怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

嘘つき

　カンナと一緒に出勤すると、早速キャストのみんなにからかわれた。

「久々に見たわ、あんなふうな酔っ払い」

「どうよ？昨晩はどうだったの。車ででかけたっぽいのは目撃済みなんだからね」

「なんか車に拉致っぽい感じで簀巻きにされてた気がするけど気のせいよね？どこでラブラブしてきたのよー」

　口々に言ってくるので、ハナは真っ赤になって呻くように叫んだ。

「わーもう！ほっといて下さい！もう皆忘れて下さい！」

「さあさあ騒いでないで。ミーティング始めるわよー」

　ママの声にからかいが収まったのでハナはとりあえずホッとした。


　ヘルプのキャスト達がミーティングに入ってくる。中には確かにセイラがいた。

　セイラはハナの方をちらりとみたが、無視するようにすぐに顔をそらした。


　今日の仕事は本当に忙しかった。

　店長はひたすらに料理を作り、ハナは主に洗い物に集中していた。

「ジントニック3つ！早めに！」

　誰かに声をかけられて、ハナは洗い物を中断してドリンクづくりに入った。

「ジントニックできましたー」

　ハナがそう黒服に呼びかけた。

　しかし、取りに来たのは黒服ではなかった。

　セイラがヌッと現れて、ハナの手からジントニックを受け取ると、耳元で囁いた。

「嘘つき」

　ハナはギョッとしてセイラを見たが、すぐにセイラはジントニックを両手で1つだけ持って、さっさと行ってしまった。

　残った2つのジントニックを受け取りに来る人はいなかった。




「注文ミス1つだけなら気にすることないよ。今日は特にガヤガヤしてるし、聞き間違えたんだろう」

　店長はそう言ってくれながら、誰も取りに来ないジントニックを一気に飲み干した。

「すみません」

　ハナはそう言いながらバックヤードへ休憩に入った。


　ガヤガヤしていたのは事実だが、セイラからの『嘘つき』ははっきりと聞こえた。

　あれだけ店で話題にされていたし、セイラにもハナと弦人の事は耳に入っただろう。


「嘘つき、かあ」

　ハナはお茶を飲みながら呟いた。何かセイラに言い訳したい気もするが、言い訳するのはある意味失礼な気もする。

　そんなに会うわけじゃないし、ウヤムヤにしちゃう方がいいのかも、とハナはぐったりしながら考えていた。

　その時だった。

　勢いよくドアが開いて入ってきたのはセイラだった。

「は、あ、あのっ」

　さっきまでウヤムヤにしたいなどと考えていたハナはビックリして飛び跳ねてしまった。

「この嘘つき！裏切り者！」

「え、えぇぇ……」

　入ってきてすぐに思った以上に罵倒されて、ハナは怒ったり悲しんだりするよりむしろ、あっけにとられてしまった。

　以前会った時にはおっとりとした人だと思っていたが、かなり情熱的な人だったらしい。

「悔しい！嫌がらせしてやる！近づいたら嫌がらせしてやるから！」

「ああ、あの、出来たら仕事場にご迷惑かけないような嫌がらせにしてもらえたら！」

　そういうことじゃないのだが。

　突然の事に、ハナはそう慌てて言った。

　セイラは鬼の形相でハナを睨みながらハアハアと息を荒めていたが、ふう、と大きく深呼吸すると、またおっとりとした表情に戻った。


「別に、それを言いたかっただけ」

　そう言ってまた踵を返して戻ろうとした。

「待って。あの」

　ハナはセイラに呼びかけたが、セイラはキッとハナを睨んで言った。

「何よっ！謝ったりなんかしたら殺してやるから！」

「あ、謝るつもりはない！」

　ハナは慌てて言った。

「じゃあ最低限のこと以外話しかけないでね。あたしはハナちゃんの事嫌いだから」

　セイラはおっとりと言うと、サッサと行ってしまった。



「そう、ですよねぇ」

　ハナは嵐のように去っていったセイラを見送るしかなかった。