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―― 第三章 ――

【050】既視感

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 翌日も時生は休暇だったので、午前中は澪と英語の絵本を読んで過ごした。
 そして午後になり階下に降りると、渉が酒瓶を運んでいた。

「手伝おうか?」

 時生が声をかけると、顔を上げた渉が笑顔で頷いた。

「頼む! 鴻大屋さんから代わった店の人、まだ全部把握してないみたいで、こちらからお願いしないとならないこと多いんだよ」

 何気ないその一言に、牛鬼の事を思い出し、時生は表情を変えそうになった。鴻大のことは渉達には知らせていない様子だ。穏やかなこの家にまで、影が忍び寄っていたのだなと思うと、今でも背筋が冷える。

「商店街の根津見ねづみ屋さんに、日本酒を六升頼みいかないとならなくて」
「あ、僕が行ってこようか?」
「お願いします!」

 その後渉から簡単な地図を受け取って、時生は家を出た。
 雑踏を抜け、目的の店へと向かう。そして年末年始に必要な品の話をしてから、時生は店を出た。

 目の前に馬車が停まったのは、ひと気の無い角を曲がった時だった。
 正面の横断歩道を通らなければならないので、時生は馬車が走るのを待とうと立ち止まる。すると馬車の扉が開き、まだまだ珍しい洋装の女性が降りてきた。ふんわりとしたスカート、外套は暖かそうな毛皮だ。時生と同年代の彼女は、くせ毛に白いリボンを二つつけている。どこかで見たという既視感がある。しかしそれが何処であるのかは思い出せなかった。顔を上げた彼女は、それから真っ直ぐに時生を見た。若干つり目だ。

「貴方が、高圓寺時生さん?」
「は、はい」

 突然声をかけられて、時生は驚いて目を丸くする。

「やっぱりそうなのね。通りかかったら高圓寺家の破魔の技倆の気配がしたものだから、停めさせたの」
「貴女は……?」
「私? 私を知らないとは、やはりまだまだね。私は相樂雛乃ひなの。叔父様がいつもお世話になっているようね」

 相樂という名に、時生は小さく息を呑む。

「そうそう新鹿鳴館のお話は既に?」
「え?」

 時生が首を捻った時、馬車の御者が声をかけた。

「お嬢様、そろそろ」
「――ああ、そうね。お稽古に遅れてしまうものね。それでは、またね、時生さん。新鹿鳴館で」

 彼女はそう言うと、踵を返し馬車へと乗りこんだ。
 目の前で走り出す馬車を、暫しの間ぼんやりと時生は見送っていた。

 それから気を取り直して、一度空を見上げてから、時生は歩みを再開する。
 そして礼瀬家へと戻った。

「悪いな、お使いに行ってもらって!」

 台所で合流した渉の声に、やっと時生は気が抜けた。先程の遭遇が非日常的だったような心地になる。

「……だけど、何処かで見た事があると思ったんだけど」

 ぽつりと時生が呟くと、饅頭を片手に持っていた渉が顔を向けた。

「誰が?」
「あ、ううん。なんでもないよ」

 慌てて笑みを取り繕い、時生は首を振った。



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