君は、お、俺の事なにも知らないし、俺だって君の事知らないのに結婚て……? え? それでもいい?

猫宮乾

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―― 本編 ――

【007】玲瓏亭の夜(SIDE:静森)

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「おかえりなさいませ、【トーマ】様」

 静森がギルドホームへと帰還すると、黒いスーツ姿のギルメン達が周囲を取り囲み、ビシリと腰を折った。砂月と会っていた時のラフなシャツとローブのアバター姿から和服に着替えていた静森は、先程までの優しげな微笑ではなく、氷のような無表情である。どちらかといえばこちらがデフォルトだ。静森は、砂月の前でだけ笑うに等しい。余所ではめったに笑わない。

 なにかとトップギルド【エクエス】のマスターをしていると狙われがちなので、ギルメン達が護衛についているのだが、静森はその誰よりも強い。メインのJOBは魔術師であり、魔術師ランキング一位だが、接近戦のスキルレベルも上げている。

 完全にトップダウン型のギルドとなったのも、静森の強さと、理知的で冷静、時に冷徹な采配の結果であり――実際に静森にはカリスマ性がある。少なくともこのギルドにおいては、静森が右だといえば、左であるものも右に変わる。地面と天がひっくり返ったと静森が言えば、そうだとギルメンは賛同することだろう。そして【エクエス】には傘下のギルドも多く、そうでなくとも【エクエス】に逆らえる者は少ない。

 王者。
 素性を隠している、というよりは、一部のギルメンの前以外にはあまり顔を出さないが、静森が絶対的な王であることを疑う者は、少なくともこのギルドにはいないし、他のがちギルドの面々も、顔を見たことすら無いのに【トーマ】の名前には怯える。

 藤間静森が本名だ。キャラ名は静森であるからフレンドリストにはそう表示されるが、普段はトーマで通している。律儀に苗字で名乗っていたのが初期の頃のプレイスタイルだった。まだ、VRには慣れていなかった。現在、二十四歳。砂月の三歳年上である。【ファナティック・ムーン】歴は七年だ。【エクエス】を設立したのは五年前の事で、すぐにトップギルドへと駆け上がった。

 歩きながら静森は、本日の報告に耳を傾ける。無表情で視線を向け、頷き、時に一言二言聞き返す事もある。

 ――だが、今日に限っては頭にあまり入ってこなかった。重要事項は勿論認識はしているのだが、なにせ砂月と結婚できたのである。大好きな相手と結婚できたのだから、機嫌がよくないはずもなく、顔には出さずに歩いているが、気持ちはハッピーでならない。

 その後ギルドホームの奥にある和室へと移動し、静森は掛け軸の前に座った。
 そしてギルメンが淹れてくれたお茶が差し出された時、一口飲み込んで、砂月が淹れてくれた珈琲を思い出した。今度は自分が淹れてやりたいと本心から思っている。砂月の珈琲も美味しかったが、砂月を幸せに出来るならばなんでもしたい。

「トーマ様。次は、【Lark】との連合の件なのですが」
「ああ」
「やはり先方の条件としては、一度、【Lark】のサブマスの【夜宵やよい】様と、会食の場を設けて欲しいとのことで……もし気が合った場合は、お互いの関係を強固にするために結婚を、とのことで」
「そうか」
「トーマ様。あくまでも『気が合った場合』で構わないと、先方が少し譲歩致しました」
「だからなんだ?」
「……、……」

 静森が双眸をスッと眇めると、その場に威圧感が溢れたように変わり、ギルメンというよりは部下という表現が正しい周囲が凍りついた。

「【Lark】の力が無くとも攻略は可能だと俺は考えている。だが、確かに一度話をしてみてもいいだろうな」

 いい加減お見合い話を持ってくるな、と。
 しつこい、と。
 直接言ってやりたい気持ちが静森にも無いわけではない。
 なにより重婚は不可能なので、『既に伴侶がいる』という最高の断り文句もある上、もっと最高な事にその伴侶は愛する砂月だ。

「日取りを調整してくれ。三十分程度ならば話しても構わない。先に俺かあちらが席を立たない限りは」
「しょ、承知致しました! 連絡をし、調整しておきます!」

 報告していた部下が、コクコクと首を縦に振り、慌てたように踵を返す。
 それから静森は、黒い卓の上に積まれている書類の山を見た。
 パソコンオブジェは存在しないので、紙に手書きで仕事の処理をする事が多い。紙や文房具は生産スキルで作成可能だ。なにかと静森のサインやハンコが必要な書類が多い。それもあって、ログアウト不可になってからは今までより雑務が増え、物理的に表に出る機会が減ったというのもあるが、静森は報告書にはきちんと目を通しているので様々な事を文字列上では知っている。

 その後、ギルメン達が出ていき――二人、サブマスが残った。

「なんだ?」 

 書類の処理を始めていた静森が顔を上げると、右隣に立っていた悠迅ゆうじんがしげしげと静森の左手を見る。左にはもう一人のサブマスの有架ありかが立っている。

「なぁ、静森」

 悠迅は、静森を名前で呼ぶ数少ない一人だ。ギルメン達の前ではトーマと呼ぶが、このメンバーだと静森と呼ぶ。

「だからなんだ?」
「聞いていいのか聞かない方がいいのか判断がつかないんだけどよ。お前めちゃめちゃ機嫌よくないか? しかもなんだその左手の結婚指輪。それ結婚指輪以外には俺には見えないぞ? 少なくともペアリングだろ? 生産品の」
「ああ。鍛冶も少し上げているから、無事に作る事が出来てホッとしている」
「いやそうじゃねぇよ! なにお前、いつの間に結婚したわけ? お見合い話避けか?」
「今日の日中プロポーズした」
「はぁ!? どこの誰に!?」
「落ち着くまで煩わせたくないから、後日機会があったら紹介する。本当はふれてまわりたいんだが、あちらの生活を壊しかねないからな」
「そりゃそうだよ。俺ならお前と結婚なんて死んでも嫌。狙われるか、嫉妬されて刺されるか」
「安心しろ。俺もお前と結婚するような気になった事は、バフ婚ですらない」

 伴侶同士では特別なスキルをかけられるので、時折バフ婚というものが発生している。効果は様々だ。二人でスキルクエストを行ったものに限って、使用可能になる。

「静森様」

 すると有架が腕を組んだ。

「逆に保護した方がいいと私は思うが?」

 長身の女性である有架は、こちらも静森に負けず劣らずの無表情だ。筋骨隆々としていて逞しい女性剣士である。

「徐々に一緒に暮らしていこうと話していてな」

 静森は書類に再び視線を落としたが、口元が緩むのを止められなかった。徐々にというのはそういう意味では無かったかもしれないが、静森の中ではそういう事になっている。

 静森の微笑を見て、悠迅が呆気にとられた顔をした。

「お前の笑顔……思い出し笑いを引き出すって、どんな魔性なんだ? え? 美人?」
「ああ、とても美人だが、手を出したら絶対に許さないからな」
「知らない相手に手出しできないし、知ってる相手なら言ってもらわないと自衛できませんけどぉ!?」

 なお悠迅がこのように砕けた口調なのは、二人がリアルでも友人だからである。大学時代に二人で起業した仲で、社長と副社長でもあった。

「男か女かヒントだけでもくれ」
「男だが、お前の知らない相手だ」
「なるほどぉ……美人の男は今後避けるわ手を出すの」
「お前はいい加減シモの緩さを直したらどうだ? 有架の前で卑猥だろう」
「直接的に言ったのは全部静森だからぁ!! 俺、そんなに緩い? えっ!?」

 友人が有架を見る。有架は仏頂面で頷いている。

「とても緩いと私も思う。刺されるとしたら、悠迅様も同程度の確率だろうな」

 同じサブマスだが、悠迅の方が立場が上なので、有架は悠迅にも『様』とつけている。他に、サブマスの下には、『執権』と呼ばれる幹部がいる。

「ま、まぁ、でもなんだ? 結婚おめでとう! あとでなにか結婚祝いを渡す」
「それはありがたいな。伴侶に、友達がいるというアピールにもなる」
「アピールに使うなよ、俺の善意をぉ!」
「私からも後でお贈りさせて頂く」

 そのようにして、【エクエス】のギルドホーム、【玲瓏亭】の夜は更けていった。
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