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―― 第一章 ――
【013】白い月が見ている
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僕はその晩、吹き抜けの二階に立ち、壁の側面を占める窓硝子から、夜空を眺めていた。
真っ白な巨大な月が見える。
月が僕を見ているだなんて思うのは、自意識過剰なんだろうと分かっていた。
だけどその月が、僕を嘲笑っている気がして、僕は気がつくと涙を零していた。
亡くなってしまったみんなのことを思う。
静かに硝子に手を添え、僕はきつく目を伏せた。
温水がボロボロと頬を伝っていく。
「――泣いているのか?」
そこへ不意に声がかかったから、僕は慌てて、涙を拭った。
「別に」
「……泣いていたんだろ」
歩み寄ってきた勇者が、急に僕の頬へと触れた。
「涙の跡がついてる」
「……っ」
「俺は、お前を苦しめたんだな」
ポツリと勇者が言った。その通りだと言って、糾弾して、泣き叫び怒れば、僕は気が楽になるのだろうか。そんな夢想をしてはみたものの、出来るはずがなかった。
「許してはもらえないよな」
「別に、ッ、僕に許されようが許されまいが、関係ないだろ」
「――俺は、今、俺の家族を殺した聖都の奴らを許せないでいる。彼らが事を起こす契機となったお前のことも、だ。昼の話を聞いて、そう思った。我ながら自分勝手だ」
「許す必要なんて無いんだよ。僕らは慈愛に満ちた神様でもなんでもないんだから」
一応種族名こそ魔神の僕だけれど、そんなことは関係がなかった。
「魔王」
「何?」
「それでも今、確かにお前に泣いて欲しくないと思うんだ。いや、泣いてもいい。だけど、側にいさせてくれ」
勇者はそう言うと、急に僕を抱きしめた。
その腕の感触が温かくて、僕は思わず再び涙を零してしまう。
「な、んで」
「分からない。ただ、放っておけないと思った。俺がやったことなのにな」
「っ、償いのつもり? いらないよ、そんなの」
「違う。ただ――側にいたいと思っただけだ」
僕は勇者の体を拒絶しようと思ったはずだった。だけど。その温もりが優しすぎて、気がつくと彼の背中に手を回して、縋り付くように泣いていた。いつからこんなに泣き虫になってしまったのだろう。
「これまでにも、お前は、他の勇者に倒されてきたんだよな?」
「……そうだね。生きているけど。笑っちゃうよね、僕とロビンだけ生きているんだ。まぁロビンは何度も死にかけたけどさ」
「泣きながら笑うな――そのたびに、看取ってきたのか?」
「そうだよ。僕にはそれしかできなかった。本当に不甲斐ない」
「昼間、お前は、和解するなどの術があると言ったな。何故そうしなかった?」
「――……さぁ。僕に、それだけの力が無かったって事だと思うよ」
声にどうしても涙が混じってしまったのだけれど、僕は必死に笑おうと努力した。
こんな姿、誰にも見られたくはなかった。
「しようとしたことはあるのか?」
「どうかな」
「あるんだな」
勇者はそう言うと、急に両手で僕の頬を支えた。強制的に上を向かせられた僕は、もう涙を堪えられなくて、ダラダラと零れてくるのをどうすることもできなくなる。
真っ白な巨大な月が見える。
月が僕を見ているだなんて思うのは、自意識過剰なんだろうと分かっていた。
だけどその月が、僕を嘲笑っている気がして、僕は気がつくと涙を零していた。
亡くなってしまったみんなのことを思う。
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温水がボロボロと頬を伝っていく。
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そこへ不意に声がかかったから、僕は慌てて、涙を拭った。
「別に」
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「……っ」
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「別に、ッ、僕に許されようが許されまいが、関係ないだろ」
「――俺は、今、俺の家族を殺した聖都の奴らを許せないでいる。彼らが事を起こす契機となったお前のことも、だ。昼の話を聞いて、そう思った。我ながら自分勝手だ」
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勇者はそう言うと、急に僕を抱きしめた。
その腕の感触が温かくて、僕は思わず再び涙を零してしまう。
「な、んで」
「分からない。ただ、放っておけないと思った。俺がやったことなのにな」
「っ、償いのつもり? いらないよ、そんなの」
「違う。ただ――側にいたいと思っただけだ」
僕は勇者の体を拒絶しようと思ったはずだった。だけど。その温もりが優しすぎて、気がつくと彼の背中に手を回して、縋り付くように泣いていた。いつからこんなに泣き虫になってしまったのだろう。
「これまでにも、お前は、他の勇者に倒されてきたんだよな?」
「……そうだね。生きているけど。笑っちゃうよね、僕とロビンだけ生きているんだ。まぁロビンは何度も死にかけたけどさ」
「泣きながら笑うな――そのたびに、看取ってきたのか?」
「そうだよ。僕にはそれしかできなかった。本当に不甲斐ない」
「昼間、お前は、和解するなどの術があると言ったな。何故そうしなかった?」
「――……さぁ。僕に、それだけの力が無かったって事だと思うよ」
声にどうしても涙が混じってしまったのだけれど、僕は必死に笑おうと努力した。
こんな姿、誰にも見られたくはなかった。
「しようとしたことはあるのか?」
「どうかな」
「あるんだな」
勇者はそう言うと、急に両手で僕の頬を支えた。強制的に上を向かせられた僕は、もう涙を堪えられなくて、ダラダラと零れてくるのをどうすることもできなくなる。
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