11 / 27
――第一章:籠の中の鳥――
【十一】
しおりを挟むしかし僕には、ゼルスの身分なんて関係が無い。ゼルスがこうして話をしてくれるだけで、僕は幸せだ。
「キルトにとってこの塔は、暮らしやすいか?」
「塔の外を知らないから分からないよ」
「そうか。キルトに見せたい景色が沢山ある」
「僕は外には出られないから、口で聞かせて。どんな風景なの?」
僕が尋ねると、ゼルスが長く瞼を伏せ、考え込むようにしながら笑っていた。その表情は、とても優しく見える。
「まずは本物の水路を見せたい。船に乗ろう」
「うん」
「それから俺の持つ邸宅の庭。自然のままに見える造りの庭なんだけどな、季節の花が美しいんだ。そこの温室の花も目を惹くが、魔法植物では無い自然の花も俺は綺麗だと思っている。春になると羽猫が巣を作りに来る」
「羽猫? それは何?」
「動物だ。絵画に描かれる天使の羽に似た、白い羽が生えた猫達だよ」
僕は動物には詳しくないから、上手く想像が出来なかった。天使もお伽噺の挿絵でしか見た事が無い。見たはずであるが、記憶には薄く、羽があったかも思い出せない。
この日はそのような話をしてから、ゼルスは十六時の鐘が鳴ってすぐ、案内人に声をかけられ帰って行った。その後僕を部屋に戻るよう促しに来た案内人に、僕は聞いてみる事にした。自分から話しかけるのは、初めてだ。
「これからはゼルスとしか会わないの?」
「――ああ。ゼルス様の見学予約で日程は先まで埋まっている。辛いか?」
「どうして?」
「ゼルス様がいらっしゃらない日は、温室にも降りられないという事だ。終始部屋にいる事になる」
そこまで考えていなかった僕は、何度か大きく瞬きをし、それから首を振った。
「辛くないよ。ゼルスとお話する事を、考えていれば良いって事だから」
僕の返答に、案内人は細く長く吐息してから、螺旋階段を見た。
「戻る時間だ」
このようにして、僕の新たな日々は始まった。僕は日がな一日、ゼルスの来訪を待つ事になったのだ。ゼルスは午前か午後の見学時間になると、見学に訪れる。僕達は、沢山の話をした。その内に、午前も午後も顔を出す日もあれば、どちらも来ない日もあるようになった。僕は、いつでもゼルスを待っている。
ゼルスが来ない日は、僕は誰とも話をしない。だがこれは、元々の生活と同じだ。ゼルス以外、僕に声をかけてくれる人はいなかったのだから。けれど会話をする楽しみを僕は覚えてしまったから、寂しさはある。
「今日は来てくれるかなぁ」
朝。
目が覚めるとすぐに、僕はそう呟いた。ゼルスに早く会いたい。
今日は、どんな話をしようか。僕はそればかりを考えていた。
十時の鐘が鳴る少し前、本日も螺旋階段側の扉が開き、案内人が顔を出した。僕はそれを見て、嬉しくなった。ゼルスが来てくれた証拠だからだ。ローブを羽織り直し、一定の温度に保たれている部屋を出る。案内人に先導されて温室へ降り、僕はすぐに定位置へと向かった。
そこにはゼルスがいるはずだと、僕は疑っていなかった。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる