干された小説家の俺、人気作家のハウスキーパーになり、頭を抱えさせる。恋愛的な意味で。

猫宮乾

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―― 本編 ――

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 いつ意識を飛ばしたのかは分からなかったが、起きると行永の姿はなかった。俺は気怠い腰を引きずってシャワーを浴びた。そして外に出ると、キッチンでジュースのペットボトルを傾けている青真くんがいたものだから、俺は硬直した。

「あ、青真くん、き、昨日――」
「はい? お金の話?」
「そ、そうじゃなくて、俺と行永が、その……」
「ああ、父さんが愛人を連れ込むのは珍しくないんで」

 青真くんはそう言うと退屈そうな顔で、部屋に戻った。
 残された俺は、呆然とした。

「愛人……」

 そうか、と、思った。亡くなったとはいえ行永には奥さんがいるわけだし、最近夜出かけないのは、風俗嬢の代わりに、俺という近場の性処理相手が出来たからで……そうか、愛人か。

「男でも、愛人っていうんだな」

 ぽつりと呟きつつ、あまり現実感は無かった。ただ、俺は行永と自分がどういう関係なのか分かっていなかったから、愛人という言葉が胸にストンと落ちた瞬間だった。


 その夜、俺は小説を完成させた。推敲まで終わった。

「うん。俺は好きな感じ。我ながら良い感じだな」

 この作品が結果を出すかはともかく、一つ俺は満足していた。すると音もなく入ってきた行永が、後ろから俺の印刷した紙を覗き込んだ。

「へぇ。面白そうな出だしだね」
「っ、あ」
「僕、明日、昌波さんと打ち合わせだけど一緒にいくかい?」
「え?」
「今の僕なら、笹猶静佳なんか怖くないから、読んで面白ければ推薦してあげるよ。読ませて。つまらなかったら、まぁ、僕の家のハウスキーパーの報告でもすればいいさ」

 そう言うと、行永が俺の原稿を取り上げた。
 その場で読み始めたため、俺はなんとも気恥ずかしくなって、キッチンから珈琲を二つ持ってきて、その場で待機した。片方を飲みつつ行永が目で活字を追っている。そうして三時間。行永が顔を上げた。

「紹介したくないな、これは」
「……つまらなかったか?」

 どんよりと俺は落ち込んだ。すると行永が吹き出した。

「逆だよ。残念ながら、面白すぎる。やっぱりいらつくほどに、砂原くんには才能があるよね」
「へ?」
「僕より少しデビューが早かっただろ?」
「うん?」
「僕はきみのデビュー作を読んで、絶対に負けないって思ったよ。ただ、勝ったと思ったことは一度も無い。きみが書かなくなったというか、干されちゃったからではあるんだけどね――悪いけど、きみの考えるミステリーは最高に面白い」
「……」
「僕の場合は、恥ずかしながらトリックが思いつかなくていつもホラーだ。ただ、仮にきみにホラーを書かせたとして、僕はきみに勝てるかは分からない」
「創作は勝ち負けじゃないと俺は思う。でも、褒めてくれてるのは分かった。お世辞、じゃないよな? 信じていいんだよな? 俺が、そ、その、お前に抱かれてるから、お情けで言ってるとか、そういうんじゃ……」
「勿論違うよ。僕は越えるべき目標をいくつも持ってる。その最初のハードルがきみだっただけだ。でも、まだ越えられていない。他はたやすかったんだけどな」

 微苦笑して見せた行永と、その日俺は、小説について語りあった。
 この日、行永は俺を抱かなかった。



 出版社に行くのが久しぶりで緊張していると、出迎えてくれた昌波さんが、俺と行永を小さな会議室へと案内した。ソファに座っていると、珈琲を出された。行永は、角砂糖を二つ入れている。俺はブラックだ。昌波さんは、扇子で顔に風を送りながら俺達を見ている。

「上手くやれてますか?」
「ええ、砂原くんはとても料理も上手で、青真も僕も助かってますよ」
「そうですか。ところで行永先生、次作の件なんですが――ええと、砂原先生も同席していいんですかね?」
「はい。次回作は――」

 と、こうして打ち合わせが始まった。俺が黙って聞いていると、最後になって行永が、俺の原稿が入った封筒を取りだした。

「これ、砂原先生が書いた原稿なんですけど、面白かったですよ」
「――おお、行永先生が、推薦文と解説を書いてくれたりする感じですかね?」
「僕の方がキャリアは短いですが、それで良ければ喜んで」
「ほうほう。まぁ、砂原先生は才能がありますからね」

 にこりと昌波さんが笑った。俺は複雑な心境で、曖昧に笑う。本当に才能があったら、ここまでにも仕事の話が来るだろうと思ったからだ。

「ん」

 その時、俺と角あわせに座っていた昌波さんが俺を見た。

「砂原先生、唇荒れてますよ」
「え、あ……」
「ほら、かさかさだ」

 呆れたように昌波さんが、俺の唇を親指でなぞった。それから、ポケットからリップクリームを取りだした。

「どうぞ」
「え、あ、あ、っと、ありがとうございます」
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