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20巻
20-1
しおりを挟む第一章―――― ジャルラ来訪
ベルン男爵クリスティーナは、新興貴族として規格外の財力と繁栄ぶりを見せ、今やその領地は大陸で最も活気づく地域になりつつあった。
アークレスト王国の北端に位置するベルン村には、実に多くの人々が多種多様な目的で出入りしている。純人間、各種獣人、エルフ、樹木や草花の精、ドワーフ、リザード族、果ては竜種までと、ちょっとした種族の見本市のような状態だ。
当然、そこには様々な勢力の諜報員も紛れている。
ある意味、ベルン村の環境は、色々な種族や経歴の諜報員を潜り込ませやすい土壌が出来ているわけだ。
隣国であるロマル帝国や高羅斗国、轟国はもちろん、海の向こうや東西の遠国からも諜報員は派遣されている。その中には暗殺ギルドや有力な犯罪組織、秘密結社といった非合法組織の類も含まれていた。
しかし、ベルン側がその気になれば、彼らがどこで誰と会い、何を話していたか、領内全員の行動を把握する事も容易い。それを知らぬ諜報員達のほとんどが、踊らされている状況にある。
ベルン男爵領側――クリスティーナやその補佐官を務めるドランがそれらを咎めないのは、諜報員らが持つ表の顔が役に立つからだ。
商人や傭兵、医師、聖職者といった肩書きがもたらす利益が害を上回る限り、あるいは領民に危害を加えない限りは、彼らはベルン男爵領でのささやかな活動を見逃されている。
そんな諜報員の中でもとりわけ特別な素性を持つ一人が、拠点としている宿の一つで夜半に主人へと報告を入れていた。ベッドで眠るふりをしながら思念で上司に呼び掛ける。魔法とは異なる技術によって、彼の所属している組織でははるか大陸の北方に座する同胞と瞬時に連絡を取る事が可能となっていた。軍事的にも技術的にも極めて驚異的な技術である。
(最優先監視対象〝ドラゴンスレイヤー〟を捕捉。所有者はベルン男爵クリスティーナ・アルマディア・ベルン。これより継続して監視活動を行います)
『ドラゴンスレイヤーは大魔導バストレルの手から離れた古の至宝。監視は慎重に慎重を重ね、こちらの存在を悟られぬように細心の注意を払うがよい』
その諜報員が見つけたのは、クリスティーナの腰で揺れる古神竜殺しの剣。伝説の中の伝説として語られる古の文明が作り出した、この世において最強の兵器だ。
今はドラッドノートと呼ばれるその剣のかつての名前を口にした誰かは、遠い地から思念で伝えられた命令に恭しく応えた。
(御意)
『汝に我らの神の祝福と加護があらん事を』
その言葉をもって両者の通信は途絶え、諜報員は本当に眠りに就いた。監視対象であるクリスティーナの周囲には、バンパイアの秘書や、アークレスト王国最強の大魔女の後継者と見込まれている補佐官といった強者達が控えている。遠方からの監視でさえ神経を削られる為、諜報員は疲れており、泥のような眠りに落ちた。
ドランやクリスティーナ達にしてみれば、新興貴族として破格の発展を遂げる自分達のもとへ、様々な思惑によって諜報員が送り込まれるのは想定の内だ。
それでも、新たな嵐と呼べるほどの争乱が近づきつつあるのを、そしてソレが既に自分達の懐に入り込んでいるのを、ドラン達は知っていたかどうか……
†
領地運営で多忙を極めていたクリスティーナは、ドラン達友人の配慮により、遠く離れた国の迷宮で冒険者体験を楽しんだ結果、心身共に溌剌として一層政務に注力しはじめた。
この頃になると、ベルン村近郊に大邪神カラヴィスと大地母神マイラール、大神ケイオスらが深く関わる塔が存在するという情報が、ガロア以外の都市にも広まっていた。
お蔭で、功名を得ようとする冒険者や、金の匂いを嗅ぎつけた商人達が街道に列をなすようになっている。
また、ベルン村でのみ販売されている、エンテの森産出の希少な草花を用いた香水や薬を求める者も着々と増えていた。
特に、黒薔薇の精ディアドラが作る香水が、王国全域の富裕層の間で流行している為、これを求める貴族のご婦人方やその使い達の姿も散見されるようになっている。
ベルン村を訪れる者の中で一番多いのは、開拓した土地が自分のものになるというお触れを知り、土地持ちになろうと夢を見る農家の次男、三男以下や、自由労働民などだ。
労働力を欲するベルン男爵領としては多少脛に傷を持つ身であろうと構わず受け入れている。無論、治安を乱す者に容赦はしないが。
ベルンの大地を踏む者達を一番に迎えるのは、新しく建築された防壁とその門だ。
クラウゼ村とベルン村を繋ぐ整備された大規模な街道や宿泊施設、街道を飾る真に迫る石像群だけでも来訪者は度肝を抜かれるが、防壁と門はまた一味違う。
目下、唯一街道と繋がっているのは南門で、ここがベルンを訪れた者が最初に目にする村の一部である。その為、クリスティーナ達はこの門とそこを守る兵士達の見栄えや質を極めて重要視していた。
徹底的に磨き抜かれ、軽量化、対魔法処理、身体強化魔法などが付与された鎧兜を纏い、ハルバード、長剣、短剣、弓矢、円盾で武装した兵士達。彼らには、一見地味ながらこれから発展していくベルン男爵領にとってこの仕事がいかに重要であるか、クリスティーナから直々に薫陶が与えられていた。
団長であるバランを筆頭に、ベルン騎士団の中から選抜された兵士達の顔には職務への誇りが輝いている。
彼ら以外にも、ドランが正式に魔法ギルドに特許申請した量産型ゴーレム達が防壁に沿ってずらりと並び、非常時の備えは万全だ。
そして、武力や魔法と全く関わりのない一般の人間でも目を奪われるのが、新たな防壁だった。
以前はディアドラが無数の黒薔薇とその荊で防壁を覆っていたが、彼女の真似をしたがったエンテの森に住む様々な植物の精達によって、さらに絢爛に飾り立てられている。
四季折々の花々や様々な樹木の幹や蔓が防壁の表面を覆って、ベルン男爵領にしかない特殊な外観を生み出していた。
中には門を通る前に足を止めて詩作に耽る者や、無地のキャンバスを広げて熱心に筆を振る者も居る。
ベルン男爵領側も防壁自体を観光の対象とする者に向けて、門の前に馬車を停める為の駐車場やカフェ、屋台、飲食用の広場などを設けて、村の外にも経済活動の場を広げていた。
この防壁が完成しているのは、エンテの森側の東とモレス山脈側の北、クラウゼ村に繋がる南の部分のみ。
魔族や魔物が棲まう不毛の地――暗黒の荒野へと続く西、北西の部分については、今後の開拓に関わる部分である為、仮設の状態だ。
その代わり、暗黒の荒野方面には防壁の建設と並行して、監視用の小規模な砦を複数建設する話が進んでおり、作業用のゴーレムと兵士達が建設作業に勤しんでいる。
そんなある日、クリスティーナの屋敷を訪ねる特別な一団があった。
元はベルン村の駐在兵士の一人であり、今では騎士の位を正式に与えられたクレスが、客人達を連れて帰ってきたのである。
彼は兵士達と古参の村人数名、そして進物を載せたホースゴーレムの馬車数台と共に、北のモレス山脈に移り住んだリザード族のもとを訪れる任務を受けていた。
リザード族が元々住んでいたベルン村北西の沼地を本格的に開拓する計画が動きはじめ、今後の軋轢と憂いを取り除くべく、話し合うのが目的だ。
私的な話としては、ドランとセリナが初めて出会った場所であり、彼らにとっては思い入れの深い場所でもある。
旅の汚れを清めてからクリスティーナのもとへ足を運んだクレスの隣には、リザード族からの若い使者四名が同伴していた。
幸い、リザード族は沼地の利用に関して、既に自分達が離れた土地であるからと、ベルン側での利用に異議は申し立てず、途絶えていたベルンとの交流の再開を喜んだ。
リザード族がモレス山脈にある湖近くに居を移した為、交易の品目には若干の変化が見受けられた。
主にベルン側からは加工食品や布製品、嗜好品が輸出され、リザード族側からはモレス山脈で産出される金属類と岩塩が輸出される。
特にベルン男爵領上層部を喜ばせたのは、生存に欠かせない塩を得られる手段が増えた点である。
ベルン村は、広く海洋を治める竜宮国とも独自に塩の売買契約を結んでいるが、塩を確保する手段が複数あるのに越した事はない。
さて、リザード族は人間より頭一つか二つ分大きい二足歩行の蜥蜴という外見をしているが、四名の使者の中にはリザード族以外にも蜥蜴人の男女が含まれていた。
リザード族は端的に言ってしまえば人間と同程度の知能を備えた二足歩行の巨大蜥蜴であり、種としての系統樹は爬虫類に属する。
一方蜥蜴人は、複数の神々が協力して生み出した人間の原種を始祖とし、蜥蜴の特徴を付与して生み出された人間の亜種、亜人だ。あくまで人間の要素が主であり、蜥蜴としての特性は副次的なもので、種としての系統樹も人間に属する。これは亜人と呼ばれる種族に共通する性質だ。
一括りにしてしまうのはかなり乱暴とはいえ、同じ蜥蜴の要素を持つ者同士、リザード族と蜥蜴人が共に暮らしている例は珍しくない。
彼ら若い四人の使者はこのままベルン村に滞在して、後々やってくるリザード族の交易団の窓口と、滞在用の施設建設の助言者役を兼ねる。
これは、かねてからクリスティーナとドラン達が計画していた、モレス山脈に生息する他種族との交流が前進しつつある証左と言えよう。
モレス山脈の他種族との交流に進展があったのは、リザード族だけではない。
元々ベルン村には付近の大河から枝分かれした川が、北東から南西へと向けて流れているが、今ではさらにその川から村内のあちこちへと水路が延ばされている。
水に乏しい暗黒の荒野方面に開拓の手を広げるのだから、井戸掘り以外に水路を広げていくのは当然ではあるとはいえ、ただの水路というわけではない。
網の目の如く細かく張り巡らされ、しかも一つ一つが最低でも小船がすれ違える幅がある。
また上流からの流れを引き込む北側も、これまでは大型の水棲生物の侵入を防ぐ鉄格子を巡らせていたのが、今では巻き上げ式の頑強な水門が設置されていた。
上流を流れる大河の方にも手が加えられていて、両岸に大河から水を引き込んで作った小さな溜め池がいくつも作られ、桟橋と小さな小屋が併設されている。
これらは水竜ウェドロの庇護のもと、リザード族とは別の湖に住んでいるレイクマーメイドの氏族『ウアラの民』が、ベルン村にやってくるまでの道中で体を休める為のものだ。
湖や池、地下水脈を通じてモレス山脈各地を行き来していた彼女達は、ウェドロの勧めもあり、ベルン村との交流を応諾した。
彼女らがもたらすのは、水竜ウェドロや彼女達自身の鱗、湖底で産出される高純度の水精石、魚醤等々。
村に巡らされた水路は人魚達の為の道で、ベルン側はそれなりの資金と労働力を投じて、彼女らがベルン村の中を移動出来る環境を整えた形だ。
モレス山脈に住む諸種族との交流推進という目的以外にも、水竜の庇護を持つ種族と交流を持つ事は、対外的に一種の外交圧力として機能する。
八方美人と揶揄されかねないベルン村の施策だが、そこには強かな一面もある。
ベルンがこうした周辺諸種族との交流と協力体制を着々と進めているのは、遠からず暗黒の荒野から統一された勢力による侵略があると予測し、それに備える為でもあった。
また、人造人間『ファム・ファタール』こと天恵姫を巡る東方での戦いに、周辺国家とは異なる謎の勢力が関わっていた事も、これらの行動に拍車を掛けた。
もっとも、ドラン達の本当の実力を考えれば、協力体制を整えて侵略に対抗するというより、周辺諸種族に魔の手が伸びる前に保護の手を回した、という見方が出来るだろう。
クレスの帰還と入れ替わるようにして、ベルン村では別の使節団が、モレス山脈に存在する〝ある種族〟の隠れ里へと出立しようとしていた。
いつも通り、峻険なモレス山脈でも問題なく歩行出来るホースゴーレム達が牽引する複数の馬車と、交渉を担当する文官や護衛の兵士達に労働力としてのゴーレム達。
ただ、今回の訪問先の特殊な事情を考慮し、使節団はほぼ全員が男性で、いずれも健康かつなるべく見目の良い者達が選抜されている。
その為、これまでの使節団に比べるとかなり人数が少ない。
とはいえ、頭数が減った分の労力はゴーレム達が負担してくれるから、道中、さしたる支障は出ないだろう。
そしてこれまでと異なる最も大きな点は、普段なら後進の育成を邪魔してはいけないという理由で使節団に同行しないドランの姿がある事だった。ドランの傍らに居るのは、彼の婚約者である、ラミアの娘――セリナのみ。
複数の婚約者を持つ今のドランの状況では、数時間程度ならばともかく数日に及ぶ道行きに女性が一人しか同行しないというのは、かなり稀である。
たとえそれが公的な事情によるものであれ、ドランの所有物であると自らを認識するリビングゴーレムのリネットの姿までないのは妙だ。
しかし、これにはこれから彼らの赴く先が大いに関係していた。
旅装に着替えたドランはほんの僅かにではあるが緊張した様子を見せ、反対に日除けの帽子を被っているセリナは上機嫌に頬を朱に染めている。
「ふふふ、思っていたよりもうんと早く帰れて、私は嬉しいです。それにドランさんを紹介出来るからなおさらです!」
むふー、と満足げな吐息を零すセリナを、ドランは慈しみに満ちた眼差しで見る。
はっきりと恋人、婚約者であると明言する仲になった両者ではあるが、ドランがセリナに対して孫娘を見守る祖父めいた心情を失わずにいるのも確かであった。
「以前から話していたとはいえ、私としては緊張せざるを得ないな。セリナのご両親にご挨拶をするというのは、いやはや、父さんやディラン兄に聞いていた以上に身の引き締まる思いになる」
「ママもパパもそんな怖い人達ではありませんよ? でもママは里の代表ですから、当然厳しい態度で臨むとは思います。ドランさんが私の将来の旦那様だからといって、手加減はしてくれないでしょう。公は公、私は私、そう割り切っている人ですから」
「立場に相応しい心構えをお持ちだね。ラミアの隠れ里ジャルラとベルン村との正式な交流は、双方にとって益となるものだ。それをきちんと伝えられれば、交渉は上手くいくと信じている。私が緊張しているのは、私がセリナ以外の女性とも婚約している事を、母君も父君も良くは思わないだろうという不安のせいさ。我ながら情けない話だが、ふむん」
今回の使節団の赴く先は、人口約一千人というラミアの隠れ里ジャルラ。
セリナの生まれ故郷であるこの隠れ里へ、彼女が伴侶として選んだドランを連れて行くという目的も密かに含まれていたのである。
また、団員が見目の良い男性で構成されているのは、子をなすのに異種族の男を必要とするラミア達に、ベルン村と交流を持つ事で得られる利益を分かりやすく知らしめる為だ。
ともすればジャルラへ滞在している間に、何人かの団員はある意味で食べられてしまい、ラミア達に新たな命を宿らせる結果になるかもしれない。
「ま、まあ、それほど深刻に考えないでください。元々、男の人がどうしても足りない時とか、お互いに同じ人を好きになってしまった場合には、男性を共有する習慣もあるくらいです。そこまで強く問題視はされないと思いますよ?」
「あまり自信がなさそうな口ぶりで言われると、今ひとつ安心出来ないなぁ。それに私とセリナの場合は、ジャルラの風習とは反対だからね。可愛い娘以外にも関係を持つ女性が居るなどと言われては、親の立場では不快に思われても仕方ない。というよりも、それが当たり前だ。それに私はジャルラへ入り婿として赴くのを拒否しているのだから」
「うう、なるべく考えないようにしていたのですけれど、改めて言われると、ジャルラの里にとって異例尽くめです。ママを説得出来るといいのですが」
しかし、しょんぼりとするセリナに、ドランは揺るがぬ決意を宿した瞳で語り掛けた。
「なに、セリナの〝旦那様〟になるのを決して諦めたりはしないとも。セリナの母君達を説得して、ベルンとの交流もセリナとの結婚も認めてもらう。それに変わりはないよ」
そのドランの言葉を聞いたセリナがどんな反応を示したかは、語るまでもなかった。
†
北西の彼方から暗黒の荒野を渡ってきた風は、静まりつつある戦乱の血の残り香を運んできているのか、どこか錆びめいた臭いを含んでいるように思われる。
その微かな臭いに、古神竜ドラゴンの生まれ変わりである私――ドラン・ベルレストは、少しだけ眉を寄せた。
太陽は地平線の向こうに沈み、世界を彩る化粧は茜色から暗闇の色へと変わりつつある。
ベルン村を出立し、リザード族の居住地であった沼地で開拓団と別れた使節団は、モレス山脈の麓へ順調な道行の最中にあった。
日が沈む前から野営の準備が進められ、焚き火を目印に襲い掛かってくる魔獣を警戒する歩哨達は、抜け目なく周囲の闇を睨みつけている。
野営地のそこかしこには光精石を用いた光源が掲げられ、降り注ぐ月と星の光も相まって、周囲の闇を遠くへと追い払う。
机の上にも光精石を収めたランタンがいくつか置かれていて、光量は充分だ。
使節団の護衛を担う兵士には、ベルン村出身の若者から他の農村出身者、あるいは元傭兵や冒険者達も含まれる。
実戦経験の有無にはバラつきがあるが、採用されてから受けた過酷な訓練のお蔭か、それなりに格好はついている。
この使節団の中で最も地位が高く、責任が重いのが領主補佐官であり使節団代表を務める私だ。
今は野営の為に馬車から降りて、秘書兼案内役であるセリナ、護衛の兵士達の代表の騎士ネオジオと文官の代表シュマルと共に、今後の予定を話し合っているところだ。
組み立て式の机に周辺の地図を広げ、その上に自分達を模した駒を置いて、現在位置を確認し、今後の日程を微調整する。
使節団の護衛を取りまとめるネオジオは、元は小さな傭兵団の団長を務めていた壮年の男だ。
彼は東西で燻る戦争の臭いに新たな商機を見出していたが、年齢を考慮して安定した収入を求めるべきか悩んでいた。
そんな折、ベルン村での志願兵募集の話を聞きつけた彼は、傭兵団を解散し、ついてきた数名と共に今はベルン騎士団に所属する身となっている。
小規模とはいえ傭兵団をまとめ上げていた経験と、その傭兵団の評判が良かった為、試用期間の後に騎士隊長の一人に任じられた。
周囲が危険な猛獣や毒虫の多い暗黒の荒野とあって、会議の場でも警戒を緩めずに分厚い鎧を着込んだままのネオジオは、いかにも歴戦の傭兵といった風貌だ。
皺深く日焼けした厳めしい顔つきで、横幅が広く、がっしりとした体格をしている。
一方のシュマルは、私の愛しきクリスことクリスティーナ・アルマディア・ベルン男爵の祖父、先代アルマディア侯爵が開拓の責任者だった時に付き従っていた家臣である。
開拓計画が凍結された時にアルマディア領に帰ったものの、敬愛する主君の孫娘が再びベルンの地に赴任したと聞くや、成人した子供らに家を任せて仕官してきた忠義の人だ。
年の頃はネオジオよりも上で、五十代に入ったばかり。今は妻との二人暮らしを満喫しながらベルン領の統治に尽力している。
「ジャルラのママ……ではなく、女王に向けての知らせは既に送っていますので、あちら側の迎えの準備は整っていると考えていただいて間違いはありません」
セリナの語るところによれば、ジャルラの代表である女王は、住人達の投票によって決められるものであり、世襲制ではない。
その為、我がアークレスト王国をはじめとした周辺国の王制と同じに考えるべきではなかろう。
それでも、当代女王の娘であるセリナが案内役を務めてくれているのは、使節団の皆に大きな安堵をもたらす。
目下のところ警戒していた魔獣の類の襲撃はなく、このまま順調にいけば、モレス山脈までそう時間は掛からない。
「使節団にはジャルラの近くで一旦待機してもらい、私とセリナで女王への挨拶を済ませ、許可を得てからジャルラへ入る手筈になっている」
ネオジオもシュマルも、私からすれば父親以上に歳が離れた相手である。立場上は私の方が上だが、この口の利き方には多少抵抗を覚える。とはいえ、こういった事は今後増えるだろうから、慣れていくしかあるまいな。
幸い、ネオジオもシュマルも気にする素振りは見せていない。心の中ではどうか分からないが、これが大人の対応と見習わねば。
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