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殺せない
しおりを挟むハナはリンゴを片付けると、弦人の言う通りしっかりと戸締まりをしてから布団を敷いた。
そして寝ようと電気を消そうとしたときだった。
「ふぐっ!!」
後ろから誰かに口を塞がれて抑え込まれた。
「静かにしてくれ。騒がないでくれ」
ハナが必死に後ろをみると、後ろには真っ青な顔をした隼がいたのだった。
「マジで頼む。なんとか助けてくれねえか」
少し大人しくなったハナを開放した隼は、土下座しながらそう言った。
「何で?何でここにいるの?どうやって入ったの!?」
ハナは、隼と距離を取りながら言った。
「そういえば、さっき帰ってきて鍵閉める前に音がしたのは……あれは隼だったの?」
隼は頷いた。
「ハナの仕事場から尾行していって……こっそり入って、玄関の近くの物入れに潜んでた。急に出ていったら驚かせるかと思って、様子見てたら、何か男が入ってきて出るに出れなくなって……」
弦人と一緒にいるときにずっと隼はいたのか、と思うと、ハナは背筋が寒くなった。
「すぐに出て行って!だいたい何でまだこの辺にいるのよ。お金渡したじゃない。遠くに逃げればいいでしょ」
「足りねえと思ったから、少し増やそうかと思ったら負けて……」
隼はバツが悪そうに呟いた。ハナは呆れて頭を抱えた。
「なあ、頼むよ。あいつ等、俺が今隠れてる場所特定しちゃってさ、あと一歩のところで捕まるのを必死で走って逃げたんだ。落ち着いて潜めるとこも見つからねえし。腹も減ったし」
「もう知らない。本当に出て行って今度は助けない。きりがない。次会ったらあんたを探してるヤクザ達を呼ぶから」
ハナはそう言ってスマホに手を伸ばした。
隼はその手を強く掴んだ。
「なあ、そのヤクザなんだけどさ。瑞希の今の彼氏って、さっきの男だろ?あれが黒部弦人なんだろ?俺を追ってるヤクザの若頭」
「そうだけど」
「あいつ、瑞希のおねだりなんでも聞くって言ってたじゃん?なあ、俺を見逃すよう頼んでくれよ。この通りだ」
「無理だって。前も言ったでしょ、そんな都合のいい事あるわけ無いって」
ハナは隼の手を振りほどいた。隼はそれでもハナに近寄る。
「でも瑞希が本気で甘えればなんとかなりそうな雰囲気じゃねえか。頼むよ。俺の命かかってんだぞ」
「弦人さんはそういうお願いは聞かないよ。あの人は甘いけど、ヤクザとしてそんな甘い人じゃない」
ハナはハッキリと言った。
「分かった。あいつに頼めねえんだな?」
静かにそう言うと、隼は紙袋から布に包まれた、手のひらより少し大きな何がを取り出した。
布が解かれると、ハナは息を飲んだ。
「拳銃?本物?」
青い顔でたずねるハナに、隼は死んだような目で頷いた。
「ハナ、これでお前の彼氏、殺してくれよ」
ハナは、隼の言葉に素早く首を振った。
「……何言ってんの?殺す?……本気で言ってんの……?」
「ああ」
「……馬鹿じゃないの……できる訳ないでしょ」
そう言った瞬間、ハナのみぞおちに強い衝撃が走った。
「本気で頼んでんだよ。大丈夫、できるよ」
ハナを殴った隼が、そう優しい声で言った。
「ほら、今はヤクザ達も、俺を追うことに必死だろ?でももし自分のとこの若頭が殺されたってことになれば、それどころじゃなくなるだろ?それでバタバタになってるうちに逃げようかと思ってんだよ。
ああ、ハナは、若頭殺したらすぐに警察に自首とかすれば保護してもらえるだろうからヤクザに仕返しされたりはしないと思うんだ」
隼は殴られてうずくまっているハナを見下ろしながらそう言った。
「そんなうまく、ゲホッ、いくわけない」
「やってみなきゃわからないって」
そう言って、もう一発ハナを殴る。
「あんまり殴らせるなよ。あざでも出来たら、バレるだろ」
そう言って、隼はハナに拳銃を握らせた。
「やってくれるだろ?」
「だめだよ。私、殺せない」
ハナはそう言った。
再度隼の拳が、ハナの腹に降ってきた。
―――
夜が明けた頃、ハナは隼の監視の元、弦人にメッセージを打っていた。
『今日お仕事が終わったら、デートしませんか。たまには市原さん抜きで二人きりで』
「ありがとう、瑞希はやっぱりいいヤツだな」
ハナは死んだような目で、黙って隼に撫でられていた。
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