鳥籠のΩは青銅色の夢を見る。

猫宮乾

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――第一章:籠の中の鳥――

【十一】

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 しかし僕には、ゼルスの身分なんて関係が無い。ゼルスがこうして話をしてくれるだけで、僕は幸せだ。

「キルトにとってこの塔は、暮らしやすいか?」
「塔の外を知らないから分からないよ」
「そうか。キルトに見せたい景色が沢山ある」
「僕は外には出られないから、口で聞かせて。どんな風景なの?」

 僕が尋ねると、ゼルスが長く瞼を伏せ、考え込むようにしながら笑っていた。その表情は、とても優しく見える。

「まずは本物の水路を見せたい。船に乗ろう」
「うん」
「それから俺の持つ邸宅の庭。自然のままに見える造りの庭なんだけどな、季節の花が美しいんだ。そこの温室の花も目を惹くが、魔法植物では無い自然の花も俺は綺麗だと思っている。春になると羽猫ハネネコが巣を作りに来る」
「羽猫? それは何?」
「動物だ。絵画に描かれる天使の羽に似た、白い羽が生えた猫達だよ」

 僕は動物には詳しくないから、上手く想像が出来なかった。天使もお伽噺の挿絵でしか見た事が無い。見たはずであるが、記憶には薄く、羽があったかも思い出せない。

 この日はそのような話をしてから、ゼルスは十六時の鐘が鳴ってすぐ、案内人に声をかけられ帰って行った。その後僕を部屋に戻るよう促しに来た案内人に、僕は聞いてみる事にした。自分から話しかけるのは、初めてだ。

「これからはゼルスとしか会わないの?」
「――ああ。ゼルス様の見学予約で日程は先まで埋まっている。辛いか?」
「どうして?」
「ゼルス様がいらっしゃらない日は、温室にも降りられないという事だ。終始部屋にいる事になる」

 そこまで考えていなかった僕は、何度か大きく瞬きをし、それから首を振った。

「辛くないよ。ゼルスとお話する事を、考えていれば良いって事だから」

 僕の返答に、案内人は細く長く吐息してから、螺旋階段を見た。

「戻る時間だ」


 このようにして、僕の新たな日々は始まった。僕は日がな一日、ゼルスの来訪を待つ事になったのだ。ゼルスは午前か午後の見学時間になると、見学に訪れる。僕達は、沢山の話をした。その内に、午前も午後も顔を出す日もあれば、どちらも来ない日もあるようになった。僕は、いつでもゼルスを待っている。

 ゼルスが来ない日は、僕は誰とも話をしない。だがこれは、元々の生活と同じだ。ゼルス以外、僕に声をかけてくれる人はいなかったのだから。けれど会話をする楽しみを僕は覚えてしまったから、寂しさはある。

「今日は来てくれるかなぁ」

 朝。
 目が覚めるとすぐに、僕はそう呟いた。ゼルスに早く会いたい。
 今日は、どんな話をしようか。僕はそればかりを考えていた。
 十時の鐘が鳴る少し前、本日も螺旋階段側の扉が開き、案内人が顔を出した。僕はそれを見て、嬉しくなった。ゼルスが来てくれた証拠だからだ。ローブを羽織り直し、一定の温度に保たれている部屋を出る。案内人に先導されて温室へ降り、僕はすぐに定位置へと向かった。

 そこにはゼルスがいるはずだと、僕は疑っていなかった。


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