君は、お、俺の事なにも知らないし、俺だって君の事知らないのに結婚て……? え? それでもいい?

猫宮乾

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―― 本編 ――

【006】初めての家

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 ハウス機能で静森も己の家には入れるように設定した砂月は、今さらながらに心拍数が酷い状態になりながら、ぎこちない仕草でコーヒーを淹れていた。家に訪れた静森をリビングのソファに促してから、ずっとド緊張している。

 早く淹れなければという思いと、そうすればソファは横長の品が一つしか無いので並んで座るという状態になるからさらにドキドキしてしまうだろうという思いから、手が震えそうになった。

 それでもなんとか淹れ終えて、トレーに載せてリビングへと戻る。

「どうぞ」

 しかし声には緊張を出さないように気を配った。

「悪いな。気を遣わないでくれ」
「ふ、普通結婚したら気を遣うんじゃ?」
「いいや。親しき仲にも礼儀はあるかも知れないが、今まで通り気楽にして欲しい」
「尽力します!」

 砂月はそう答えてカップを静森の前とその隣に置いた。そしておずおずと静森の横に腰を下ろす。距離が近くて、それだけで胸が破裂しそうだった。恋愛というものがこのようにドキドキするものであることを、砂月は初めて知った。意識しすぎておかしくなりそうである。

「うん、美味いな。さすがは生産カンストだ」
「やっぱり生産レベルで味が変わるって本当なんだね」
「そのようだな。俺もお茶を淹れるのは美味いと褒められたことがある」

 冗談めかして静森が笑った。そういえば調理をしていると話していたなと、砂月は思い出した。

「ギルメンさんによくお茶を出すの?」
「――いいや。どちらかといえば俺は出されたものを飲む方だ」
「そうなの? 結構横着なんだ」
「砂月に限っては、毎回俺が淹れても構わないが、まぁそうかもしれないな」
「……特別扱いしすぎじゃ?」
「特別だからな。お茶の一杯でそう感じてもらえるなら、本当にいつでも淹れるが?」
「じゃあ今度お願いするよ」

 砂月は赤面しそうになるのを必死に押さえてそう述べた。

「ね、ねぇ? 本当に飯バフとかなら俺手伝えるから、欲しいものがあったら声をかけてね?」
「飯バフはありがたいが、他に欲しいものがあってな」
「なになに?」
「お前だ」
「っぶは」

 砂月は飲みかけた珈琲を吹き出しかけた。派手に咽せると、静森が慌てたように背中に手を添えた。その温度にすらビクリとしてしまう。

「砂月」
「ひゃ、ひゃい!」

 返事をしたら噛む始末だった。

「意識しすぎだ」
「へ」
「冗談……というわけではないが、別に俺は体が目的というわけではない。いつも余裕そうだったお前が俺の事を意識しているのが手に取るように分かって気を良くしたんだ。嬉しいものだな」
「なっ! からかったの!?」
「いいや? 本当に欲しいと思っているが……っく、可愛いな」
「やめてくれ! 恥ずかしい! 照れる! 糖分の固まりすぎる!」

 カップを置いた砂月は、両手で顔を覆った。顔から火が出そうな勢いである。
 その隣で、こちらこそ余裕のそぶりだが表情は実に嬉しそうな静森が、喉で笑った。

「色々な砂月の表情が見られるのが楽しくてたまらない」
「幻滅するかもしれないよ?」
「俺はどんなお前も受け入れたいと思っている」
「ふぅん」

 何も知らないじゃないかと言いかけた砂月は、そうしたらこの空気感が壊れてしまうと思い、口には出さなかった。その思考を自覚したのと同時には、現在の状態が心地良いのだとはっきりと認識してしまう。思っていたよりも、自分は静森の事が好きだったらしいと気づいてしまった。

「俺も……その……受け入れるからね!」
「そうか。砂月に対して誠実でいられるよう最大限の努力をしたい」
「俺、それは約束できないかも」
「砂月。俺は不倫だけは許さないからな。お前が他の誰かと恋をする姿など見たくもない」
「安心して、それはない」

 一瞬だけ静森の眼差しが鋭くなったのだが、砂月はそれには気づかず否定した。

「意外と独占欲強め?」
「お前に限っては独占欲の塊だ」
「程度でいうと?」
「程度、か……そうだな。相手を排除して砂月を家から出さない程度には俺は怒るだろうな」
「怖いよ。ヤンデレじゃん」

 砂月がクスクスと笑うと、静森が微苦笑した。

「なんと呼ばれようとも構わない」
「俺も静森くんの色々な一面を知れるのが凄く嬉しいみたいだ。もっと色々知りたい。好きな生産品の料理とかある?」
「どちらかといば和食が好みだ」
「ふぅん。今度作るね」
「期待している」

 そこからは気づけばいつも海辺のマップで話していたような雑談に移行した。話しているだけで楽しくて、時が経つのが早い。珈琲のおかわりを二度ほど淹れて、それを飲み終えた頃には、気づけば夕暮れになっていた。ちらりと砂月が腕時計を見ると、既に十八時半をまわっていた。

「砂月、俺はそろそろ帰る。夕食時は日によるが、ギルドで打ち合わせをする事が多くてな」
「サブマスとかなの? 幹部?」
「ギルマスをしている」
「あー、それっぽい!」
「それっぽい?」
「なんとなくカリスマっぽいのあるよ。多分。静森くん向いてそう」
「薄っぺらいお世辞でそう言われたのは初めてだ」
「よくお世辞だって分かったね」
「【ファナティック・ムーン】で人を褒めるときの常套句だろう。第一、第一声でギルマスかと聞かれなかったしな」

 くすくすと静森が笑ったので、砂月も笑顔で頷いた。

「まぁ忙しいのは分かったよ」
「ああ、悪いな。砂月は次はいつ空いている?」
「俺はいつでも空けられるから、静森くんに合わせられるよ」
「助かる。それではまた連絡する」
「はーい」
「ではな」

 そう述べると静森が立ち上がった。砂月は玄関まで見送りに向かう。すると靴を履いたところで振り返った静森が、砂月の腕を引いた。軽く足がもつれた砂月を、静森が抱き留める。そして額にキスをした。カッと瞬時に砂月は再び赤面して硬直する。

「今日は最高に幸せな一日になった。砂月、愛している」

 静森はそう言って腕を放すと、ドアを開けて帰っていった。真っ赤なままで呆然と砂月はそれを見送ったのだった。
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