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―― 第一章 ――
【019】死神
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社会の勉強をした翌日も、天気予報の通り、日射しが柔らかく暖かかった。
学習机の前に座り、図鑑を開いている澪のそばに立ちながら、そこに載っている美しい花々の名前を澪と語り合う。すると、澪が言った。
「たまにはお外に行きたい! お花も見たい! もうすぐ冬だから枯れちゃうのだろ?」
その言葉に、時生は少し思案してから、両頬を持ち上げた。
「そうだね。たまには外の空気を吸うのもいいね。家にばかりいたら、体が衰えてしまうし」
時生が頷くと、ひょいと椅子から飛び降りた澪が、時生の腕を引っ張る。
「行くぞ! 行くぞ!」
「待って。上着を着てからね」
時生の言葉に頬を紅潮させて、嬉しそうに澪が頷く。
澪の部屋のクローゼットを空け、洋装のコートを取り出した時生は、澪にそれを着せ、ボタンを留めていった。子供用の、駱駝色のダッフルコートだ。時生は本日も和装である。
こうして二人で部屋を出て、小春に出かけると伝えてから、玄関へと向かう。
座って靴を履く澪を手伝いながら、時生も洋風の品を履く。
扉を開けて外へと出ると、丁度過ごしやすい気温で、本日は風も無い。
「公園まで行こう」
「うん!」
澪の小さな手を握り、ゆっくりと時生が歩きはじめる。
温かな手の温もりが愛おしい。
「公園は、あっちにあるんだ。ブランコがある」
「僕も通りがかったことがあるけど、ジャングルジムもあったね」
「うん! おれ、夏に一番上までのぼれるようになったんだぞ!」
「すごい」
そんなやりとりをしながら真っ直ぐな道を歩いていく。
公園にはその後、二番目の角を右折して向かう。住宅地なので家々が並んでいるのだが、とても静かな場所なので、ひと気がない。時生は誰の気配もしないなと考えながら、公園を目指す。その時、やっと一人目の人影が見えた。正面に立っている。風のせいか、ゆらゆらと灰色の洋風の上着が揺れているなと思った時、時生は異変に気づいた。
風が無いにもかかわらず、灰色の衣がバタバタと揺れている。
変だなと気づいた時、それがどんどん自分達の方へと近づいてくる事に気がついた。
「っ」
よく見れば、足が地についていない。比喩ではなく、それは飛んでくる。
次第にその速度が速くなり、間近に迫った時、時生は目を見開いた。
その存在は、手に、黒く大きな鎌を持っていたからだ。フードの奥に見える顔は骸骨である。
「時生! 死神だっ!」
澪が怯えたように叫び、ぎゅっと時生の手を握る。
鎌が振りかぶられたのはその直後で、時生は澪を抱きしめ、左側に飛び退いた。
すると直前まで立っていた場所で、鎌が宙を斬った。
ドクンドクンと心臓の音が耳に障る。ぶわっと冷や汗が吹き出してきた。
抱きしめている澪が震えているのが分かる。
顔を向けた時生は、自分が守らなければと、だから怯えている場合ではないと、唇を引き結ぶ。なんとか澪だけでも逃がさなければならない。
時生にも目視出来るのだから、これが強いあやかしだというのは間違いない。
以前、偲も狙われることがあると話していた。
外に出たのは、迂闊だったのかもしれない。偲が澪を外にあまり出さなかったのも、そのせいなのかもしれない。後悔が襲ってくるが、今はそのような場合ではないと、唾液を嚥下し、時生は死神を睨めつける。
「と、時生! お、おれ、おれが……おれが倒してみるから、逃げろ。時生は、破魔の技倆を使えないんだろ?」
「逃げたりしません。澪様をおいていったりしません!」
そう時生が叫んだ時、再び鎌が振りかぶられる。
澪がギュッと時生の服を掴む。澪を隠すように庇ってから、なんとか鎌から体を庇おうと、無我夢中で時生は右手を前に出した。
――その瞬間だった。
熱い。掌が熱い。
時生がそう感じた時、死神に向けた掌から焔のように揺らぐ、青い光が出現した。
それは一瞬で大きな炎に変化し、襲いかかってきた死神を正面から飲み込んだ。
「っく」
なにかがごっそりと体から抜け出していく感覚がする。
そう自覚した時、青い炎が消えた。だがまだ掌のそばには、揺らめく焔がある。
全身が熱く、滝のように汗をかいており、髪が肌に張り付いてくる。
「時生……破魔の技倆、使えたのか……」
ぽつりと澪が言った。そちらを一瞥し、状況が分からないままだったが、必死で時生は笑おうとした。
「絶対に僕が守るから、大丈夫だよ」
安心させたくて、必死だった。
学習机の前に座り、図鑑を開いている澪のそばに立ちながら、そこに載っている美しい花々の名前を澪と語り合う。すると、澪が言った。
「たまにはお外に行きたい! お花も見たい! もうすぐ冬だから枯れちゃうのだろ?」
その言葉に、時生は少し思案してから、両頬を持ち上げた。
「そうだね。たまには外の空気を吸うのもいいね。家にばかりいたら、体が衰えてしまうし」
時生が頷くと、ひょいと椅子から飛び降りた澪が、時生の腕を引っ張る。
「行くぞ! 行くぞ!」
「待って。上着を着てからね」
時生の言葉に頬を紅潮させて、嬉しそうに澪が頷く。
澪の部屋のクローゼットを空け、洋装のコートを取り出した時生は、澪にそれを着せ、ボタンを留めていった。子供用の、駱駝色のダッフルコートだ。時生は本日も和装である。
こうして二人で部屋を出て、小春に出かけると伝えてから、玄関へと向かう。
座って靴を履く澪を手伝いながら、時生も洋風の品を履く。
扉を開けて外へと出ると、丁度過ごしやすい気温で、本日は風も無い。
「公園まで行こう」
「うん!」
澪の小さな手を握り、ゆっくりと時生が歩きはじめる。
温かな手の温もりが愛おしい。
「公園は、あっちにあるんだ。ブランコがある」
「僕も通りがかったことがあるけど、ジャングルジムもあったね」
「うん! おれ、夏に一番上までのぼれるようになったんだぞ!」
「すごい」
そんなやりとりをしながら真っ直ぐな道を歩いていく。
公園にはその後、二番目の角を右折して向かう。住宅地なので家々が並んでいるのだが、とても静かな場所なので、ひと気がない。時生は誰の気配もしないなと考えながら、公園を目指す。その時、やっと一人目の人影が見えた。正面に立っている。風のせいか、ゆらゆらと灰色の洋風の上着が揺れているなと思った時、時生は異変に気づいた。
風が無いにもかかわらず、灰色の衣がバタバタと揺れている。
変だなと気づいた時、それがどんどん自分達の方へと近づいてくる事に気がついた。
「っ」
よく見れば、足が地についていない。比喩ではなく、それは飛んでくる。
次第にその速度が速くなり、間近に迫った時、時生は目を見開いた。
その存在は、手に、黒く大きな鎌を持っていたからだ。フードの奥に見える顔は骸骨である。
「時生! 死神だっ!」
澪が怯えたように叫び、ぎゅっと時生の手を握る。
鎌が振りかぶられたのはその直後で、時生は澪を抱きしめ、左側に飛び退いた。
すると直前まで立っていた場所で、鎌が宙を斬った。
ドクンドクンと心臓の音が耳に障る。ぶわっと冷や汗が吹き出してきた。
抱きしめている澪が震えているのが分かる。
顔を向けた時生は、自分が守らなければと、だから怯えている場合ではないと、唇を引き結ぶ。なんとか澪だけでも逃がさなければならない。
時生にも目視出来るのだから、これが強いあやかしだというのは間違いない。
以前、偲も狙われることがあると話していた。
外に出たのは、迂闊だったのかもしれない。偲が澪を外にあまり出さなかったのも、そのせいなのかもしれない。後悔が襲ってくるが、今はそのような場合ではないと、唾液を嚥下し、時生は死神を睨めつける。
「と、時生! お、おれ、おれが……おれが倒してみるから、逃げろ。時生は、破魔の技倆を使えないんだろ?」
「逃げたりしません。澪様をおいていったりしません!」
そう時生が叫んだ時、再び鎌が振りかぶられる。
澪がギュッと時生の服を掴む。澪を隠すように庇ってから、なんとか鎌から体を庇おうと、無我夢中で時生は右手を前に出した。
――その瞬間だった。
熱い。掌が熱い。
時生がそう感じた時、死神に向けた掌から焔のように揺らぐ、青い光が出現した。
それは一瞬で大きな炎に変化し、襲いかかってきた死神を正面から飲み込んだ。
「っく」
なにかがごっそりと体から抜け出していく感覚がする。
そう自覚した時、青い炎が消えた。だがまだ掌のそばには、揺らめく焔がある。
全身が熱く、滝のように汗をかいており、髪が肌に張り付いてくる。
「時生……破魔の技倆、使えたのか……」
ぽつりと澪が言った。そちらを一瞥し、状況が分からないままだったが、必死で時生は笑おうとした。
「絶対に僕が守るから、大丈夫だよ」
安心させたくて、必死だった。
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