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18巻
18-1
しおりを挟む第一章―――― 竜淫魔と大地母神
ガロア魔法学院を卒業した私――ドランは、正式にベルン村の領主に赴任したクリスティーナさんの補佐官として、故郷に凱旋した。
今まで学友として顔を合わせていた彼女が今や男爵で、これから私の上司になる。少しばかり不思議な気分だ。
ベルン村に帰ってからの日々は、新領主クリスティーナさんの就任式の準備をはじめ、様々な出来事の対応に追われ、瞬く間に過ぎていった。
そんな中でも、最も予想外だったのは、旧知の大邪神カラヴィスが、ベルンの領内に自身の名を冠する巨大な塔〝カラヴィスタワー〟を建築した事だ。
しかしそれは、私とクリスティーナさんの就任祝いとして、完全なる善意によっての行動らしく、私は怒るに怒れず、その場に居合わせた神々と内部調査をする羽目になった。
まあ、破壊と忘却を司る大邪神として地上の人々から恐れられる彼女が建造した物とはいえ、管理さえしっかりすれば、有用な観光資源になるかもしれない。
何しろ、塔の中には、前世における私の死後に勃発した戦争の名残で、多くの異文明の遺跡や技術の産物、神に由来する希少な魔法の道具や神器が眠っているのだ。
この塔の先行調査で個人的に大問題となったのは、内部で眠っていた千近いサキュバス達の存在である。
飢餓による瀕死状態だった彼女達に、私の精気を供給して助けたのだが……あろう事か、彼女達は自らの魂を変質させて竜の属性を得てしまった。
私――と言うより、古神竜ドラゴン直属の眷属、ドラグサキュバスという新種のサキュバスがここに誕生した。
行き場のない彼女達の面倒を少しは見なければと思ってはいたけれど、まさか眷属になられるとは、いやはや。
こうして意図せずして千人近い眷属を得てしまったわけだが、いつまでも衝撃を受けてはいられない。
今の私は人間のドランとして有限の時を生きる身。へこたれて時間を無駄には出来ないのである。ふむ!
いざとなれば、分身体をこちらに残してベルン村に戻ればいい。
――そんな決意を固め、私は塔を出て他の調査隊の面々と合流したのだった。
このカラヴィスタワーの周囲には大地母神マイラール、混沌を司る大神ケイオスの構築した二重防壁が張り巡らされている。
今私達が居るのは、塔の正門前。赤茶けた土ばかりの広大な平地の上に、何も知らない無垢な太陽の光が降り注ぐ中、私達は今後の展望について話し合おうとしていた。
この先行調査隊に参加したのは、カラヴィス本人と、その弟でもあるケイオス、マイラール、戦神アルデス、時の女神クロノメイズや、その他神々と眷属が十柱。
そこに神造魔獣の転生者の娘レニーア、黒薔薇の精ディアドラ、リビングゴーレムのリネット、龍宮国の国主たる水龍皇龍吉、その娘の瑠禹という、馴染みの面々が加わる。
「よし、では改めて状況を確認しよう。塔の内部は神代を含む古代の戦場が継ぎ接ぎになっており、それぞれの戦場に居る敵性存在の戦力は、上を見れば神域、下を見ればこの時代の人間でも対応可能といったところか。下限がこの程度で済んだのは幸いだったな。そして内部に巻き込まれた住人は、代表者達に来てもらっただけでも……これだけいるか」
私はこの場に集められた実に居心地悪そうな様子の者達の顔をぐるりと見回す。
全員がカラヴィスの塔建築にあたり、それまでいた空間ごと強引に連れて来られた者達である。
元々は時空間の狭間や崩壊した宇宙に取り残されていた者達がほとんどだから、タワーに組み込まれた事で生存の可能性を得られたわけである。
そういった事情があるものだから、一概にカラヴィスを責められない。
それにしても、眷属となったドラグサキュバス達はともかくとして、その他のタワーの住人達は、顔色が悪いどころの話ではないな。
周囲に居るのが私を含めて、規格外もいいところの面子ばかりだからか。
いまいちよく分かっていない顔をしているのは、人類種をはじめとした地上の者達で、逆に今にも体中の穴から魂を吐き出しそうなのは、神々かその眷属連中だろう。
最高位の神であるマイラール、ケイオス、それにカラヴィスらが一堂に会しているだけでも驚きだというのに、私までいるとあっては、彼らが思考を放棄してもおかしくない。
万が一にも私達のうちの誰かが戦いを始めたなら、彼らは自分の身を守る事すら出来ずに消滅するしかないのだし、その心労は凄まじかろう。
無論、そうはならないように配慮はするがね。
そんな中、発見した者達の今後の処遇に思いを巡らせていたマイラールが、自らの意見を口にする。
「多くの者達は元々いた世界に帰る事を希望しています。天界に属する神々が守護していた人間達をはじめ、巻き込まれた者達に関してはそれでよいかと。魔界側の邪神達もいますが、彼の者達に関しても同じく……」
ふむ、まあ、邪神連中とはいえ、今回はまだ何も悪さをしておらぬし、過去の罪状を問い質す場面ではないか。
彼らにしても、この状況を経験した以上、魔界に帰ってから地上に悪行を働こうなどとは考えまい。
それに、彼らが魔界でまずすべきは、改めて自分達の居場所を作り直す事だろうしな。
私の視線を受けると、邪神諸君は見ていて可哀想になるくらいに縮こまる。
私を怖がるあまり、一部の者は肉体が崩壊しかけている有様ときた。私という抑止力の効き目はバッチリだ。
図らずも、前世での自分の暴れぶりを自覚させられるな。
何もそこまで怖がらんでも……と思うが、かといって、私は彼らが悪行に手を染めるなら容赦をする気持ちは欠片もない。
こうして彼らに恐れられている方が、抑止力という意味でも、世の為人の為になるであろうか。
「ふむ……」
私がいつもの口癖を零すと、カラヴィスがニヤニヤとこの上なく厭味ったらしい笑みを浮かべて、不倶戴天の天敵であるマイラールに忍び寄った。
「えええ~、天下の大地母神様が、それでいいの~? てか、本当は後で全員プチプチプチって潰しちゃうんじゃないの~」
カラヴィスはマイラールを煽る絶好の機会を逃しはしなかった。
余計な事を言わなければ、いざこざが起きぬものを。
すわ大地母神と大邪神の激突かと、タワー在住組が卒倒しそうになっているではないか。
レニーアも緊張した面持ちで事態の推移を見守る。
何しろ、前世の彼女はカラヴィスと私の因子を元に造られた存在であるから、実に微妙な立場だ。
魂の母が魂の父に制裁されるところなど、見たくはないだろう。
幸いにして、マイラールはこめかみに青筋を浮かべる事もなく、天敵からの煽りにもツンと澄ました顔のままで応える。
ふむ、せめてこちらだけでも冷静でいてくれるのは助かる。
「貴女と違って、自分が口にした言葉を忘れたりはしませんよ。皆の合意で彼らの処遇を決めたのです。貴女こそ、それを忘れて魔界に帰ってから何かしたら、ドランが容赦なく制裁しますよ」
マイラールの指摘は見事にカラヴィスの心の油断を突いたらしく、大邪神は心の底から素っ頓狂な叫び声を上げる。
「ふぎょっ!?」
カラヴィスはそっと私を振り返る。
マイラールの言葉が正しいかどうか――自分自身でも正しいと分かっているはずなのに――確認したかったのだろう。
私はそこそこ威圧感を滲ませ、さらに意識して重々しく頷いてみせる。
実際、カラヴィスがやらかしたら、私はやる。
かなり厳しく、制裁を加えるつもりだ。
「おおう、マジか……。いや、そうだ、うん、そーだったよー。ドラちゃんはそーいう風にぼくに厳しく当たる、いけずな男の子だったねえ」
「ならば、ついでにその軽口もしばし閉じておいでなさい。貴女が意図せぬ失言でドランの怒りを買うのは構いませんが、巻き添えを被る可能性のある者達がこの場には多いのです」
それを聞き、カラヴィスは〝いーだっ〟と言いながら舌を出す。
「けっ、けっ、けえ~! イイコちゃんの発言はホーント、ぼくの神経に爪を立てるよ! ドラちゃんが見ている前じゃなかったら、ぼくとレニーアちゃんの仲良し親子の力を思い知らせてやるところなのにさ。ねえ、レニーアちゃん!」
言うが早いか、カラヴィスはレニーアの肩に手を回して抱き寄せた。
いつの間にやらカラヴィスとマイラールの諍いに巻き込まれてしまったレニーアは、両者の間で視線を往復させる。
しかし、この二人を比べて彼女が優先するべきは、母たるカラヴィスである。
レニーアが意を決した表情でマイラールに視線を向けると、その傍らにはケイオスの姿があった。
「そちらが手を組むなら、私がマイラールの側に立たねば、釣り合いが取れまい」
ふむ、私の因子を持ち、大神級の霊格を有するレニーアがカラヴィスにつくなら、最強の神であるケイオスがマイラールの側に立って、ようやく均衡が取れるのは確かか。
もっとも、レニーアはカラヴィスの弟であるケイオスを敬愛する叔父として認識しているから、いざ戦いとなった時に、彼を相手に全力を発揮出来るかは難しいところだ。
にわかに剣呑な雰囲気が漂いはじめたこの状況を前に、戦神アルデスは見物に徹するべきか乱入するべきか考えて、笑みを浮かべる。
ディアドラやリネット達は、私に対して何かしないのかと訴えかける視線を送ってくる。
最高位神三柱とそれに匹敵する神造魔獣の睨み合いとあっては、割って入れるのは私くらいだものな。仕方あるまいて。
「四名ともそこまでだ。この場で遺恨となるような振る舞いは許容出来ん。カラヴィスの戯れ言をまともに受け止めすぎているぞ、マイラール。そしてカラヴィスも、自分が何を言えばどう解釈されるか分からぬわけではなかろう。君達が雌雄を決するにしても、それは今この時でない事は確かだ。双方、矛を収めぬのであれば、私が第三の立場から介入せざるを得ぬ」
私が意識して厳しい言葉を口にすると、カラヴィス達は小さく息を吐き、肩から力を抜いた。それに合わせて険しくなっていた雰囲気が解れる。
肉親の狭間に置かれたレニーアは、叔父と刃を交えずに済んだ事に大きく安堵して、冷や汗を拭っている。
レニーアには少し可哀想な状況だったな。
「レニーア、こちらにおいで」
頭の一つでも撫でて慰めてあげようと思い至った私が声を掛けると、レニーアは涙目になって、走り寄ってくる。
この姿だけ見れば、ただの親離れ出来ない甘えん坊なのだがな。
「お父様~」
レニーアを受け入れるのには何も問題はない。
私は出来る限り優しく彼女の小さな体を抱きとめて、抱擁を交わす。
ただし、これに便乗してレニーアごと私に抱きついてこようとした駄女神――お前は駄目だ。
「ドラちゃ~ん!!」
涎を滝のように垂らして走り寄ってくるカラヴィスを、私は自分でも心底冷たいと感じる声で切り捨てる。
「お前は駄目だ。抱きしめるのならば自分で自分を抱きしめておけ」
彼女は以前からは考えられないくらいに母親らしくなったものの、それでも己の欲望に対しては素直かつ忠実すぎる。
「ええん!? ドラちゃんったら、つれない! でもそれがドラちゃんらしいっちゃらしいし、好きよ、好きよ、好きの大好き!」
……はいはい。
「さて、思いがけず脱線した話を元に戻すと、現状ではタワー内部に人間を入れる事は出来ないという結論になるな」
私がレニーアを抱えたまま口にした言葉に、アルデスが笑顔で追従する。
「今のままでは入った瞬間に死ぬ者が多数を占めるぞ。何しろ、こことはかけ離れた環境の土地が混ざり合っているせいで、かなりの毒性を帯びた大気が内部を満たしておるわ。後はどこぞの文明が造り出した人工の毒物や細菌に、微生物もウジャウジャといる。耐毒性の高い装備や加護を持っていても、塔の中に長時間はおられまい。死人が増えて、その死体を回収に行った者が、さらに新たな死体になるのがオチよ!」
脳味噌どころか魂の段階で闘争に染まっている男だが、だからといって周囲の状況やこれからの可能性が分からないわけではない。
それらを把握した上で出す結論が脳筋か戦闘狂じみているだけなのだ。だからこそ、余計に厄介なのだがね。
「アルデスの言う通りなのが大問題だな。このままでは〝大邪神が建て、大地母神と混沌の神がそれを封じる為に防壁を造った〟という逸話が売りの観光地にしかならん。……いやまあ、最新の神話そのものとも言えるから、唯一無二の観光地としては充分すぎるくらいではあるが、それ以上を目指すとなれば……」
「塔内部の造り変えと、管理者を置く事は必須かと」
私の言葉の穂を継いだのは、知識神オルディンに仕える天使のマーメルだ。
初めて私に営業活動をして来た時もそうだったが、この天使は肝が据わっているな。大神級が雁首を並べているこの場でも怯んだ様子がない。
普段、主神であるオルディンにどう対応しているのか、少し興味がそそられる。
「そうなるな。知識神の眷属として、何か良い知恵はあるかな、マーメル? 私は前世でこういった迷宮めいた物を造った覚えがないから、なかなか良い案が浮かびそうになくてな。頼らせてほしい」
「古神竜ドラゴン様に頼られるとは、身に余る光栄でございます。まず、塔内部の最も対処が容易な者から順に下層へと移し、管理者には塔内部の全ての者が同時に反抗を期しても鎮圧出来るだけの権限か、力をお与えになるのがよろしいかと。それと、これはある意味では禁じ手に近いのですが、塔内部に限って、死亡した場合に、外部で蘇生出来るように措置を講じるのも、この塔を収入源の一つとする上では考慮に値するかと。こういった危険な迷宮にもかかわらず、命を落とす心配がないとなれば、挑戦者にとって大きな魅力になるでしょう」
塔での死亡時に救済措置を講じる、か。
塔の中は、次元規模で天界や魔界に近く、地上世界に張られている神々の影響を遮断する大結界の影響が及びにくい場所となっている。ここを例外の場所として扱うのも、ない話ではない。
まず配置換えに関してはマーメルが口にした通り、この地上の人間達でも対処出来る者を下に引っ張ってくれば済む。あるいは、そういったモノをこれから作り出して配置しておく手もあるな。
「そうなると、一度冥界の貴神――ハーデスとタナトスちゃんあたりに話を通しておいた方がいいな。死んだ瞬間に離れた魂が冥界に流れないようにし、かつ塔の外部の指定の場所で肉体を再生すると……ふむ」
蘇生に掛かる代金と塔への挑戦料の徴収、内部で発見した財物に関する税や手数料その他諸々……
私が頭の中で金勘定と労力の計算をしている横で、これまで黙っていたドラグサキュバスの代表者リリことリリエルティエルが、たおやかな笑みを浮かべながら口を挟んできた。
「ドラン様、この塔の運営に関しまして、是非とも我らをお役立てくださいませ」
世界で唯一無二のドラグサキュバスの女神となった彼女に、さてどんな意見があるのやら。
正直、私は彼女達の手で罠に嵌められたという認識がある為、リリに対して多少苦手意識を抱いている。
少なくとも、面と向かって彼女らの事を〝我が眷属〟などとは呼べそうにない。
……ああ、ベルン村に残っている婚約者のセリナやドラミナ達になんて説明しよう。
「リリ、何か案があるのかな?」
「はい。元より我らドラグサキュバスは、ドラン様達に見つけていただかなければ塔の中でいずれは朽ち果てていた身。ならばそのまま塔の中に住居を設けようと考えております。そして我らの住居を、塔の中に挑んで来た者達に対して心身を休める場として提供してはいかがかと」
なるほど、一考の余地のある提案だな。
「幸い、我らはドラン様の眷属となった事で、単純に存在としての位階が上昇し、力も増しております。既に神に類する者達は皆様の手で連れ出されている以上、塔の中に残っている者で、私達の手に負えない存在は居ないでしょう。塔を訪れる者達へ休息の場所を提供するだけでなく、塔の管理もまた、私達にお任せくださいませ。我らは一人ではありませんし、皆で作業を分担すれば支障はございません」
思わぬ形で得てしまった眷属だが、早速私の役に立とうという気概がヒシヒシと感じられるのは確かだ。
彼女達に対する認識を改める必要があるかもしれんな。
リリが微苦笑を浮かべて言葉を重ねる。何か、言い難い事があるのだろうか。
「それに、いかにドラン様の眷属になったとはいえ、私どもサキュバスは本来地上に生を得た存在ではありません。今すぐにドラン様のお傍でお仕えするのは難しいでしょう」
「ふむ……サキュバスであるのを隠して働いてもらうにしても、氏素性を明らかに出来ないと、疑問視されてもおかしくはない。ならばいっそ、君らドラグサキュバスの存在が明らかになり、かつ人類に友好的である事が周知されてから働いてもらった方が、面倒は少ないだろうな」
「その暁には、私どもを女官として、巫女として、娼婦として、お好きなようにお使いくださいませ。特に私どもはサキュバスとしての特性から、避妊や性病予防など、娼館経営には欠かせぬ能力を有します。性欲とは生物の本能に根ざした大いなる欲求。知性と理性を得た存在であれ、切り離すのは難しいものです。きっとお役に立ってみせましょう」
リリの指摘した事は、かねてからクリスティーナさんやドラミナとも話していた課題である。
領地を運営する上で、娼館経営――いわゆる性風俗の商いに関しては、目を背けるわけにはいかない問題の一つだ。
どれだけ規制を図ったところで、監視の目を掻い潜って、非合法の経営が行われる事は明白である。
ならば逆に、領地経営の初期段階から、領主側の方で経営の主導権を握って、従事者の生活と医療の保障を行いつつ、収入源にもすべきと結論付けていた。
そこにドラグサキュバス達の協力を得られるのならば、より一層安全を確保出来るだろう。思わぬところで玉を拾ったものだ。
「検討するまでもなく、リリからの提案は一挙両得の内容だ。となると、この塔と君らの安全性に関して、周知を急ぎ、なおかつ徹底する必要が出てくるな」
……カラヴィスの名を冠するこの塔について、各教団からの追及があるのは必至。まずはその返答と、塔の利用計画についての告知をし、塔の探索を目論む冒険者達の誘引や、探索に関する法整備と管理態勢についても速やかに発表せねば。
それから、ドラグサキュバス達との友好関係の構築も広く知らせる必要がある。
「……やれやれ、カラヴィスタワー一つで、山のように仕事が増えたな。とはいえ、上手くすれば、多大な利益を発掘出来る、ありがたい仕事の山だ。カラヴィス、改め良い贈り物を頂戴したと、お礼を言うよ。ありがとう」
私としては至極当たり前の事として礼の言葉を口にしただけだったが、マイラールとやり合っている最中のカラヴィスには、意表を突かれるものだったらしい。
彼女は目を丸くした。
「いやいやいやいやいやあ~、ドラちゃんにそう言ってもらえるだけで、ぼくにはどんな苦労も苦労にならないね! これからもドラちゃんにありがとうって言ってもらえるように、ぼく、頑張っちゃお!」
「ふふ、お前がそんなに喜ぶとは意外だが、私としてもありがたい。後はお前が斜めの上に見当違いをしないよう、祈るばかりだな」
「まあまあ、そこんとこは期待しといてよ。ぼくもなんだかんだでドラちゃんと付き合いは長いし、人間ちゃん達のカチカンとかリンリカンとドートクとやらも、ちょびっとは分かるようになったからね! そうそうやらかさんよ!!」
そのやらかした結果が、今私達の目の前に天を貫かんばかりにそびえ立っているのだけれどな。
「前にもそんな台詞を聞いた気がするが、ひとまず覚えておこう」
ただ、マイラールやケイオスがこれまで以上に気を遣ってくれる流れであるし、カラヴィスの手綱を握るのが私だけではないのだから、多少気は楽になるな。
まあ、私がカラヴィスの尻拭いをするのは、一種の様式美となっているので、甘んじて受け入れる他ない……のだろうか? ……嫌だなあ。
「私としては、もう少し塔の中を探索して、いずれ王国から派遣される調査隊を安全に案内出来るだけの資料を揃えておきたいな」
何しろ、カラヴィスの名を冠する塔だ。各教団から調査ないしは破壊、封印の申し出が山の如く殺到するのは目に見えている。
そこをなんとか調査で済ませ、以後の観光事業に利用出来るように説得するのが、私とクリスティーナさんの役目である。
その一助となる資料は、今から集めておいて損はない。
傍らにいたリネットが、うんうんと頷く。
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