怖がりで優しくて、とても恐ろしい人 〜ビビリヤクザに恋人になるよう攻められています〜

りりぃこ

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殺しちゃだめだよ、まだね

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 倉庫に弦人が入っていくと、気づいたヤクザ達がすぐに一斉に頭を下げて挨拶した。


「社長、わざわざ来ていただかなくても」

 花水木の店長が慌てたように弦人に言う。

「いやぁ、話が色々変わっちゃってね。電話したんだけど気づかなかった?」

「すみません。ちょっと近くに置いて無かったです」

「困るよ。今度からちゃんと近くに置いてよ」

「というより、なぜ濡れてるんですか?」

「ハナちゃん助けようとしたら、自分落ちちゃった」

 弦人は照れくさそうに言った。


 そして、すぐに倉庫の奥の方で縛られている隼を見つけて近寄った。


「話には聞いていたけど会うのは初めましてだね。君が池田隼だね?」

 満面の笑みで挨拶をする、湯たんぽを抱えて毛布を被ったヤクザの若頭を、隼は怯えた顔でみていた。

「うん、ちょっと殴られちゃってたのかな?顔が少し腫れてるけど、でもイケメンだね。ハナちゃんがゾッコンだったのもわかるなぁ」

「あの……すみません……」

 隼は無意識に謝る。


「何に謝ってるの?お店のお金盗んだこと?それともハナちゃんを殴ったりして脅したこと?俺を殺そうとしてたのは君だってこと?」

 弦人の言葉に、隼は真っ青になった。


 弦人は、隼ではなく、花水木の社長に向かって言った。

「これは証拠の動画もある話なんだけどね、池田はハナちゃんを脅してたみたいなんだ。それで、ハナちゃんは俺を殺そうとしたんじゃなくて、俺に拳銃を渡して助けてもらおうとしたみたいなんだ。そうなんでしょ?」

 弦人に突然言われて、ハナは慌てて頷いた。

「殺せないって言ったら、何度もお腹殴られて」

「ち、違う!」

 隼は必死で叫んだ。

「違う、殴ったのはその、本当だけど、殺そうとしたのは、その」


「社長、脅されてた証拠動画があるとはいえ、その女の話は信用できねえ。だいたい、前に社長刺そうとした前科があるんですよ」

 花水木の店長が弦人に言った。

 弦人は頷いた。

「うんうん、確かにね。俺がハナちゃんに惚れてるから、ハナちゃんの言う事を鵜呑みにしちゃう馬鹿だって疑ってるんだね?」

「いえっ!そういうわけでは」

 店長は慌てたように首を振った。

「いいんだよ。店長の気持ちもわかるよ。だからさ、池田に直接聞こうよ」

 そう言って弦人は隼に向き合った。


「ねえ、本当の事を教えてよ。ね?」

 弦人はしゃがみ込んで、隼の顔を覗き込んだ。
 そして池田の身体を優しくさすって言った。

「わぁ。こんなに薄着で寒かったでしょ?俺もね、さっき海に落ちちゃって凍りそうだったよ。ほら、湯たんぽ貸してあげるよ」

 弦人は池田に湯たんぽを当ててやる。

「怖かったね。ヤクザ怖いもんね。でもね、本当の事言わないともっとこの人たち怒るんだよ。下手に誤魔化して言って、綻びがでたら大変だよ。早く真相を言ったほうが絶対にいいと思うよ。ほら、大丈夫大丈夫」

 優しくポンポンと背中をたたかれて、隼は、うう、と泣き出した。


「すみません、あの、騒ぎを起こせば俺を追ってくる暇がなくなると思って、その」

 優しくされた隼は、ポロポロと話しだした。

「瑞希なら、若頭に近づきやすいと思って」

「そっか、それで彼女にやらせたんだね。でも、拳銃なんて普通の女のコ使いこなせないと思うけど……」

「瑞希嫌がってたけど、もう拳銃見せたからあとには引けないと……」

「嫌がってたんだね?彼女は」

 弦人は念を押すように聞き返す。

 隼はあいまいに頷いた。

「でも、俺は出来ないし」

「そっか、だから暴力してまでやらせたんだ」

「あの、暴力じゃないです。ちょっとその、手が出たというか」

「そっかそっか。確かに、暴力っていうのは君が今受けてたみたいなやつだよねぇ。君が彼女にやってたのはそれに比べたら撫でてるようなものだよね」

 弦人はしたり顔で頷いた。


 ちらりと市原の方をみて目配せする。

 市原は頷いて、心配そうに弦人と隼の様子を見ていたハナの、目と耳を塞いだ。


 それを確認すると、弦人は泣き顔で汚くなっている隼の顔を優しく撫でた。隼が少し安心した顔をしたところで、素早く手で隼の口を塞ぎ、勢いよく腹に拳を入れた。


「ぐぅっ!!」


 口が塞がれていたのでくぐもった悲鳴しか聞こえない。


「あれ。ちょっとお腹撫でてあげようとしただけなんだけど、ちょっと強く当たっちゃったかな?」

 弦人はショックを受けた顔をしている隼に、ニッコリと笑いかけた。


「店長、聞いた?一応、これでもハナちゃんが俺を殺そうとしてたって言えるかな?」

 弦人は花水木の店長にたずねる。

「あー……いえ……」

 店長はバツが悪そうに答えた。

「まあ、絶対殺そうとしてないとは言い切れないけどさ。
 俺たち、全部池田の言い分で動いちゃったよね。よく考えたら、殺そうとするのにあんな大衆居酒屋選ばないし、個室じゃ逃げにくいし。殺そうとする人の選ぶデート場所じゃなかった……クシュンっ!クシュン!!」


「時間切れです」

 まだ話そうとしていた弦人を、市原が引っ張った。

「申し訳ございません。続きは社長を着替えさせてからでよろしいでしょうか」

「えっ?あと少し……クシュンっ!」

「ほら、鼻水も出てきた!一旦お車へ戻って着替えてください!」

 有無を言わさず市原に、弦人は
「俺、カッコ悪い……」
 と残念そうにつぶやきながら大人しくついて行くことにした。

 ふと振り返り、店長にたずねた。

「えっと、ハナちゃんはもう無罪でいいのかな?」

「大丈夫です。むしろ、無罪の堅気の女に、ヤベェ事してすみませんでした。このケジメは、池田にキッチリとらせます」

 店長は、隼を睨みつけながら答えた。

 今回の件で相当プライドが傷つけられただろう。

「じゃあね、池田くん、また後で。一旦そこのお兄さん達と話しててね。
 皆、池田くん殺しちゃだめだよ。まだね」

 弦人はそう隼に微笑みかけ、大きなくしゃみをしながら、ハナを抱えた市原と共に立ち去って行った。



 ハナは、いつもの黒塗りの車に乗せられた。

 車内は暖房が効いていてとても温かい。

 助かったのだ、と今更実感した。


「ハナちゃん、大丈夫?寒くない?」

 一番寒いであろう弦人が、心配そうにハナの顔を覗き込んだ。

 弦人はハナの拘束を解くと、自分も急いで濡れたスーツを脱いで、ワイシャツを一枚羽織った。チラリと見えた鬼がまたすぐに隠れた。


「ハナちゃん、まだ俺の手冷たいかもしれないけど、ゴメンね」

 そう言って、弦人は勢いよくハナの服を捲った。

「な、何!?」

 ハナは慌てて身体を隠そうとしたが、現在はハナの手を掴んでそれを阻止した。

「ちゃんと見せて。ああ、やっぱり」

 弦人はハナの服の下の肌を見て、悲しそうに言った。

「酷くはないけど、痣できてる」

「見ないで」

 ハナは顔をそらした。

 弦人は、ハナのお腹の辺にできた痣を軽く撫で、そして口づけた。

「ごめん。ごめんね。俺がもっと早く気づいていれば。ハナちゃんの様子がおかしかったのは気づいてたのに」

「弦人さんのせいじゃないです。本当に」

 ハナは弦人にハッキリとそう言った。

「さっきも言ったけど、私がちゃんとしなかったからなんです。隼を死なせたくないとか甘いことを考えてしまって。それに付け込まれた」

 ハナは声を震わせた。


「ここまでされてもやっぱり死なせたくない?」

 弦人がたずねると、ハナは頷いた

「もう隼は好きじゃない。大嫌い。でも、人が殺されるのは怖いの。一度でも好きだった人だし」

「そうか」

 弦人はハナの服をもとに戻し、そしてまたお腹を撫でた。

「俺は、こんな立場だから、組のメンツの為に池田を許すわけにはいかないんだ。それ以上に、俺の感情としては、ハナちゃんをこんな目に合わせたんだから殺してやりたい。でもね」

 弦人はハナに苦しそうな目を向けた。

「ここまでして、死んでほしくないって、ハナちゃんが守ろうとしたものを、簡単に壊すわけにもいかないね」

「弦人さん?」

「池田は殺さない。約束する」

 ハッキリと言った。ハナはホッとした顔を向けた。


 弦人は、車のドアを開けた。

「じゃあ、あいつらにとりあえず指示してくるよ。黙ってたら殺しちゃうだろうし。
 市原はここに待機してて。ハナちゃんの事、見守っててね」

「かしこまりました」

 市原は頷いた。

「あ。あの、本当にいいんですか?組のメンツってさっき……」

 ハナは不安そうに言うが、弦人はニッコリと笑った。

「大丈夫、なんとかできるよ。あ、でも無罪放免ってわけにもいかないなら、ちょっと小突いたりはするけどそれくらいは許してね」

「はい。むしろ私の分も小突いてきてください」

 ハナは真面目な顔でそう言った。



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