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拉致したヤクザがいたれりつくせり

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 ※※※※

 市原の運転で、黒塗りの高級車は深夜の高速道路を進んでいた。

 ハナはブランケットでぐるぐるにされたまま後部座席で眠っていた。



「可愛い寝顔だな」

 同じく後部座席でハナの隣に座っている弦人が、幸せそうな声を上げた。

「可愛いですか?さっきイビキかいてましたけど?」

「可愛い爆音だったね」

「恋は盲目ですね」

 市原は呆れながら言った。



「あーあ、仕事ドタキャンしちゃった。真面目なのが取り柄なのに」

 弦人はため息をつきながら言った。

「大したことありませんよ。今の組長が若頭の時なんて、ギャンブルがいいところだとか、お気に入りのキャバ嬢が休んでくれとゴネるから、とかサボりまくってたらしいですよ」

「そうかなあ」

「むしろ社長が女の為に仕事サボったなんて聞いたら、皆、赤飯炊きますよ」

「俺、そんなキャラだった?」

 弦人は真面目な顔で言った。



「ウン……」

 ハナが小さく呻いた声がした。目を覚ましたらしい。

「あれ?ここどこ?」

「あ、起きた?もう少し寝てても大丈夫だけど」

「あれ?弦人さん?」

 まだ寝ぼけているハナは、ボンヤリと辺りを見渡した。そして自分の状況をゆっくりと確認して……。

「えっ?ちょっと待って何?」

 ガバッと身体を起こしたハナのブランケットがずり下がった。まさかの裸だった。

「ハナちゃんは今、裸体を毛布で拘束されて、車で拉致され、ヤクザに山奥に連れて行かれようとしています」

 弦人は物騒な説明をした。

「ちょっと待ってください。弦人さんが言うと、冗談なのか本気なのか全然分からない」

 ハナは回っていない頭で懸命に考えた。

「駄目だ。全然何があったか覚えてない……。ナツキさんのおっぱいが柔らかくて気持ちよくて抱きついたとこまでは覚えてる……」

「楽しそうな事してたね」

 弦人は苦笑した。

 ハナはブランケットを巻き直して恐る恐るたずねた。

「状況教えてもらえますか?まず私は何で裸?そして車はどこに向かってるんですか?」

 弦人はハナに向き合って、説明を始めた。

「飲み会中のハナちゃんを連れてきて、そして車に乗せて、今高速道路を走っています」

「全然分からない……」

「あ、ハナちゃんが裸になってるのは完全に予定外です。ハナちゃん車に乗り込むときに酔っ払ってたから転んで雪溜まりに突っ込んじゃったの。それで、風邪引くといけないから脱がせて、でその間にハナちゃん寝ちゃったから面倒になってそのまま簀巻きにして車に乗せました」

「それはご迷惑おかけしました……ってだからって裸で連れてきますか!?」

「ちゃんと着替えも積んであるよー。サービスエリア寄るからその時着て。今走ってる最中は危ないからね」

 弦人が座席の足元を指差した。確かに、見慣れたハナの洋服が紙袋に入って置かれてあった。


「あ、そんなことより、お水飲もうか。酔っ払った後はしっかりと水分取らないとね。あと、しじみエキスとか飲む?これ効くよー」

 弦人はハナに、次々とペットボトルやら謎の粉末やらを渡してくる。

「飲みにくかったらストローもあるよ」

「拉致したヤクザが、いたれりつくせりしてくる……」

 ハナは呟きながらペットボトルの水をチビチビと飲んだ。


「悪酔いしてない?具合悪くなったらすぐに言ってね」

 弦人はそう言って、ハナの顔を優しく覗き込んだ。

「そんなに優しくして、何が目的ですか」

 弦人はいつも優しいが、どうも今日の優しさは妙にわざとらしい気がする。


 違和感を感じたハナがそうたずねると、弦人はニッコリと笑って言う。

「大した目的は無いんだけどなー。あ、ハナちゃん、池田隼はこういう時どうだった?」


 ドキリ、とハナの心臓が跳ね上がった。

「どう、って?」

「こんな風にハナちゃんが酔っ払った時、池田はどんな風に看病してくれた?」

「何でそんな事聞くんですか」

「だって、思い出しちゃうんでしょ?優しくされると、池田隼の事」


 弦人は笑顔だったが、目は笑っていなかった。


「どうして……」

 どうして分かるんだ。ハナは激しく動揺した。

「酔ったハナちゃんが自分で言ったんだよ」

「ああ」

 ハナは頭を抱えた。しかしすぐにハッと気づいた。

「そっか、なるほど。約束を果たしてくれるんですね」

「約束?」

「だから山奥に連れて行くんでしょ?忘れられなかったら殺してくれるって約束」

 ハナがジッと弦人を見つめるので、弦人は慌てた。

「違う違う。気が早いなぁ」

 そう言って、今度はお菓子を出してきた。

「ほらほら、そんな怖い事言わないで。ラムネ食べる?二日酔いに効くんだって」

「いえ、大丈夫です」

「そう?じゃあ教えてよ。池田隼はどうしてた?」

「聞かないで下さい。思い出したくて思い出しちゃうわけじゃないんです」

 ハナは顔をそらした。

「そういうわけにもいかないなー」

 弦人はハナのそらした顔を強引に引き寄せた。

「怪我した時って、膿が出来てたら少し痛くても無理やり膿を出しちゃった方が治りが良くなるときあるでしょ?

 だからね、ハナちゃんには膿を出してもらおうかと思ってさ」

「膿?」

「そう!」

 弦人は楽しそうに頷くと、再度ハナに迫りながら言った。

「ほら、ちゃんと思い出して。ちゃんといっぱい考えてよ。あ、優しくするのが足りないかな?」



 ハナは、弦人の顔を見つめ、そして小さくため息をついた。

「こんな事させてごめんなさい」

 ハナの言葉に、弦人は思わず笑顔を解いた。

 ハナは真面目な顔になった弦人の顔に、思わずそっと触れた。

「本当に聞きますか?私が考えてしまう隼の事を。ならひたすら言いますよ?」

「聞くよ」

 弦人は、顔に触れてくるハナの手に、自分の手を重ねた。

「だから、ハナちゃんが嫌になるくらい思い出して。痛いくらい思い出してよ」


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