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後日談
その3 母親と母親
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にょろりにょろりと深緑色の鱗を持った大蛇が床を這って進んでいる。大蛇の体を辿ってゆくと、床から持ち上がったあたりで人間の女性の腰に代わり、仕立ての良い白のワンピースを着た美少女の姿に続く。
人体蛇身の魔物ラミアだ。強靭な大蛇の下半身と人間の知性、強力な魔力に魅了や催眠の力を持った魔眼を持つことから、強力な魔物として知られる彼女らも場所がこのアークレスト王国ベルン男爵領となれば扱いはガラッと変わる。
はるかな昔、呪いをかけられた人間の姫君を祖とするラミアは代替わりによって呪いが薄まり、今や精神性は人間と変わらない状態になっている。
それでも女性しか産まれない為、繁殖に多種族の男性を必要とする生態を持つことから、長らく危険な魔物として扱われている。
しかしここではラミアの里と友好関係を築き、女性領主の伴侶の男性がそのまた伴侶としてラミアを選んでいる事、そして明確にベルン領の法律によって他の種族と変わらぬ権利と義務が保証されている。
こうして領主の屋敷の中を平然と這っていられるのもそうした経緯があるからであり、そして彼女自身がベルン領の重要人物だからだ。
今らベルン男爵領には欠かせない重要人物となったラミアことセリナは、両手に荷物を抱えてすれ違う使用人達とあいさつを交わしながら目的の部屋に辿りつく。
領主の執務室に隣接するにノックをして、返事を待ってから入室する。
「セリナです。報告書をお持ちしました」
「どうぞ、お入りになって」
部屋の中から返ってきた声はセリナにとってすっかり聞き慣れたものだったが、それでも聞くたびに声の持ち主の美貌を思い出し、思い出しきれない程のその美しさに陶然と心が蕩けそうになる。
流石はクリスさんと並ぶベルンの外交兵器ですね! とさりげなく失礼なことを思いながら、セリナはにょろにょろん、と部屋に入る。
クリスティーナの執務室は山海の珍味ならぬ山海の財宝と呼ぶべきものが多々寄贈されており、金額に換算できない貴重品で埋もれているが、流石に秘書室ともなると常識の範疇に収まる調度品で整えられている
秘書室の主は言わずもがなバンパイアのドラミナだ。ベルン領領主クリスティーナの筆頭秘書官であり、セリナと夫を同じくする女性である。
うっすらと紫の色合いを帯びた白銀の髪に、もっとも美しい血の色があるならこうだと確信する赤い瞳、魂の奥底まで刻み込まれるのに精密に思い出す事は不可能な美貌の究極系の一つ。
「こちらがジャルラ関係の報告書です。他の秘書の方々はお留守ですか?」
セリナは部屋の奥の机に座すドラミナの前まで這って進み、報告書を手渡した。ラミアの里であるジャルラを筆頭に、セリナは北の山脈や東のエンテの森を始めとした諸種族との交渉において、重要な地位に就いている。
見方によってはドラミナ以上に責任の重い立場である。
一方でセリナが部屋の中を見回しながら他の人員の所在を尋ねたのは、発展拡大中のベルン男爵領の経営・統治を潤滑に進める為、クリスティーナを支える秘書の数は増やされている為だ。現在、ドラミナの下には数名の男女と種族を問わぬ部下が配属されている。
「今はクリスさんの視察に同行させています。そろそろ私抜きでも秘書としての仕事の大部分を回せるようになってもらわないといけませんからね。幸い遊撃騎士団としての任務はしばらくなさそうですから、次代の育成に集中できるのは幸いです」
「それは私もですね。自分でも私が適任だって分かってはいるのですけれど、安心して任せられる人というのは、時間を掛けないと育てられませんからねえ」
「ふふ、ぜいたくな悩みなのでしょう。幸い魔王軍に動きは見られませんし、王国もロマルの併合の混乱も最低限に抑えられていますし、領地が衰退しているのではなく反映しているから、対策として人員を増やそうという話ですから」
「そうですね。考えてみればこういうお仕事もすっかり板についたというか、元々女王様だったドラミナさんはともかく私やディアドラさん、クリスさんにドランさんは領地経営に関わる仕事をしている姿に見慣れるなんて、昔の私に伝えても信じませんね~」
「それを言ったらこのベルンに関わっている全ての人に言える事でしょう。ドランでさえ、自分の未来がこうなるとは想像もつかなかったに違いありませんよ?」
「うふふ、確かにそうですね。出会ったばかりの頃のドランさんは漠然と村の為になる事をしたいとか、それくらいのお考えだったみたいですし」
「あらあら、ほんの数カ月の差とはいえドランと早く出会った分だけ、セリナさんは私の知らないドランを知っていますね。羨ましい限りです」
「それはお互い様ですよ~。ドラミナさんだってドランさんと二人きりで夜のお出かけを良くしていらっしゃるでしょう」
「私はバンパイアですので。昼に働いて無理をする分だけ夜には得を得ませんと」
「もう、ほとんど陽光の影響はないって言っているのにぃ」
「“ほとんど”というだけで影響がないわけではありませんよ。澱のように溜まった悪影響が爆発しないようにするには、愛しい方と触れ合って安らぎを得ませんと」
そう告げるドラミナが茶目っ気たっぷりにウインクするのに、セリナは心臓を貫かれたも同然になって、はうっと思わず一言漏らした。
慣れてはいる。慣れてはいるのだ。ドラミナ以外にもクリスティーナが居るし、美しすぎる相手のちょっとした仕草に精神を削られるのには。でもまだ無傷で済ませられる程には慣れていないのだ。
「ドラミナさんとクリスさんが腕輪を着けていたら大丈夫になりましたけれど、私達でもこの調子じゃあ、いつになったらドラミナさん達が素顔で他所の土地の人や家臣の人達と接せられるようになるんでしょうねえ」
「私もクリスさんもそこはちょっと諦めが入っていますよ。特に大切な方々にはありのままの素顔で接せられるのですから、それほど気にはしていませんし」
ドラミナの言う事にはセリナも自分が同じ立場だったら、同じように考えるなあと納得できたので、特に口を挟むつもりにはならなかった。
ドラミナはセリナから手渡された報告書をぺらぺらとめくり、明晰な頭脳と女王時代の経験値から即座に内容を暗記して、凄まじい速さで思考を終える。
「報告書の方は問題ありませんね。内容も事前の想定の範疇ですから、クリスさんやドランへ報告しても特に何か問題は指摘されないでしょう。
レイクマーメイドやエンテの森の諸種族との交流はもちろん、モレス山脈の竜種の方々の来訪もすっかり知れ渡っていますし、もとから悪意のある方達でなければ大きな問題を起こしはしないでしょうし、そうならないようリネット達が目を光らせてくれていますしね」
「リネットちゃん達もすっかりメイドさんと警備員さんが板についてきましたからね。相変わらずディアドラさんとドランさんに褒めてもらおうとして、ちょっとやりすぎちゃうのも相変わらずで困ったものですけど」
「ふふふ、私達からすれば可愛いものなのですが、彼女らに追いかけられる側からすれば悪夢のようでしょうね。いつかの聖法王国やロマルの方々のようにね」
「それもそうですね。いくら捕まえてもお代わりが来るものだから、ある程度は放置し始めて結構経ちましたねえ。いい加減諦めてくれたらいいのに」
「国家を預かるとなるとそうもいかないものなのですよ。諦めさせるくらいに被害を与えるとなると、いささか気の毒な事になりそうですし、そう手加減をするだけの余裕が私達にはありますから」
「うーむ、私もその一員とはいえ相変わらず色々と反則めいているというか……今更ですね!」
「ええ、今更です。ふむ、思いの外、長話となりましたが私の方の予定は空いておりますが、セリナさんはいかがですか。お茶の一杯くらいはお出ししたいのですけれど」
「えっと、うん、今日中にしなければならない事は済みましたし、明日以降の準備も一通り終わっていますから、お茶を飲むだけなら大丈夫です」
「私の我儘を聞いてくださってありがとうございます。では手早くご用意いたしましょう」
そうなればもうドラミナは手慣れたもので、かつては奉仕を受ける側だったとは信じがたい手際の良さでお茶の用意を進めて行く。すぐに応接用の机の上には二人分のお茶が用意されて、エンテの森から送られた茶葉の芳しい香りが室内を満たす。
高級品としてベルン領から輸出されている茶葉の品質は、その人気ぶりが保証し、飲みなれたセリナにしても相変わらず美味しいと頬が緩むものだ。
「こうしてお茶を楽しむ時間と余裕が持てるのは良いことですねえ。最近はそんなに大きな事件もありませんし」
「忙しい時も楽しい忙しさですからね。クリスさんも領主仕事に慣れて、以前のように私と手合せをして気分転換をする機会も減りました。良い傾向です」
「うふふふ。あ、あの~」
「あら、歯切れの悪いご様子。私になにか尋ねにくい質問ですか?」
「うーん、かなり繊細な問題だと個人的には思うのですけれど、ドラミナさんは身の向こうの大陸では女王様でいらしたでしょう? あちらでの問題は片付けてきたと以前に伺っていますけれど、向こうの方達が改めてドラミナさんを女王にって迎えに来たらと最近考えて……」
「懐かしい話題です。あちらは私以外の六王家の生き残りが一人だけ居たので、その子に任せたと以前にお話しましたね。あの子を支える重臣は揃っていましたし、十分な土台作りの手伝いは済ませました。今思い返して考えても、ええ、やはり大丈夫だと太鼓判を押せますね。
ひょっとしたら私に声を掛けてくるかもしれませんが、今更海を越える労力をかけるとは思えませんし、将来、正式に国家間で交流を持てばひょっとしたら挨拶に来るくらいの事はあるかもという話ですよ。
そこまでかかわりを持つことにはならないと思っていますが、セリナさんがその話に思い至ったのはあの子達が大きくなってきたからですか?」
「ええ。後継者として担ぎ出すのに十分な年齢ですし、ドラミナさんはもちろんドランさんもきっちり教育していますから、騙されて担ぎ出されるようなことはないと信じてはいますけれど。
時々アレキサンダーさんが口を挟んでリヴァイアサンお姉さんやバハムートお兄さんに怒られているのが、ちょっと心配になるというか」
「アレキサンダー様は……なんというかあの子達を含めた子供達に幼少期の内から自分に対する崇敬の念を仕込もうとなさいますからね。困った方です」
ドランと彼女らの間に生まれ子供達に対して、以前から予想されていた通りにアレキサンダーとレニーアはもうこれでもかというくらいに干渉してきている。
レニーアが子供達を自分の弟妹として認識して可愛がっているが、アレキサンダーは身内への甘さを含めてなお崇敬の念を植え付けようとしているので、他の始原の七竜達からしこたま怒られている。
「うーん、ドランさんからもかなり怒られているんですけれど、なかなか懲りない方ですからねえ。まあ子供達も懐いていますし、こう、強制的ではないからそこまで深刻ではないのが救いでしょうか」
「この世の頂点に立つ力の持ち主で竜種最高齢の一柱であらせられるのに、アレキサンダー様は中身が幼くいらっしゃいますからね」
「神様方ともお付き合いが長くなって、本当はああいう方々だと分かったばかりか、竜種に関しても伝説の中の存在が実はああ、と知っているのは世界広しと言えども私達くらいのものですよ。自慢しても誰も信じてはくださいませんでしょうけれど」
「ですよね~。それで肝心のドラミナさんの子供達は今はどうしているんですか? そろそろ神器の継承なんかも考え時ですかねえ」
「相応しい者に相応しい物を。今のままでは受け継がせられるのも六つまでですから、継承させられない子が出てきてしまいますから、神器の継承も考え物ですよ?」
「バンパイアの神器を作ってくださった神様か創造主の神様に相談しようと思えばできそうですよね、今の私達って」
「……禁じ手のようなものですが、いざとなったらありかもしれません。ただその話を知ったらアレキサンダー様をはじめ、竜種の方の義姉上や義兄上方が色々と洒落にならないものを都合してくださりそうで、ありがたくとも悩ましい事態を招きそうではありませんか?」
「ああ~。ドランさんも前に行っていましたけれど、始原の七竜の方々って誰かに贈り物をする機会とか滅多にないから加減が分からないというか、つい気合が入ってしまうそうで」
「これも贅沢な悩みなのでしょうね。アレキサンダー様にしろヴリトラ義姉上にしろ、あの方々から贈り物を賜るなど、龍吉殿やヴァジェさんが知ったら卒倒しかねません」
「龍吉さん達もだいぶ耐性が出来たとは思うんですけれど、それを貫通する行動をアレキサンダーさん達が取りますからね。まえに本当に白目を剥いて卒倒したのは、笑えない事件でしたね」
「場所がベルンでよかったですよ。アークレストの王宮であんな事になったら、周囲にどんな影響が及んでいたことか」
「うふふ、私達ならではですね」
「ええ、本当に」
お茶のカップを手に笑い合う絶世の美女と美少女の窓の外では、昼から父に稽古をつけられているダンピールやらラミアやらの少年少女達が、天高く宙を舞っていた。まあ、日常茶飯事なので、二人の母親は心配することはしなかった。
<終>
2020年お世話になりました。さようなら竜生本編に関しては動きはありませんでしたが、書籍、漫画版では市丸先生、くろの先生、各担当編集の方達のご尽力で皆様にお楽しみいただけたと思います。来年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。
追記
普通に姉、兄の呼び方を間違えていたので修正しました。急ぎ過ぎました(´・ω・`)
人体蛇身の魔物ラミアだ。強靭な大蛇の下半身と人間の知性、強力な魔力に魅了や催眠の力を持った魔眼を持つことから、強力な魔物として知られる彼女らも場所がこのアークレスト王国ベルン男爵領となれば扱いはガラッと変わる。
はるかな昔、呪いをかけられた人間の姫君を祖とするラミアは代替わりによって呪いが薄まり、今や精神性は人間と変わらない状態になっている。
それでも女性しか産まれない為、繁殖に多種族の男性を必要とする生態を持つことから、長らく危険な魔物として扱われている。
しかしここではラミアの里と友好関係を築き、女性領主の伴侶の男性がそのまた伴侶としてラミアを選んでいる事、そして明確にベルン領の法律によって他の種族と変わらぬ権利と義務が保証されている。
こうして領主の屋敷の中を平然と這っていられるのもそうした経緯があるからであり、そして彼女自身がベルン領の重要人物だからだ。
今らベルン男爵領には欠かせない重要人物となったラミアことセリナは、両手に荷物を抱えてすれ違う使用人達とあいさつを交わしながら目的の部屋に辿りつく。
領主の執務室に隣接するにノックをして、返事を待ってから入室する。
「セリナです。報告書をお持ちしました」
「どうぞ、お入りになって」
部屋の中から返ってきた声はセリナにとってすっかり聞き慣れたものだったが、それでも聞くたびに声の持ち主の美貌を思い出し、思い出しきれない程のその美しさに陶然と心が蕩けそうになる。
流石はクリスさんと並ぶベルンの外交兵器ですね! とさりげなく失礼なことを思いながら、セリナはにょろにょろん、と部屋に入る。
クリスティーナの執務室は山海の珍味ならぬ山海の財宝と呼ぶべきものが多々寄贈されており、金額に換算できない貴重品で埋もれているが、流石に秘書室ともなると常識の範疇に収まる調度品で整えられている
秘書室の主は言わずもがなバンパイアのドラミナだ。ベルン領領主クリスティーナの筆頭秘書官であり、セリナと夫を同じくする女性である。
うっすらと紫の色合いを帯びた白銀の髪に、もっとも美しい血の色があるならこうだと確信する赤い瞳、魂の奥底まで刻み込まれるのに精密に思い出す事は不可能な美貌の究極系の一つ。
「こちらがジャルラ関係の報告書です。他の秘書の方々はお留守ですか?」
セリナは部屋の奥の机に座すドラミナの前まで這って進み、報告書を手渡した。ラミアの里であるジャルラを筆頭に、セリナは北の山脈や東のエンテの森を始めとした諸種族との交渉において、重要な地位に就いている。
見方によってはドラミナ以上に責任の重い立場である。
一方でセリナが部屋の中を見回しながら他の人員の所在を尋ねたのは、発展拡大中のベルン男爵領の経営・統治を潤滑に進める為、クリスティーナを支える秘書の数は増やされている為だ。現在、ドラミナの下には数名の男女と種族を問わぬ部下が配属されている。
「今はクリスさんの視察に同行させています。そろそろ私抜きでも秘書としての仕事の大部分を回せるようになってもらわないといけませんからね。幸い遊撃騎士団としての任務はしばらくなさそうですから、次代の育成に集中できるのは幸いです」
「それは私もですね。自分でも私が適任だって分かってはいるのですけれど、安心して任せられる人というのは、時間を掛けないと育てられませんからねえ」
「ふふ、ぜいたくな悩みなのでしょう。幸い魔王軍に動きは見られませんし、王国もロマルの併合の混乱も最低限に抑えられていますし、領地が衰退しているのではなく反映しているから、対策として人員を増やそうという話ですから」
「そうですね。考えてみればこういうお仕事もすっかり板についたというか、元々女王様だったドラミナさんはともかく私やディアドラさん、クリスさんにドランさんは領地経営に関わる仕事をしている姿に見慣れるなんて、昔の私に伝えても信じませんね~」
「それを言ったらこのベルンに関わっている全ての人に言える事でしょう。ドランでさえ、自分の未来がこうなるとは想像もつかなかったに違いありませんよ?」
「うふふ、確かにそうですね。出会ったばかりの頃のドランさんは漠然と村の為になる事をしたいとか、それくらいのお考えだったみたいですし」
「あらあら、ほんの数カ月の差とはいえドランと早く出会った分だけ、セリナさんは私の知らないドランを知っていますね。羨ましい限りです」
「それはお互い様ですよ~。ドラミナさんだってドランさんと二人きりで夜のお出かけを良くしていらっしゃるでしょう」
「私はバンパイアですので。昼に働いて無理をする分だけ夜には得を得ませんと」
「もう、ほとんど陽光の影響はないって言っているのにぃ」
「“ほとんど”というだけで影響がないわけではありませんよ。澱のように溜まった悪影響が爆発しないようにするには、愛しい方と触れ合って安らぎを得ませんと」
そう告げるドラミナが茶目っ気たっぷりにウインクするのに、セリナは心臓を貫かれたも同然になって、はうっと思わず一言漏らした。
慣れてはいる。慣れてはいるのだ。ドラミナ以外にもクリスティーナが居るし、美しすぎる相手のちょっとした仕草に精神を削られるのには。でもまだ無傷で済ませられる程には慣れていないのだ。
「ドラミナさんとクリスさんが腕輪を着けていたら大丈夫になりましたけれど、私達でもこの調子じゃあ、いつになったらドラミナさん達が素顔で他所の土地の人や家臣の人達と接せられるようになるんでしょうねえ」
「私もクリスさんもそこはちょっと諦めが入っていますよ。特に大切な方々にはありのままの素顔で接せられるのですから、それほど気にはしていませんし」
ドラミナの言う事にはセリナも自分が同じ立場だったら、同じように考えるなあと納得できたので、特に口を挟むつもりにはならなかった。
ドラミナはセリナから手渡された報告書をぺらぺらとめくり、明晰な頭脳と女王時代の経験値から即座に内容を暗記して、凄まじい速さで思考を終える。
「報告書の方は問題ありませんね。内容も事前の想定の範疇ですから、クリスさんやドランへ報告しても特に何か問題は指摘されないでしょう。
レイクマーメイドやエンテの森の諸種族との交流はもちろん、モレス山脈の竜種の方々の来訪もすっかり知れ渡っていますし、もとから悪意のある方達でなければ大きな問題を起こしはしないでしょうし、そうならないようリネット達が目を光らせてくれていますしね」
「リネットちゃん達もすっかりメイドさんと警備員さんが板についてきましたからね。相変わらずディアドラさんとドランさんに褒めてもらおうとして、ちょっとやりすぎちゃうのも相変わらずで困ったものですけど」
「ふふふ、私達からすれば可愛いものなのですが、彼女らに追いかけられる側からすれば悪夢のようでしょうね。いつかの聖法王国やロマルの方々のようにね」
「それもそうですね。いくら捕まえてもお代わりが来るものだから、ある程度は放置し始めて結構経ちましたねえ。いい加減諦めてくれたらいいのに」
「国家を預かるとなるとそうもいかないものなのですよ。諦めさせるくらいに被害を与えるとなると、いささか気の毒な事になりそうですし、そう手加減をするだけの余裕が私達にはありますから」
「うーむ、私もその一員とはいえ相変わらず色々と反則めいているというか……今更ですね!」
「ええ、今更です。ふむ、思いの外、長話となりましたが私の方の予定は空いておりますが、セリナさんはいかがですか。お茶の一杯くらいはお出ししたいのですけれど」
「えっと、うん、今日中にしなければならない事は済みましたし、明日以降の準備も一通り終わっていますから、お茶を飲むだけなら大丈夫です」
「私の我儘を聞いてくださってありがとうございます。では手早くご用意いたしましょう」
そうなればもうドラミナは手慣れたもので、かつては奉仕を受ける側だったとは信じがたい手際の良さでお茶の用意を進めて行く。すぐに応接用の机の上には二人分のお茶が用意されて、エンテの森から送られた茶葉の芳しい香りが室内を満たす。
高級品としてベルン領から輸出されている茶葉の品質は、その人気ぶりが保証し、飲みなれたセリナにしても相変わらず美味しいと頬が緩むものだ。
「こうしてお茶を楽しむ時間と余裕が持てるのは良いことですねえ。最近はそんなに大きな事件もありませんし」
「忙しい時も楽しい忙しさですからね。クリスさんも領主仕事に慣れて、以前のように私と手合せをして気分転換をする機会も減りました。良い傾向です」
「うふふふ。あ、あの~」
「あら、歯切れの悪いご様子。私になにか尋ねにくい質問ですか?」
「うーん、かなり繊細な問題だと個人的には思うのですけれど、ドラミナさんは身の向こうの大陸では女王様でいらしたでしょう? あちらでの問題は片付けてきたと以前に伺っていますけれど、向こうの方達が改めてドラミナさんを女王にって迎えに来たらと最近考えて……」
「懐かしい話題です。あちらは私以外の六王家の生き残りが一人だけ居たので、その子に任せたと以前にお話しましたね。あの子を支える重臣は揃っていましたし、十分な土台作りの手伝いは済ませました。今思い返して考えても、ええ、やはり大丈夫だと太鼓判を押せますね。
ひょっとしたら私に声を掛けてくるかもしれませんが、今更海を越える労力をかけるとは思えませんし、将来、正式に国家間で交流を持てばひょっとしたら挨拶に来るくらいの事はあるかもという話ですよ。
そこまでかかわりを持つことにはならないと思っていますが、セリナさんがその話に思い至ったのはあの子達が大きくなってきたからですか?」
「ええ。後継者として担ぎ出すのに十分な年齢ですし、ドラミナさんはもちろんドランさんもきっちり教育していますから、騙されて担ぎ出されるようなことはないと信じてはいますけれど。
時々アレキサンダーさんが口を挟んでリヴァイアサンお姉さんやバハムートお兄さんに怒られているのが、ちょっと心配になるというか」
「アレキサンダー様は……なんというかあの子達を含めた子供達に幼少期の内から自分に対する崇敬の念を仕込もうとなさいますからね。困った方です」
ドランと彼女らの間に生まれ子供達に対して、以前から予想されていた通りにアレキサンダーとレニーアはもうこれでもかというくらいに干渉してきている。
レニーアが子供達を自分の弟妹として認識して可愛がっているが、アレキサンダーは身内への甘さを含めてなお崇敬の念を植え付けようとしているので、他の始原の七竜達からしこたま怒られている。
「うーん、ドランさんからもかなり怒られているんですけれど、なかなか懲りない方ですからねえ。まあ子供達も懐いていますし、こう、強制的ではないからそこまで深刻ではないのが救いでしょうか」
「この世の頂点に立つ力の持ち主で竜種最高齢の一柱であらせられるのに、アレキサンダー様は中身が幼くいらっしゃいますからね」
「神様方ともお付き合いが長くなって、本当はああいう方々だと分かったばかりか、竜種に関しても伝説の中の存在が実はああ、と知っているのは世界広しと言えども私達くらいのものですよ。自慢しても誰も信じてはくださいませんでしょうけれど」
「ですよね~。それで肝心のドラミナさんの子供達は今はどうしているんですか? そろそろ神器の継承なんかも考え時ですかねえ」
「相応しい者に相応しい物を。今のままでは受け継がせられるのも六つまでですから、継承させられない子が出てきてしまいますから、神器の継承も考え物ですよ?」
「バンパイアの神器を作ってくださった神様か創造主の神様に相談しようと思えばできそうですよね、今の私達って」
「……禁じ手のようなものですが、いざとなったらありかもしれません。ただその話を知ったらアレキサンダー様をはじめ、竜種の方の義姉上や義兄上方が色々と洒落にならないものを都合してくださりそうで、ありがたくとも悩ましい事態を招きそうではありませんか?」
「ああ~。ドランさんも前に行っていましたけれど、始原の七竜の方々って誰かに贈り物をする機会とか滅多にないから加減が分からないというか、つい気合が入ってしまうそうで」
「これも贅沢な悩みなのでしょうね。アレキサンダー様にしろヴリトラ義姉上にしろ、あの方々から贈り物を賜るなど、龍吉殿やヴァジェさんが知ったら卒倒しかねません」
「龍吉さん達もだいぶ耐性が出来たとは思うんですけれど、それを貫通する行動をアレキサンダーさん達が取りますからね。まえに本当に白目を剥いて卒倒したのは、笑えない事件でしたね」
「場所がベルンでよかったですよ。アークレストの王宮であんな事になったら、周囲にどんな影響が及んでいたことか」
「うふふ、私達ならではですね」
「ええ、本当に」
お茶のカップを手に笑い合う絶世の美女と美少女の窓の外では、昼から父に稽古をつけられているダンピールやらラミアやらの少年少女達が、天高く宙を舞っていた。まあ、日常茶飯事なので、二人の母親は心配することはしなかった。
<終>
2020年お世話になりました。さようなら竜生本編に関しては動きはありませんでしたが、書籍、漫画版では市丸先生、くろの先生、各担当編集の方達のご尽力で皆様にお楽しみいただけたと思います。来年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。
追記
普通に姉、兄の呼び方を間違えていたので修正しました。急ぎ過ぎました(´・ω・`)
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※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
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