さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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1巻

1-2

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「ふむ」

 暫く沼のほとりで足を止めていた私は、付近の精霊力が大地の属性に偏っている事に気付く。
 こういった精霊の力の変化に気付けるのも、私に竜としての力と感覚が残されているからこそだ。
 物質界と呼ばれるこの世界の自然現象は、異なる次元にある精霊界に棲む精霊の働きが大きく関与している。
 精霊界における精霊の活動の影響が、物質界では自然現象となって表れるのだ。
 大地の属性が強まった事で水の属性が弱まり、それが地形に影響して沼が濁る事に繋がったのであろう。
 確か、リザード達が移住する前にこの辺りで大きな地震があった、と父から聞かされた覚えがある。その時の地震の影響により大地の属性に変化が生じたと考えるべきか。
 上手く精霊力を調和させれば時を経て再び沼は澄みわたり、リザード達の棲息にも適した環境に戻るだろう。
 もっとも、リザード達は既に新たな移住地を見つけたのだから、わざわざ戻ってくる事はないかもしれない。
 だが、そうだな、沼が元の姿を取り戻した暁には魚の養殖か何かでもしてみようか。
 いつか理由をつけて沼に行ったら綺麗になっていた、魚も棲んでいた、とでも言えば村にとって新たな食糧源の確保に繋がる。
 とはいえ道中で魔物の襲撃がないとも限らないし、その対策も考えておかねばならないか。
 竜としての力を使えばすぐにでも解決できる事ではあるが、しかしこうして頭を悩ませるのも楽しいと来ている。
 私は腕を組んでしばしの間思案にふけっていたが、背後でずるりずるり、とぬかるんだ地面の上を巨大な蛇が這いずるような音を耳にして思考を中断する。
 リザード達の飼っていた大蛇でも残っていたのか、と私は振り返った。

「ほう」

 そして私は素直に感嘆の吐息を零した。
 私の視線の先に居たのは、陽光を浴びて燦然さんぜんと輝く金の髪を長く伸ばした美少女だったのである。
 目鼻口の配置はまさしく造形の天才の手によるものに間違いはなく、青い瞳はサファイアの如くまばゆく輝いている。
 簡素な造りの薄水色のワンピースとフードの付いた白いケープを纏い、左肩から斜めに鞄を掛けていた。
 十代後半のまだあどけなさを残す少女の顔には戸惑いの色が浮かび、赤い唇からは先端が二股に割れた長い舌がチロチロと出入りを繰り返している。
 お互いを見つめあう私達であったが、少女の顔は私のはるか上にあり、ワンピースの裾からは緑色の鱗がびっしりと生えた巨大な蛇の胴体が伸びていた。
 うねりくねりする蛇体じゃたいが少女の下半身なのである。
 ラミアか、と私は内心で呟く。人面蛇体の女性しか存在しない魔物だ。
 始祖は既に失われた王国の王女が呪いを掛けられて姿を変えた魔物だと言うが、よもや我が故郷の近くに棲んでいたとは知らなかった。
 魔物としての格は中の上といったところか。人間よりも長寿で、長く生きた個体ともなれば上級の魔物にも匹敵するという。
 強力な魔法を操る上に、蛇の下半身の一振りは容易く人間の首をへし折り、巻きつけば全身の骨を砕く力を持つ。そんなラミアが現れたら小さな村などは壊滅の危機に陥るだろう。
 人面蛇体の魔物であるラミアだが、総じてその人間の上半身は非常に美しい女性の姿をしているとされる。私の目の前のラミアの少女は、その説が正しかった事をこれ以上なく証明していた。
 また、鱗に覆われた下半身は私の竜としての感性から評価すると、まだ青さを残しながらも、こちらの欲望をそそる魅力を発しつつある成熟過程の雌のそれに感じられる。
 鱗の照り具合や滑らかさ、うねる蛇身のしなやかさ、そして若さを見て取れる肉の付き具合などはたいそう魅力的である。
 この場合、私の言う美少女とはつまり人間の上半身と蛇の下半身の双方を指し、二重の意味でラミアの事を美しいと感じていた。
 ラミアは私の姿を見て笑みをそのままに赤い唇を長い舌でぺろりと舐めた。新たな唾液の口紅が塗られて、一層ラミアの唇の艶やかさが増す。ただしどこかぎこちなく、頬がかすかに痙攣しているように見えた。
 私の事がさぞや美味うまそうな獲物に見えているのだろうが、はて妙な反応が少しあるな。
 人間と変わらぬ食事で生命を維持する事も出来るそうだが、ラミアの主食は他の生き物の精気である。
 特に祖が人間の女性であった為か、人間の男性の精気を最も好むという。
 となれば私はラミアにとって最上の獲物に見えている事だろう。

「こ、こんな所に一人で来るなんて、う、迂闊うかつな人間ね。他には誰もいないのかしら?」

 なんとも甘い声であった。まだ大人になりきっていない少女であるのに、はちみつが滴るかの如く、こちらの脳髄を熱く恍惚こうこつとさせる声音こわねである。
 その声には魅了の魔力も付加されていた。ふむ、人間の精気を食べるのならこういう芸当も出来るだろう。
 それにしてもなんという棒読みか。緊張に凝り固まって舌の根が上手に動いていない様子だ。
 これで役者として舞台の上に立とうものならば、二度と陽の目は見られなくなるのではなかろうか。
 少しばかり呆れながら私は答えた。

「私一人だけだ。他には誰もいない」
「そ、そうですか、良かった」

 私の目の前でラミアは豊かな乳房に両手を置いて、大仰おおぎょうにほっと安堵の息を吐く。
 このような状況ならば、曲がりなりにも人間である私の方がラミアと遭遇した事に怯えるべきなのだが、どうも目の前の少女は伝え聞くラミアとはいささか違うらしい。
 改めてラミアの少女の姿を見直してみると旅姿のように見える。
 となるとこの沼を棲処としているのではなく、旅の途中でたまたま立ち寄っただけなのかもしれない。
 さて、私はここでどうするべきか。目の前のラミアから害意や邪気というものは感じられない。むしろ私に対して警戒心を抱いているというか、怯えているというべきか。
 とはいえラミアが人間にとって危険な魔物である事には変わりない。私は右手を腰の長剣に伸ばし、柄をそっと握り込む。
 その私の動きに気付いて、ラミアの少女の顔には怯えの色がはっきりと浮かび上がり、ずるりと蛇の下半身が後退する。
 どうやら争い事が嫌いか、気の弱い性格をしているらしい。ますますもって私の知るラミアとはかけ離れている。

「ま、待って下さい。私は人間を――」

 ラミアの少女が言い終わるのを待たず、私は一息に腰の長剣を抜き、ぬかるむ地面の上で風を巻く勢いで旋回し、背後から襲いかかって来た泥の腕を切り裂いた。
 沼地から伸びてきた泥の腕は綺麗に二つに分かれ、そのどちらともがただの泥に戻って、地面に濡れた音を立てて落ちる。

「――襲ったりしません……え?」

 事態の急展開に理解が追いついていない様子のラミアに背を向ける形で、私は長剣の切っ先をだらりと地面に下げたまま、簡潔に状況を説明する事にした。
 このラミアは私と敵対する意思はないようだし、ひょっとしたら協力してくれるかもしれない、と考えたからだ。

「昔、ここにはリザード達が棲んでいたが、ある日沼が濁り始めて別の場所へ移住した。彼らが移住する事になった原因だよ。狂った大地の精霊だ。時の流れの中で力を増したのかもしれん。これまで村の皆が沼に近寄らなかったのは、正解だったな」

 そうラミアに告げる間も私は周囲から次々と伸びてくる泥の腕を斬り捨て、精霊力が集まっている部分を求めて感覚を研ぎ澄ませた。
 五感から感じ取れる情報に加え、霊的知覚網に触れるあらゆる情報を精査し、狂気に染まった大地の精霊を探す。
 足元の地面が底なしの泥沼に変わるのを感じ、体が沈み込む寸前にまだかろうじて固さの残っていた地面を蹴って、私はラミアの左傍らにまで跳んだ。

「え、あ、あの!?」

 ラミアの少女はひどく狼狽した様子でしどろもどろになっていた。ふむ、時と場合を抜きにすれば、とても可愛らしい様子である。

「ラミアは魔法が扱えると聞くが、どうだ?」

 右隣のラミアを振り返りながら問うと、ラミアの少女はようやく戸惑いを呑み込んで、表情を引き締める。

「使えます。でも、あの、ラミアは大地に属する生き物ですし、私の一族は水に近しいから、大地の精霊が相手だとあまり……」

 精霊の力にはそれぞれに相性の良し悪しというものがある。大地の力は水に対して相性が良く、水の力で大地を相手にするのは確かにかなり不利と言えた。
 大地を相手にするのなら風をもって当たるのが一番良い、というのが常識だ。

「そう言えばラミア種のほとんどは地属か。大地の精霊の方も水の力を帯びているから、君の魔法で痛打を浴びせるのは難しい事になるな、ふむ」

 そうそう事はうまく運ばぬか。だが常に万全の状態で危難に立ち向かえる訳でない事は、人間に生まれ変わってからの十六年で骨身に沁みている。
 私は落胆も失望もなく、前方でうごめく泥の腕の大群へと視線を向け直した。一、二、三……数える間にも増えているし、数えるだけ無駄だな、これは。

「あ、あの、でもですね。ラミアの種族固有の魔法ならありますから、それなら大地の精霊にも効くと思います!」
「そうか、それは助かる。提案があるのだが、この場は私と君で共に精霊を相手に戦わないか? 一人一人で戦うよりその方が効率は良いだろう。私が前に出るから背中を君に預けたいのだが、どうかな?」

 出会ったばかりの、しかも種の違う相手にするには無謀な提案かもしれないが、短いやり取りだけでも私はこのラミアの少女は信じるに足ると判断していた。少なくとも今の状況で敵対はすまい。
 果たして、私の予想には期待通り半分、期待以上半分の答えが返ってきた。

「はい、ふ、不束者ふつつかものですがよろしくお願いします!」
「それは嫁入りする時の言葉だろう」
「え、あ、あぅ、すみません」

 面白い娘だな、と心の中でだけ呟いて、私は長剣片手に泥の腕達へと向けて駆け出す。
 泥の腕は指一本を取っても私の腕程もある大きさで、これに殴りつけられでもしたら簡単に骨の一本や二本は折れてしまいそうだ。
 この泥の腕そのものは大地の精霊ではない。狂った大地の精霊が操っているだけの駒に過ぎず、倒したところであるじの力をいくらか消費させる程度の効果しかない。
 精霊のような霊的な存在を打倒するには相反する精霊の力を用いて相殺そうさいするか、魔力を用いて相手が物質界に現出している力を打ち消すのが常套じょうとう手段だ。
 私の手にしている長剣は本来精霊に有効な品ではないが、私の魂が生産する竜種の魔力を込めていた。
 人間の肉体も魔力を生産するが、私の場合は竜の魂の魔力を使った方がはるかに強力だ。
 獲物にとびかかる蛇のように襲いかかって来る泥の腕を、私は竜種の魔力を宿した長剣の一振りで纏めて薙ぎ払った。
 すると、泥の腕を動かしていた大地の精霊の力を長剣の魔力が瞬時に打ち消して、泥の腕はただの泥へと還る。
 しかしすぐさま腕の形に修復され、次々と襲いかかって来る。
 死角を狙ってあらゆる方向から迫りくる敵が相手だが、竜種としての感覚はどれ一つとて見逃さず感知し、それに従って動く私の肉体に泥の腕が触れる事はない。
 ひたすら迫る腕。人間や亜人であったならいつかは体力を消費して体が重くなり、集中力を欠いて攻撃を受ける事もあるだろう。
 だが竜種の魔力を用いて肉体を強化し、無限の体力を生み出せる私に、長期戦による弊害が訪れる事はない。
 しばしの拮抗状態が続いた後、魔性の力を帯びたラミアの少女の詠唱が周囲の大気を震わせ始めた。

「我が身に流れる呪わしき魔の蛇よ 今こそで生じてその呪いを我が敵に与えよ ジャラーム!」

 敵とみなした泥の腕達の間に透き通った大蛇の幻影が現れ、急速に実体を帯びながらはっきりと威嚇いかくの声を上げる。
 人間を纏めて二人も三人も丸呑みに出来る大蛇が顎を開き、尻尾をくねらせるたびに泥の腕が纏めて何体も吹き飛ばされた。さらに蛇の呪いが精霊力に干渉して瞬く間に汚染してゆく。

「ふむ」

 感嘆の意を込めた〝ふむ〟である。
 種固有の魔法というのは癖があり、使い勝手が難しい分その威力は強大と相場が決まっているが、【ジャラーム】という魔法の威力は私が思っていた以上に高かった。
 少女の力量も相まっての事と考えれば、おどおどとした態度に反して魔法使いとしてなかなかの腕前を持っているようだ。
 呪いの大蛇がその姿を消すまでの間に、泥の腕は全て倒されて土へと還っていた。
 私が長剣を振るってちまちまと泥の腕を倒すよりもよほど速い。協力を願ったのは正解だったな。
 泥の腕が新たに出現する様子がない事に、ラミアの少女が肩の力を緩め、気を抜くのが視界の端に映った。

「まだ気を抜いてはいけない。大地の精霊がようやく姿を現す気になったようだからね」
「は、はい」

 素直な娘だ、と私が感心した所で、沼の中央の辺りで精霊力が急速に高まり始めた。黒く濁った水面が山のように盛り上がって、沼の主である大地の精霊が私達の前に姿を現した。
 かつての地震の影響により狂ったらしい大地の精霊は、この十数年で大地と水の両方の力を吸って強大化した様子であった。
 先程までの泥の腕同様に、泥を媒介とした仮の肉体は、おそらく二階建ての家屋並みの大きさはあるだろうか。
 その頂きにかろうじて人間の上半身と分かる突起があり、頭部には眼と鼻とおぼしきくぼみと盛り上がりがあった。
 驚く程の速さで私達へと向かって来る精霊。私達は視界を埋めるように迫りくるその圧迫感と威圧感をひしひしと感じていた。


 特にラミアの少女はその重圧に息を呑み、萎縮してしまっている。
 これだけの大きさとなると先程の【ジャラーム】でも、さしたる効果は見込めまい。
 となると私が気張らねばなるまい。私は長剣に更に竜種の魔力を込めて、ラミアの少女に声を掛けてから駆け出した。

「私に当てないよう適当に魔法で精霊の気を逸らしてくれ」
「あ、危ないですよ!」

 堆積した泥により足元が非常に滑りやすくなっていたが、私はそれに構わず走り続ける。
 狂える大地の精霊は接近を一旦停止したかと思えば、二本の腕を私達へと向けて伸ばし、その先端から私目掛けて泥の砲弾を飛ばしてきた。
 泥弾は二発、三発、四発と連続して発射される。
 人間の目では追う事も難しい速さの泥弾を、右に左にと避け、時には長剣で真っ二つに斬り落としながら、私は大地の精霊との距離をぐんぐんと縮めてゆく。
 精霊の仮初めの肉体を構成する泥や水はこの沼にいくらでもあるのだから、ちまちまと削っていっても終わりは見えまい。
 となれば精霊の中核を一撃で破壊するのが最も手っ取り早い方法であろう。

「我が血に宿る蛇よ なんじの毒牙を我が敵に突き立てよ ジャドゥーク!」

 私の背後でラミアの少女の力ある言葉が響いた。再び現れた蛇の幻影が精霊に絡みつき、大きく開かれた顎から覗く牙を勢いよくその巨体に突き立てる。
 半透明の大蛇の牙からは紫色の液体が滴っているのが見えた。それが呪いの圧縮された呪毒じゅどくである事は一目瞭然だ。
 膨大な精霊力に対しても、その呪毒はある程度の効果を与えたようで、精霊の巨体がぶるぶると震え始める。
 しかし流石に呪毒だけで倒すまでには至らない。すかさず私は明らかに動きが鈍った隙をついて一足の距離まで接近した。
 それを察し、精霊が私目がけて左右の腕を巨大化させて交互に打ち下ろしてくる。
 家屋一軒を簡単に壊して余りある巨腕。直撃すれば私の体を肉塊に変えるだろう。
 私は右の腕を横に飛んで避けた。しかし続けざまに、空中にある私に向けて左の腕が落ちてくる。
 回避する術のない私の姿に、ラミアの少女が小さく悲鳴をあげるのが聞こえた。
 私は短く鋭い呼気を発しながら、視界を埋める精霊の左の腕を白刃の一閃で斬り裂いた。
 一瞬にして泥に還って崩れ落ちる左腕。
 私はすかさず虚空を蹴って空中でさらに跳躍を重ね、一気に人間を模した部位の眼前にまで飛び上がる。
 ただの窪みにしか見えない目が、確かに私の顔を捉えたのが分かった。
 狂気に染まった精霊の思考がどのようなものかは分からぬが、少しでも早く仮初めの肉体から解放し、あるべき精霊の世界へと帰してやる事がこの精霊の為だ。
 大地の精霊の人型を模した部位の付け根から、泥の槍が無数に現れ、私を串刺しにしようと迫る。だがそれよりも早く、私は一層魔力を込めて白く発光させた長剣の一閃で、人型部位の頭頂から付け根までを両断した。
 長剣の刃の長さを超えて、大地の精霊が真っ二つに斬り裂かれる。
 やがて物質界での存在を維持できなくなった大地の精霊は、仮初の泥の体を置き去りに精霊界へと還っていった。

「やった!」

 ラミアの少女の喝采かっさいの声が聞こえて、私は大地の精霊への憐みと共に少しばかり自慢げに口癖を零した。

「ふむ」

 これで沼を濁らせていた原因を排除する事は出来たはずだ。後は自然と精霊力の調和が取られ、時間の流れが解決してくれるだろう。
 と、ここまで数瞬。私が安堵したと同時に、真っ二つになった巨大な泥の塊は豪快に崩れて、私と私の後方に居たラミアの少女を呑み込んだ。
 私は茶色の波に呑まれる寸前に魔力で体表を覆い、服や肌が泥に濡れないように処理する。七つ程数えた頃に泥の波は収まった。
 ラミアの少女は無事かと背後を振り返る。

「うう、口の中に泥が入っちゃった。うええ、服も髪もぐしょぐしょ……」

 そこにはせっかくの綺麗な金の髪も服も悲惨なまでに泥にまみれたラミアの少女の姿があった。
 私は口の中に入った泥をぺっぺっと吐く作業に夢中の少女に近寄り、背負ったままだった鞄の中から、革袋の水筒を取り出して手渡した。

「それで口の中をすすぐと良い」
「あ、ありがとうございます」
「手伝ってくれてありがとう。君のお陰で随分と助かった。ところでお互い名前も知らなかったな。私は南にあるベルン村のドランという。君の名前を教えてくれると嬉しい」

 私が手渡した水筒を両手に持ったまま、ラミアの少女は私の視線に合わせて蛇の下半身をくねらせながら、頭を下げて自らの名前を告げる。

「私はセリナといいます。御覧の通りのラミアです」
「ふむ、セリナか。良い名前をご両親から貰ったな」

 私の言葉にセリナははにかんだ笑みを浮かべた。両親を褒められたのが嬉しかったのだろう、この様子からすると仲の良い親子らしい。
 親子の仲が良いのは素晴らしい事だ。人間に生まれ変わり、実の両親を得た事で私は心の底からそう思うようになっていた。
 さて成り行きからセリナと共闘し、自己紹介をするまでになったが、目の前のラミアの少女をどうしたものか、と私は頭の片隅で悩んでいた。


 第二章―――― ドランの一計




     †   †   †


 全身を濡らす泥水の不快な感触に泣きたいのをこらえて、手渡された革袋の水を口に含んでくちゅくちゅとお口の中をすすいでいると、ドランさんが私の事を少し困った顔で見ているのに気付きました。
 頭から泥水を被ってしまった私と違い、ドランさんは大地の精霊さんのすぐそばに居たのに、体や服には少しも泥が付いていないようでした。
 あんなに傍に居たのにどうして汚れていないのかな、と不思議に思って私が首を傾げながらドランさんをしげしげ見ていると、ドランさんはふっと肩の力を抜いて小さく笑います。
 私が何か変な事をしたのかな? あ、お口の中をすすいでいるからかな?

「早く泥を落とさないといけないな。濡らしたままでは風邪をひいてしまう。着替えは大丈夫か?」

 ドランさんは私が肩から掛けている鞄に視線を移して言いました。体がここまで泥塗れである以上、鞄にも泥水が掛かっているでしょうし、中のものが無事とはとても思えません。
 でも大丈夫!
 この沼地を散歩しようと思った時に、着替えや食べ物は別の鞄に入れてきちんと隠しておいたのです。濡れたらいけませんもの。
 私はお口の中の水を、ドランさんに見られないように隠してペっと吐き出してから、唇を拭って返事をします。
 ちょっとはしたなかったかな? ママに見られていたら怒られていたかもしれません。

「はい。リザードさんのお家の中に置いてあるから、着替えはちゃんとあります」

 えっへん、と私が少しだけ胸を張って言うと、ドランさんはまた笑いました。
 そんなに変な事を言ったつもりはないのに、どうして笑うんでしょうか? 意地悪な人間さんなのかしら?

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