しく言った。

「ルシカがそう言うなら仕方ねぇな。……ほらよ」

  ヒーロは打って変わって照れ笑いを浮かべながら、右手を差し出した。
  その瞬間、楼依は咄嗟にヒーロの右手首に紐を結んだ。
  その紐は、ヒーロの手首に食い込んで行く。

「うわっ!何だよこれっ!!」

  締め付けられる様な痛みがヒーロの手首を襲った。
  佐藤が新しいグラスを持って来た。

「あー、お前はカウンターに戻れ」
「君達直ぐに喧嘩するから見張らないと」
「喧嘩なんてしねぇし。ちょっと込み入った話があんだよ」

  しっし、と楼依は手を前後に振った。
  半ば不本意な表情を見せたが、グラスを二つ置くと佐藤はカウンターへ戻った。

「……何だよ、コレは」

  ヒーロは手首の紐を解こうと格闘している。

「天界の人の髪の毛で編んだ紐だ。コレでテメェは逃げられない。……らしい」
「て、……天界っ!?」

  ヒーロの顔面は真っ青になった。
  楼依は何食わぬ顔で、自分の分の酒とヒーロにも酒を作った。
  ヒーロは必死に紐を取ろうとするが、食い込んで取れない。

「テメェが俺達に協力するなら、それを取ってやんよ。もちろん、見合った報酬も付けてやる」

  ほらよ、と楼依はお酒のグラスをヒーロに突き付けた。

「……ほ、報酬?」

  疑いの眼差しを向けながら、ヒーロはビクビクとグラスを受け取った。

「ルシカと飯くらいは行きたくねぇか?」

  楼依のその言葉に、ルシカは楼依を見上げた。
  大丈夫、と言う様に楼依はルシカの膝に手を置く。
  ヒーロからテーブルの影で見えない。
  ヒーロの表情が明るくなった。

「し、仕方ねぇなぁ。今回だけだぞっ」

  ヒーロは隠しきれない照れ笑いを隠しながら、グラスに口を付けた。
   チョロ……、と楼依が思ったのは言うまでもない。
  
  
  

  
  
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