ゼーレの御遣い

猫宮乾

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―― 本編 ――

7:自分の居場所へ

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「――……今でも、わしは時折考えるのですよ」

 エリオットの声で、ルカは我に返った。

「何を?」
「ラファエル様は、本当は――……いえ、止めましょう。これは、貴方にとってはとても残酷な現実でしょうからな」

 聖騎士団の長老となったエリオットは、指を組むと窓の外を見据えた。

 ――ラファエルは、なぜわざわざ冥界の扉の前で、オルカの前に姿を現したのか。

 ――御遣いと聖騎士の契約が事実だという事は古文書から分かっているが、あの場で体を暴いたのは、オルカの事だけだった。それは、ラファエルが望んだからではないのか。それをラファエルは叶えたかったのではないか。

 ――御遣いと濃い接触を持つと、老化が止まるらしい。ラファエルは、寿命が違いすぎるオルカと、共にいたかったのではないのか?

 実際口淫されただけのワイズの老化も、オルカほどではないがかなり遅々とした物に代わっている。

 ――だからこそ、守護者として、再び人間界に戻ってきたのではないのか?

 ――ラファエルは、オルカの事が……好きなのではないのか?

 尤も御遣いの考えなど一介の人間である自分には分からないだろうとエリオットは思っている。それに、仮に愛しているのだとしても、ラファエルがした事は、御遣いだからと言って、到底許される事ではない。それが騎士と御遣いの間に古から取り交わされている契約だとしても、だ。今でも、あの時オルカが御遣い達を止めてくれていなかったらと、エリオットもゾッとする事は多い。

「現実が残酷だって事には、慣れてるよ。じゃあ、そろそろ僕は帰る。お茶、ごちそうさま。ワイズにもよろしく」

 ルカはそう言うと、立ち上がった。

「団長、これだけは覚えておいて下さい。皆、貴方の事を尊敬している。貴方が世界を救った事も、我々を守ってくれた事も勿論そうですが、何よりも貴方の実力と誇り高き精神を」

 エリオットの声に苦笑してから、ルカは、瞬間移動で神学校まで戻ったのだった。




「ルカ先生!」

 教務室へと戻ると、エルが立ち上がった。
 校外学習から戻ってきたワルターも一緒だった。

「大丈夫ですか?」

 ワルターの声に、ルカは微笑みながら頷いた。

「ちょっと老体にむち打っちゃったけどね。僕は元気だよ!」
「先生、はぁ。心配したんです!」

 すると頬をふくらませて、エルが言った。

「だけど、先生、格好良かったですよ!」

 羽の生えた巨大な猫のような姿になっているハデスを撫でながら、エルが言う。

「シルビア君はどうしたの?」
「コールは、騎士団の人が、教皇宮まで送っていきましたよ」

 それを聴いて頷きながら、手をぱちんと叩いて、ルカはハデスを帰還させた。

「エルは運が良いな。ルカ先生が神聖術を使っているなんて言う貴重な場面に立ち会えたんだ」

 ワルターはそう言うと腕を組んだ。

「よく知らないが、ルカ先生は、神聖術や聖職者が大嫌いだと聞いていたからな」
「聞いた事無いけど、俺もそう思ってました」
「あのねぇ、君達。やってみなきゃ、好きか嫌いかなんて分からないだろ」

 溜息をつきながら、ルカは椅子に座った。
 そして咳き込む。
 すると血が掌についたから、生徒二人には気づかれないように、机の下で拭いた。

 聖騎士団にいれば、加護があるから大分楽だが、学校レベルの神聖術の気配では、狂霊獣から受けた障気や結界を張り直すために使った労力による肉体的負担を緩和してはくれないのだ。だから、臓器に異常が無くても、血を吐いてしまう事がある。常人であれば、死んでいるはずだった。

「だけど俺知らなかったです。魔術と神聖術って一緒に使えるんですね」

 エルの言葉に、ワルターが首を捻った。

「それは魔術のレベルによるんじゃないか」
「え?」

 先輩の言葉に、エルが首を傾げた。

「どちらも相当高位なら、相乗効果で強くなる。だが、神聖術と違って、魔術は協力してくれる相手がいないから、高位になるには一生かかるとされてる。その分、強い魔術を使えれば、ちょっとだけ神聖術が使えるだけで、結界が張れる。だから聖騎士団も、毎年魔術師を募集してるんだ」
「……え? 要するに魔術師は、結界を張るために必要って事ですか? じゃあ、騎士団長も、結界張り直してたし、魔術師って事ですか?」
「結界に限った話じゃないと思う――聖騎士も、実力が高くなるにつれて、両方修める者が増えてるのかも知れない。そうしないと、守れないだろう――例えば、御遣いが敵になったときに、どうする?」

 ワルターの言葉に、エルが腕を組んだ。
 御遣いが敵になる?
 そんな事があり得るのだろうか?

「ワイズ団長は、魔術師じゃないよ。確かに結界を張るために魔術を修めてもいるから、その辺の並の魔術師よりは、魔術の腕も確かだけどね。ただね、君達。良いかい、君達は僕の生徒で、魔術師なんだよ? 魔術というのは奥が深い。敵なんか明確に定めなくても、ナニカの力なんか借りなくてもね、学ぶ事は腐るほど在るんだ。だから、勉強! 勉強あるのみ!」
「いや神聖術も使える先生に言われても全然説得力無いんですけど……」

 エルの言葉に、自慢げにルカが笑う。

「今の僕は、神聖術――叡霊獣の召喚よりもね、ずっと魔術の方が上手く使える」
「今の、ね」

 ワルターが半眼になった。
 けれどそれ以上、ワルターが深く追求する事はない。
 こんな空間が、ルカにとっては、何よりも心地良かった。心地良かったのだ。


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