さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき

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9巻

9-2

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 ふむ、上手うまくバハムートの居所にほど近い位置に転移出来たようだ。
 周囲をうかがってみると、元気に空を飛ぶ神竜や、大海を回遊する龍神達の姿がちらほらと見える。
 すると、私に気付いた者達が声を掛けてきた。大半は少し驚いたという反応だが、やっと来たかという響きも確かに混じっている。

「おや、ドラゴン様、お久しぶりですね!」
「ようやくお戻りですか~、これでバハムート様の肩の荷がおりますねえ~」
「これでやっと始原の七竜が元通りですか」
「早くアレキサンダー様にお顔を見せてあげてくださいな。貴方様が人間にたれたというしらせが届いた時は、それはもう大暴れされて……。バハムート様とリヴァイアサン様が止めるのに随分ずいぶんと骨を折っておられましたよ」

 いずれも三竜帝三龍皇さんりゅうていさんりゅうおうより格上の竜達からの言葉に逐一ちくいち答えながら、私はバハムートのねぐらを目指して飛んだ。
 ふむん、やはり竜界の者達は親密に接してくるな。
 崇敬すうけいの念すら感じられる龍吉のあの態度は、長く竜界と地上の同胞達との間で交流が絶えていた所為に違いない。

「違う世界に住んでいるとはいえ同族同種なのだから、そこまでかしこまる必要はあるまい。これはいつか改善するべきだな」

 龍吉はリヴァイアサン系列の龍種であるし、リヴァイアサンに相談してみるのが良いかもしれない。
 あるいは龍吉以外の三竜帝三龍皇達のもとへも、他の始原の七竜達と一緒に顔を見せに行くというのも妙案みょうあんか。
 なつかしの竜界に来て浮かれてしまったか、そんな事をつれづれと考えているうちに、バハムートの気配が感じられる巨大な浮き島が見えてきた。
 私がバハムートの気配を感じているように、バハムートもまた私を察知したらしい。川が流れ、木々のい茂る浮き島から、一つの影が飛び立って私の方へとぐんぐん近づいてくる。
 光沢のある黒いうろこ、二枚の翼、銀に輝く二つの眼、尻尾は一本。一般的な竜と比べると四肢ししが人型に近く、首もそれほど長くはない。
 爪の先から鱗の一枚一枚に至るまでに満ちる力の密度と質は、同胞としてほこらしくなるほど強大である。
 この黒竜こそは、我ら始原の七竜と全ての竜種の実質的なおさであるバハムート。
 私が最後に見た時とは比較にならぬほど強くなっているのが感じられる。
 心の中になつかしさや喜びといった感情があふれ、私はそれらをめながらバハムートに話しかけた。

「久しいな、バハムート。我が同胞よ」

 バハムートは私の正面で止まり、はるかな空で響く遠雷えんらいを思わせる、重々しい力に満ちた声で応えた。この声を聞くのも久しぶりで、私の胸中に少なからず感慨かんがいめいたものを呼び起こす。

「まこと久しきかな、ドラゴンよ。なんじが死せし時は少々驚いたが、いずれまた会えると思っておったぞ。よもや人間に生まれ変わるとは意外であったが」

 バハムートは少し笑ったようだったので、私も照れくささを感じながら笑みを返した。
 流石さすが我ら始原の七竜の長兄ちょうけいたる古神竜。前世の肉体を再構築した私が、人間へと生まれ変わっている事を一目で看破かんぱしたか。

「私にとってもそれは意外だったよ。冥界めいかいに行くと思っていたのが、人間の女性のお腹の中だったのだから。実に新鮮な体験だったな」
「母のはらの中か。我を含め汝以外の兄弟達には未知の経験であるな。いささか興味深い」
「居心地の好い場所だったよ。ただただ守られ、はぐくまれる事を享受するだけだから、必要以上に長居すると堕落だらくしてしまいそうなのが欠点だな」

 しみじみと呟く私に、バハムートは面白そうに小さく笑う。

「時にドラゴンよ。ここへは自らの意思でおもむいて来たようだが、このまま竜界に残るのか? それとも再び地上世界へと帰還するのか?」
「せっかく竜界に来たのだし、他の者達の顔も見ていくつもりだ。特にリヴァイアサンには話したい事があるし、私が死んでから生まれ変わるまでの間に、何か変化があったかも聞きたいのでな」
「リヴァイアサンにか? あれならば己の海でいつも通りに泳いでおる。わざわざ汝の顔を見に来るような性格でないのは相変わらずだから、汝の方から会いに行く必要があろうぞ」
「……であるか。まあ、我が姉妹が昔と変わらず壮健であると喜ぶとしよう。ヒュペリオンやヨルムンガンド、ヴリトラやアレキサンダーはどうかな?」

 地上で多くの時を過ごしていた私と、年がら年中あちらこちらを飛翔ひしょうしているヴリトラ以外は、私が死んでいる間に移住していなければ、今もこの竜界に住んでいるはずだ。

「汝が心配する必要など未来永劫えいごうない、と断言出来るほど元気にしている。相も変わらぬわずらわしさで、いささか手に余るほどだ」

 ちょうどその時、バハムートにも匹敵する力を持った、懐かしくも騒々そうぞうしい気配が近づいてくるのを感じた。
 まったく、話の腰を折る頃合いを狙っていたのか?
 私とバハムートが同時に真上に視線を向けると、空の彼方に小さな点が浮かび上がり、それが見る間にこちらに近づいて大きくなる。
 その正体は、私の六柱いる兄弟姉妹のうちの一柱、十翼一頭二尾金眼銀鱗じゅうよくいっとうにびきんがんぎんりんの古神竜〝貫けぬものなき〟アレキサンダーであった。
 始祖竜の牙より生まれたこの古神竜は、ある程度近づいてきたところで十枚の翼を大きく広げ、金色の瞳に私を映す。

「アレキサンダーか。騒々しいのが来たな」
「順当なところだろうよ。ドラゴン、久方ぶりに顔を合わせる妹ぞ。きちんと相手をしてやるが良い。アレはなんだかんだで、我らの中では汝に最も懐いておるゆえ

 バハムートのありがたい忠告を背に、私は重く感じられる腰を上げてアレキサンダーのもとへ飛び立つ。
 銀の鱗と金の瞳という豪華絢爛ごうかけんらんな姿を持つアレキサンダーは、空間の一部を固着させた足場を作り、その上に立って私の姿を頭のてっぺんから尻尾の先までしげしげと眺めた。

「アレキ……」
「く、くはははははは、な、なんだその姿はっ! 随分みすぼらしくなったな!!」
「……サンダァ……」

 まずは挨拶あいさつからと呼びかけた私の言葉を、アレキサンダーのけたたましい騒音めいた爆笑がさえぎる。
 私とて、大地母神マイラールやバハムートの目に転生した後の魂を晒す事に羞恥しゅうちを感じたが、流石に出会いがしらに笑われては気持ちの良いものではない。
 アレキサンダーは本来は金鈴きんれいを天上世界の楽師が鳴らしたかのような美しい声なのだが、それがこうもけたたましい笑い声をあげると、可愛かわいさ――もとい、美しさ余って憎さ万倍に感じられる。

「お前は相変わらずだな。顔を合わせた途端とたんに同胞を笑い飛ばすなど、粗野そやな性格がまるで直っていない」
「くくく、なんだ、皮肉のつもりか? しかし、これは笑うなと言う方がこくだぞ、ドラゴン。自らの愚かさ故に人間に挙句あげくに、その人間に生まれ変わって斯様かようなみすぼらしい姿になるなど、とんだ喜劇ではないか。これを笑わずしてどうする?」

 バハムートやマイラール、カラヴィスは笑わなかったわい――と、心中で一つ零して、私はアレキサンダーをにらむ。

「おお怖い。バハムートが何やら急いで動いたかと思えば、お前がここに顔を出していたとはな。まあ、許せ。笑った事は謝ってやる。……ふん、なんだドラゴン、随分と不服そうな目をしているな?」
「当たり前だ。生まれた当初よりの付き合い故、お前が変わらず壮健である事はまこと喜ばしいが、そのような物言いは相手を不必要に不快にさせるから改めろと、何度となく忠告したのを忘れたか」
「私がそれに従う義理はない。我らは同胞であって、どちらが上でどちらが下という関係ではないのだからな。もっとも、お前は転生した所為で随分と酷い有様ありさまだが」
「ふむ、そこまで言うなら、今の私の力を一度味わってみるか?」
「くっくっく、あまり威勢の良い言葉を吐くなよ、ドラゴン。お前が我らの中で最強を誇ったのは、肉体を失う前の話よ。今のお前に一体どれだけの力が残されているというのだ?」
「お前にその認識を改めさせる程度の力は残っているつもりだ。我が妹よ」
「面白い。今のお前の力がいかほどか、このアレキサンダーに知らしめよ、我が兄弟よ!」
「やめい、二人とも。何を喧嘩けんか腰になっておる」

 火花を散らしはじめた私達を、バハムートがあきれをたっぷりと含んだ声で制止した。
 バハムートはふわりと柔らかに翼を動かして私とアレキサンダーの間に割って入り、異を唱える事を許さぬ力強さをたたえた瞳で私達を交互に睨む。

「まったく、相手をしてやれと言った矢先にこれか。ドラゴンよ、いささか短慮たんりょにすぎるぞ」
「いや、面目ない。アレキサンダーとじゃれるのも久しぶりなもので、ついな」

 バハムートから言われたばかりだというのに、それをすっかり忘れていた事に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
 かつて竜界にいた頃は些細ささいな事でアレキサンダーとやりあったもので、その時の事を思い出してついつい喧嘩を買ってしまった。

邪魔じゃまをするな、バハムート。最も愚かな同胞にしつけをしてやらねばならんのだ」

 アレキサンダーが苛立いらだちをあらわにしたが、バハムートはさして気にも留めず、これを言葉で制した。

「アレキサンダーよ、久方ぶりに兄に会えて嬉しいのは分かるが、ほどほどにせよ。ようやく再会を果たせたのだ。もう少し穏便おんびんに事を進めようとは思わんのか? ……まあよい。我とドラゴンはリヴァイアサンの所へ向かう。お前も来るか?」

 ふん、とアレキサンダーはそっぽを向いたが、明確な拒否はしなかった。同行するつもりらしい。
 しかし改めて見ると、アレキサンダーは深紅竜しんくりゅうのヴァジェのように、なんだかんだ言いつつ構ってほしい性格だな。
 もっとも、ヴァジェよりも遥かに強いので、そう簡単に拳骨げんこつで黙らせられないという点が大きく違うし、ヴァジェはあれでも素直すなおで可愛げがあるからな。

「バハムートよ。お前こそ何か言いたい事があるのではないのか? 見ろ、こやつのみすぼらしい姿を。これがかつて我らの中でも最強と謳われたドラゴンか? これでもまだ、天界魔界の神などと僭称せんしょうする奴らならば足元にも及ぶまい。しかしかつての姿と力を知る我らの目から見れば……なんだこの有様は!」

 アレキサンダーはまだブツブツと文句を呟き続ける。

「そこまでにせよ、アレキサンダー。それにドラゴンの事情を考えれば、弱くなっているのも無理はなかろう」
「それもこれも、ドラゴンが人間風情ふぜいに負けてしまった所為ではないか。全てはこいつの自業自得じごうじとくなのだから、それをあざけり笑おうと、非難されるいわれはない」

 堂々と胸を張って、一切おくすることなく自分の意見を述べるアレキサンダーに、本当にこいつは変わらんな――と、私は嬉しさと呆れをない交ぜにした声で応えた。

「お前は我らの中で一番性格が悪いな、アレキサンダー。憎まれっ子世にはばかるとも言うし、我らの中ではお前が一番長生きするのだろう、ふむん」
「はっ! ドラゴン、私達の中でお前が例外だっただけだ。お前以外の兄弟が滅びる姿など、私にはこれっぽっちも想像出来ないな」
「ふむ、それは、私も同意かな。私以外の者達は時の流れの果てた後でさえも元気だろう」

 ある程度私への罵詈雑言ばりぞうごんを口にしてようやく気が収まったらしく、アレキサンダーは口を閉ざした。
 さて、これから向かうのはリヴァイアサンが住まいとしている海だ。
 竜界の中には、無数の海が全てを占める惑星などがいくつも浮かんでおり、その中でも、リヴァイアサンの住まいの海が最も巨大である。竜界で単に〝海〟と言う場合は、彼女の住まいを指す。
 リヴァイアサンのもとへと辿たどり着くのに、さほど時間はかからなかった。
 彼女の住処すみかは巨大な円盤型の海である。
 青くんだ海の中に珊瑚さんごの大陸があり、海水を吸って育つ樹木や花々が海面や海中を問わず咲き乱れている。なんともつややかで色彩豊かな海だ。
 膨大ぼうだいな量の海水は決して周囲の空間に流出する事なく回流し続け、一つの完結した世界として成り立っている。
 リヴァイアサンばかりでなく、その系譜けいふに連なる多くの龍神や真龍達が共に住んでいるのは相変わらずで、無数の同胞の命の息吹いぶきが感じられる。
 リヴァイアサンは私達七竜の中でもバハムートに次いで竜界全体に強い影響力を持ち、その眷属けんぞくの数も多い。
 途方とほうもなく広大な海を見下ろす私に気付いて、リヴァイアサンが海中に身を沈めたまま念話で話しかけてきた。
 懐かしさに思わず目元がゆるむ。

『あな懐かしや。ながい事顔を見せなかった放蕩ほうとう者の兄弟が戻ってきたか』

 からかうような言葉の中に、本当に親しい者にだけ込める親愛の情が混じっている。
 もしリヴァイアサンの声音こわねを耳にすれば、地上の詩人は感嘆かんたんして自らがつづった詩を全て捨てて、楽師はこの声よりも美しい音をかなでる事が出来ずに絶望するだろう。
 天地海の全てを支配する大女帝といっても通用する威厳いげんを持ち、同時に絶世の美女である事を声だけで理解させるのが、リヴァイアサンであった。

『まるで母のような物言いをするな、リヴァイアサンよ』
『帰ってきたかと思えば、すぐさまアレキサンダーと熱をあげてバハムートに窘められるような悪童なれば、子供扱いをするのが妥当じゃ』
『そう言われると反論も出来ぬな』
『じゃが、そんな悪童でもわらわの大切な兄弟である事に変わりはない。随分と時は掛かったが、そなたと再び会えた事を寿ことほごう。妾はアレキサンダーとちごうて素直な性分故な』

 そう言うリヴァイアサンの思念は、どんなに心のすさんだ者でも安らぎを覚える、大いなる包容力があり、無限の母性を感じさせた。
 バハムートが我ら竜種の父ならば、さしずめリヴァイアサンは母だろうか。アレキサンダーが我儘わがままな末娘で、私は自由気ままな次男坊あたりかね。

『妾の事を母などと思うておるな、ドラゴンよ』
『なんだ、読心の術でも使ったのか?』
『そなたは我らの中でも一番素直で嘘が吐けぬから、顔を見るだけで何を考えているかはおおよそ分かる。まったく、失礼な奴じゃ』
『確かに、いかに兄弟姉妹とはいえ、女人に対していささか配慮の至らぬ事を考えていたか。気分を害したのなら謝ろう』
『よいよい。それほど狭隘きょうあいな心は持っておらぬ。して、何か妾に言いたい事があるのであろ? 大概の事なら怒りはせぬから、素直にお言い。それとも、言うのが憚られる事なのか?』

 まさしく我が子に失敗を告白させようとする母のようなリヴァイアサンの言葉であった。
 リヴァイアサンが気をかせてうながしてきたのだから、ここは素直に従わねばならぬな。

『ふーむ。実はな、そなたの子孫で地上に降りた者の中に龍吉という女龍めりゅうがおるのだが、私は今その龍吉とえにしを結んでおる』
『おお、龍吉とな。見知っておるとも。あれは地上に降りた私の眷属の中でも血と力を濃く継いだ系譜の者。最後に見た時はまだ鱗の固まりきっておらぬ幼子であったが、今ではさぞや美しい女龍となっておろうな。そういえば、龍吉は幼い頃にそなたと会った事があったか。転生した先で縁があるとはいささか驚きであるが、そなたと知りあう事が出来たのなら、海魔かいま共とのいざこざなど心配はらぬな』
『海魔の件はついこの間、決着をつけてきたばかりだよ。なに、話というのはそう難しいものではない。龍吉は私がドラゴンと知って最大限の礼を尽くしてくれているのだが、それがいささか過剰でな。他の始原の七竜と地上の同胞達との付き合いはどうなっているのか、ちと気になったのだ。私が生きていた頃と変わらぬままか?』

 言葉を交わしているうちに、眼下に広がる海面の中心部に、リヴァイアサンの影がうっすらと浮かび上がる。
 私達にとって体の大きさは自在に変えられるものだからあまり意味はないが、それでも普段は自分が過ごしやすい大きさを取っている。
 リヴァイアサンは頭のてっぺんからふさふさの毛に包まれた尻尾の先までで、ざっと山を一巻き出来るくらいの大きさを選んでいた。
 透明な水のしずくを全身にまとい、青い鱗をきらびやかに輝かせながら、リヴァイアサンは私に顔を向けた。

「そうさな、特別な用事か火急の事態にでもおちいらねば、我らから地上に出向く事はない。おぬしが生きておった頃と変わらぬよ」
「そうか。君達も行ってみれば分かると思うが、どうも地上の同胞達は竜界に住む私達の事を過剰に美化している傾向がある。そういった誤解や認識の違いは解消しておいた方がよいのではないかと思案している。適当な時期を見計みはからって、バハムートか君あたりが一度地上に降りて、同胞らと顔を合わせてみてはどうかな?」
「ほう、地上の同胞のもとへか。久しく地上へは赴いておらぬから、どう変わっておるか確かめる為に行くのも一興いっきょうかもしれぬ。バハムートよ、お主はいかがか?」
「我は構わぬ。ドラゴンがいる以上、地上の者達が危機に陥る事はあるまいが、同胞達が我らをどのように思っているのか、確認するのは悪くない」

 バハムートとリヴァイアサンが思いのほかあっさりと承諾してくれたのは、嬉しい誤算である。
 しかし、彼らにつられてアレキサンダーまでも話に乗ってきてしまった。

「私も地上に行ってやらん事もないぞ」
「お前は別にいい」
「なん――!? お前、私がわざわざ足を運んでやろうというのに、なんだそのない反応は」
「リヴァイアサン達は地上の同胞達が思い描く始原の七竜そのものだからよいが、お前は彼らを必要以上に幻滅げんめつさせそうだからな」
「何を言うか、私とて始原の七竜に連なる者だ。うやまいへつらいたてまつられるのに、なんの不足がある!?」
「色々あるが、とりあえずは品性だな」

 私の答えにリヴァイアサン達もうなずくものだから、アレキサンダーはこの場に味方がいないと悟ってぐむむとうなりはじめた。
 ふうむ、アレキサンダーとのこういうやり取りも実に懐かしい。やはりこの竜界もまた我が故郷の一つなのだと、私はしみじみと感じていた。
 私は頭に血の上りやすい妹をこれ以上からかうのは得策ではないと判断し、話の流れを変える事にした。
 やり過ぎて、こやつが感情を爆発させるような事になっては厄介だ。血が繋がっているというわけではないが、今も昔も面倒な妹である。

「まあ、アレキサンダーが変わっていないという事は、この短時間でよく分かった。そろそろ他の兄弟達にも顔を見せたいが、皆は今どうしているのだね?」

 実質的に竜界の管理者としての役目をになっているバハムートに問いかけると、よどみなく答えが返ってきた。

「ヒュペリオンは相変わらず眠り続けているが、以前寝床ねどこを変えてから同じ場所に留まったまま故、現在の居場所は把握している。ヴリトラもヨルムンガンドも皆何一つ変わってはおらぬ。ヴリトラは竜界だけでなく様々な世界をずっと飛び回っているが、呼べばすぐに来るであろう。ヨルムンガンドは既に我らをはずだから、呼ぶまでもない。となれば、ヒュペリオンの所に足を延ばせば自然と皆が集まるだろうよ」
「ふむ、私も同意見だ。では、私の帰郷ついでに兄弟勢揃いといこうではないか」
「ヒュペリオンの顔を見るのも久しいものよ。ヴリトラといい、ヒュペリオンといい、妾の兄弟には極端な性情せいじょうの者がいる事……。もっとも、あえて人間に討たれる事をとしたお主ほどではないであろうがの。のう、ドラゴン?」
「リヴァイアサン、そう言ってくれるな。それに兄弟が揃って似たり寄ったりの性格をした者ばかりでは、味気ないだろう」
「否定はせぬが、妾達に奔放ほんぽうなお主らのしわ寄せが来るのは、勘弁してほしいものよ。お主が死んだ時など、そこのアレキサンダーが騒いで騒いで、それはもうかしましかった。のう、アレキサンダー、あの時のお主は――」

 アレキサンダーは私に知られたくない事でもあったのか、ひどく慌てた調子でリヴァイアサンの言葉を遮る。

「あわわわ、私の事はどうだっていい。そこの間抜けが死んだ時の事などわざわざ話さなくったっていいじゃないか! ここで無駄むだ口を叩く暇があったら、早く寝ぼすけのヒュペリオンの所に行こう、なあ、そうしよう! よし、行くぞ、私は行くからね!」

 私達が止める間もなく、アレキサンダーは銀に輝く翼を広げると、竜界に満ちるエーテルや魔力を捉えて光よりも速く飛んでいった。
 小さくなってゆくアレキサンダーの後ろ姿を追い掛けながら、私は呆れの言葉を口にしていた。

「なんだ、あれは? 突拍子とっぴょうしもない行動はあれの専売特許だが、どうしたと言うのだ?」

 リヴァイアサンは小さな笑いを噛み殺しながら、要領を得ない返事をした。

「ふふふ、なに、お主はまだ知らなくてもよい事だ。上手くすればお主の人間としての寿命じゅみょうが尽きるまでに、アレキサンダーの態度の理由を知る事が出来よう」
「ふむん」

 バハムートもその理由を知っているらしく、どこか疲れた溜息を吐く。

「我としてはさっさと知ってもらいたいところだ。そうすればアレキサンダーも少しは落ち着いて、我に要らぬ苦労を山と押し付けてくる事も減るであろうよ」

 竜界でのめ事の仲裁や各竜達から相談を持ち掛けられる立場にあるバハムートにとって、同格の存在にもかかわらず厄介事の大量生産機でもあるアレキサンダーは、格別に手の掛かる問題児に違いない。
 痛切ささえにじむバハムートの嘆きに、私は同情を禁じ得なかった。
 相変わらずそなたは苦労をしているのだな……
 誰に命じられて相談役やまとめ役をしているわけでもないのに、まったくもって損な性分をしている。
 前世では地上に降りてからあまりこちらに戻らなかったが、これからは分身体ででも顔を出して、バハムートの手伝てつだいくらいはするべきかもしれん。

「さりとてこれはアレキサンダーが己で解決せねば意味のない事。ドラゴンよ、お主に我らから知らせても、良い結果をもたらすとは思えぬ故、アレキサンダーの態度が変わるか、お主自身が気付くかする事が肝要かんようぞ」
「まるで謎掛けだな。まあよい。急いで答えを求めねばならぬ事でもあるまい」

 一旦この話題を切り上げた私達は、アレキサンダーの後を追って、寝床を変えずに眠り続けているヒュペリオンのもとへと向かった。

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