地球にとってのダイヤモンドの雨、なんてロマンチックすぎる例え

りりぃこ

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天王星

何も言えない

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 車の中では、後ろの席で慧が顔を伏せて座っていた。
「天野さん、大丈夫、ですか」
 茉莉はそっと話しかける。
 慧は何も言わず、顔も上げなかった。

 しばらくしてからポツリと呟くように声を出した。
「私は、駄目なんだ」
 そして、静かに顔を上げる。
「何も言えない。何も言ってやれないんだ。星を捨てても何も言わないような奴との結婚なんて辞めちゃえって言いたいのに。私ならずっと死ぬまで星を見続けさせてあげるって言いたいのに。言えないんだ。だって私は女の子が好きだから、なんて嘘ついてズルして海衣くんの近くにいたんだし……何より……」
 天野慧は言葉をそこで途切れさせる。
 車の外から、羽海のいる方をじっと見つめた。
「何より?」
 茉莉は先を促す。無意識に慧の手を握って力を込めた。さっきとはうってかわってとても冷たい手。
 慧も無意識に、茉莉の手を握り返した。
 それは、何かにすがっているような手だった。

「何より、海衣くんは、何が何でも、あの人の事が好きなんだ。私もあの人も、星に興味が持てないのは同じなのに。私だって海衣くんの事が好きなのに。
でも海衣くんは、絶対にあの人を選ぶんだ。私が何を言っても」

「……そうなんですね」
 全く気の利いたことが言えない自分が、茉莉は嫌になる。しかし、握った手だけは解かなかった。
 慧は子供のように泣きそうになりながら続けた。
「ううん、いつも私は本当の事を何も言えない。海衣ちゃんの事を友達に悪く言われても何も言えないし」
 自虐的にそう笑う。
「だから、最後まで、なにも言えないんだ」
「言えばいいんですよ。これから」
 茉莉は言った。
 慧はポカンとしている。
 茉莉はまた同じ事を、今度はしっかり慧の顔を見ていった。
「これから言えばいいんじゃないですか。最後なんて、誰がきめてるんですか」
「だって、もう」
「まだ結婚してないし、まだ望遠鏡だって処分してないし。余裕で間に合うじゃないですか。私の事が好きっていうのも嘘だったって言うだけです。近くにいたいから嘘ついてたって言うだけ」
 茉莉は車のドアに手をかける。
「今、今言ってきて下さい」
「い、今?」
 慧はさすがに驚いたようで声がひっくり返った。
「今、はちょっと。突然じゃない?」
「今ですよ。今から言うんです。天野さんが本当に好きなのは私じゃなくて海衣さんだって。望遠鏡手放さないでって。星を辞めないでって」
「そんな」
「さあ」
 茉莉はドアを開けて、慧を車の外に追いやるように引っ張る。
「ま、茉莉ちゃん強引だね」
「天野さんだけには言われたくないです」
 自分のあまりの押しの強さに一番驚いているのは茉莉だ。
 こんな風に首を突っ込むつもりじゃなかった。自分なんかが偉そうにこんなアドバイスみたいなことするなんて、自己嫌悪どころの騒ぎではない。
――でも、でも。だってこんなの嫌なんだもん!
 慧は、のろのろと車から出ていった。
 茉莉は、車の中から慧が向かっていった方を見つめていた。
 暗闇で慧と海衣の姿は溶けてしまっており、全く見えない。
 ちゃんと言えているだろうか。
 言ったら、海衣さんはどうするんだろうか。
 車の中からは何も見えない。
 星が瞬くだけだった。

 少しして、慧と海衣が荷物を持ってこちらに来るのが見えた。
 どうなっただろうか。
 変な空気になっちゃっただろうか。

 二人が車に乗り込んできた。
「お待たせ」
 海衣は荷物を車に詰め込みながらごく普通の感じで言う。
 顔が見えなかったので、本当のところの表情まではわからなかった。
 慧の方はというと、彼女もまたごく普通の様子だった。
 しかし、少し、ほんの少しだけ晴れやかな表情をしているような気がした。

 帰り道、大音量の車の中で、海衣は茉莉に声をかけた。
「茉莉ちゃん、あのさぁ……」
「え?なんですか?」
「あの、望遠鏡のことなんだけどぉー!」
「え?すみません、聞こえないです」
 羽海は仕方無しに音楽を止める。車のスピードの音だけが車内に響く。
「茉莉ちゃん、さっきの望遠鏡あげるって件だけどさぁ、やっぱりちょっと待ってもらっていいか?」
「あ、はい、全然全然、大丈夫です」
 茉莉は手をブンブンさせる。
「悪いな。こっちから期待させるようなこと言ったくせに」
「ぜ、全然全然海衣さんのお好きにどうぞ」
 茉莉がそう言うと、海衣はホッとしたように息を吐いた。
 茉莉はチラッと慧の方を見る。なんだか慧までホッとしたような顔をしている。
 さっき、うまく海衣に伝えられたのだろう、と茉莉は思った。

 話が終わったので、海衣はまた音楽をかけようとする。しかしふと手を止めた。
「もしかして、うるせぇか?」
「何がですか?」
「車ん中。音楽」
「えっと、いや、あのー。これあれですか?ハードロック?的な?」
 茉莉はうまく否定できなかった。
「ヘビメタだよ。茉莉ちゃん多分絶対聞かないよな、こーゆうの」
 海衣は笑う。
「わ、私は、こういうの普段聞きませんけど、音楽どうぞつけて下さい」
 茉莉は言った。
 海衣は笑う。
「いいよ無理すんじゃねぇよ」
「無理、してないです。ほんと」
 茉莉は真剣に言った。なぜなら本当に無理してないのだ。
「海衣さんが、この曲車の中でかけて運転してるの、とてもいいと思うので」
 私がそう言うと、少しだけ海衣は黙った。
 あれ?変なこと言っちゃったかな?と茉莉は不安になる。
 しかしすぐに海衣は呟くように言った。
「そっか。自分は興味無くでも、か」
 そして、アハハハ、と軽く笑った。
「あ、音楽はいいですけど、スピードはもう少し落として貰っても……」
 茉莉の小さなお願いは、再度つけられたヘビメタの大音量によってかき消されたのであった。

 猛スピードの海衣の車はあっという間に家の近くのコンビニに到着し、茉莉と慧は車から降りた。
「風邪引くなよ」
 海衣の言葉に茉莉はコクコク頷く。
「茉莉ちゃん、慧、いいやつだから」
「はい?」
「俺が保証する。あんま趣味とか合わねえかもしれねぇけど、それでも大丈夫だからな」
「あ、え?」
「じゃあな!また誘うぜ!」
 それだけ言い残して海衣は夜の闇に爆速で消えていった。




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