5 / 28
【5】新居
しおりを挟む「到着したぞ、もう目を開けて良い」
「うん」
光が収束したのを感じてから、俺は頷いて目を開けた。するとそこは、どこぞのお屋敷のようだった。
「ここは?」
「新居だ」
「新居……」
「王宮の中にある俺の持ち家の一つだ。最も裏門まで近い。これが通行証だ。これを持っていれば、カルネは自由に裏門から出入り出来る」
渡された腕輪を受け取り、俺は頷いた。手首にはめると、光が漏れる。通行人の腕輪が宿す魔力を感知するらしい。
「まずは部屋に案内する」
「あ、ああ」
俺が動揺しながら頷くと、ユフェル殿下が歩き始めた。正面の大きな階段を上り、三階まで連れて行かれた。その一角に、広い部屋があって、ユフェル殿下はそこの扉を開けた。
「ここを使ってくれ」
「うん……」
「寝室は、隣だ。悪いが、一緒に寝てもらうぞ」
「……子作りは保留だぞ?」
「保留だとしても、接触頻度は多い方が良いだろう。いつその気になっても良いようにな」
「……」
それは、そうなのかもしれない。その気になる予定は今の所無いわけではあるが、ユフェル殿下から見た場合は。俺は荷物を机に置きながら、内側からも扉で通じているらしい寝室を眺めた。開いている扉の向こうには、巨大な寝台の端っこが見える。
「それと、食事は、使用人が、朝七時、昼十二時、夜八時に用意する。夜は共に食べよう。仕事で遅れる場合は、事前に連絡してくれ。俺宛の直接連絡魔術は、こちらの腕輪に入っている。執事宛はこちらの腕輪だ。それでこの腕輪は、俺の配偶者としての身分証明で――」
ユフェル殿下が、俺に大量の腕輪を渡してきた。俺の手首は一つ一つは細いが大量の腕輪で埋まった。王都は、魔力感知で何かと動いているようで、腕輪が大量に必要だという話を俺は祖父から聞いた事があったのだが、事実だと発見した。
「他に、何か必要な物があれば、いつでも声をかけてくれ」
「有難うございます……」
「俺は、陛下に報告する為に、一度城に行く。ドール伯爵夫妻にも挨拶をする予定だが、どうする? 親交が無いと話していたが、一緒に来るか? 来たくはないか?」
俺を窺うようにユフェル殿下が見た。胸が少し重くなった。正直、いつか会ってみたいとは思うのだが、祖父の葬儀にも訪れなかった両親と顔を合わせて会話をする自信が無い。
「……俺は、王都が気になるので、ちょっと散策してくる。冒険者ギルドにも行ってくる。だから、またの機会に……」
「そうか。案内はどうする? 俺が行く場合は、後日となるし、非常に目立つと考えられるから、本日出向くというのであれば、使用人に案内させるが」
「一人で大丈夫だ。これから、一人で活動するんだし」
「分かった。では、迷ったら俺か執事に連絡を入れてくれ。執事だけ先に紹介する」
ユフェル殿下は頷くと、俺の背に触れた。そして自然と俺を促した。俺はユフェル殿下の横顔を見ながら、部屋から出た。
階段を引き返して行くと、一階に使用人達が並んでいた。大勢いる。当然ながら、村人の人数より多い。こんなにも沢山の人と一気に顔を合わせた事が無かったので、俺は緊張した。
「執事の、アーティだ」
「お初にお目にかかります、カルネ様」
ユフェル殿下が紹介してくれた執事さんは、俺を見ると深々と頭を下げた。すると直後、使用人の他の人々も背を折った。萎縮しそうになる。
「不都合がございましたら、なんでもお申し付け下さい」
「は、はい! これからよろしくお願いします!」
必死で俺がそう言うと、ユフェル殿下が小さく吹き出した。
「俺にもよろしくして欲しいものなんだが」
「それは検討しておく!」
「前向きに頼むぞ。では、外に出るか」
「う、うん」
ユフェル殿下がそのまま玄関に向かったので、俺も慌てて従った。そして二人で家の外に出る。使用人達が見送りに出てくれた。扉の外には、緑の庭園が広がっている。村とは空気が違う気がした。村の方が、骨に染み入るような寒さだった気がする。
「あちらが裏門だ」
「分かった。有難う」
「気をつけるように。困ったら本当にいつでも連絡をしてくれ」
「分かった!」
何度も俺が頷くと、ユフェル殿下が立ち止まった。そして王宮の一角にある、王城の方向を見た。
「俺はあちらへ行く。後日、カルネも国王陛下や王妃様、俺の兄弟姉妹に挨拶をして欲しい」
「考えておく。今は、まだほら、形だけだからな。俺は人間だから、法的な離婚というのをしたら、もう無関係になるんだし」
そもそも今現在、まだ関係しているという自信すら無いわけであるが。
「始まったばかりだ。まだ分からないだろう?」
「それはそうだけど」
「俺は子供が欲しいから、頑張らせてもらう」
ユフェル殿下はそう言うと、俺の腕を引いた。俺がきょとんとすると、なんとそのまま俺の手の甲に唇を落とした。
「親睦を深める為に、全力を尽くそう」
「え」
「ただ愛とまで言われると自信は無いが――ではな」
あっさりと俺の手を離して、ユフェル殿下が歩き始めた。俺は呆然とその背中を暫く見送っていた。そして、気がついたら、冷や汗をかいていた。若干頬が熱い。
「ま、まぁ、子作りはともかく、一緒に暮らすんなら、険悪な仲よりはずっと良いか……」
何度も一人で頷きながら、俺はそう呟いた。それから裏門に向かう。守衛室があったが、直接的には誰かと顔を合わせる必要は無かった。門自体が腕輪の魔力を感知する事で、役目を果たしているからだ。
俺は石畳の路を歩いて、初めて王都に足を踏み入れた。記憶に無い幼少時は、王都のドール伯爵家にいたはずではあるが、覚えていないので、初めてとして良いだろう。雪は無い。冬だというのに、花壇には花が咲いている。魔術がかけられているようだった。
大通りを進みながら、俺は最初、服装の違いを意識した。俺の服は、店に一軒しかなかったお店の服であるから、村人全員が同じだったと言えるが、王都には多種多様な服の人がいる。落ち着いたら、俺も服を買おう……。靴も、みんな違う。何より、ちょっと歩いただけで、様々な店があった。
俺の目的地である冒険者ギルドの場所は、過去にどのギルドにでも置いてある、冒険者ギルドのパンフレットで住所を見た事があったので、覚えていた。時折道の看板を見ながら進み、俺はギルドを目指して歩いた。ギルドが近づくにつれて、武器店や酒場が増えていった。俺はドキドキしながら、周囲を見渡しつつ先を急ぐ事にした。
25
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる