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【六十四】降嫁

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 こうして俺は、王族ではなく、ツァイアー公爵家の一員になった。俺の名前もクラウス=ツァイアーに変わった。もう『殿下』と呼ばれる事は無くなり、現在俺は、多くの場合『クラウス様』と呼ばれるようになった。

「クラウス様」

 侍従のマークに呼びかけられて、俺は顔を上げた。
 現在は部屋の整理をしている。降嫁時に持参した品の整理が追いつかないからだ。

「どうかしたのか?」
「サディリサ侯爵家のヒーダ卿より、茶会のお招きです」
「茶会?」

 彫刻を棚に載せていた俺は、手を添えたままで顔を向ける。貴族の間の茶会は、どちらかというとご令嬢やご夫人が行うという印象しか、俺には無かった。

「ヒーダ卿はサディリサ侯爵の配偶者で、同性婚をした貴族男子の一大派閥を築いております。僭越ですが、一度ご参加なさった方がよろしいかと」
「そうか」

 マークが言う事に嘘はないだろう。俺は既に頼りっきりで、様々な事を教わっている。

「日時は?」
「明後日の午後三時との事です」
「お招き感謝する、ぜひ伺いたいと、そう伝えてくれ」
「畏まりました」

 一礼し、マークが部屋から出ていった。俺は続いて、置時計の位置を直しながら、なんだか不思議な気持ちになった。まだ公爵家の人間としての実感がわかないが、なるべくシュトルフを支えられるようになりたい。従兄の言う通りならば、今後は俺も伴侶として貴族社会の荒波を乗り越えなければならないのだろうし、その点でもツァイアー公爵家に迷惑をかけたりしないようにしたい。

 なお現在シュトルフは、書斎にいる。日中は、膨大な書類仕事があるらしい。領地の仕事もあれば、王都での仕事もあるようだ。公爵家は様々な仕事を王宮からも引き受けているのだと、ここに越してきてから俺は改めて知った。

 俺も荷物の整理があるしで、日中はずっと一緒というわけにはいかない。結婚したからと言って、四六時中べったりというわけではないと、俺は現実を見た。別に寂しくはない、夜は必ず会えるからだ。なにせ、寝室が同じなのだから。基本的に外出の用でもない限りは、食事も時間を合わせている。こういう時、日に何度も顔を合わせる時は、家族になったと思えてくる。きっとそれが続けば、俺も公爵家の一員の自覚が、もっと生まれるように思う。

 この夜も、シュトルフと一緒に夕食を食べた。そしてその後は、寝室で一緒に眠った。シュトルフに腕枕されて眠る事に、俺は慣れつつある。布団の中に、自分とは違う体温がある事にも、今では馴染んだ。このままだと逆に、シュトルフが不在の方が奇妙な気分になりそうで怖くもある。

 そのように過ごし――俺は招待された日時に、サディリサ侯爵家へと向かった。すると立派な庭園に案内され、ヒーダ卿と、その派閥の者達と思しき貴族達に挨拶をされた。皆同性婚をしている男子らしい。

「ようこそお越しくださいました、クラウス様」
「お招き感謝する、ヒーダ卿」

 あちらがニコリと笑ったので、俺も笑顔を返した。
 それから椅子に座り、俺達はお茶を始めた。智謀策略でもあるのかと思ったが――主に、『シュトルフのどこが好きなのか』という事を聞かれた。皆興味津々という顔で、目を輝かせ、頬を染め、俺とシュトルフの熱愛、大恋愛について語っている。何やら尾ひれがついている気もしたが、俺がシュトルフを愛しているのは事実だし、シュトルフも俺を愛してくれていると思うか、俺は特に否定はしなかった。

 そんなこんなで茶会の時は過ぎ、俺は帰宅した。そして夕食の席で、シュトルフに茶会の様子を語った。するとシュトルフがクスクスと笑った。最近のシュトルフは、本当によく笑うようになったと思う。

「まぁそんなわけで、俺とお前の話で盛り上がったんだ。男同士の茶会というのも、中々面白かった」

 素朴な感想を俺が述べると、シュトルフが笑ったままで頷いた。

「他には話題は無かったのか?」
「そうだな――……ああ、ミズワード伯爵家で、今度仮面舞踏会を開くという話が出ていた」
「仮面舞踏会?」
「ああ。最近流行していると話していたな」

 王族、公爵以上の貴族は、実を言えば伯爵家以下の家柄の催しには、あまり詳しくないのだったりもする。ミズワード伯爵家は、中でも子爵家や男爵家よりの家格なので、そちらの流行を取り入れたようだ。それが珍しくて、侯爵家からも参加客が出てくるようになったという噂話を俺は聞いた。

「仮面をつけて踊るらしい。多くは出会いの場らしいが、伴侶と同伴していく事もあるそうだ」
「行ってみたいのか?」

 シュトルフの問いに、俺は腕を組んだ。実際、王族だった時には関われなかった事であるし、それは学生時代も同じだ。たまにはそういった一風変わった行事にも行ってみたいとも思う。俺が思案していると、シュトルフが吐息に笑みをのせた。

「では、ミズワード伯爵家に問い合わせてみる」
「そ、そうか」
「だが誰とも出会ってくれるなよ? 俺のそばを離れないでくれ」
「分かってる」

 こうして俺達は、仮面舞踏会へと行く予定を立てつつ、和やかに食事をしたのだった。
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