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【二】第一王女殿下のお茶会とその後
しおりを挟む「ようこそ、リリア」
「お招き有難うございます、セレフィローズ第一王女殿下」
「セレフィで構わないわ、リリア。いつもそう話しているでしょう?」
「勿体ないお言葉です」
第一王女殿下であるセレフィ様は、私と同じ十二歳である。私の使命は、命を賭してセレフィ様をお守りする事である。出会いは、五歳の時の音楽会だった。子供の身の参加のその場所で、既に私は子供ながらに影の護衛役として、表面上は侯爵令嬢、実際には何かがあったら庇って死ぬようにと厳命されてその場にいた。
流れるような金髪をまとめていたセレフィ様は、圧倒的に愛らしかった。他に五歳のご令嬢が何名かいたので、挨拶後私は目立たないよう、けれど離れないよう、事前に教え込まれていた位置に立ち、静かに見守っていた記憶がある。以後、何かイベントがあれば、私はセレフィ様をお守りするため、その場に行くようになった。
五歳の女の子に何ができるのかと、今思えば言いたくもなるが、この世界には魔術が存在する。そして私は、膨大な魔力を持っている。私というか、クリソコーラ侯爵家の人間は、大体持っている。その腕を買われて、代々護衛を務めているようだ。
常にイベントで顔を合わせる内、時には話しかけられる事もあるようになった。
そして凄く稀に、こうして王宮までお茶会に呼ばれる事もあるようになった。
「お父様の事、お悔やみ申し上げます」
「有難うございます」
白磁の頬に手を添えて、俯きがちにセレフィ様が言った。私は簡潔に答えながら、きっと元気づけるためにお茶会を開いてくれたのだろうと判断した。セレフィ様はどちらかと言えば勝気であるが、心根は優しい。
「何か困った事があったら、相談してね?」
「有難うございます」
「――そうだ、これはね、最近取り寄せた茶葉入りのケーキなのよ。とても美味しいの。シェフに我が儘を言って作ってもらったのよ。良かったらお食べになって」
「有難うございます」
心遣いは嬉しいが、私はちょっと嫌な汗をかいてしまった。過去、そう言うものだと思って気にしては来なかったが、私は『必要最低限以外話すな』という指針のもと、着かず離れずで育てられてきていたため、会話といえば、挨拶やお礼くらいだ。
これまではそこに疑問は無かったが、明らかにセレフィ様は困ったように私を見ている。しかも私は完全に無表情だ。動揺を見せないようにという訓練もあったからだ。
……。
折角気にかけてくれているのに、もうちょっと何か言うとか、表情筋を動かすとか、私はどうにかしたほうが良いのではないだろうか?
「……あの、本当に嬉しいです。いただきます」
無理矢理私が言葉をひねり出すと、セレフィ様が目を丸くしてから、両頬を持ち上げた。あんまりにも可憐で、私は見惚れそうになった。
しかしすぐに、意識が口に向かった。食べたケーキがあんまりにも美味だったからだ。さすが王室! 訓練の一環に体作りがあるので、あんまり甘いものを与えられてこなかった私にとって、この味は危険だ。叩き込まれた礼儀作法を駆使して食べつつ、泣きそうになった。美味しすぎるだろうよ、これはちょっと……。
その後セレフィ様は気を遣うように色々と話しかけて下さったが、八割聞き流しながら、私はケーキを堪能した。ほとんど頷いていた。そういうところだよ、私。だから同期の話もほぼ記憶していないんだよ!
気づくと日が暮れ始めていた。
「セレフィローズ第一王女殿下。クリソコーラ侯爵家の馬車が参りました」
機を見ていたように、侍女さんが歩み寄ってきた。私はそれで我に返った。
「お招き有難うございました」
「送るわ」
私が立ち上がって一礼すると、セレフィ様もまた立ち上がった。直々に送って下さるというのは、私が侯爵家の令嬢だからだろう。この国では、爵位は結構露骨に重視されている。恐れ多いのでと断ったが、セレフィ様が先に歩きだしてしまったため、私は慌てて一歩後ろに並んだ。
回廊に、夕陽が差し込んでくる。そうして少し歩いた時だった。
「セレフィローズ異母姉上」
その声に、セレフィ様が立ち止まると、一瞬だけ顔を険しくしてから、長めに瞬きをし、直後作り笑いを浮かべて、声がした方向を見た。つられて私もそちらを見ると、そこにはエドワード第一王子殿下が立っていた。隣には、一人の少年がいる。
――そうだ、攻略対象の名前もエドワードだったはずだ。思い出した。
「エドワード、何かご用?」
「用が無ければ声をかけてはいけないのか?」
エドワード殿下が目を眇めた。唇にだけ笑みが浮かんでいる。この国は別段、出生順で王位が継承されるわけではないので、王位争いは、王太子として立太子するまで続くようだ。セレフィ様の同母弟が、第二王子のフォルド殿下で、学年も一つしか違わないこの二人が何かと比較されがちだ。第三王子殿下は少し年が離れているため、まだ話題にはあまりならない。そして子供にも派閥というのはくっきりとあり、実の姉弟であるから、セレフィ様は第二王子擁立派という風に見える。ちなみに後宮には、第五王妃様まで存在している。貴族も愛人を持つ文化もある。異母兄弟姉妹の存在は、そう珍しいものではない。
「あら? 用が無ければ、エドワードは私には声をかけてこないではないかしら?」
「――挨拶をと思ってな。俺の友人のグレイルだ」
エドワード殿下の声に、セレフィ様が横にいた少年を見た。その名前を聞いて、私は目を見開きそうになった。確か、未来の宰相補佐官の名前もグレイルだ。つまり、この二人は攻略対象ということだ。今後どうなるかは知らないが、私は関わるべきではないだろう。
「お初にお目にかかります、セレフィローズ第一王女殿下。エルディアス侯爵家が嫡子、グレイルと申します」
「ごきげんよう、グレイル卿。セレフィローズ・リラ・エイデルカインです。次期宰相候補として既に名高いという評判を伺っていますが、本日は国政の場の見学かしら?」
「――父に荷物を届けに参りました」
淡々とした声でグレイルが言った。エルディアス侯爵は、現在の宰相閣下であるから、グレイルのお父様なのだろう。
「あの敏腕な宰相閣下も忘れ物をするのですね」
しらっとした顔で述べてから、セレフィ様が私を見た。
「私は友人を送るところですの」
「ああ、見れば分かる。セレフィローズ姉上、それはそうと少し話があるんだ」
「何が分かったというのですか? 何か一つでも分かっているとしたら、この場で、話があるなどとは言わないのではなくて?」
「見送りならば、グレイルに代わりに行ってもらおう。こちらは急ぎだ」
「急用……? っ――リリア、ごめんなさい。お任せいたしますわ、グレイル卿」
こうして私は、その場にグレイルと二人残された。周囲には多くの付き人や見守りの騎士達がいるとはいえ、気まずい。そもそも王宮にはそれほど危険はないと思うし、武力なら同世代よりも私の方があると思う。だから一人で帰ると言おうかと、私は考えて、顔をあげた。
「お送りいたします、お手を」
「……あ、有難うございます」
サラっと手を差し伸べられたため、私は反射的にグレイルの手に手を載せてしまった。すると手を握られた。グレイルがゆっくりと歩き始める。西日が差し込む中、私達は玄関目指して歩く事となった。
「改めまして、グレイルと申します」
「ご挨拶が遅れ、大変失礼いたしました。私はクリソコーラ侯爵姉のリリアと申します」
「いえ。エドワード殿下の気まぐれも困ったものだ」
微笑したグレイルを見て、私は返答に窮した。さすがは攻略対象、絵になっている。
そのまま、グレイルは私を気遣うように、ポツリポツリと会話を振ってくれたので、私は何度か頷いて答えるなどした。特に声は発しなかった。こうして馬車がいる所まで送ってくれたグレイルは、最後に私の手の甲に口づけた。
「今日は貴女と話せて充実していた」
「……送って下さり、有難うございます」
私はビクビクしながらお礼を告げて、馬車へと乗り込んだ。手の甲とはいえ、キスだ。乙女ゲームとは、スキンシップが激しい世界観なのかもしれない。
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