ゼーレの御遣い

猫宮乾

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―― 本編 ――

5:オルカ・ヒルフェ

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 街の結界を張り直すと同時に、吐血して意識を失ってしまったワイズの体をクロノスにのせて、ルカは久方ぶりに聖騎士団の砦の中へと入った。

 ルカ自身も血を吐いていたが、拭えばすぐに収まる程度だった。

「団長!」

 ワイズに向かって走り寄ってきた騎士に、ルカは彼の体を預ける。

「――すぐに聖水を飲ませた方が良い。このままだと、暫く聖光力が戻らなくて、最悪死に至るから」

 淡々とルカが言うと、何人かが走っていった。
 ワイズの体を支えている青年だけが、驚いたような顔でルカを見ている。

「貴方は?」

 団長であるワイズが、街の結界を張り直すために、力を借りに行くと言って出て行ったのを、副団長である彼――セイロンは見ていた。残ったのは、団長に何かあったときに、そしてこれ以上街が混乱したときに、騎士団を指揮する人間が必要だったからだ。

 幸い狂霊獣に襲われたのは、騎士団の砦と神学校だけで、街自体は無事だった。
 けれど結界を張り直す事が出来ないままだったら、どうなっていたかは分からない。

 それは兎も角、この騎士団で最も力の強いワイズがこのような状態であるにも関わらず、平然としている青年の事が、セイロンは奇妙に思えた。外見だけならば、二十代前半にすら見える。しかし何処か老成した空気を纏っていて、実力を探る事すら難しい。

「ッ……セイロン……大丈夫だ」
「団長! 意識が」
「まぁな……その人は、大丈夫だ」
「大丈夫とは……?」
「俺の前の、団長……っ」

 そう告げるとワイズが咳き込んだ。
 しかし響いた言葉に、セイロンが目を見開いた。

「――ヒルフェ前団長ですか……?」

 その言葉に、ルカは腕を組むと、溜息をついた。呼ばれたくない名前、思い出したくない過去の記憶が、どうしても過ぎるからだ。

 セイロンの声に、周囲の視線が一気にルカへと集まった。


 ――オルカ・ヒルフェは、この聖騎士団の歴代の騎士の中でも、最も実力のあった聖職者だとされている。最早伝説的存在だ。

 今から約六十年ほど前に、〝冥界の扉〟と呼ばれる時空の歪みをもたらす扉が出現する事件が起きた事がある。その扉が開いたとき、嘗ての世界は滅びたと、教皇宮の古文書に記してある事は、当時すぐに聖騎士団の耳にも入った。我関せずだった死神は兎も角、悪魔連中は面白がって、その扉を開こうとするものもいた。例えば、悪魔であるベルダンテ公爵と、その配下の悪魔達だった。

 現在の歴史書では、その一団と新ローマの戦争が起きた、と記載されている。だがそれは、混乱を防ぐために他ならなかった。

 もしまた冥界の扉が開けば、今度こそ、人間界は滅びるだろう。

 それが大多数の予測であり、必ず阻止しなければならない現実だったのだ。
 その為、現在長老と呼ばれる一線を退いた老騎士達が若かりし頃、御遣いに助力を願って、冥界の扉を消滅させた過去がある。あれが、直接的に、御遣いから力を借りた史上初の出来事だった。大抵は、加護して貰うだけだったが、冥界の扉に相対するためには、そうするしかなかったのである。

 当時御遣いを指揮し、冥界の扉を消滅させた英雄。

 それが騎士団に伝わる、オルカ・ヒルフェという伝説的な聖職者の逸話だ。
 本人は、その一件を最後に、騎士団を退いたのだとされている。
 大勢の人間が、ポカンとしたようにルカを見据えている。
 それはなにも、伝説的な存在の姿を見たからだけではない。

 あまりにも若すぎるからだった。

 仮に当時、二十代前半だったとしても、既に六十年以上が経過しているのだから、現在は八十歳前後であるはずだ。団長位は、オルカ・ヒルフェに敬意を表し、長らく空席だった。その後に、漸く団長に収まったワイズが、まだ若いのは分かる。それでも若いとはいえ二十代後半から三十代前半に見える。しかし事実ルカが、オルカ・ヒルフェだとすると、騎士団の長老達が新人騎士だった頃に団長を務めていたのだから、あり得ないほどに若すぎた。

「……人違いです。意識が朦朧としているんでしょう」

 ルカは溜息をつきながらそう言って、それから笑った。
 その表情に、皆が、それもそうだよなと体から力を抜く。

「なんともまぁ。ヒルフェ団長も、冗談を言うようになったのですか」

 そこへ嗄れた声が響いてきた。
 一斉に騎士達が姿勢を正す。
 入ってきたのは、聖水を持った、聖騎士団長老の一人――エリオットだった。

「ワイズに飲ませてやれ」

 瓶を手渡してから、杖を突きつつ、エリオットはルカへと歩み寄ってきた。
 また余計な事を言ってくれたなと思いながら、ルカは目を細める。

「此度の聖騎士団の力不足、ほんに不甲斐ないです。お助け下さり、有難うございます」
「いえ……」

 ルカはどのように対応したものか思案していた。
 恐らく此処にいる騎士達は、まだルカの正体に関して半信半疑だ。
 だからこそエリオットへの対処を間違えば、面倒な事態になる。

「貴方にはいつも助けられてばかりだ」
「……」
「安心して下さい。皆、貴方の功績は知っておりますが、詳細な出来事など何も知りませんゆえ」
「っ」
「本当に懐かしいご尊顔を拝見いたしました。少しあちらでお話しを。何せ団長ときたら、わしらの事を避けに避けて一度たりとも会いに来て下さらないのですからな。寂しくてなりません」

 長老はそう言うと歩き始めた。
 溜息をつき、しかたがないなと言う思いで、ルカはその後を着いていく。

 案内されたのは、豪華な応接間だった。

 嘗ては――見慣れた部屋だった。
 はじめてラファエルと、ゆっくり会話をしたのもこの部屋だった。

「今も団長は苦しんでおられるのですか?」

 人払いをした部屋で、エリオットが言う。

「老けたね、君は」

 今では自分よりもずっと年上に見える、けれど〝年相応〟の嘗ての部下に対して、ルカは苦笑した。

「次期教皇の守護者が、ラファエル様になったと聞き、正直驚きました」
「僕も驚いたよ」

 冥界の扉の事件があったとき、エリオットは丁度一年目になる新人騎士だった。

「団長に会いに来られたのではないかと」
「まさか。どうして? 僕を嗤いにでも来たって事?」

 目を伏せながら、ルカは当時の事を思い出した。

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