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金継ぎの青 下:ブルー編

鬼と義弟

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 「覗きたぁいい趣味だよなぁ、キイチくんよ」
 ねっとりとした胴間声で大鬼バルドが嗤う。
 客室では、未だぐっぷりと後ろを犯されたままの兄と覆い被さる男が寝台を占領していた。目眩がするのを必死に堪え、若き氷雨の役人は唸り声を上げる。
 「……りろ」
 「ァア?」
 「兄貴から離れろ……!」
 義理の兄である青井清一は誰が見ても奇怪な姿をしていた。戦争を終えてなお鍛え抜かれた体格はその傷跡を生々しく残したまま無駄なく締まっているが、腹部だけがはち切れんばかりに膨れあがっている。……まるで妊婦のようだ。先ほどまで女のような嬌声をあげて悦がり狂う様をその目で見ていた喜一だが、過去の兄を知っている彼からすれば到底信じられるものではない。
 真面目で優しい兄貴。清廉であたたかな……俺たちの家族。
 「……離れろ、ねえ」
 ぐつぐつ愉快げな、しかし凄むような含み笑いが鬼の喉から漏れる。
 「小僧、お前……何を権利があってよう、そんなことを抜かすんだ?お前の兄貴はもう俺様のモンなんだよ。ニンゲンから大枚はたいて買い上げたんだからなァ」
 水音を立てて、萎えてもなお醜悪な一物が兄の後孔から抜き去られた。ひぅ、と弱々しい喘ぎが薄く開いた兄の唇から零れ落ちる。清一はかき抱いていた枕に再び顔を埋めた。己の弟に見られていることなど全く知らぬまま、ぐったりと寝台に身を沈めて安らかな寝息をたてている。
 オーガ族の首領バルドは剥ぎ取った兄の寝間着で異形ペニスの体液を拭うと、下履きの前をくつろげたまま喜一のほうへと向かってきた。……青年は壁際に追い詰められ、ぎょろついた瞳で見下ろされる。
 「……っ」
 「ああ似てる、お前ら兄弟血が繋がってねえ癖して目がそっくりだ。勝算もねえのに噛みついてくるクソ生意気なツラ!」
 壁に背を押しつけられた姿勢で襟首を掴まれて、軽々宙に吊られる。冷や汗を流しながら睨みあげる喜一を嘲笑う顔が悪党らしく歪んでいた。愉快げな視線が熱を失って不興を訴える。
 「だがよぅ……俺様に楯突く度胸があるなら、なんであれを追い返した」
 「な、ぐ、……てめ……っ!!」
 「お前らニンゲンが捨てたもんわざわざ買い上げてやったんだ!感謝されて然るべきじゃねえか、ええ?……ハ、最初は抵抗してなあ。泣き喚いてやめて許してだのと煩かったんだが———ここにかける税を軽くしてやるっつったら途端に大人しくなったよ。いい兄ちゃんだなあ、良かったじゃねえか?終戦から半年間たっぷり仕込んでやって……今じゃ色狂いの半淫魔だ。あいつはもう魔族の一員なんだよ」
 縁を切りたがってたじゃねえの。良かったなあキイチくん?
 喜一の双眸が見開かれ、怒りの視線で鬼を睨めあげる。蹴り上げようと足が動いた瞬間、バルドの膝蹴りが喜一の薄い腹に直撃した。
 「げぇっ!!ぁ、えっぐ、ぇえ……!!」
 「……出て行け。魔王の盟約があるから殺さねえでいてやってんだ。何も知らねえふりしてりゃ安穏と暮らせるぜ。あの晩みてえに追い返す手間もない」
 何故この男が自分を殺さないかなど考えるまでもなく、人間を不当に傷つければ攻撃がそのまま魔族に跳ね返る呪術のためだった。そうでなければ殺してると金環を宿す瞳がなじってくる。
 襟首を掴まれ、部屋から引きずり出されて兄から遠ざかる。喜一はげろに塗れながらも手を伸ばした。兄を手籠めにしたこの魔族が———この男が許せなかった。吐き出した胃液を床に溢しながらつくばい、のたうって。それでもベッドには遠く届かない。
 「あに゛、ぎぃ……!」
 「もうてめえの兄貴じゃねえよ」
 木戸が閉まる。衣擦れの音さえ聞こえず、もう節穴から覗いても暗闇しか見えない。
 シスターと旅客の女が戻るまで、喜一は床に這って己の無力さにうち拉がれていた。
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