あやかしも未来も視えませんが。

猫宮乾

文字の大きさ
18 / 71
―― 第一章 ――

【018】社会勉強

しおりを挟む
 偲が忘れ物をしてから、五日が経過した。
 あと三日ほどで、師走になる。
 だが、本日は昨日までが嘘のように暖かい。新聞の天気予報を見ると、明日までは暖かいとの話だった。

 時生は本日、澪に現代社会を教えている。

「――と、五大財閥と個人商店があるんだよ」
「ふぅん。店、かぁ。俺も店の人に会いたい。お父様は、俺をあんまり買い物に連れて行ってくれないんだ」
「そうなんだ。うーん、お金の使い方も勉強した方がいいけど……まずは、どんな売り手の人がいるか、会ってみるといいかもしれないね」

 そう述べた時生は、ふと、朝渉が、今日の午後も八百屋兼万屋の鴻大が来ると話していたことを思い出した。

「澪様、お昼寝の時間、ちょっと遅く出来る?」
「うん。いつも絵本を読んでから寝るから、読まなければいいんだ!」
「そっか。じゃあちょっと、個人商店の人に会ってみる? どんな人が、食べ物の食材を運んできてくれるのかを、知ろうか」
「うん!」

 こうして昼食時、時生は澪を鴻大に会わせたいことを、渉に告げた。
 すると渉は笑顔で頷いた。

「いいんじゃないか? 社会勉強だな!」
「うん!」

 澪が元気に頷く。
 すぐに話はまとまり、三人でそのまま鴻大の来訪を待つことになった。
 午後の一時を少し過ぎた頃、勝手口の戸が開いた。

「ちわーっす。鴻大屋だ」

 入ってきた鴻大を、出迎えた時生は見上げる。彼は本当に長身で、肩幅も広く、筋骨隆々としている。本日も腰には布を巻いている。

「ん? おろ? お坊ちゃま? か?」
「うん! おれは礼瀬澪だ! よろしく!」
「わぁ、俺は旦那様にもご挨拶がまだなんだが、先に坊っちゃんにお会いするとは――光栄です、鴻大です」

 ニコリと笑って、鴻大が屈む。それから右手を差し出した。
 すると少し首を傾げて考えるようにしてから、澪がその手を握った。

「これか? 握手? おれ、合ってる?」
「合ってますよ。宜しくお願いします」

 きゅっと手を握ってから、鴻大が手を離す。それから楽しそうな顔をすると、右手を伸ばす。そして澪の首へと手を近づける。時生が何気なく見ている前で、鴻大は澪の首に、握るように触れた。そのまま、数秒が経過する。なんだろうかと時生が思っていると、鴻大が不意に澪の首の下をくすぐり始める。

「わっ、やめろ! くすぐったい! わー!」
「坊っちゃん、無防備にしてるとこういう目に遭うんだぞ?」
「くすぐったい! くすぐったい!」

 澪が笑っている。楽しそうなその声に、鴻大は子供好きなのだろうかと時生は考えた。これならば、勉強にも付き合ってくれるだろうと考える。

「鴻大さん。実はお店の仕組みを教えて欲しいんです」
「んー? どういう事だ?」
「澪様の勉学の一環です」
「なるほど」

 頷いた鴻大は、それから澪を見ると、非常に分かりやすく、顧客から注文を取り、それらの品をどのように手に入れ、配達していくかや、金銭のやりとりについて噛み砕いて教えてくれた。澪は興味津々な様子で聞いている。

「――まぁ、今の時期なんかは、そろそろ年末年始の品を頼まれ始めてるな。冬は何かと入り用だ」

 そう言ってまとめた鴻大に、時生は深々と頭を下げる。

「本当にありがとうございます」
「いやいや、こちらこそいつもご贔屓にして頂いてるからな。このくらい、なんということはないさ」

 ニカッと笑い、それから鴻大が、戸口へと振り返る。

「じゃあそろそろ仕事を実演するとしますか。荷を運ばなければな。渉!」
「はーい!」

 こうして本日も荷を下ろす仕事が始まったのだが、今日は時生は頼まれていなかったこともあり、澪を連れて部屋へと戻った。本日は、お昼寝にもつきそうことになっている。

 澪は布団に入ると、すぐに眠ってしまった。
 柔らかい髪の毛を、隣に寝転んで時生が撫でる。本当に愛らしい寝顔だなと考えた。



しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

処理中です...