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【二十二】戻ってきた日常と巡る季節
しおりを挟む「リリア!」
私は大学に戻った。久しぶりに通学すると、セレフィ様が駆け寄ってきて、両手で私の手を握った。
「無事で良かった……!」
「セレフィ様……」
「国王陛下からお話を伺ったの。あなたは、これまでもずっと私を守ってくれていたのね」
セレフィ様はそう言ってから、ギュっと私を抱きしめた。
「ありがとう、リリア」
なんだか気恥ずかしくなって、私は言葉に詰まった。そんな私に、セレフィ様が言う。
「あなたが無事で本当に良かった」
「勿体ないお言葉です」
嬉しくなって私が微笑すると、セレフィ様がじっとわたしを見て、そしてセレフィ様もまた微笑した。
そこへ咳払いが聞こえたので振り返ると、グレイルが立っていた。
「ちょっとくっつきすぎじゃないのか」
「何か悪い事があるかしら? グレイル卿」
「――講義までまだ間があるだろう? 食事でもと思って誘いに来たんだ。俺の婚約者を解放してくれ」
グレイルの言葉に、セレフィ様があからさまに溜息をついた。
「仕方が無いですね。親友同士の会話を邪魔にする心の狭い殿方に、リリアを預けるのは本当に不安ですが、幸せ壊せませんからね」
セレフィ様の声に、私は思わず照れてしまった。それからセレフィ様が笑顔で見送ってくれたので、私はグレイルの隣に立った。
「行こう、リリア」
「……はい」
こうして、私はグレイルと共に大学の食堂へと向かった。自然と手を繋がれたのだが、振りほどこうという気にはならない。このようにして、私の日常が戻ってきた。
この年の夏は、いくつかの夜会に、グレイルの同伴者として出席した。私が近衛騎士団に所属している事は、既に社交界でも噂になっていたようだが、面と向かって言われる事はほとんど無かった。学園でもそれは変わらない。
その内に秋が訪れて、日曜日の本日は、グレイルと共に丘までピクニックへとやってきた。心地の良い風が吹く丘の上で、エルディアス侯爵家のシェフが用意してくれたサンドイッチを二人で食べ、甘いジュースを飲んだ。二人で空を見上げていると、グレイルが私の肩を抱き寄せた。驚いて視線を向けると、額にキスをされた。不意打ちだったものだから、思わず赤面してしまう。グレイルの隣にいると毎日が貴重だ。
冬も春もそのようにして巡り、私は大学四年生となり、グレイルは二年生となった。グレイルが二十歳の誕生日を迎えた夜、生誕を祝う夜会がエルディアス侯爵家で行われ、私は人生で初めてアルコールを口にした。これまで特別飲もうと思っていなかったのだが、グレイルにグラスを勧められたから、つい受け取って一口飲んでしまった。特別に好きというわけではないが、グレイルと一緒に飲むのは好きになれそうだと感じた夜でもある。
さて、その夜会が終わった次の週末から、私とグレイルには、月に一度、二週目の土曜日に特別な家庭教師を招いての講義が行われる事になった。それは、夫婦の営みについて――閨の講義である。
私は前世知識があるから、どうすると子供が生まれてくるかは知っている。だがこの国では、主に貴族の令嬢は、許婚と二人で座学を受けるのだという。勿論、同性の噂話でとっくに知っている女子もいるわけだが、表向きは知らないフリだ。一方の男子は、各家で座学で学ぶらしいが、許婚が出来てから、主に二十歳前後でやはり共に受講し、知識を再確認するらしい。私とグレイルは、指定日の午後二時からこの講義を、エルディアス侯爵家の一室で、家庭教師の先生から教わる事になっていたので、学外でも必ず顔を合わせるようになった。今回家庭教師を引き受けてくれたのは、高等部一年の時に担任をしてもらった事があるエヴァンス先生だった。花の受粉についてから講義は始まり、その後、動物同士の交尾と子育ての話になってから――私の知識でいうところの保健体育が始まった。ただ最初は香油を使って解した方が良いだとか、避妊魔術についてだとか、踏み込んだ魔術知識などもあったので、赤面しそうになったのだったりもする。
私は気恥ずかしさを覚えていたが、隣でグレイルは真剣に聞いていた。時々私はその横顔をチラチラと見てしまった。
婚約している者同士であれば、中には講義後に予習や復習と称して、体を重ねる人もいるらしい。だが講義が始まって暫く経つが、現在までに私はグレイルと寝台は共にしていない。基本は、結婚後の初夜まで待つのが常なのは知っているが、それが建前でもあるらしいとも聞いているから、非常に複雑だ。私の方の心の準備をする期間が沢山取ってもらえているのはありがたいとはいえ……。
そんなこんなで季節は巡って良き、私の卒業式が訪れた。これで、王立学園に通うのも最後だというその日、夜に開催される卒業パーティーについて、私は考えた。グレイルと同じ学び舎に通う事は無くなるが、グレイルとは今後も会えると私は信じている。寂しくなるのは、卒業後すぐに結婚を控えているセレフィ様とのお別れだ。
卒業パーティーが始まる少し前に会場入りした私は、一緒に訪れたセレフィ様を見た。私達二人に、給仕の方がシャンパングラスを手渡してくれた。高等部の卒業パーティーではアルコールは出てこなかったので、やはりワインが出てくるとすれば、それは大学の卒業パーティーだ。
とすると、前世の同期の言葉を思い出す限り、やはりエドワード殿下がワインをかけるエピソードというのは、大学の卒業パーティだと考えられるから、今年か来年か再来年か……。現在マルスは、十六歳である。私とマルスは七歳差だが、学年だと六つ違う。私が二十四歳である再来年、丁度マルスは十八歳で大学一年生だ。
二十三歳と九か月の時に、私はグレイルからエルディアス侯爵家の機密を教えてもらう事になっているが、私は何を聞いても受け止める自信がある。問題は、別段二十四歳の誕生日に結婚式があるわけではないので、その後、乙女ゲームのヒロインがグレイルを選ぶなどして、そういう意味で婚約破棄などされないかという点である。
……これから、どうなるのだろう。
そんな事を考えながら、私はグラスを持つ手に力を込めた。するとセレフィ様が、私を見た。
「寂しくなりますね、リリアとも今後は中々会えなくなるのですし」
「……はい。セレフィ様とお会いできなくなるのは、寂しいです」
「嬉しいです。沢山、手紙を書きます」
「私も書きます」
「――リリア、これからは、私を守る必要は無いのだから、自分を守るように。グレイル卿にいじめられたら、いつでも言って下さいね!」
そんなやりとりをしていると、丁度グレイルやエドワード殿下、ユイレ様といった、下級生も会場に姿を現した。三人は私とセレフィ様の所へ真っ直ぐにやってきた。続いて第二王子殿下であるフォルド殿下も訪れた。フォルド殿下は、現在一年生で、来期から二年生だ。フォルド殿下の隣には、許婚のレイア様がいる。
このようにして、卒業パーティーが始まった。私はグラスを持つ手とは反対側で、グレイルの腕に触れる。思い返せば特に高等部からは、おなじみの顔ぶれだったが、今後はそうではなくなる。それを少し寂しいと思いながらも、私は学園最後の夜を楽しんだ。
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