君は、お、俺の事なにも知らないし、俺だって君の事知らないのに結婚て……? え? それでもいい?

猫宮乾

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―― 本編 ――

【001】砂月のリアルと狂信者の月

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 小学生の頃から、だったのだと思う。
 誰とでも親しいのに、特別に心を開けるような、仲の良い相手が出来なかった。
 みんなには多かれ少なかれ、『特別』がいるというのに、こと砂月に限っては、特別と言える相手がいなかった。空気のような存在というわけではない。どちらかといえば輪の中にいる。けれど、ただそれだけで、みんなにとって『そこそこ親しい』という『友達の一人』のようなポジショニングだった。

 特別な相手というのは、大抵の場合、『好き』だけでは構成されず、ネガティブな側面も見えてくる。すると自然と、そうした愚痴を本人らには打ち明けられない人々が、ポツリポツリと砂月に囁くようになった。

 恐らくはこれが、契機だった。

 気づくと砂月は、誰よりもクラスの人間関係や秘密、そうしたものを把握するようになっていた。だからといって、別段それを誰かに吹聴することもしない。ただし砂月は、『なんでも知っている』――そんな状態になった。

 この頃、VRシステムが普及を始め、各家庭に一台や二台は接続装置がある時流が訪れた。砂月も一台、シングルファーザーで家を空けがちだった父親に、ゲーム用途にとVR接続装置を買ってもらった。

 そして始めたのが、【狂信者のファナティックムーン】というVRMMORPGだった。

 当初は期待した。
 ゲームの中であれば、心を開ける相手が出来るかも知れない、と。
 だが、結局の所、ゲームの向こうにいるのもまた、現実同様、『普通の人間』であり、VRの世界だからといって、そう簡単に人間関係の在り方が変わるわけでもなかった。

 いつしか【ファナティック・ムーン】の中においても、周囲のプレイヤーは、砂月に『秘密』を囁くようになった。ただ、現実との差違として、砂月はそれを、誰にも漏らさないというわけではなくなった。どうせ一期一会、他者の話を身知らぬ他者に話すのは、周囲も同様なのだからと、ごく稀に雑談をする事があった。

 すると。

『砂月ならなんでも知ってる』
『次のギルド戦の参加ギルドのパーティ編成をこの前知っていたよな』
『生産で作れるまだ流通してない飯バフの情報を持ってた』

 というような、砂月に対する噂が流れた。
 そして、ある日。

『対立ギルドの主要構成員の装備情報を教えてくれないか? 二十億エルスを支払う』

 そんな『依頼』が持ちかけられた。
 これを皮切りに、人々は砂月に情報を求めるようになった。とはいえその人々というのは、砂月が過去に情報を零した事がある少数の者達であるのは間違いなく、砂月は『知る人ぞ知る』……――。

 ――情報屋。

 そう評されるようになった。これが【ファナティック・ムーン】における砂月の、『情報屋』としての顔の始まりだった。あくまでも、裏の顔。いいや、こちらが表なのかもしれない。

「まぁ、金策の一つ、なのかな。情報戦だってゲームの醍醐味なんだろうね」

 本日。
 大学生になった砂月はVR接続用の専用スクリーングラスを外してテーブルに置きながら、ベッドから起き上がった。既に【ファナティック・ムーン】をβテストから開始して、十一年の歳月が経過している。現在砂月は大学三年生だ。自由が売りの私立大学で、既に単位は取得済みのため、日がな一日家にいる。既に父は亡く天涯孤独になってしまったのだが、遺産に株があった事と、空き時間に現実リアルでも【金策】をしているため、特に生活に困ったことはない。リアルでも情報屋、ゲームでも情報屋。それが現在の砂月だ。深い闇世界にはギリギリのところで関わらない程度に、構築した情報網を駆使して、薬の密売情報などを公的機関に横流しするような協力者のようなポジションにあったり、特に何処の傘下というわけではないが、時にはヤのつく職業の人々の抗争情報を得たり、またある時には探偵社が請け負う個人調査の簡単な情報を得たり、と。そんな生活をしていた。特に働かなくても困らないわけだが、やる事もない。しいていうならそれこそ、【ファナティック・ムーン】のみが、娯楽だった。

 【ファナティック・ムーン】は、AIが都度、様々なシナリオやクエストを生成するVRMMORPGであり、非常に自由度が高い。砂月は情報屋家業の他には、主に生産をしているが、これでもゲーム性も楽しんでいるため、一応のところガチ勢でもある。古参プレイヤーだ。

「今日は何しようかな」

 だが、長くやればやるほど、やはりやる事は減っていく。
 それもまた、情報の収集や売買といったMMOだからこその、人間がいるからこその、ある種の娯楽に拍車をかけていく。

「分からないのは……うーん……」

 砂月は唸った。
 ここのところ、VR接続中に失踪する者がいるという【都市伝説】が、真しやかに囁かれているのだが、実は砂月はこれが『事実』だと識っている。既に幾人か、実際に失踪した者を特定している。

 VRシステムは、この国の政府がVR庁を立ち上げて促進した、肝いりのフレームワークで維持されており、不具合は適宜修正されている。

「だけど現実の体が消えるなんて、そういった不具合とは質が違うよなぁ」

 黒いゲーミングチェアへと移動し、深々と背を預けてから、砂月はパソコンのモニターを三台起動した。一台は情報収集用、一台はデイトレード用、一台は【ファナティック・ムーン】の攻略関連のWebサイトを閲覧する用途だ。

 実はVR接続中の失踪の噂は、世界規模だ。統計的には、食糧難の国が一位、二位が少子高齢化の国での噂が多い。

「まるで食糧不足を回避したり、高齢者の増加を削減したり、そんな印象まで受ける噂の拡大だけど……どうやって現実の体を消失させてるんだろ?」

 そんな事を考えながら、砂月は光学コンソールに両手の指をのせた。そして本日も情報収集に精を出す。

「ん?」

 すると、VR庁の職員のパスワードを先日拝借したのだが、それでログインしたところ、今までには無かった資料ファイルを一つ見つけた。

 ファイル名は、【アセンション_Ver.005】とある。

「なんだろうこれ」

 砂月は接続していることを知られないように注意しながら、そのファイルを開いた。

『AIによるアセンションプログラムにより、人間の精神体化に成功事例605件』
『人間の完全なる精神体化移行のためにはVRが必須』
『臨床実験の本格的開始』
『食糧難の解消』
『寿命の克服』

 そのような文字列を見て、砂月は目を疑った。当初、何が書かれているのか理解できなかった。幾度も活字を視線で追いかけ、頭の中で咀嚼する。

「ええと……つまり、AIが人間の肉体情報を地球の生態情報と同期するように書き換えると……人間は精神のみの存在になり……肉体はなくなり、不老不死の精神体になる……? ただしVRの中で生きる事になって、知覚的には体もあるようになる? 子孫は精神体同士で生じるから性別不問で生まれる……? なんだこれ」

 砂月にはオカルトにしか思えなかったが、仮にも公的な文章だ。それも極秘ファイルだ。だとすれば事実なのだろう。

「……きたる五月二十五日、【ファナティック・ムーン】で接続イベントを行う……今日だし、これは事実だけど……ユーザー数五万を越えているため、この機会だけでも少なく見積もっても二万人は【アセンション】させる事が可能……」

 ぶつぶつとファイルの内容を読みながら、砂月は困惑した。
 【ファナティック・ムーン】は民間の企業の制作したVRMMORPGであるが、政府の支援があるというのは、有名な噂話だった。国内唯一のVRMMORPGであるから、遊んでいるユーザー数も極めて多い。

「イベントは、今日の十八時からで……今は十四時だけど……?」

 デスクトップのデジタル時計を見て、砂月は形の良い黒い瞳に、僅かに不安げな色彩を浮かべた。長い睫毛が、瞬きをすると揺れる。髪色も同様の黒で、艶やかで絹のようだ。モデルをしていた父によく似ている砂月は、容貌が麗しい。

「当初は【ログアウト不可】による混乱が予想されるが、AIによるアナウンスが行われる上、すぐに収束すると考えられる。以後、俗称『現代ニホン』を脱出し、国民の一割は【ファナティック・ムーン】で生きる事となる……か。え? ログアウト不可事件は、各国でAIの暴走と言われて発生してるけど、こんな事あるのか……な?」

 小首を傾げた砂月は、それから腕を組んだ。
 もしここに記載されている事柄が事実ならば、本日十八時に【ファナティック・ムーン】にログインしていた場合、ログアウト不可となり、肉体が消失し、不老不死となるというように読みとれる。

「……」

 砂月は思案した。
 ログインすべきか、しないべきか。
 ――どうせ、現実には未練は無い。既に唯一の家族だった父は亡くなり、心を許せる友人の一人すらいない。恋人も無論だ。ならば、現実よりも、いつも【ファナティック・ムーン】の方が楽しく遊べているのだから、【ファナティック・ムーン】の世界に行くというのは悪くないことのように思えた。

「……まっ、真偽はどうあれ、【ファナティック・ムーン】でログアウト不可になった時に備えて、今のうちに色々準備でもしてみよっかな」

 砂月は唇の片端を持ち上げた。
 まだこの時は、半信半疑に他ならなかった。



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