さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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後日談

その1 何気ない日常 セリナ・ドラン

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「ドランさ~ん」

 ふわりと春の風のように柔らかな声がした。緩やかなに波打つ黄金の髪、青く濡れた満月を思わせる瞳、一目見た誰もが思わず笑みを浮かべる、愛らしい少女だ。ただ腰から下が深い緑色の鱗を持った大蛇であるのは、人を選ぶかもしれない。
 半人半蛇の種族“ラミア”の女性だ。既に二十代を数える年齢になったが、顔立ちや所作には成長した女性の美を持ちながらあどけなさが残り、無邪気な雰囲気がさらに拍車をかけている。
 加え言うなればドランこと“私”の恋人であり妻である。えっへん。

 私がベルン男爵領にて領主補佐官兼家宰兼……といくつもの肩書を得て、また終焉竜を消滅させてから早数年、ベルン男爵領の発展もさることながらセリナの成長と、一方で変わらぬ美点も目を見張るものがある。
 今やベルンにはジャルラの里だけでなく、国内のラミアの隠れ里からの来訪者やはぐれだった者達が集い、厳正な人格検査などを経た後で移住している。セリナはその代表としてベルン側との折衝に追われ、日に日に頼もしさを増している。もちろん愛しさも。

 さてセリナが私が居るのは、領都となったベルンから北西にある暗黒の荒野の一角。周囲には私達と共に調査にやってきた兵士や学者、魔法使い達の姿もあった。
 暗黒の荒野といえば魔王ヤーハームの領土であるが、私達の居る場所は男爵領の勢力圏と呼べる位置で、新たな村々や都市の開拓を予定している場所でもある。
 比較的モレス山脈に近い位置である為、東を見れば麓に広がる緑が目に入り、荒野の荒涼とした雰囲気と比べれば随分と心に優しい風景が広がっている。

「ぐるりと見て回ってきましたけれど、あまり近くに水源はありませんねえ。地下の水脈もちょっと遠いです」

 むむ、と可愛らしく眉を寄せるセリナからの報告に、私もまた首を縦に動かして肯定する。かなり深く井戸を掘るか河川工事をして水の流れを変えるかしなければ、この一帯に半恒久的な居住地を作るのは難しそうだ。
 前の戦争で作った砦ゴーレムで形成する防衛線の内側で条件の良い土地を探しているのだが、いやはや、なかなか見つからないものだ。

「ふむん、やはり水の魔道具なりで人工的に水源を作るのが手っ取り早そうだね。難儀な工事はそれはそれで雇用の捻出に繋がるから、決して問題ばかりではないが……」

「魔道具に関しては、いくらでも都合を付けられるのがベルンの強みですね。もしこの話が龍吉さんのお耳に入ったら、そういう類の仙人さんの道具とか、魔道具が送られてきそうです」

 周囲の他の者達には聞かれないように、ちょっとした防音の魔法を行使してあるのは言うまでもない。

「瑠禹が本格的に水龍皇になる為の修行を初めて、少し余裕が出来たからとこちらに顔を出す頻度が増したからなあ。
 海魔王も全て討ち滅ぼしたことだし、龍吉の後顧の憂いはもうなくなったのだから、公人ではなく私人として好きに出来る時間が出来たわけだ。そうなれば、私達のところに顔を出すのも当然だよ」

 一応はリュー・キッツとあまり隠すつもりのない偽名を名乗り、根無しの冒険者を装う龍吉ではあるが、希少な龍人(偽装)の美女が一人で行動しているとあれば否応なく目を引いて、ベルン男爵領ではすでにちょっとした有名人になっている。

「やれやれ困ったなあ、と微笑ましく思っているのは否めないが、お茶目な性格だからと私は気にならない範疇かな」

「ふふ、そうですね。色々と肩に乗っかっていた荷を下ろして身も心も軽くなった印象ですし、私も好きですよ、今の自由な龍吉さん。でも龍吉さんとは逆に領主仕事で机に齧りついているクリスさんが恨めし気に見ているのが、玉に瑕ですね~」

「クリスも領主としての仕事には積極的だし、好んでいるが机上で済ませる仕事よりも外に出て体を動かす仕事の方が合っているからな。こればかりは仕方ない。まさか龍吉を雇うわけにも行かんさ」

 もしそうなったらモレス山脈から交易に来る同胞や、既にドラゴニアンに変化して就職している同胞達が仰天して大変な騒ぎになってしまう。まあ、馬鹿正直に龍吉の正体を露にすればだが。

「でもアレキサンダーさんやリヴァイアサンお義姉さん達がちょくちょく来ていらっしゃいますから、龍吉さんが堂々とベルンに居ても大丈夫なのでは、なんて思っちゃいますね」

「アレキサンダー達だって素性は隠した上での話さ。それに同胞はともかく王国の人々に対しては、最高神以上の存在が本当に降臨しているなどと正直に伝えても信じてはもらえまいよ」

「ん~ドランさんからの報告なら王子様は八割くらい信じてくれそうですけど……」

「ふふ、そうかもしれないね。スペリオン殿下とは随分と奇妙で濃厚な時間を過ごしてきたからな。普通の主従とは一風変わった関係が出来ているが、それは私ばかりではなくセリナ達も同じさ。
 一国の王太子とここまで仲の良いラミアは、大陸中を探してもセリナくらいのものだよ。花の精だったらディアドラ、ゴーレムだったらリネット、バンパイアだったらドラミナといった具合にね。
 生まれ育ち、そして出会ったのがこのアークレスト王国でよかったよ。転生する場所と時期に関して私は関わっていなかったから、こればかりは持って生まれた運か前世の行いだな。ははははは」

「悪い神様達に一杯恨みを買っていましたねえ」

「私の逆鱗に触れる者共が悪い、と開き直っておこう。さてそろそろまじめに仕事を再開しようか。この一帯の水関係を含めた問題の解決は、ウチの魔法使い達が私達を抜きにどこまでやれるか、その試金石になる」

「手を出すのも口を出すのもダメですからね?」

「肝に銘じるとも」

「うーん、大丈夫かなあ?」

「私の心配をしているが、セリナも頭を働かせるのは良いが魔力にものを言わせて強引な解決法を選んではいけないよ。今のセリナは終焉竜の一件で魂の格も上がったし、一滴の水を湖に変えるくらいの芸当は容易だろう?」

「あははは、そう言えばそうですね。私もなんだか遠いところまで来たような気もしますし、随分と変わった気もしますねえ。
 ジャルラの里以外のラミアの人達とあんなにたくさんお話をするようになるなんて思いませんでしたし、ドランさんみたいな素敵な方と出会えるなんて夢に思いませんでしたよ」

「それは私の方もね。あの沼地であったラミアの女の子と生涯を共にする決意を固めることになるとは思わなかったな、ふむ」

「ふふふ、おそろいですね」

「ああ、おそろいだな」

 そうして私達が笑い合っているのを見て、周囲の部下達はまた仕事中にいちゃついているよ、と砂糖を胃に流し込まれたような気分で見ていた、と後で苦情を入れられてしまった。
 これで私達が仕事を少しでも怠ったり、手を止めたりしていたなら叱責ものだが、こと仕事に関しては手抜かりの無いのが私達の良いところである。
 水源調査が終わったからこそセリナは私に声を掛けてきたのだしね。今のうちの魔法使い達の実力なら、魔力や精霊力を変換して水を生み出す魔道具をかなり高品質で仕上げられるだろう。

「今日はこのくらいにして切り上げようか。まだまだ先は長いのだから、必要以上に急ぐことはない」

「はい。魔王さんも今は西にある国に夢中みたいですし、しばらく私達は平穏に過ごせそうですね」

「ああ。子育ての事もあるし、魔王軍には静かにしていてもらいたいものさ」

 いやはやベルンにある我が家もといクリスの屋敷と来たら、いまやひっきりなしに赤ん坊の声がする賑やかさだ。世界で最も幸福な賑やかさではないかと思うよ。ふむっふん。

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短いですがふと思い立ち、書かせていただきました。ドラン達はこんな具合にふわっとゆるい後日談を過ごしています。
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