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―― 第二章 ――
【039】初雪の午後
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この日は、捜索を終えた偲と共に、時生は早く帰宅した。
馬車を降りて見上げた空からは、ちらほらと白い雪が舞い降りてくる。初雪が降ったのは今朝のことで、まだ雪が収まる気配はない。雪といっても積もるほどではなかったので、馬車の往来に問題は無かった。
「時生ー!」
出迎えた澪が、真っ直ぐに時生へと飛びつく。両頬を持ち上げて、時生は抱き留めた。隣では偲がマフラーを外している。
「お父様より時生の方がよくなってしまったのか?」
「うん!」
「そ、そうか……」
偲が短く呻いた。するとその後顔を上げた澪が悪戯っぽく笑い、時生の腕を抜けて、続いて偲に抱きついた。
「お父様も大好きだぞ!」
「『も』……」
「うん!」
「子供は素直で参ってしまうな」
言葉とは裏腹に気を害した様子はなく、偲は澪の頭を撫でてから、しゃがんで愛息子を抱きしめた。澪が目を丸くして偲へと顔を向ける。
「お父様」
「なんだ?」
「寂しいぞ」
「ん?」
「お父様が時生を連れて行ってしまったから、おれは寂しいぞ!」
真っ直ぐなその言葉に、時生は嬉しくなる。
偲は苦笑すると、澪を抱き上げて優しい眼差しを向ける。
「お母様がいるけど、時生とお父様にももっといてほしいぞ!」
「そうだな、ここのところ立て込んでいたものな。そうだ、今度一緒に出かけるとしようか」
「うん! 約束だ!」
そんなやりとりをしながら家の中へと入り、時生は着替えに部屋へと戻った。
そして軍服を脱ぎ、普段着の和服に着替えながら、両腕を上げて体を伸ばす。
すっかり、帰ってきたという気になるようになったこの部屋が、愛おしい。
「もうすぐ年末かぁ」
昨年までであれば、凍える手で水仕事をする事が多かったのが冬だ。しかし今年は、手袋さえ与えられている。なんて恵まれているのだろうかと考えてしまう。
「だけど、手伝える事があったら手伝おう」
一人頷いて時生は、部屋を出る。
そして階下へと向かい、一度台所に顔を出すと、鴻大から渉が酒瓶を受け取っていた。
その姿を見ていると、鴻大が顔を上げた。
「おお、時生。なんだ、久しぶりだなぁ。最近また顔を見なかったが」
「ちょっと外で働き始めたんです」
笑顔を返した時生は、本日も何気なく鴻大の腰元の布を見た。そこにはやはり花のような模様がある。逆側には、今度は城のような模様が増えていた。様々な種類があるのだなと、漠然と考える。
「運ぶの、手伝います」
「ああ」
鴻大が頷く。渉も遠くから声をかける。
「頼んだ。今日の量、凄く多いんだよ!」
こうして時生は荷運びを手伝った。そうしていたら、少しして声が聞こえてきた。
「時生! 時生!」
振り返ると、小春に連れられて澪がやってきたところだった。澪はそれから鴻大に気づくと、駆け寄った。
「鴻大だ!」
「おお、澪様。今日も元気そうだな」
「うん!」
親しくなった様子に時生が目を丸くしていると、鴻大が屈んで澪の頬に触れた。それから、その手を澪の顎の下へと伸ばす。
「く、くすぐったいぞ!」
「澪様は、ここが弱点だって覚えたからな」
「なんだとー!」
二人のやりとりは微笑ましいのだが、何故なのか一瞬だけ違和感を抱いた時生は首を傾げる。なにか、冬の寒さとは異なる冷気のような――殺気のようななにかが、本当に一瞬だけ駆け抜けた気がしたからだ。しかし巧く表現できないでいる内にそれは消失した。
振り返って澪が時生に駆け寄り、小さな手で抱きつく。
「そうだ、探しに来たんだ。お父様がカルタをしてくれるというんだ。一緒にやろう!」
「うん」
笑顔で頷き、時生は澪の手を握る。そして鴻大に一礼し、その場を後にした。
馬車を降りて見上げた空からは、ちらほらと白い雪が舞い降りてくる。初雪が降ったのは今朝のことで、まだ雪が収まる気配はない。雪といっても積もるほどではなかったので、馬車の往来に問題は無かった。
「時生ー!」
出迎えた澪が、真っ直ぐに時生へと飛びつく。両頬を持ち上げて、時生は抱き留めた。隣では偲がマフラーを外している。
「お父様より時生の方がよくなってしまったのか?」
「うん!」
「そ、そうか……」
偲が短く呻いた。するとその後顔を上げた澪が悪戯っぽく笑い、時生の腕を抜けて、続いて偲に抱きついた。
「お父様も大好きだぞ!」
「『も』……」
「うん!」
「子供は素直で参ってしまうな」
言葉とは裏腹に気を害した様子はなく、偲は澪の頭を撫でてから、しゃがんで愛息子を抱きしめた。澪が目を丸くして偲へと顔を向ける。
「お父様」
「なんだ?」
「寂しいぞ」
「ん?」
「お父様が時生を連れて行ってしまったから、おれは寂しいぞ!」
真っ直ぐなその言葉に、時生は嬉しくなる。
偲は苦笑すると、澪を抱き上げて優しい眼差しを向ける。
「お母様がいるけど、時生とお父様にももっといてほしいぞ!」
「そうだな、ここのところ立て込んでいたものな。そうだ、今度一緒に出かけるとしようか」
「うん! 約束だ!」
そんなやりとりをしながら家の中へと入り、時生は着替えに部屋へと戻った。
そして軍服を脱ぎ、普段着の和服に着替えながら、両腕を上げて体を伸ばす。
すっかり、帰ってきたという気になるようになったこの部屋が、愛おしい。
「もうすぐ年末かぁ」
昨年までであれば、凍える手で水仕事をする事が多かったのが冬だ。しかし今年は、手袋さえ与えられている。なんて恵まれているのだろうかと考えてしまう。
「だけど、手伝える事があったら手伝おう」
一人頷いて時生は、部屋を出る。
そして階下へと向かい、一度台所に顔を出すと、鴻大から渉が酒瓶を受け取っていた。
その姿を見ていると、鴻大が顔を上げた。
「おお、時生。なんだ、久しぶりだなぁ。最近また顔を見なかったが」
「ちょっと外で働き始めたんです」
笑顔を返した時生は、本日も何気なく鴻大の腰元の布を見た。そこにはやはり花のような模様がある。逆側には、今度は城のような模様が増えていた。様々な種類があるのだなと、漠然と考える。
「運ぶの、手伝います」
「ああ」
鴻大が頷く。渉も遠くから声をかける。
「頼んだ。今日の量、凄く多いんだよ!」
こうして時生は荷運びを手伝った。そうしていたら、少しして声が聞こえてきた。
「時生! 時生!」
振り返ると、小春に連れられて澪がやってきたところだった。澪はそれから鴻大に気づくと、駆け寄った。
「鴻大だ!」
「おお、澪様。今日も元気そうだな」
「うん!」
親しくなった様子に時生が目を丸くしていると、鴻大が屈んで澪の頬に触れた。それから、その手を澪の顎の下へと伸ばす。
「く、くすぐったいぞ!」
「澪様は、ここが弱点だって覚えたからな」
「なんだとー!」
二人のやりとりは微笑ましいのだが、何故なのか一瞬だけ違和感を抱いた時生は首を傾げる。なにか、冬の寒さとは異なる冷気のような――殺気のようななにかが、本当に一瞬だけ駆け抜けた気がしたからだ。しかし巧く表現できないでいる内にそれは消失した。
振り返って澪が時生に駆け寄り、小さな手で抱きつく。
「そうだ、探しに来たんだ。お父様がカルタをしてくれるというんだ。一緒にやろう!」
「うん」
笑顔で頷き、時生は澪の手を握る。そして鴻大に一礼し、その場を後にした。
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