1 / 8
―― 本編 ――
【序】雪の降らない街①
しおりを挟む――綿雪が舞い降りてくる季節だ。
黒髪の青年の頭に、ふわりと白い雪がのる。だがそれは、彼が一歩、会津深雪市に足を踏めると、不自然なほど唐突に降り止んだ。軽く頭を振り、黒いコートの肩を、同色の手袋で、青年は払う。すると雪が落ち、アスファルトに触れてすぐ、溶けて消えた。
彼は切れ長の黒い瞳でそれを一瞥してから、静かに歩いて行く。ブーツの色も、また黒だ。長身の青年は、歩道を進むと少しして、右手にあったフラワーショップの前で足を止める。
「いらっしゃいませー!」
自動ドアが開いてすぐ、朗らかな笑みの女性の店員が声を出した。青年を見ると、柔らかな表情になる。それは、彼がこの店に、たびたび立ち寄る常連だからでもあるし、整った造形に、時折見惚れるからでもある。
ガラスケースの中を見ていた青年は、反して無表情で、無機質な目をしている。
見る者に、冷酷な印象を与える。
だが、それから視線を揺らして、薄い青の薔薇の花弁を目にすると、少しだけ青年の口元が綻び、その瞳には優しい色が差した。彼は店員の女性に向かい振り返ると、片手を伸ばして、薔薇を示す。
「この青い薔薇を二十本ほど包んでくれないか?」
「畏まりました! プレゼント用ですか?」
「いいや、そういうわけではない」
「ラッピングは致しましょうか?」
「すぐに花瓶に生けるから、不要だ」
淡々とした声で、青年が答えた。女性店員は頷くと、ガラスケースに歩みより、その扉を開けて、示された青い薔薇を頼まれた数だけ手に取った。それから薔薇をまとめた後、レジの前に立つ。青年は支払いを終えると、青い薔薇の花束を手に、店から出た。
この街は、白く乾いている。
雪が降っている前後左右の街とは異なり、空は確かに白い雲で圧迫されているというのに、気象条件を無視したかのように、雪が降らない。時折、雨は降るが、それも不規則だ。街の住人は、天変地異だと困惑しているが、テレビの天気予報にも、この街だけは曇りか晴れの印しかでないけれど、テレビ局も県も国も『問題ない』としているので、不安はあっても受け入れている住人が大半だ。名前に反して雪が降る無い事を、『当然だ』とする者が多いのである。
青年は、そんな乾いた街の歩道を、ゆっくりと進んでいく。
そして暫く歩いた時、正面に立つ、全面ガラス張りの側部が斜めに張り出している、ハイセンスな深雪センタービルを見上げた。青に近く見えるガラスは、鏡のように街並みを移している。中には、各階ごとに様々な施設が入っている。それから青年は、再び正面に向き直った。その時のことである。
――まるで古のブラウン管のテレビにノイズが走った時のように、青年の正面の風景が、一瞬だけ亀裂が入ったかのように、ブレた。
片瞼を細くして、青年は立ち止まる。
そこには、道行く人もいれば、車道を走る軽自動車もいる。
いくつもの建物が並び、多数の人の姿がある。
だが、誰もがいつも通りの顔をしており、なにかが起こった気配など、微塵もない。
青年は暫くの間、薔薇の花束を左手に持ち、腕をおろしながら、正面を見据えていた。
15
あなたにおすすめの小説
「レジ袋はご利用になりますか?」
すずかけあおい
BL
仕事帰りに寄る、いつものコンビニで五十嵐 歩(いがらし あゆむ)はイヤホンをつけたまま会計をしてしまい、「――――?」なにかを聞かれたけれどきちんと聞き取れず。
「レジ袋はご利用になりますか?」だと思い、「はい」と答えたら、実際はそれは可愛い女性店員からの告白。
でも、ネームプレートを見たら『横山 天志(よこやま たかし)』…店員は男性でした。
天志は歩に「俺だけのネコになってください」と言って…。
当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話
屑籠
BL
サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。
彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。
そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。
さらっと読めるようなそんな感じの短編です。
悪役令息に転生したらしいけど、何の悪役令息かわからないから好きにヤリチン生活ガンガンしよう!
ミクリ21 (新)
BL
ヤリチンの江住黒江は刺されて死んで、神を怒らせて悪役令息のクロエ・ユリアスに転生されてしまった………らしい。
らしいというのは、何の悪役令息かわからないからだ。
なので、クロエはヤリチン生活をガンガンいこうと決めたのだった。
学園の卒業パーティーで卒業生全員の筆下ろしを終わらせるまで帰れない保険医
ミクリ21
BL
学園の卒業パーティーで、卒業生達の筆下ろしをすることになった保険医の話。
筆下ろしが終わるまで、保険医は帰れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる