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ロマンチックにならないな
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「着いたよ」
そう優しい声で起こされて、ハナは目を覚ました。
「あれからすぐ着いたからあんまり眠れてなかったかな?」
「いえ、爆睡してました」
ハナは正直に言った。
車の外を見ると、本当に山奥に連れてこられたようで、辺りには木しかない。
「本当に、ここはどこですか?」
「まあ、おいでよ。外は寒いからこのジャンパーを着て、長靴履いて。市原はここで待っててね」
「かしこまりました。何がございましたらすぐにご連絡を」
市原は素直に頷いた。
弦人は大きくて暖かそうなジャンパーと長靴をハナに寄越した。
ジャンパーを着て外に出ると、確かにとても寒い。
弦人は自然にハナの手を掴んだ。
「足元気をつけて。暗いから危ないよ。手を離さないでね。ほら、熊とか出たら危ないしね。絶対手を離しちゃだめだよ」
優しく弦人は注意して、強くハナの手を握った。
「あの、そんなに強く握らなくても大丈夫ですよ」
「え?」
振り向いた弦人の顔は、情けなさそうな表情だった。
「……あれ?私を心配してくれてるのかと思ったら、まさか弦人さんが怖いだけ……?」
「別に」
弦人はそっぽを向いた。
「だって、思ったよりも暗くてちょっと不気味だったから」
言い訳をする弦人に、思わずハナは笑ってしまった。
「俺、格好悪いな」
弦人はバツが悪そうに頭をかいた。
「今日は目一杯優しくエスコートして、目一杯膿を出し切る予定だったのにな」
「膿、かあ」
ハナは弦人の震える手を握り返しながら言った。
「今はビビってる弦人さんが面白くて、全然隼の事考える暇無かったですよ」
「それは良かったけど、何となく嬉しくないな」
弦人は口を尖らせた。
そうして手をつないで少しだけ山奥の方へと進んでいく。
「遭難とかしないですよね」
ハナが心配そうに言った時だった。
目の前に、他の木とは明らかに違う大きな太い幹の木が現れた。
「この木……枝垂れ桜……『百年目の感情』のラストシーンに出てきた桜ですよね」
目の前の大きな枝垂れ桜。季節柄、桜は咲いていないものの、積もった雪が星空を反射させていて暗闇でも明るく見せていた。
弦人とのデートで行った時に見たホラー映画で、ラストシーンに出てきた美しい枝垂れ桜がそこにはあった。
「ちょっと調べてみたら、ロケ地が意外に日帰りできるくらい近い事に気付いてね。いつか連れて行こうと思ってたんだ」
「わぁ。やっぱりキレイ……」
ハナは目を輝かせた。
ハナは枝垂れ桜に走って近寄った。
「ここ、ここですね!ラストシーン!」
「そうだね。主人公と相手の男がキスするシーンだね」
「そう!そしてここ!ここで首から食いちぎられて桜に血が飛び散るんですよね!」
ハナは生き生きとして枝垂れ桜の周りをぐるぐる回る。
「素敵!こんなにキレイな木が、あんな血みどろになるんですね。あの血飛沫たまらなかったですよね!」
「あれ?なんか思ったよりロマンチックにならないな」
弦人は苦笑した。
「ハナちゃーん、そろそろ寒くない?」
しばらくして、枝垂れ桜の周りではしゃぐハナに、弦人は呼びかけた。
ハナには聞こえてていないらしい。
「ねえ、ハナちゃん。あんまり遠く行かないで。あの、あんまり一人にしないで欲しいんだけど」
弦人はそう言って、自分も枝垂れ桜に近寄った。すると
「うわぁぁぁ、」
枝が弦人の肩に触れ、その勢いで、木に積もっていた雪が、一斉に弦人に落ちた。
弦人の悲鳴に、ハナは慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「び、ビックリした……」
弦人は腰を抜かしてしまっていた。
「すごい雪かぶっちゃいましたね」
ハナは弦人の手を引っ張って立ち上がらせた。情けなさそうな顔の弦人を見て、ハナは微笑んだ。
「ごめんなさい、弦人さんを無視してはしゃぎ過ぎちゃった。風邪引くとだめだから、戻りますか」
「うん、ごめんね。かっこ悪くて」
そう言って、弦人は申し訳なさそうに立ち上がった。
「なんだか背筋が冷たい。悪霊に取り憑かれたかもしれない」
「雪が背中に入っただけですよ」
ハナは弦人の背中を軽く叩いてみせた。
「ありがとうございます。怖いの苦手だろうに、連れてきてくれて」
「こんなに喜んでくれたなら連れてきたかいがあったよ」
弦人は雪を頭に乗せたまま微笑んだ。
「池田隼とは、どんな所に旅行行ったりしたの?」
車に戻る道中で弦人はたずねた。
ハナは少し考えて言った。
「隼は、出不精だったし、お金も無かったからほとんど旅行はしなかった。車で高速乗るとたいていは隼の趣味のサーキット連れて行かれる時だったかな。サーキットもそれはそれで楽しかった」
「サーキット楽しいね。レースとか真剣に見ると興奮するよね」
「私、それで推しのレースクイーンができたんですよ」
「お、なかなか通だね」
「でも男の癖に隼はレースクイーンに興味なくて」
「ハナちゃん、今どき、男の癖に、なんて言うもんじゃありません」
「ヤクザにもジェンダーハラスメントの概念あるんですね」
「無いね。全然ないね。だいたい、ハラスメントで成り立ってる組織だしね」
弦人の言葉にハナは笑った。
ふと後ろを振り返り、枝垂れ桜のあった方を向いた。
「確かにあの頃サーキット行くのも楽しかったな。
ああ、でも……私の行きたい所に行ったことなかったな」
ハナが呟いたのを、弦人はニヤリとして聞いていた。
車に戻ると、タバコを吸っていた市原が、濡れている弦人を見て目を丸くした。
「社長、一体どこですっ転んできたんですか」
「転んだわけじゃないよ」
「早く着替えてください。ほら」
弦人は市原に車の中へ放り投げられた。
「ちょっと、自分で脱げるってば!やめてよハナちゃんの前で!」
「弦人さん、子供みたい……」
ハナはそう呟いた。
そう優しい声で起こされて、ハナは目を覚ました。
「あれからすぐ着いたからあんまり眠れてなかったかな?」
「いえ、爆睡してました」
ハナは正直に言った。
車の外を見ると、本当に山奥に連れてこられたようで、辺りには木しかない。
「本当に、ここはどこですか?」
「まあ、おいでよ。外は寒いからこのジャンパーを着て、長靴履いて。市原はここで待っててね」
「かしこまりました。何がございましたらすぐにご連絡を」
市原は素直に頷いた。
弦人は大きくて暖かそうなジャンパーと長靴をハナに寄越した。
ジャンパーを着て外に出ると、確かにとても寒い。
弦人は自然にハナの手を掴んだ。
「足元気をつけて。暗いから危ないよ。手を離さないでね。ほら、熊とか出たら危ないしね。絶対手を離しちゃだめだよ」
優しく弦人は注意して、強くハナの手を握った。
「あの、そんなに強く握らなくても大丈夫ですよ」
「え?」
振り向いた弦人の顔は、情けなさそうな表情だった。
「……あれ?私を心配してくれてるのかと思ったら、まさか弦人さんが怖いだけ……?」
「別に」
弦人はそっぽを向いた。
「だって、思ったよりも暗くてちょっと不気味だったから」
言い訳をする弦人に、思わずハナは笑ってしまった。
「俺、格好悪いな」
弦人はバツが悪そうに頭をかいた。
「今日は目一杯優しくエスコートして、目一杯膿を出し切る予定だったのにな」
「膿、かあ」
ハナは弦人の震える手を握り返しながら言った。
「今はビビってる弦人さんが面白くて、全然隼の事考える暇無かったですよ」
「それは良かったけど、何となく嬉しくないな」
弦人は口を尖らせた。
そうして手をつないで少しだけ山奥の方へと進んでいく。
「遭難とかしないですよね」
ハナが心配そうに言った時だった。
目の前に、他の木とは明らかに違う大きな太い幹の木が現れた。
「この木……枝垂れ桜……『百年目の感情』のラストシーンに出てきた桜ですよね」
目の前の大きな枝垂れ桜。季節柄、桜は咲いていないものの、積もった雪が星空を反射させていて暗闇でも明るく見せていた。
弦人とのデートで行った時に見たホラー映画で、ラストシーンに出てきた美しい枝垂れ桜がそこにはあった。
「ちょっと調べてみたら、ロケ地が意外に日帰りできるくらい近い事に気付いてね。いつか連れて行こうと思ってたんだ」
「わぁ。やっぱりキレイ……」
ハナは目を輝かせた。
ハナは枝垂れ桜に走って近寄った。
「ここ、ここですね!ラストシーン!」
「そうだね。主人公と相手の男がキスするシーンだね」
「そう!そしてここ!ここで首から食いちぎられて桜に血が飛び散るんですよね!」
ハナは生き生きとして枝垂れ桜の周りをぐるぐる回る。
「素敵!こんなにキレイな木が、あんな血みどろになるんですね。あの血飛沫たまらなかったですよね!」
「あれ?なんか思ったよりロマンチックにならないな」
弦人は苦笑した。
「ハナちゃーん、そろそろ寒くない?」
しばらくして、枝垂れ桜の周りではしゃぐハナに、弦人は呼びかけた。
ハナには聞こえてていないらしい。
「ねえ、ハナちゃん。あんまり遠く行かないで。あの、あんまり一人にしないで欲しいんだけど」
弦人はそう言って、自分も枝垂れ桜に近寄った。すると
「うわぁぁぁ、」
枝が弦人の肩に触れ、その勢いで、木に積もっていた雪が、一斉に弦人に落ちた。
弦人の悲鳴に、ハナは慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「び、ビックリした……」
弦人は腰を抜かしてしまっていた。
「すごい雪かぶっちゃいましたね」
ハナは弦人の手を引っ張って立ち上がらせた。情けなさそうな顔の弦人を見て、ハナは微笑んだ。
「ごめんなさい、弦人さんを無視してはしゃぎ過ぎちゃった。風邪引くとだめだから、戻りますか」
「うん、ごめんね。かっこ悪くて」
そう言って、弦人は申し訳なさそうに立ち上がった。
「なんだか背筋が冷たい。悪霊に取り憑かれたかもしれない」
「雪が背中に入っただけですよ」
ハナは弦人の背中を軽く叩いてみせた。
「ありがとうございます。怖いの苦手だろうに、連れてきてくれて」
「こんなに喜んでくれたなら連れてきたかいがあったよ」
弦人は雪を頭に乗せたまま微笑んだ。
「池田隼とは、どんな所に旅行行ったりしたの?」
車に戻る道中で弦人はたずねた。
ハナは少し考えて言った。
「隼は、出不精だったし、お金も無かったからほとんど旅行はしなかった。車で高速乗るとたいていは隼の趣味のサーキット連れて行かれる時だったかな。サーキットもそれはそれで楽しかった」
「サーキット楽しいね。レースとか真剣に見ると興奮するよね」
「私、それで推しのレースクイーンができたんですよ」
「お、なかなか通だね」
「でも男の癖に隼はレースクイーンに興味なくて」
「ハナちゃん、今どき、男の癖に、なんて言うもんじゃありません」
「ヤクザにもジェンダーハラスメントの概念あるんですね」
「無いね。全然ないね。だいたい、ハラスメントで成り立ってる組織だしね」
弦人の言葉にハナは笑った。
ふと後ろを振り返り、枝垂れ桜のあった方を向いた。
「確かにあの頃サーキット行くのも楽しかったな。
ああ、でも……私の行きたい所に行ったことなかったな」
ハナが呟いたのを、弦人はニヤリとして聞いていた。
車に戻ると、タバコを吸っていた市原が、濡れている弦人を見て目を丸くした。
「社長、一体どこですっ転んできたんですか」
「転んだわけじゃないよ」
「早く着替えてください。ほら」
弦人は市原に車の中へ放り投げられた。
「ちょっと、自分で脱げるってば!やめてよハナちゃんの前で!」
「弦人さん、子供みたい……」
ハナはそう呟いた。
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