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―― 本編 ――

【三十】レストラン

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 それから二十分ほど走り、車が小さな三階建てのペンションの駐車場に停車した。一階がレストラン、二階と三階が、オーナーの居住スペースと宿泊施設を兼ねているらしい。

 冬季にスキー場がオープンすると、予約でいっぱいになるという話だ。夏季は、避暑をするには夏も暑い土地柄でもあるので、青辻のように都会で縁がある者の宿泊を予約で受け付けているのみとのことだった。

「深水に来る時は、俺は必ずここに泊まるんだ」

 そう言って青辻がドアを開けると、鐘の音がした。奇抜なデザインの扉とはめ込まれた窓のペイントは、そこだけ切り抜いても御伽噺に出てきそうな代物だった。

 青辻に促されて中に入ると、目を惹く絨毯やインテリアがあり、カウンターの奥にいた青年が振り返った。可愛らしいアップリケが施された黒いエプロンをしているオーナーが、カウンター脇から出てくる。

 少し年上に見える青年は、柔和に笑うと片手で席を示した。

「泰孝が人を連れてくるのは初めてだね。ようこそ、歓迎します。この店のオーナーの、常盤偲ときわしのぶと言います。今日は、ゆっくりなさって下さいね」

 細い目を更に細めて、唇で弧を描いている青年オーナーに、緊張しながら槙永は会釈した。本日の予約客は、青辻と槙永の二人のみらしい。促された窓辺の席に座し、目の前にある皿を槙永が見る。

「メニューは、お任せのみなんだ。最高のものを頼んでおいたから心配しないでくれ」

 チラリと見たメニューの金額に、槙永はカードを使えるか聞きたくなった。

 割り勘であるならば、手持ちでは足りない可能性が高い。北欧料理の店に足を運んだのは人生で初めてだったが、かなり値が張る。

「青辻さん、あの……カードって使えますか?」

 小声でひっそりと聞いた時、丁度飲み物をもって常盤が現れた。

「使えるけど、もう泰孝から貰ってますよ?」
「ああ、食事代か? 槙永くんは気にしないでくれ。誘ったのは俺だ。俺が払う」
「で、でも……」

 困惑して槙永は反論しようとしたのだが、手持ちが無いので言葉にならない。すると常盤が楽しそうに笑った。

「おごらせておけば良いんですよ。泰孝は、こう見えて、セレブリティって奴ですしね」
「否定はしないが、俺は好きじゃない奴にはおごらないぞ」
「おやおや。では、僕は毎回ご馳走になっているので好かれていると思って良いのですか?」
「おい偲! 槙永くんの前で語弊がある言い方をする必要性があるのか?」
「恋のエッセンスでしょう?」
「はぁ? 邪魔だ邪魔。必要以上に近づくな」
「どうしましょうかねぇ。何度も見に来てしまうかもしれません」
「その度に、料理を持ってくるならば、かろうじて文句は言わない」

 実に親しそうな二人のやり取りを見て、槙永は少しだけ胸が痛くなった。何度も宿泊しているなどの理由があるのかもしれないが、そもそも呼ばれ方からして違う。オーナーは苗字ではなく、『偲』と下の名前で呼ばれているが、槙永は苗字だ。そんな事すら気になってしまう。それだけ槙永は、青辻を意識していたし、既に好きになっていた。

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