十割です。

猫宮乾

文字の大きさ
1 / 6

【一】SIDE:操

しおりを挟む


 保育所の砂場にて。
 歪な和風のお城を、遠目に見ながら再現しようと試みていたら。

「なんだそのヤドカリみたいなの!」

 揶揄するように声をかけてきたガキ大将。
 ムッとした僕は、思わず相手を睨みつけたのだったか。

「これは、れっきとしたお城だ!」
「変なのー! お前才能ゼロ!」

 いじめっ子でもあるそいつは、大きく足を持ち上げて、僕が精一杯努力して築こうとしていた砂の城に向かい靴を向けた。あっ、と。僕は目を丸くし、固まった。このままでは、お城が壊れてしまう。瞬時にそうは思ったのだけれど、咄嗟の事に体が動かなかった。

「っ!」

 しかし、砂のお城は壊れなかった。直前で、いじめっ子のガキ大将を、黒髪の男の子が突き飛ばしたからだ。尻もちをついたガキ大将は、大粒の涙を浮かべ、号泣した。それを幼いながらに怜悧な眼差しで見下ろし、蔑むように吐息した少年は、いじめっ子を無視して、硬直していた僕を一瞥した。

「俺には城に見える。ただもう少し、シャチホコの大きさは調整してもいいと思う」

 それだけ言うと、その子は去った。
 これが、僕が初めて月芝十朱つきしばとあけを認識した瞬間である。
 格好良い……僕にとって、この時の十朱は、まさしくヒーローだった。

 ――あれから二十年。

 二十四歳になった現在、僕は十朱と偶然にも昨年再会を果たした。
 大学で経済・経営学部を卒業した後、僕はUターンする事に決めて、この宮生みやお町へと戻ってきた。宮生町は、隣の市のお城が遠目に見える、そこそこの観光地である。地元民もそこそこいるので、市町村合併などをする事も無く、今に至っている。

 そんな土地の駅ロータリーのそばに、現在僕が働く平楽屋へいらくやの新店舗がオープンしたのが、丁度昨年だ。
 チェーンの蕎麦店である。

 コスパ重視の平楽屋宮生駅前店は、安い・早い・そこそこの味を保証しながら、特に昼食時ランチタイムに、地元で暮らす大衆に根強い人気がある。

 まぁね、僕は思うんだ。美味しいは正義かもしれないけれど、貴重な休み時間に腹を満たす事だけを重視する人間は、実は少なくない。

 それと、二十四時間営業である点も有難がれている。田舎には、コンビニくらいしか、夜中も開いているお店は無いからだ。

 さてそんな僕は、現在一応は雇われ店長であり、主にホールとレジを担当している。しかし夕暮れになると学生のバイトが代わってくれるので、僕自身の定時は余程の何かがない限り、午後五時だ。

 と、言うわけで本日も、僕は制服から着替えて、平楽屋の外へと出た。最近は、陽が落ちるのが遅くなってきた。もうすぐ夏だ。そんな事を考えていたら、丁度路地を一本はさんだ隣の店の扉が横に開く音が聞こえてきた。ガラガラという古風な音に視線を向ければ、そこには暖簾をしまう為に、高級老舗蕎麦店月芝亭から出てきた所の、十朱の姿があった。

 高い・遅い・でも最高に美味しい――それが、古くから続くこの土地で一番の味と言われる十割蕎麦専門の月芝亭に対する僕の評価だ。中学卒業後、栄養関連の高専へ進学し、大学編入をして、その月芝亭を十朱が継いだのが、くしくも僕のUターンと重なった結果、僕達は再会したのである。

「なんだ、みさおか」

 苗字の三茶さんちゃではなく、下の名前の操と呼んでもらえる事が、実はひっそりと嬉しい僕でもある。三茶操という名に生を受けてから、僕はどちらかと言えば『三茶さん』と呼ばれて生きてきたからだ。

 しかし僕の名を呼ぶ十朱の表情は、非常に忌々しそうである。

 別段仕事疲れではないだろう。平楽屋とは異なり家族経営でバイト人員などはいない様子であるが、午前十一時に開店して、こうして午後の五時には大晦日以外暖簾を下ろす十朱は、その上繁盛するのも年末や、観光客が来る時期のみなので、正直暇そうである。

 地元民でも一目置く月芝亭は、新そばの季節にどうしても食したいといったつうの客や、それこそ年越し蕎麦や引越し蕎麦の依頼、宮生町で催し物がある際でもなければ、混む事は無いし、言っては悪いが敷居が高いとされている。その点、僕の平楽屋は気軽だと評判だ。味は劣るが、そこは勝負していないので、僕的には気にならない。

 ――勝負。

 同じ蕎麦屋同士である上、位置的にも隣り合っている為、現在の僕と十朱は、ある種の敵対関係にある。だが、僕にとっては、代わらず十朱はヒーロー……なのだろうか。最近ちょっとよく分からない。

 昔はそれこそ、格好良いと思っていたし、それは僕に限った評価ではなく、小・中時代になれば、十朱は非常にモテ始めた。特に二次性徴を迎えてからは、女子の多くが十朱に恋焦がれたほどだ。

 まず端正な容姿、艶やかな黒髪、若干細身ではあるが均整が取れた体つき……中身も、男前だ。それは砂場での一件の頃から変わらない。だが女子を弄ぶような事もせず、告白に対しては誠実に断っている姿を、俺は同じ小・中だったので幾度か見かけた。浮いた噂が全然無かった十朱は、クールだとか大人だとか、そんな評判も得ていた。実際、今もそういう部分はあると思う。

 一方の僕は、自画自賛するが、自称・他称共に、『顔だけは良い』と言われて育った。都会の大学に進学し、髪を染め、ユルくダラっと遊び惚けていた僕は、欲しいと思ったら、その相手の性別は男女を問わない。多分、バイなどと言うのだろうが、名前なんかどうでも良い。ただ、突っ込むのが専門なので、タチという点は明確だ。そんな僕から見ると、再会した十朱は――非常に艶っぽく見える。前は格好良いと思っていたが、最近美人だなぁと思ってしまう。

「操?」

 思わず無言で、じーっと十朱を見ていたら、怪訝そうに名を呼ばれた。僕は慌ててヘラリと笑ってから、軽く首を振る。

「何でもないよ。今日は何人、お客様来たの?」
「……二人だ」
「うちとはゼロが二個は違うね。二人かぁ。暇そうで良いね」
「いちいち嫌味な奴だな」

 ムッとしたような顔に変わった十朱を眺め、思わず僕はにやけてしまいそうになった。
 ――男前、クール。
 それが、僕の前では崩れる十朱を見ているのが、とにかく楽しい。

 月芝亭の制服は和装だから、チラリと見える鎖骨なんかが色っぽくて、もうかぶりつきたいほどである。

「だってランチタイムだけでも二百人は固いもん、僕のお店。忙しくていやになるよ。そろそろバイトをもうちょっと増やさないとなぁ」

 正直、十朱に構ってほしくて、僕はこういう事を言ってしまうのだと思う。これでは砂場でお城を踏みつぶそうとしたガキ大将と僕は変わらない幼稚さだろうが、まぁ良い。なんだっけな、あのいじめっ子。確か名前は、登藤とうどうだったっけ? 年長だったから僕らの一つ年上だったとは思う。あんまり覚えていないが。

「その点、そっちは良いよね。おばさんも接客が楽だろうし。そういえば、そっちのおじさんとおばさんは元気?」

 何気なく僕が聞くと、目を据わらせてこちらを見ていた十朱が、不意に顔を背けた。

「明日の仕込みがあるから、もう戻る」
「明日はお客さん、来ると良いね!」
「煩い」

 不貞腐れたように吐き捨てて、暖簾をしまい、十朱が月芝亭の中へと消えた。
 その姿を見送ってから、僕は微苦笑しつつ帰路についた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...