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15巻

15-3

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 アークレスト王国の建国から関わっているオリヴィエは、王国の中枢ちゅうすうたずさわってきた代々の重鎮じゅうちんや官僚達の顔と名前を記憶している。
 才能豊かで努力を惜しまず、順調に魔法使いとしての位階を上げていったイシェルの事も、突然行方不明になった話題性もあわせて記憶していた。

「グランドマスター・イシェルは既にこの世に居りません。ブリュードもまた己の犯した罪のむくいを受けました。今は冥界めいかいにて罪のつぐないをしているでしょう」
「リネット、貴女あなたに不服はないようですね。ドランならあらゆる武力を相手にしてもまず問題はありませんし、権力の方も、まあなんとかなるでしょう。競魔祭で実力を大いに披露ひろうして、殿下達とえにしを得た後だったのが、結果的には良かったですね」
「マスター・ドランにお伺いしましたが、いざとなったら神託しんたくという切り札があるそうですし、リネットをマスター・ドランから引き離すのは至難しなんわざになるかと」
「神託ですか、それは本当の本当に最後の最後の手段にしてください、ドラン。お願いですから」

 オリヴィエは隠しようがないほど切実に、ドランに頼みこんだ。その声音こわねは、神に対する信者の祈りか懇願こんがんにも似ていた。
 バンパイアであるドラミナを王都へ連れて行く時は形式上必要であった為、神々に対して誓約せいやくをしたが、再び神々の威光いこうを借りるのはオリヴィエとしては事態が大きくなりすぎるから勘弁かんべんしてほしいらしい。

「それくらいの分別はわきまえていますよ、学院長。心配せずとも大丈夫です。天の友らも、そこまで私を甘やかしはしません」
「なら良いのですが……。とはいえ、それを抜きにしても、ドランの名前と価値は王国の中でかなり知られています。東西で大規模な戦争が起きる未来が確実な昨今の事情で、貴方ほどの実力者に、王国に対して反感を抱かせるような真似は避けるべきです。それを考えれば、リネットを無理に引き離すべきではないという通達くらいはされるでしょう。何より、イシェル氏の遺言の内容は規定にのっとったものです。それを否定しては王国並びにギルドの規定と法律を無視する事になりますからね」

 リネットがドランのゴーレムとなるのに問題はない、と保証したも同然の発言を聞き、ディアドラがそっと肩から力を抜いたのに、オリヴィエとドランは気付いた。
 ディアドラの方も、自分に懐くリネットに情が生まれているらしい。
 相手から好かれたら、自分もあっという間に相手を好くというところでは、ディアドラとドランは良く似ていた。

「それじゃあ、リネットは晴れてドランのところの子ね。使い魔とはまた違うから、セリナとドラミナとは扱いが異なるでしょうけれど、些細ささいな事ね」

 ディアドラはリネットの左肩に手を置き、軽く抱き寄せた。
 なごやかな光景に僅かに口元をほころばせながらも、オリヴィエは少し言いづらそうに切り出す。

「ええ、セリナとドラミナの二人はドランが魔法学院を卒業すれば使い魔でなくなりますが、リネットはそのままゴーレムであり続けますから。それと、ディアドラ。貴女とドランの事ですが……」
「私は元からドラン目当てだって公言していたつもりだったけれど、教師と生徒が二人きりでお出かけっていうのは、やっぱりまずいかしら?」
「授業の評価に私情を交えているのでは? くらいの憶測おくそくは誰だってするでしょう。教職員はともかく、生徒の側で問題になるかもしれませんね」
「そう、そうね。じゃあ、ドランの評価だけは他の生徒よりも大分厳しめにしておきましょう」

 悪戯いたずらっぽく茶化ちゃかして言うディアドラを、オリヴィエがたしなめる。

「甘くするのも厳しくするのも、どちらも私情を交えているのには変わりありませんよ。貴女が真に公正な評価をした、と誇れるようにしてください」
「ふうん、そうするわ。私がドランに手心を加えたと疑われた時に、負い目を抱かずに済むように心掛けておきます、学院長」

 最後の〝学院長〟の部分だけ、上司へ向けるような堅さを持たせるディアドラに、オリヴィエは小さく嘆息たんそくした。

「それにしても……レイラインへの干渉かんしょうですか。エンテ様他、ユグドラシル様方に危害が及ぶ前に問題が収束して何よりでした。ディアドラ、貴方はドランとの付き合いの中で随分ずいぶんと強くなっていたのですね。ともすれば、エンテ様とも互角以上に戦えるのではないですか?」
「ドランの力を借りたからこそ出来た芸当よ。私一人ではどうにか出来る相手ではなかったわ。流石に星一つの力を得た相手だと手に余るもの。ドランの力を借りられるのなら、赤ん坊どころか羽虫でも勝てたでしょう」

 ディアドラは買いかぶりだとばかりに首を横に振った。

「レイラインの方に悪影響は出さずに済んだし、オリヴィエがこれ以上気をまなくても大丈夫だと思うわよ。似たような施設がまだ他に残っているかもしれないけれど、そちらはどちらかというと、貴女よりもエドワルド達の担当よね」
「ブラムノック教授達ですか。彼のところにもゴーレム――いえ、人造人間が四人残りましたが、彼はそういった問題には慣れていますし、心配はしていません。ただ、レイラインを利用する施設の事は留意しておきましょう。すぐに思いつく範囲では、天人の遺産が数多くある轟国か、最近妙に強気な高羅斗が何かしている可能性が考えられますね。東方にはいまだに機能を維持している天人の遺産が多く残っていますし、それを利用した戦争が起きれば、かなり凄惨せいさんなものとなるでしょう」
「まあ、轟国とロマル帝国との戦争がはじまったとしても、ここの生徒を戦わせるような羽目にはまずならないでしょう。私としては、エンテの森の方にちょっかいを出されないか、気になるところね」
「轟国がガンドゥラと高羅斗をくだし、エンテの森を抜いてアークレスト王国に侵攻する事を選んだなら、可能性としては出てきますね。そうだとしても、ガロアよりは南の地域を狙ってくるでしょうけれど。さて、サンザニアで起きた事件については、これで一通り伺いました。そろそろ私はドランに文句を言ってもいいような気がしてきましたよ」

 オリヴィエは、これまではディアドラなど、限られた気心の知れた相手だけに少しの愚痴ぐちを零してきたが、鬱憤うっぷんが積もりに積もったせいか、珍しく多くの目がある中で、ドランにじとっとした視線を向けた。
 これまでオリヴィエに多大な心労をかけてきた自覚はドランにもあるので、彼はその視線を甘んじて受け止める。

「たびたびご迷惑をおかけした事については、返す言葉もありません。その都度各方面に取りなしていただいたご恩は、必ずお返しします」
「いえ、今のは私もいささか大人おとななかったです。むしろ、私の方こそ許しをわねばなりません。普段の態度を見ていると、貴方が古神竜ドラゴンであるという事実をつい忘れてしまいます。本来であれば、私達は身命の全てをして貴方の望みを叶えるべきところなのですから」
「まさか、それをするなどとは仰らないでください。そうされるのが、私にとってはもっとも辛い事なのですからね」
「それは重々承知しておりますよ。貴方とは卒業後も良き縁を重ねていきたいものです。ドラン、ディアドラ、リネット、サンザニアでの話は確かに聞き届けました。ゴーレムに思い入れの深い魔法使いが、個人的に貴方達に接触を求めてくるかもしれませんが、それ以外には特に大きな問題にはならないでしょう。さあ、もうお下がりなさい。何かあれば、また改めて呼び出します」

 オリヴィエはサンザニアでの一連の事態の報告を、驚き以上に、またか……と、ドランが持ち込む尋常ならざる事態への慣れとあきらめをい交ぜにした気持ちで受け止めているようだった。
 ドラン達はオリヴィエに最後に一礼し、学院長室を後にした。


 魔法学院内ですれ違う生徒達は、またドランが新しい女の子を連れて歩いている事に気付き、呆れるやら、羨ましそうにするやら、眉をひそめるやら、多様な反応を示す。
 リネットが加わった為、ドランの周りには十代前半から二十代前半までの幅の年齢の、揃いも揃って並ならぬ美形が居るのだから――たとえ全員が人外であろうとも――羨ましがられても仕方がない。
 競魔祭での圧倒的な戦闘能力と、詳細はせられてはいるが、王家に対して何か多大な功績を上げて騎爵位を授かったらしいといううわさは、学生達の間でもささやかれており、今ではガロア魔法学院の生徒でドランをあなどる者はいない。
 さて、競魔祭が始まる前までは、訓練の為に時間を作って集まっていたフェニアやネルネシア、クリスティーナ達であったが、目標であった競魔祭全勝優勝を成した後でも、ひまを見つけては集まり、友好を深めていた。
 フェニアやネルネシアといった大貴族の令嬢となれば、家に仕えている家臣達の子弟や分家の者達とのお茶会などもあるはずだが、ドラン達とのお茶会への出席率は高い。
 集合場所は主にドラン印の浴場、魔法学院内のカフェ、ガロア市街の飲食店、特訓場所であった郊外の草原の四つだ。
 この中で最も使用頻度が高いのは、ドラン印の浴場だ。浴場内外にテラスなどの歓談の為の施設が増設されているし、他人の目と耳を切り離しやすい場所でもある。
 リネットを紹介する為に皆に連絡をしたドラン達ではあったが、全員を同じ時間に集めたわけではなかった。
 ドランの有するゴーレムにリネットが加わった、という事態を真っ先に説明しなければならない少女がおり、そちらに話を通してからでないと色々とややこしくなるのが明白だったからである。
 授業のあるディアドラと一旦別れ、浴場の中に設けられた休憩室でドラン達が待っていると、先に呼び出しておいたレニーアが浴場の扉を開き、にこにこと満面の笑みで入って来た。
 ドランからの呼び出しとあって、彼女の機嫌は非常に良い。
 大抵は級友のイリナをともなっているレニーアだが、今回は〝魂の事情〟にまで話が踏み込むので、一人だけだ。

「お父様、お呼びと聞き、このレニーア、まかり越しました」
「ああ、忙しいところを急に呼び出してすまなかった。さあ、まずはこちらに座ってくれるかな」
「はい」

 ドランとセリナ、ドラミナは横一列になって椅子に腰かけており、彼らの対面にレニーア用のとうんだ椅子が置かれている。
 リネットは、ドランのすぐ後ろに立って控えていた。
 笑顔と共に入ってきた少女が、最強最悪の神造魔獣の転生者と知るリネットは、かすかに緊張しているようだった。

「お父様、この度は私どもの事情を知っている者だけを集めた上で、私に会わせたい者が居るとお聞きしておりますが、そちらに控えている娘でしょうか?」

 じろり、とリネットをにらむレニーアの視線はけわしい。
 前世の力をほぼ取り戻した彼女がその気になれば、視界に映る全ての生物の命を奪う事すら容易たやすい魔眼となる。
 無論、彼女がドランの前でそのような凶行に及ぶ可能性はまずない。小姑に品定めされている気分のリネットとしては、緊張が否応なしに増している。

「そうだ。ディアドラとサンザニアという都市に行って来たが、そこでエドワルド教授とミス・エリザという懐かしい顔と再会した後に色々とあってね。このリネットを私が預かる事になったのだ。リネットには私と君の魂の事情についても伝えてあるし、ネル達よりも先に紹介しておきたかったのだ」
「なるほど、確かに昨日はしばしお父様の気配がガロアから離れておられました。その間に発生した何かしらの事件の結果というわけですね。……ふむ、見たところ、セリナとドラミナのように使い魔のメダルを下げているわけではない様子。魂はありますが、肉体の組成が少々珍妙と言えば珍妙。昔の人間共が作っていた、強化人間だとか人造人間だとか、そういった連中を思い出しますね」

 レニーアは流石の観察眼で、一目見ただけでおおむねリネットの素性を看破かんぱしたようだった。
 ドランが関わると途端に残念な面が強烈に出るレニーアだが、備わっている能力は紛れもなく神の域に達している。

「はじめまして、レニーアお嬢様。私はリネット。昨日より、ドラン・ベルレスト様を主人としたリビングゴーレムです」

 リネットの発言に、レニーアの耳がぴくぴくと動くのを全員が目撃したが、口は挟まずに会話を見守り続ける。
 昨夜のセリナの助言通り、レニーア〝お嬢様〟と、ドランの娘扱いをした効果が、早速出たようだ。

「ふむ。リビングゴーレムか。この時代では聞いた覚えのない言葉だが、リビングか。となると、生きたゴーレムとでも解釈するのが適当か。お前の体を見る限り、随分と不相応な技術が使われている。ふん、滅びた者共の古びた――しかし未だ手の届かない技術を使ったか? 曲がりなりにもお父様の所有物であると口にするのならば、並のゴーレムでは務まらん。並でないゴーレムでも務まらん。〝並でなさすぎるゴーレム〟くらいで、ようやく主人とあおぐ資格を得られるのだ」
「はい。マスター・ドランが伝説にうたわれる古神竜ドラゴンの転生者である事は、既に聞き及んでおります。よもや最高神すら超える存在を主人と仰ごうとは、リネットにしても大変な驚きです。ましてや貴女のような古神竜の系譜けいふに連なる神造魔獣の魂を持つお方まで、娘としておられるとは」

 またレニーアの耳がぴくぴくと動き、心なしかその顔が自慢げな表情に変わっていく。
 狙い通り〝ドランの娘扱い〟は、レニーアに対して極めて効果甚大じんだいなようだ。
 最初ははらはらとした心持ちで見守っていたセリナとドラミナも、あまりにも分かりやすい反応を受け、これは大丈夫だなと気を抜いていた。
 それにドランの意思を最優先事項に置くレニーアならば、多少気に食わないところがあっても、自分の不満などは黙って呑み込むだろう。

「ふふん、当然だ。地上に住む者達が――いや、天界や魔界に住まう神なる者達でさえ、私のお父様を推し量りきれるものではないのだ。お前が驚くのは無理もない。ゴーレムである以上、お前はお父様に対して忠実かつ誠実であるだろう。よほどひねくれた人格設定がされていなければな」

 レニーアはそこで一度言葉を切り、品定めするようにリネットの全身を上から下まで見た。

「お前の先達であるセリナとドラミナは、お父様がドラゴンであると知る前から恋をし、愛を抱いた天晴あっぱれな女共だ。見た目と能力もこの地上の存在の中では、お父様の情けを頂くのに、及第点きゅうだいてんをくれてやれる水準に達している。リネットよ、お前がお父様の所有物となる以上は、それに相応しい働きを常に示し続けよ。さもなくば、生涯にわたって私からさげすみを与えられるものと心せよ。また、あまりに目に余るようであったならば、私がお前に天誅てんちゅうを加えてくれる」

 本気の破壊の意思を秘めたレニーアに、冷厳れいげんと告げられ、リネットは小さく音を立てて息を呑んだ。
 セリナとドラミナも以前これに近いやり取りをした経験があり、リネットがどんな答えを返すか、我が事のように緊張して待っていた。

「はい。リネットが考えもしなかったほどの偉大な主人を得られた以上、所有物として相応しい働きを示し続ける事をお約束します。このリネット、グランドマスター・イシェルによって掃除、洗濯、炊事すいじは言うに及ばず、武芸百般から魔法、整体に至るまであらゆる物事を知識として有しています。知識ばかりで実戦経験がないのが欠点ですが、いずれそれも克服してみせます!」
「ふふん、威勢だけはいいな。いいだろう、今はまだお父様にお仕えして日も短い。まだお前への評価は下さずにおいてやる。私が言うのもなんだが、セリナとドラミナはつくづく良い女よ。それに、この場には居らんが、ディアドラもな。お前はお父様の伴侶の座を狙っているわけではないが、比較対象の壁は高いぞ」
「分かっています。マスター・ドランという太陽にまさる輝きにせられてつどった女性達です。身が引き締まる思いです」

 今度はひるむ様子を見せずに堂々と言い返してくるリネットを、レニーアは少しだけ満足そうな顔で見つめ、それから敬愛してやまないドランへと向き直る。

「ふうん、口だけは達者なリビングゴーレムですな。ですが、お父様。レニーアは娘として、お父様がこの者達に対していささか寛大にすぎるのが心配でなりません。お父様ご自身を傷付けられる者など、伯父様や伯母様方しかおられませんが、お父様の周りに居る者を見て、地上の者共はお父様の価値を計り、くだらぬ勘違いをするでしょう。そうしてお父様に対して不当極まりない評価をするかもしれぬと思うと、私にはたまらなく心配で、同時に不愉快でなりません。お父様、どうか自らの傍に置く者達へ慈愛ばかりでなく、厳格さをもって接する事もお考えくださいませ。僭越せんえつではありますが、それが娘としての私からの願いでございます」
「ふむ、まことに、レニーアは私を心から案じてくれるな。ありがとう、だが大丈夫だ。セリナもドラミナもリネットも、そしてレニーア、君も私にとっては自慢の女性達だよ。私もまた君達に恥じない者でいられるよう、精進を忘れん」
「私からすれば、お父様はもはや精進の必要性など、欠片かけらも存在しないお方なのですが……お父様ご自身がそのようにお考えであるのならば、飽くなき向上心をお持ちの方とご尊敬申し上げるのみです」
「私はレニーアが思ってくれるほど、自分をそこまで大した者だとは思えんのだがなあ……」
「いいえ、お父様は私が思う以上の大変に素晴らしい方です。間違いありません!」

 そう断言するレニーアに、ドランは苦笑を返す以外に何も出来なかった。彼もまだまだ父親としては、勉強なかばだ。



 第二章―――― 清算


 リネットを友人達に紹介するに際して最大の懸念事項であったレニーアとの邂逅が穏当に終わった後、私――ドランは、フェニアさんやネルネシア達にもリネットを紹介した。
 夏休みにドラミナを新しい使い魔とした時のように、〝またドランが可愛い女の子をはべらせた〟と、皆にからかわれる羽目になってしまったが、客観的に見れば否定しようのない事実であり、ぐうの音も出なかった。
 さて、リネットが加わって私達の生活に何か大きな変化があったかというと、目下のところそれほど大きく変わってはいなかった。
 リネットは、自身を指して〝経験はないが万事の知識はある〟と称していたが、衣類の洗濯や食事に関しては学院の職員の方々がされるので、家事関連で手伝いをお願いする事となると、掃除くらいものだ。
 力加減を間違えて家具や窓を壊してしまいやしないかと、私達ははらはらとした気持ちで見守ったものの、リネットは適切に掃除をこなした。それだけでなく、授業で必要になる資料作成、素材の収集作業に関しても実に張り切ってこなしてくれた。
 元々私はセリナとドラミナの手を借りられるので、それらの作業が他の生徒達よりもはるかに早く終わっていたのだが、緻密ちみつかつ正確な作業精度と速度を誇るリネットの加入で、私の自由に使える時間というものは確かに増えた。
 これなら魔法学院を卒業した後、クリスティーナさんのところに家臣として籍を置いてからも、リネットに実務で助けられる場面が多々あるだろう。
 勉学が肌に合わないネルネシアなどは、リネットの有能ぶりを知ってからは、時々手を貸してほしいとねだってくるほどだ。
 とはいえ、私は既に飛び級による卒業に必要な単位の取得と試験を終えていて、後は卒業とは関係のない個人的な魔法の研究や魔法学院内の希少な図書の閲覧えつらんなどが主な日課であった。
 私と同じく来年の春には魔法学院を卒業するフェニアさんやクリスティーナさんも、最近では時間に余裕が出来てきている。
 お二人とは、卒業後のベルン村の統治や我が故郷の発展、他の北部の領地を治める貴族達との付き合い方や人となりについて語り合う機会が増えている。
 特に私とクリスティーナさんは生まれながらの貴族ではないので、成り上がりの、なんちゃって貴族と揶揄やゆされても仕方のない経歴の主である。
 生まれた時から大貴族の令嬢であり、国内最高峰の英才教育を受けて育ったフェニアさんの見識は、私達には非常に参考になる。
 フェニアさんにはまさに大恩があると言う他ない。
 今、私とクリスティーナさんがそれぞれ胸の内に抱えている考えは、絵に描いたもちであり、実際に行う段になれば様々な支障が生じるだろう。しかし、夢を見ている時間というのは実に楽しいものだ。
 リネットはベルン村に行った事はないが、熱心に故郷の未来について語る私やクリスティーナさん達の姿を見て、楽しそうにしてくれている。
 ふむ、なんだかんだで、我がベルン村の統治に関わる有用な人材が増えつつあって、嬉しい誤算だ。
 今日も今日とて私とセリナ、ドラミナ、リネット、クリスティーナさんの合計五人で、浴場内の休憩室に集まっていた。
 ここならクリスティーナさんを目当てに集まる生徒達の耳目じもくを気にしなくて済む。
 この間、レニーアとリネットの面会を行なった休憩室で、私達は椅子を寄せ合って車座になっていた。
 いつもならば真っ先にお菓子や軽食に手を出すクリスティーナさんが、最初にリネットの淹れたお茶を一口飲んだきり、食べ物に手を出さない事に気付き、私とセリナ、ドラミナがおやっと眉根まゆねを寄せる。

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