地球にとってのダイヤモンドの雨、なんてロマンチックすぎる例え

りりぃこ

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天王星

結婚するから

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※※※※
 そうして二回目の天体観測の日がやってきた。
 同じくコンビニで待ち合わせる。

「前、ごめんね。あいつちょっとお調子者で」
 慧は会うなり茉莉に言ってきた。
 茉莉は首を振った。
「い、いえ、別に。こ、こちらこそ、空気を悪くしてすみませんでした」
 別に茉莉はあの友人に怒ったわけじゃない。実際に茉莉も、海衣の事をヤンキーだと思っているし、暴走車だし。合わない人には合わないだろう。
「茉莉ちゃんが、あの時ああ言ってくれて、嬉しかった」
 慧は笑ってみせた。
 しかし、茉莉は、その笑顔がイライラした。
「べ、別に、天野さんの為に言ったわけではないです」
「……なんか、怒ってる?」
「別に……、いいえ、怒ってるかも、しれません」
 茉莉はつい言ってしまった。
「あ、天野さんが、言うべきだった、と思ってます。わ、私なんか、別に、海衣さんの事、何も知らないのに」
「そうか」
 慧は、少し困った顔をした。
「茉莉ちゃんの言うとおりだ」
 あっさりと認める慧は、茉莉のイライラ理由がわかっているのかどうか。
 しかし、これ以上言って雰囲気を悪くするのも嫌だった。

 そうこうしているうちに、また海衣のワゴン車がやってきた。
「待たせたなあ!今日は冷えるからな!防寒大丈夫だろうなぁ!」
 羽海は元気に怒鳴った。
「お、茉莉ちゃんその髪ゴム前と少し変わったな。天王星らしい、いい青色だな!」
「わ、わかりますか!」
 茉莉は嬉しくなってついつい飛び跳ねた。
 深夜だったので、慧はシーッと注意した。

 その日は、少し肌寒かった。
「天気はいいから中止しなかったけど、あんまり寒いようならすぐに言えよ。星のせいで風邪なんか引いたら馬鹿らしいからな」
 望遠鏡の準備をしながら海衣は言った。
 茉莉は、大きな水筒を取り出した。
「ご、ご迷惑でなければ、熱い紅茶とクッキー持ってきたので、き、休憩の時にでも」
「おお、気が利くじゃねぇか」
 海衣は水筒を受け取った。

 その日は、寒かったおかげで空気が澄んでおり、とても星がキレイに見えた。
「寒くないか?」
 時折海衣はたずねてくる。茉莉は小さく大丈夫です、と何度も答える。
「昔な、まだ小さい時、慧と家族と天体観測行ったときな、慧は寒いのを我慢して、次の日風邪引いたことあったんだ。それも何度もな」
「皆夢中だったから、なんとなく言いづらくてね」
 慧が気まずそうに言う。
「漏らしたこともあったよな」
「それを言うのは無しだよ」
 慧は真っ赤になって茉莉に愚痴るように言う。
「何度も言うんだよ、その時のこと。海衣ちゃんだけでなくてうちの家族もだけど」
「悪いな」
 全く悪く思っていなそうな口調で海衣は謝る。

 しばらく、茉莉と海衣は天体の表情をゆったりと堪能した。
 相変わらず慧は星を見ることなく、茉莉の持ってきた紅茶を飲みながらのんびりしている。
「おい、茉莉ちゃん特製の紅茶独り占めしてんじゃねえよ」
 休憩に入った海衣は、慧に凄む。
「お疲れ様。寒くない?」
 慧はそう言って、茉莉の両手を優しく取った。紅茶を飲んでいたせいか彼女の手はとても温かく、冷たくなった茉莉の手を温めるようにギュッと握ってきた。
「だ、大丈夫です」
 なんだか恥ずかしくなった茉莉はそう言って、慧の手を振り払った。
 振り払われたことを慧は気にすることなく、茉莉と海衣にコップを差し出した。
 紅茶を飲みながら、海衣はふと思い立ったように茉莉に言う。
「茉莉ちゃん、望遠鏡欲しがってたんだよな?」
「え、ええ。でもまだちょっとバイトとかでお金貯めてからにしようかなと」
「よかったら、うちにある望遠鏡でよければ貰ってくれねぇか」
「えっ?新しいの買うんですか?」
「いや、近々全部処分しようとおもってんだ」
「えっ!」
 茉莉は驚いて声を上げた。
「ど、ど、どうしてですか?」

「結婚するからなの?」
 慧が、静かな声でたずねる。その声は、いつものように穏やかではなく、少し強張っているようだった。
「結婚するから、処分するの?」
 再度慧は言う。
 海衣はうなずく。
「ああ。新居、あんま広くねぇからな。子供も産めばなかなかこうやって空見に行ける時間も無くなるだろうし」
「それは、奥さんになる人が……あの人がそうしろって言ったの?全部処分しろって?」

 天野慧が、恐い。
 茉莉はそう思った。
 声が震えている。

 慧の様子がおかしいのに海衣が気づいているのか気づいていないのかはわからないが、海衣は少し笑ってみせた。
「いや、はっきりとそう言われたわけじゃねぇけど。ただ、必要最低限のモン以外は持っていかねぇって二人で決めてんだよ」
「天体望遠鏡、必要最低限じゃないの?」
「じゃねぇだろ。ただの趣味のモンだしな」
 海衣の言葉を聞くと、慧は静かに立ち上がった。
「私、寒くなってきた。車に乗ってるよ」
 それだけ言って静かに車に向かっていった。
 茉莉は慧の後ろ姿を見送ると、海衣にたずねた。
「結婚、するんです、よね。結婚される方、星の趣味は無いんですか」
「ああ。慧みたいに、まあ星は星だねー、キレイだねー、まあ別にわざわざ望遠鏡で見なくても、みたいな感じかな」
海衣は肩をすくめる。
「でも、それでもいいんだ。趣味合わなくても、俺はアイツと結婚したいんだから」
 海衣は幸せそうな顔で言う。

 茉莉には、恋愛の事はよくわからない。何億光年遠くにある星の事よりよくわからない。さらに、この目の前にある恋愛事情はさらにわからない。
 あれ以上何も言わない慧の後ろ姿と、幸せそうに望遠鏡を手放す話をする海衣のことを考えたら、ぐるぐるぐるぐる、無重力空間を回っているような錯覚に陥ってくる。

 茉莉の中で、何かが弾けた。

 冷めた紅茶を見つめながら茉莉は呟く。
「望遠鏡の事は、少し待ってもらっていいですか」
「ああ、わかった」
 海衣は短く答えると、立ち上がった。
「茉莉ちゃん、悪いけど今日はそろそろお開きにするか。寒くなってきたし、慧に風邪引かすと悪いし」
「あ、はい」
 茉莉も立ち上がり、片付けの準備をする。
「茉莉ちゃん、片付け俺やっとくからさ、先に車に行って慧の様子見てやってくれ。なんかあいつ、元気なさそうだったからな」
 言いながらも、海衣は茉莉と目を合わせなかった。
 茉莉は頷き、言われた通り車に向った。

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