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――第一章:籠の中の鳥――

【十三】

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 午後になり、案内人に連れられて、僕は陰鬱な気分で温室に入った。するとドンドンと音がして、見ると焦ったような顔をしているゼルスがいた。僕も駆け寄る。そしてガラスの壁の前に立った。

「ルカス兄上が来ていったんだろう!? 大丈夫か? 兄上は少々口が過ぎる所があるし、時に人を揶揄して遊ぶ悪癖がある。酷い事を言われなかったか?」

 それを聞いて、難しい話の部分は理解出来なかったから、ゼルスに上手く伝えられないし、一番苦しい事を述べようと思った。

「僕……買われるんだって」
「何? 兄上が買うと言ったのか?」
「ううん。僕には運命の番がいて、その人が買いに来るんだって……」

 僕が呟くように小声で告げると、ゼルスが息を呑んだ。そして苦笑を吐息に載せた。

「ああ、なるほどな。そういう事か」
「ゼルスとは、もう会えなくなるんだね。僕、首飾りをずっと大切にする」
「どうして?」
「僕は誰かに贈り物をされたのが、ほとんど初めてだから」
「そうじゃない。どうして会えなくなるんだ?」
「買われたら、僕は塔から出て、唯一のαの家に住むんだよ? 会えない」
「――その唯一である運命の番は、ええとな……」

 片手でゼルスが口元を覆った。心なしかその頬が朱い。チラリと僕を見ては、視線を逸らすという動作を、ゼルスは何度か繰り返した。そうして僕に向き直った。

「……キルト」
「何?」
「俺は君が好きだ」
「僕もゼルスが好きだよ」
「それは友情だろう?」
「僕には友達がいないから分からない」

 好きは、僕にとって、一種類しか今の所無い。誰かを好きだと思ったのは、ゼルスが初めてだからだ。この気持ちが友情なのかと問われても、僕には分からない。

「俺はその、四六時中キルトの事を考えていて、キルトを見ると心拍数――胸がドキドキして、君が笑うと舞い上がり、君が悲しそうな顔をすると焦燥感に駆られる。そう言う好きだ。恋情――愛といえば分かるか?」

 それを耳にして、僕は驚いた。

「僕も全く同じだよ。毎日ずっとゼルスの事を考えているし、ゼルスといるとドキドキするし、ゼルスが笑うと嬉しいし、ゼルスが困った顔をしていると悲しくなるよ」

 正直に告げると、ゼルスが驚いた顔をした。それから、嬉しそうに唇で弧を描いた。

「いつからだ?」
「話をする内に、気づいたら、そうなってた」
「俺も同じだ。最初は外見に一目惚れし、香りに飲まれたんだけどな」
「僕もゼルスの香りも好きだよ」
「運命の番同士は、特別な香りを嗅ぎ取るという話は、兄上から聞いたか?」
「難しいお話だったから、聞いたかもしれないけど覚えてないよ」

 素直に答えると、ゼルスが吹き出した。その表情は、とても優しい。

「俺達は、お互いに香りを感じている。運命の番同士という事だ」
「え……?」
「ただ仮にそうでなかったとしても、俺は君を好きになっていたと思う。愛してる、キルト」

 僕はその言葉を聞いた瞬間、嬉しさがこみ上げてきて、思わず唇を噛んで感情の変動に耐えた。ゼルスの言葉が無性に嬉しいのだ。胸に響いてくる。ゼルスの瞳が、声が、香りが、気配が、全てが、僕には特別に思えた。

「君を購入したいと願っているのは、この俺なんだ」
「っ」
「どうしても、キルトが欲しい。俺に買われてくれないか?」
「ゼルスは前に好きな人がいるって……それに子供も沢山望まれてるって……」
「まだ分からないか? 俺が好きなのはキルトだ。キルトがそばにいてくれるならば子を作らなくても良いと思うほどだが、運命の番同士であるから、子は成せる可能性が高い。発情期を促す薬も、秘匿されているが存在する。キルト、何も心配はいらない」

 なんと返答すれば良いのか分からなかった。ただ心配はいらないと、力を込めてゼルスが言ったから、僕はそれを信じたいと思った。

「僕は、ゼルスについて行きたい」

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