ミリしらな乙女ゲームに転生しました。

猫宮乾

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【一】思い出した、ミリしらな事を。

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 お父様が亡くなった……。
 葬儀後、私は幼い弟と手を繋いで、ぼんやりと墓石を見ていた。
 私が生まれたクリソコーラ侯爵家は、このエイデルカイン王国の中でも由緒正しい家柄である。爵位は基本的に男子が相続するので、弟のマルスはまだ五歳であるが、既にその手続きに入っている。

 お母様が生きていればまた違ったのだろうが、母もまた父とほぼ同じ死因で没している。予感として、私も同じ死因では無いかと考えている。

 ――クリソコーラ侯爵家の人間は、代々、王族の皆様の盾となって生きている。

 お母様は、第一王妃様の影武者役をしている最中に殺害された。
 そして今回お父様は、国王陛下を狙ってきた賊が放った毒矢が突き刺さり死亡した。

 ……。

 チラっと私はマルスを見た。金色の髪に、紫色の瞳をしていて、非常に愛らしい弟も、先日第三王子殿下のご学友――という名前の密やかなる護衛に内定しているので、同じ末路を辿る可能性がある。

 クリソコーラ侯爵家に生まれたのだから、それは誉だ……と、考えた瞬間、急に私の視界が二重にブレた。ぐらりと視界が歪んだその瞬間、唐突に膨大な量の『記憶』が脳裏を埋め尽くした。

 え、待って? こ、ここは……?

 私は何とか地面に足をつき体勢を立て直しつつも、ダラダラと汗をかいた。

「姉上?」
「……」
「お顔が真っ青だ……」

 愛らしいマルスの声がする。そ、そうだ、マルス・クリソコーラ侯爵……私は、この名前を知っている。それは、弟だからではない。私の同期の『推し』が、まさしくその名前だったからだ。

 私の頭の中で、ファミレスで雑談している姿が甦った。一緒に職場の昼休憩時、私は同期の彼女と、近所のファミレスに出かける事が多かった。私はそう口数が多い方では無かったため、いつも彼女の話を聞いていた。

 確か同期は、話していた。
 ――『ふりはな』というゲームの話だったはずだ。正式名称は、降りしきる花の中で、だったか、まぁ、そのような感じだったと思うが、私は正確には記憶していない。当時から、ほとんど私は、乙女ゲームというものに興味が無かったからだ。ただ同期がずっと話していたから、乙女ゲームについては少し知った。何名か攻略対象がいて、好感度を上げるなどすると、数種類のエンディングが見られるという代物だったはずだ。

 そしてその同期の推しの名前が、マルス・クリソコーラ侯爵だった。

 なおゲーム派の彼女とは異なり、私は小説や漫画作品を読む事が多かった。そのため、巷で話題の悪役令嬢もののお話や、転生・転移・憑依みたいなお話は大好きだった。

 思わず弟と繋いでいない方の手を持ち上げて、私はじっと左手を見た。
 そこにあるのは、十二歳の少女の手だ。甦った記憶において、私は二十四歳だった。最後の記憶は、会社の帰り道で、車に轢かれる直前である。多分、死んだのだろう。

 少し前までの私は、第一王女殿下の護衛として相応しくなるようにと、ひたすら父や家庭教師に礼儀作法や魔術技能を叩き込まれていたし、そこに疑問は特に無かった。血を吐きそうになるような訓練にも耐えたし、勉強も何もかも頑張ってきた。それは侯爵令嬢としてでもある。

 だが……前世を思い出したのが今で、良かった。もしもこの記憶を所持していたら、私は鍛錬になんか耐えられた自信はない。

「リリア姉上?」
「っ……ええと、そろそろ帰りましょうか……」 

 私は引きつった顔で笑った。1ミリも知らない乙女ゲームに転生してしまった私であるが、弟が成長するまでは侯爵家を支えていかなければならないし、両親亡き今、私が頑張るしかないだろう。


 ――帰宅してから自室に戻り、私は施錠してから必死で記憶をひっくり返す事に決めた。ゲームのタイトルとマルスの名前以外に、何か思い出せる事は無いだろうか。同期の名前も思い出せないが、不思議と声と顔は覚えている。

 ……ええと。
 ……。

 書き物机の前に座って、万年筆を握ってみる。

『推しの制服姿尊い! これ、過去回想イベントの限定スチルなんだけど、王立学園高等部時代の制服なんだって!』

 確か同期は、私にそう言ってマルスの画像を見せてきた事がある。
 そしてこの王国にも、王立学園は存在する。高等部と大学がある。

 マルスが高等部に通うのは、あと十年後だ。その時点では、まだ『過去』という事かな……? 私はその時二十二歳という事かな……? ええと、あとは、乙女ゲームであるし、きっとヒロインがいるはずだ。他の攻略対象もいるのだろう。あ……!

『グレイル宰相補佐官も良いよねぇ! どっちが好き?』

 確かそんな話題が出た気がする。

『まぁ一番人気はやっぱり、メイン攻略対象の王太子殿下だけどさぁ』

 聞いた、このセリフ、同期から絶対に聞いた。
 現在、王太子殿下は十歳だ。私の二つ年下である。

『王太子殿下のイベントで一番キュンとしたのは、やっぱり卒業パーティーの時かなぁ。まさかあそこでワインをぶっかけるとは』

 ……断罪でもしたのだろうか。婚約破棄だろうか。
 卒業パーティーにアルコールが出てくるのだから、大学の卒業式だと考えられる。

 つまり舞台は、十二年後付近だろうか……?
 私が二十四歳頃だろうか? 今世も早死にしそうだが、前世は二十四歳で亡くなったらしいし、それ以上には生きたいところである。

「他には何か……」

 こんな事ならば、同期の言葉をもっと真剣に聞いておくべきだった……。
 しかし全然思い出せない……。

「……」

 ま、まぁ……仕方がない。
 私はこれからマルスと二人で生きていかなければならないし、クリソコーラ侯爵家を潰すわけにもいかないし、記憶が蘇ったからと言って、それが熟知した代物への転生だったとしても、私には内政をするような行動力も無ければ、スローライフを送れるような境遇もない。

「……明日も、第一王女殿下にお招きされているし、今日は早く寝ようかしら」

 ポツリと呟いてから、私は引きつった顔で乾いた声で笑ってから、この日は休む事とした。




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