怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

文字の大きさ
50 / 68

ダサくない?

しおりを挟む

 すぐに冷たい海面に身体を叩きつけられる……はずだった。


 しかしハナは何かに勢いよく足を引っ張られて、海には落ちずに埠頭の地面に転がった。


 しかし、海からは、ザバン、何かが落ちる音がした。


「社長!早くこれに掴まって下さい!」

 見ると、呆然としているヒゲのヤクザと、慌てて浮き輪を投げて、海から何かを引き上げようとしている市原が見えた。


「弦人……さん?」

 市原が引き上げた、ビショビショで情けなさそうにブルブル凍えている男は、弦人だった。

「良かった、間に合った、クシュンっ。慌てたら俺が落ちちゃったけど」

「今、すぐに着替えお持ちします」

 市原は、自分のジャケットを弦人に被せると、急いで何処かへ行ってしまった。車に積んである弦人の着替えを取りに行ったのだろう。

「うう、冬の海は、さすがにキツイね」

 ブルブルと震えながら弦人はハナに微笑みかけた。

「大丈夫だった?怪我してない?」

「弦人さん!」

 ハナは縛られたままなので、身体を捻って弦人に近寄った。

「弦人さん!来てくれたんですね!弦人さんが助けてくれたんですね!」

「うん」

「私を殺しに来てくれたんですね!」

「え?何で?違うよ」

「そんな……違うんですか!?」

 絶望的な顔をしたハナに、弦人は困惑した。

「何で?何でショック受けてるの?」


「若頭、何してるんですか!」

 ヒゲのヤクザは弦人を見て青い顔で近寄った。

「あはは。ちょっと手違いというか勘違いがあってね。電話しても誰も出ないから焦っちゃったよ。ちゃんと携帯電話は携帯しておいてよね」

 弦人はヒゲに文句を言う。


「ちょっと話の食い違いがあったから、一回仕切り直ししよう。倉庫戻ろうか」

 弦人は凍えながらも、しっかりとした口調で言った。


 弦人に言われて、ヒゲはハナをまた抱えようとした。しかしそれは弦人に止められた。

「ゴメンね、ハナちゃんは俺が連れて行く。もう誰にも触られたくないんだ」

 弦人はそう言って、ハナを抱えようと手を伸ばした。

 海の水で濡れている弦人の手は氷のように冷たくて、その手に触れられて思わずハナは身体をすくめた。

「あ、そうか」

 弦人はハナを、さっき市原に被せられた濡れていないジャケットで包んで抱きかかえた。

「これならそんなに冷たくないよね」

「弦人さんの手、こんなに冷たくて……弦人さんが死んじゃう……」

「死なない死なない」

 弦人は笑って言った。


「ごめんねハナちゃん。信じてあげれなくて」

 弦人はハナを抱えて倉庫に戻りながら呟くように言った。ハナはよく聞こえなくて顔を弦人に近づけた。

「よく考えたら、別に拳銃は突きつけられたわけじゃなかったし。ちゃんとあの時に話を聞いてあげればこんな事にはならなかった」

 弦人の声からは後悔の色が感じられた。

「池田の事を聞いた瞬間に頭が真っ白になって、冷静な判断が出来なかった。ううん、ずっと何となくハナちゃんを信じてあげれなかったから、池田の名前が出てきた瞬間にすぐに疑っちゃったんだ。
 ちゃんと信じてあげれなかった俺の弱さが招いた失態だ」

 弦人はハナの顔を見なかった。しかし抱える腕にはしっかりと力が入っていた。

「そんな事ない。私がちゃんとしなかったから。私が隼をちゃんと拒否出来ればよかったんです」

 ハナは泣きながら言った。

 弦人は首を振った。

「ハナちゃんが池田に脅されてたのはもう知ってるよ。だから泣かないで」

 冷たい手で、ハナの頭を優しく撫でた。


 倉庫の近くで、弦人の着替えを持った市原が待機していた。

「社長、まずは着替えを」

「先に仕事を片付ける」

「しかし」

「お願いだよ。俺のプライドだ」

 そう言って、市原の方を見もしなかった。

 市原は大人しく着替えを下げると、代わりに巨大化湯たんぽと分厚い毛布をどこからともなく取り出して、ハナを抱えたままの弦人に勢いよく被せた。

「ではせめてこちらをお持ちください」

「え、ええ……」

「ハナさんは私が責任を持って預かります」

「嫌だ」

「お願いします。私のケジメでもあります。絶対にお守りしますし、絶対に変なところを触りません」

「当たり前だよ」

 弦人は諦めたようにため息をついて、ハナを市原に抱えさせた。

 代わりに弦人は、巨大な湯たんぽを抱えた。

「……なんか俺の見た目、ダサくない?」

 弦人は苦笑いをしながら倉庫に入っていた。

 ヒゲと、ハナを抱えた市原も続いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

お客様はヤの付くご職業・裏

古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。 もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。 今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。 分岐は 若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺) 美香による救出が失敗した場合 ヒーロー?はただのヤンデレ。 作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》
恋愛
望月かなめは、皆からオカンと呼ばれ慕われている人当たりが良い会社員。 恋愛は奥手で興味もなかったが、同じ部署の上司、鎌田課長のさり気ない優しさに一目ぼれ。 次第に鎌田課長に熱中するようになったかなめは、自分でも知らぬうちに小悪魔女子へと変貌していく。 しかし鎌田課長は堅物で、アプローチに全く動じなくて……

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...