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11巻
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さて競魔祭に向けての準備が順調に進む中、懸念すべきはドラミナの待遇である。
彼女は夏季休暇中に魔法学院入りしたから、本格的に生徒が戻って来た学院で過ごすのは、これからなのだ。
ドラミナがバンパイアである事、私の使い魔である事、魔法学院が存在を公認している事、陽光下でも活動出来る事は、予め生徒達に伝えられている。
ラミアであるセリナを連れている私はかねてから注目の的であったが、見慣れた赤い衣装に身を包み、さらに首から使い魔のメダルを下げたドラミナが加わった為に、周囲から向けられる好奇の視線が再燃していた。
日中はなるべく私の影に潜むか部屋の棺の中で眠っている方がドラミナの体には良いのだが、彼女は可能な限り私の傍に居る事を望んでおり、授業に同席するなどして学院内外を共に出歩いている。
他にも、同じ使い魔として今後の学院生活の参考にと、セリナが受けた依頼にも同道を希望した。
ちなみにセリナは、一学期の間に培った実績と信頼によって、事務局で受けた依頼を単独でこなす場合がある。といっても、バンパイアであるドラミナはその特性が危惧されている為、必ず私の目の届くところにいなければならず、セリナとドラミナの二人だけという組み合わせは許されなかった。
彼女がちょっとした相談を持ち掛けてきたのは、二学期に入って数日経ち、新たな学院生活に慣れはじめた頃である。
午後早めに授業が終わったその日、事務局経由で依頼された神々の石像製作をささっとこなした私は、そこでドラミナの思い詰めた様子に気がついた。
注文通りに仕上がった石像を納品し、私達は男子寮の私室に戻って話を聞く事にした。
セリナもこの変化を悟っており、神妙な顔で部屋の中央の丸テーブルを囲み、ドラミナが口を開くのを待っている。
「ドラン、セリナさん、私はこの数日間で、ある事に気付いてしまったのです」
素顔を晒したドラミナの表情にはうっすらと憂慮の色が浮かび、その声には陰鬱な響きが籠もっていた。
セリナは心配そうに身を乗り出して、ドラミナの言葉に耳を傾けている。
「一体、何に気付いたのだね? 確かに、生徒や先生方から多少敬遠されてはいると思うが、それは時が解決するだろう。それとも、私やセリナの目が届かぬところで、何か君が傷付く事があったのかね。もしそうなら、気付けなかったこの身を呪うばかりだが」
「いえ、ドランの言うように、この学院のどなたかからの悪意があったというわけではありません。単純に、私自身の問題なのです」
もし何者かの悪意によってドラミナの心が沈んでいるのだとしたら、その者は世界中の人々から、この美しい女性を苦しめるのは貴様か、と呪われるだろう。
憂慮の海に腰まで浸かった女王陛下は、戦いの場での勇猛果敢さをどこかに忘れてきてしまったのか、〝問題〟を口にするのを躊躇った。
「ドランは学生という身分ですから、学業こそが仕事であり、本分です。授業での態度を拝見した限り、それをきちんと果たしていらっしゃいます」
「それはどうも」
「セリナさんも使い魔という不自由な立場ながら、ご自身の能力を活かし、ドランの為になる事を精一杯なさっています」
「は、はい、ありがとうございます」
さて、ドラミナは何が言いたいのだろう――と、私とセリナは顔を見合わせ、揃ってドラミナの言葉の続きを待つ。幸い、そう長くは待たずに済んだ。
「……ドランもセリナさんもきちんとお仕事をしていらっしゃいますが、私だけは取り立てて何をしていたというわけでもありませんでした。そう、こんな事は生まれて初めて経験いたします。良くも悪くも、私は常に何かしらの責務を負い、それを果たす為の努力に追われておりましたから。ドラン、セリナさん、どうぞ笑ってください。私は、このドラミナは、ただ今無職……無職なのです!」
ドラミナはそこでくっと言葉を切り、心底悔しそうな表情を浮かべて、目を伏せる。
こんな姿もまた綺麗だな、と思いながら、私は再びセリナと視線を交わす。
「ふむ……むしょく? 色が無い、の無色か?」
「えっと、多分、職が無い方の無職では?」
戸惑いがちに答えるセリナに、俯いたままのドラミナが肯定する。
「はい……果たすべき職務のない、穀潰しのドラミナです。今はただの金食い虫となったこの身を呪うばかり。ごめんなさい、ドラン……」
いやいや、それはいくらなんでも言いすぎというものだ。
セリナもそう思ったらしく、私の言いたい事を見事に代弁してくれた。
「ドラミナさん、そんなに自分を卑下しないでください。私はたまたまラミアという生まれを活かせるお仕事があったから、それをしているだけですし、何より、ドラミナさんはドランさんの使い魔という重要なお勤めを果たしていらっしゃいます。ドラミナさんが使い魔として仕事をしていないというのなら、私だって使い魔として失格の烙印を捺されちゃいます」
魔法学院に戻ってから大して時間は経っていないが、使い魔として見れば、ドラミナは一切問題のある行動はしていない。自身を責めるのはお門違いというものだ。
「ありがとう、セリナさん。そのように優しい言葉を掛けてくれて。ですが、セリナさんは私と同じドランの使い魔としての務めを果たしながら、学院のお仕事をしてお金を得た上で、ドランへの評価に繋がる実績を築き上げているのです。それに比べれば私などは至らぬ事ばかり。バンパイアである為、常にドランに付き添っていただかなければならず、セリナさんのように一人でお仕事をする事もままなりません」
ドラミナはそのまましくしくと泣き出しそうな表情を浮かべた。
セリナはすっかりドラミナの悲しみと苦しみに共感して、目尻に涙まで浮かべている。
同じ私の使い魔にして婚約者という立場である事で、強い共感を抱いているのだろう。
ふぅむ、ドラミナの語った内容は一部事実である。
真性のバンパイアという種族の特性上、彼女に自由を許す事は、吸血の被害者を多数生む危険性があると看做されるのだ。
端的に言えば、どこに行くにも、私とドラミナは互いに目と手の届く範囲に居ないといけない。
「ドラミナ、よく聞いてほしい」
「はい……」
そう応えるドラミナの声に力がない。
ここまでしょんぼりとしている姿は、初めて見るかもしれん。
このままでは、自己紹介をする時に〝ドランの使い魔で無職で役立たずのドラミナです〟と言い出しかねない雰囲気だ。
「まず――これはセリナもだが、使い魔になってまで私の傍に居てくれるというだけで、私は二人に限りない感謝を抱いている。周囲からは好奇の視線に晒されるし、行動の制限で不自由を強いられるというのに、それでも傍に居てくれるのだから、感謝しない道理はない。その上で仕事までしてくれるとは……正直に言えばとても嬉しい。だが、その事でドラミナが負い目を感じているなら、それはまた話が別だ。セリナのように働けない事を気に病む必要はないのだよ、ドラミナ。セリナはセリナで、ドラミナはドラミナだ。二人とも、自分で気付いていないところで私に実に多くのものを与えてくれている」
私が真摯な気持ちをそのまま伝えると、二人は感極まった顔で涙を滲ませた。
なんというか、ここまで大きく反応されると、少し照れるな。ふむむん。
ドラミナはようやく憂慮の色を薄めて、その美貌に喜色を浮かべてくれた。
「ありがとう、ドラン。そうですね、同じドランの使い魔で婚約者ではありますが、セリナさんと私とでは、出来る事が違います。それを忘れていたようです」
「そうですよ。私とドラミナさんは別人ですし、出来る事も違いますけれど、だからといって、どちらが上とか優れているとか、そんな事は全然ありません。だからさっきみたいに悲しい顔をして、ご自身を苛むのはやめてください。それに、そんなドラミナさんに勝ってドランさんの一番になれても、私は胸を張って喜べません」
恋敵でありながら心の底からドラミナを想うセリナの言葉で、ドラミナの涙の堤防は決壊寸前だった。つくづく、私は素晴らしい女性との縁に恵まれたものだな。
ドラミナは晴れやかな笑みを浮かべて、目尻の涙をハンカチーフで拭う。
「ええ、ええ、そうですね。ドランの一番になるのは、正々堂々と女の勝負をした上でなければなりませんね。ふふ、私はセリナさんの事をもっと好きになってしまいました」
「私もドラミナさんの事は大好きですよ! 恋敵ですけれど、ドランさんを好きになった者同士ですしね」
えへんと胸を張るセリナに、ドラミナはこれまで以上に親愛の籠もった瞳を向ける。
女王として孤高の立場であったろう彼女に、ここまで親しげに接した者はいなかったに違いない。
だから、彼女はセリナに対して大きな好意を抱いているのではないだろうか。
「ドラミナの気持ちが前を向いたなら何よりだ。ふむん、そうだな……またふとした拍子にドラミナが落ち込んだら困る――というか悲しいから、私の傍に居ても出来る仕事を考えてみるか」
「申し訳ありません、ドラン。私の我儘で余計なお手間を」
私は恐縮するドラミナに、〝手間などではないさ〟と笑い返した。
「私と一緒にいて仕事が出来る状況となると……昼休みや、部屋に戻ってきている時だろうな」
「それに、ドラミナさんだからこそ出来るお仕事が一番ですよね」
セリナも真剣な表情で腕を組み、ドラミナに相応しい仕事はないかと考えはじめる。
「ふむ、まずドラミナについて改めて整理してみるか。元女王で、バンパイアで、私の使い魔で、大陸の一つくらい吹き飛ばせる実力があって……」
私とセリナは指折り数えながらドラミナの特徴を口にしていく。
「この世の者とは思えないくらいの美人で、とっても強くって、とっても素敵な女性で、南の大陸のご出身で……あっ」
そこで、セリナは何か思いついたとばかりに声を出した。
私もその言葉の中にピンと来るものがあったので、セリナと顔を見合わせドラミナに視線を移した。
私とセリナの視線を一身に集めたドラミナは、心臓を押さえるように両手を重ねて、期待の輝きを秘めた瞳で私達を見る。
「ドラミナさんは違う大陸のご出身なのですから、あちらの大陸のお話や物語を本にして出版してみてはどうでしょう?」
「アークレスト王国は南の群島諸国家との交易はあるが、さらに南にある大陸との交易は活発とは言い難い。人々にはドラミナの生まれ故郷の風習や文化、物語などはとても新鮮に感じられるだろう。広めるべきでない話は伏せるか、ある程度ぼやかす必要はあるが、どうかね? 事実確認が難しいから真偽を疑われる事もあろうが、それでも、貴重な資料として扱われるかもしれないな」
「なるほど、作家としてのお仕事ですか。あるいは翻訳家としてなら何か出来る事があるかもしれませんね」
ドラミナの顔に、安堵と希望の色が新たに浮かび上がる。
「しかし、少し考えただけでもこれくらいの事は浮かんだのだし、ドラミナは思いつかなかったのかい?」
「恥ずかしながら、自分がお役に立てていないのではという事ばかりに囚われて、考えが及ばなかったようです。自分の浅慮が恨めしく思います。そうですね、まずは子供向けのお伽話でも書いてみましょう。それならあまり読む方を選ばないでしょうし」
「子供向けの話なら、ファティマに知恵を借りると良い。彼女は魔法を応用した玩具や児童書などの製作に取り組んでいるからね。話の内容について色々と助言をくれるだろう」
「ふふ、そうだったのですか。では、明日、ファティマさんにお願いしてみましょう。ご迷惑でないと良いのですが」
「なに、ファティマなら喜んで話を聞いてくれるとも。それどころか、もっと話を聞かせてほしいとせがんでくるはずさ」
翌朝ファティマと顔を合わせて事情を説明すると、彼女は快く引き受けてくれた上に、予想以上の食いつきを見せて、私の言葉が事実であると証明された。
こうしてドラミナの無職騒動は短期間で解決し、彼女は執筆活動に勤しむようになるのであった。
第二章―――― 災いは妹と共に
龍吉と瑠禹、ヴァジェに競魔祭に向けての特訓再開を打診して数日。
その日の授業を終えた私は、特訓を行なっているガロア郊外へ向かうべく、セリナとドラミナを伴って魔法学院を出ようとしていた。
事務局に外出届を提出した私達に、背後からやって来たフェニアさんが声を掛けてきた。
「私、どうしても外せない用事がありまして、申し訳ないのですが、今日の特訓は私抜きでお願い出来ますかしら? 後でお詫びにお菓子でも差し入れいたしますわ。それではごめんあそばせ、おほほほほほほほほほほ!!」
こちらが口を挟む暇もなく怒涛の勢いで喋り切って、フェニアさんは黄金の巻髪を翻して魔法学院の廊下に消えていった。
嵐が過ぎ去った後のような静けさに包まれる中、私の傍らに居たセリナがポツリと呟いた。
「えっと、それじゃあ、いつもの場所に行きましょうか」
私には〝そうだな〟と答える以外に選択肢はなかった。
フェニアさん不在となると、ヴァジェが手持ち無沙汰になるかもしれないが、クリスティーナさんやレニーア、あるいはネルとやり合うのも良いか。
季節は秋に移ろいはじめ、陽が早く落ちるようになってきた。それに伴い、特訓に割ける時間も若干短くなっている。
競魔祭に出場する私達に配慮して、学院は一部の授業や課題を免除してくれている。私達はそうして捻出した時間を最大限利用して、特訓を行う予定を立てていた。
ガロアの郊外に広がる平原の一画に結界を展開して、模擬戦を主体とする特訓を行うというのは、夏季休暇以前と変わらない。
夏の暑さは日ごとに退いているが、冬の足音が聞こえるにはまだ数ヵ月の猶予がある。
もうじき、木々の枝や大地を覆っていた緑の衣が黄色に染まりはじめ、夏の盛りと共にあった生命の躍動は徐々に小さくなってゆくだろう。
私達は暖かい風に頬を撫でられながら、まだ緑の色彩を残している草がまるで海のように風に靡く中を進む。
欠席を表明したフェニアさんを除く全員が集まっているかと思ったが、約束の場所に来ているのはクリスティーナさんとレニーアだけだった。
レニーアの数少ない友人であるイリナの姿もない。
「おや、ネルとファティマに、イリナも来ていないのか。全員勢揃いとはいかなかったな」
私は少し残念な思いを吐露しながら、レニーア達に近づいていく。
レニーアは制服姿で、クリスティーナさんは見慣れた男子生徒用の制服を纏い、左右の腰にエルスパーダとドラッドノートを帯びている。
「ネルはまだ授業が残っているそうです。ファティマとイリナも同じ理由にございます。お父様」
レニーアは私の姿を認めた途端、それまでの血の気の通っていないような無表情から満面の笑みに変わり、歩み寄ってきた。
レニーアと十歩ほどの距離を置いていたクリスティーナさんは、その場に留まって軽く手を振る。
「少し寂しいが、この面子で模擬戦を始めるかい? セリナとドラミナさんも協力してくれるのだろう。それなら人手は足りる。なんなら、ドラン相手に全員で挑むというのも、十分な訓練になるだろう。ドランは退屈かもしれないけれど」
「ふ、確かにお父様が相手では、私達の総力を結集したところで鱗一枚剥ぐ事も出来ずに一蹴されるのがオチだな。お前もたまにはまともな事を言う」
決して自慢出来ない事なのだが、薄い胸を張って得意げに口にするレニーアを見て、クリスティーナさんは降参とばかりに苦笑した。
あまりに過剰な私への崇敬の念だが、こればかりはちっとも緩和する様子が見られない。このまま放置していたら、レニーアは生涯を私に捧げてしまいそうである。どうにか自分の為に人生を送ってほしいのだが……
ふうむ、ひょっとしたら私のこの心の動きは親心というものかもしれない。私もすっかりレニーアに絆されているというわけか?
そんな事を考えている間に、いつものヴェールで顔を隠したドラミナが頭上を見上げて、遠方からこちらに近づいてくる三つの存在について口にした。
「どうやらドランと私達全員という形式は取らずに済みそうですよ。北から一つ、南から二つ、急速に近づいて来る者があります。北は火の属性を持つ竜、南は水の属性を持つ龍ですね。以前ドランからお話を伺った方々だと思いますが?」
彼女の声には、自身を上回る力の主に対する畏怖が少なからず交じっている。
秋風に靡く草原の中に立つドラミナに、私は首を縦に動かして答えた。
他の飛行生物と遭遇しないようにかなりの高度を飛んでいるようだが、この距離ならここにいる全員が近づいてくる三者を捕捉出来るだろう。
「ああ、北から来ているのが深紅竜のヴァジェ。南から来ているのが水龍皇並みの力を持つリュー・キッツという古水龍と、その娘の瑠禹だ。ドラミナは初顔合わせになるが、気性の荒いヴァジェはともかく、リュー・キッツと瑠禹なら馬が合うのではないかな?」
ドラミナはヴェールの奥で何やら含みのある笑みを浮かべたようだった。
「さあ、それはどうでしょう。ドランとセリナさんのお話を聞く限り、お三方とも私に対しては、思うところがあると思いますよ。ドランもまだまだ女心への理解が足りておりませんね。ね、セリナさん?」
セリナは〝ううむ、大人の色気〟などと呟いていたが、ドラミナが自分に話し掛けた事を理解すると、慌てた様子で首を何度も縦に振った。
「そ、そうですね。でもドラミナさんだけじゃなくって、私に対しても色々と思うところはあると思います。龍き……リュー・キッツさんは余裕の微笑みを浮かべると思いますけれど、瑠禹さんとヴァジェさんがどんな反応をするか怖いくらいですよ」
ちなみに、セリナにはリュー・キッツの素性を伝えてある。
彼女とは長い付き合いになるだろうし、竜としての属性を得つつあるセリナが、リュー・キッツが隠している実力を察して変に疑ったり悩んだりする前に教えたほうがいいと判断した為だ。
「ふむん? リュー・キッツは微笑みを浮かべるかもしれないが、瑠禹とヴァジェは怖い反応をするかもしれず、そしてその対象がドラミナとセリナ……か」
私は顎に手を当ててセリナの言葉を繰り返す。
どうやらクリスティーナさんもセリナの意図を理解したらしく、ああ、と一言呟くとしきりに頷きはじめた。
「なるほど、そういう事なら瑠禹とヴァジェはちょっと怖い反応をしそうだな。ドラン、君だって格別鈍感というわけでもないし、もう気付いているだろう?」
「ああ、まあね。セリナとドラミナの名前が挙がるとなれば、思い当たるのは一つだけだ。ただ、ヴァジェが含まれているというのは正直意外だよ。案外好かれているのかもしれないとは思ったが、それは父兄に向けるようなものだと思っていた」
「まあ、普段のヴァジェの君に対する突っかかりぶりを考えると、そう捉えるのも仕方ないのかもしれないが……。話しているうちに着いたようだな。それにしても早い。ふふ、三人共浮かれているのかもしれないぞ。大した色男ぶりじゃないか、ドラン」
冗談めかして言うクリスティーナさんに、それはどうもと肩を竦めて返し、私は高度を下げながら猛烈な勢いで近付いてくる三つの影を見た。
三名とも竜人・龍人へ変化を終えていて、空にポツンと見えた小さな黒点は見る間に大きくなっていく。
北からはゴルネブで買った真珠のネックレスを身につけたヴァジェが、南からは清楚な印象を受ける異国の衣服を纏った瑠禹と、薄紫色の道着に袖を通したリュー・キッツ母娘が、それぞれ私達の近くに降り立つ。
三者ともまずは私に、それからセリナ達へと視線を巡らせるが、クリスティーナさんに視線が流れたところで一様に驚きを露わにした。
そうか、私殺しの因子が消え、ドラッドノートを手にしたクリスティーナさんに会うのは、皆初めてだったか。
ならばクリスティーナさんの霊魂に刻まれた因子の劇的な変化に、驚くのも納得だ。
「おい、ドラン、こいつに何かしたのか?」
目を大きく見開いたまま問うてくるヴァジェの言葉を、無礼と捉えたレニーアが激昂しかけたが、ドラミナとセリナが宥めてなんとか抑えてくれている。
レニーアよ、ヴァジェは前から私に対してこういう口の利き方と態度をすると知っているはずだ。だから少しだけ我慢してくれ、良い子だから。
「ヴァジェさん、そのような乱暴な口の利き方はおやめなさいと言っているでしょう。……ですがドラン様、わたくしも珍しくヴァジェさんと同じ感想を抱きました。最後にお会いした時と比べて、クリスティーナさんがお持ちの因子があまりにも違います」
普段の瑠禹なら、まず新顔のドラミナに挨拶するだろうに、真っ先にこの質問が出てくるのだから、彼女が受けた衝撃がいかに大きかったか分かるというものだ。
さて競魔祭に向けての準備が順調に進む中、懸念すべきはドラミナの待遇である。
彼女は夏季休暇中に魔法学院入りしたから、本格的に生徒が戻って来た学院で過ごすのは、これからなのだ。
ドラミナがバンパイアである事、私の使い魔である事、魔法学院が存在を公認している事、陽光下でも活動出来る事は、予め生徒達に伝えられている。
ラミアであるセリナを連れている私はかねてから注目の的であったが、見慣れた赤い衣装に身を包み、さらに首から使い魔のメダルを下げたドラミナが加わった為に、周囲から向けられる好奇の視線が再燃していた。
日中はなるべく私の影に潜むか部屋の棺の中で眠っている方がドラミナの体には良いのだが、彼女は可能な限り私の傍に居る事を望んでおり、授業に同席するなどして学院内外を共に出歩いている。
他にも、同じ使い魔として今後の学院生活の参考にと、セリナが受けた依頼にも同道を希望した。
ちなみにセリナは、一学期の間に培った実績と信頼によって、事務局で受けた依頼を単独でこなす場合がある。といっても、バンパイアであるドラミナはその特性が危惧されている為、必ず私の目の届くところにいなければならず、セリナとドラミナの二人だけという組み合わせは許されなかった。
彼女がちょっとした相談を持ち掛けてきたのは、二学期に入って数日経ち、新たな学院生活に慣れはじめた頃である。
午後早めに授業が終わったその日、事務局経由で依頼された神々の石像製作をささっとこなした私は、そこでドラミナの思い詰めた様子に気がついた。
注文通りに仕上がった石像を納品し、私達は男子寮の私室に戻って話を聞く事にした。
セリナもこの変化を悟っており、神妙な顔で部屋の中央の丸テーブルを囲み、ドラミナが口を開くのを待っている。
「ドラン、セリナさん、私はこの数日間で、ある事に気付いてしまったのです」
素顔を晒したドラミナの表情にはうっすらと憂慮の色が浮かび、その声には陰鬱な響きが籠もっていた。
セリナは心配そうに身を乗り出して、ドラミナの言葉に耳を傾けている。
「一体、何に気付いたのだね? 確かに、生徒や先生方から多少敬遠されてはいると思うが、それは時が解決するだろう。それとも、私やセリナの目が届かぬところで、何か君が傷付く事があったのかね。もしそうなら、気付けなかったこの身を呪うばかりだが」
「いえ、ドランの言うように、この学院のどなたかからの悪意があったというわけではありません。単純に、私自身の問題なのです」
もし何者かの悪意によってドラミナの心が沈んでいるのだとしたら、その者は世界中の人々から、この美しい女性を苦しめるのは貴様か、と呪われるだろう。
憂慮の海に腰まで浸かった女王陛下は、戦いの場での勇猛果敢さをどこかに忘れてきてしまったのか、〝問題〟を口にするのを躊躇った。
「ドランは学生という身分ですから、学業こそが仕事であり、本分です。授業での態度を拝見した限り、それをきちんと果たしていらっしゃいます」
「それはどうも」
「セリナさんも使い魔という不自由な立場ながら、ご自身の能力を活かし、ドランの為になる事を精一杯なさっています」
「は、はい、ありがとうございます」
さて、ドラミナは何が言いたいのだろう――と、私とセリナは顔を見合わせ、揃ってドラミナの言葉の続きを待つ。幸い、そう長くは待たずに済んだ。
「……ドランもセリナさんもきちんとお仕事をしていらっしゃいますが、私だけは取り立てて何をしていたというわけでもありませんでした。そう、こんな事は生まれて初めて経験いたします。良くも悪くも、私は常に何かしらの責務を負い、それを果たす為の努力に追われておりましたから。ドラン、セリナさん、どうぞ笑ってください。私は、このドラミナは、ただ今無職……無職なのです!」
ドラミナはそこでくっと言葉を切り、心底悔しそうな表情を浮かべて、目を伏せる。
こんな姿もまた綺麗だな、と思いながら、私は再びセリナと視線を交わす。
「ふむ……むしょく? 色が無い、の無色か?」
「えっと、多分、職が無い方の無職では?」
戸惑いがちに答えるセリナに、俯いたままのドラミナが肯定する。
「はい……果たすべき職務のない、穀潰しのドラミナです。今はただの金食い虫となったこの身を呪うばかり。ごめんなさい、ドラン……」
いやいや、それはいくらなんでも言いすぎというものだ。
セリナもそう思ったらしく、私の言いたい事を見事に代弁してくれた。
「ドラミナさん、そんなに自分を卑下しないでください。私はたまたまラミアという生まれを活かせるお仕事があったから、それをしているだけですし、何より、ドラミナさんはドランさんの使い魔という重要なお勤めを果たしていらっしゃいます。ドラミナさんが使い魔として仕事をしていないというのなら、私だって使い魔として失格の烙印を捺されちゃいます」
魔法学院に戻ってから大して時間は経っていないが、使い魔として見れば、ドラミナは一切問題のある行動はしていない。自身を責めるのはお門違いというものだ。
「ありがとう、セリナさん。そのように優しい言葉を掛けてくれて。ですが、セリナさんは私と同じドランの使い魔としての務めを果たしながら、学院のお仕事をしてお金を得た上で、ドランへの評価に繋がる実績を築き上げているのです。それに比べれば私などは至らぬ事ばかり。バンパイアである為、常にドランに付き添っていただかなければならず、セリナさんのように一人でお仕事をする事もままなりません」
ドラミナはそのまましくしくと泣き出しそうな表情を浮かべた。
セリナはすっかりドラミナの悲しみと苦しみに共感して、目尻に涙まで浮かべている。
同じ私の使い魔にして婚約者という立場である事で、強い共感を抱いているのだろう。
ふぅむ、ドラミナの語った内容は一部事実である。
真性のバンパイアという種族の特性上、彼女に自由を許す事は、吸血の被害者を多数生む危険性があると看做されるのだ。
端的に言えば、どこに行くにも、私とドラミナは互いに目と手の届く範囲に居ないといけない。
「ドラミナ、よく聞いてほしい」
「はい……」
そう応えるドラミナの声に力がない。
ここまでしょんぼりとしている姿は、初めて見るかもしれん。
このままでは、自己紹介をする時に〝ドランの使い魔で無職で役立たずのドラミナです〟と言い出しかねない雰囲気だ。
「まず――これはセリナもだが、使い魔になってまで私の傍に居てくれるというだけで、私は二人に限りない感謝を抱いている。周囲からは好奇の視線に晒されるし、行動の制限で不自由を強いられるというのに、それでも傍に居てくれるのだから、感謝しない道理はない。その上で仕事までしてくれるとは……正直に言えばとても嬉しい。だが、その事でドラミナが負い目を感じているなら、それはまた話が別だ。セリナのように働けない事を気に病む必要はないのだよ、ドラミナ。セリナはセリナで、ドラミナはドラミナだ。二人とも、自分で気付いていないところで私に実に多くのものを与えてくれている」
私が真摯な気持ちをそのまま伝えると、二人は感極まった顔で涙を滲ませた。
なんというか、ここまで大きく反応されると、少し照れるな。ふむむん。
ドラミナはようやく憂慮の色を薄めて、その美貌に喜色を浮かべてくれた。
「ありがとう、ドラン。そうですね、同じドランの使い魔で婚約者ではありますが、セリナさんと私とでは、出来る事が違います。それを忘れていたようです」
「そうですよ。私とドラミナさんは別人ですし、出来る事も違いますけれど、だからといって、どちらが上とか優れているとか、そんな事は全然ありません。だからさっきみたいに悲しい顔をして、ご自身を苛むのはやめてください。それに、そんなドラミナさんに勝ってドランさんの一番になれても、私は胸を張って喜べません」
恋敵でありながら心の底からドラミナを想うセリナの言葉で、ドラミナの涙の堤防は決壊寸前だった。つくづく、私は素晴らしい女性との縁に恵まれたものだな。
ドラミナは晴れやかな笑みを浮かべて、目尻の涙をハンカチーフで拭う。
「ええ、ええ、そうですね。ドランの一番になるのは、正々堂々と女の勝負をした上でなければなりませんね。ふふ、私はセリナさんの事をもっと好きになってしまいました」
「私もドラミナさんの事は大好きですよ! 恋敵ですけれど、ドランさんを好きになった者同士ですしね」
えへんと胸を張るセリナに、ドラミナはこれまで以上に親愛の籠もった瞳を向ける。
女王として孤高の立場であったろう彼女に、ここまで親しげに接した者はいなかったに違いない。
だから、彼女はセリナに対して大きな好意を抱いているのではないだろうか。
「ドラミナの気持ちが前を向いたなら何よりだ。ふむん、そうだな……またふとした拍子にドラミナが落ち込んだら困る――というか悲しいから、私の傍に居ても出来る仕事を考えてみるか」
「申し訳ありません、ドラン。私の我儘で余計なお手間を」
私は恐縮するドラミナに、〝手間などではないさ〟と笑い返した。
「私と一緒にいて仕事が出来る状況となると……昼休みや、部屋に戻ってきている時だろうな」
「それに、ドラミナさんだからこそ出来るお仕事が一番ですよね」
セリナも真剣な表情で腕を組み、ドラミナに相応しい仕事はないかと考えはじめる。
「ふむ、まずドラミナについて改めて整理してみるか。元女王で、バンパイアで、私の使い魔で、大陸の一つくらい吹き飛ばせる実力があって……」
私とセリナは指折り数えながらドラミナの特徴を口にしていく。
「この世の者とは思えないくらいの美人で、とっても強くって、とっても素敵な女性で、南の大陸のご出身で……あっ」
そこで、セリナは何か思いついたとばかりに声を出した。
私もその言葉の中にピンと来るものがあったので、セリナと顔を見合わせドラミナに視線を移した。
私とセリナの視線を一身に集めたドラミナは、心臓を押さえるように両手を重ねて、期待の輝きを秘めた瞳で私達を見る。
「ドラミナさんは違う大陸のご出身なのですから、あちらの大陸のお話や物語を本にして出版してみてはどうでしょう?」
「アークレスト王国は南の群島諸国家との交易はあるが、さらに南にある大陸との交易は活発とは言い難い。人々にはドラミナの生まれ故郷の風習や文化、物語などはとても新鮮に感じられるだろう。広めるべきでない話は伏せるか、ある程度ぼやかす必要はあるが、どうかね? 事実確認が難しいから真偽を疑われる事もあろうが、それでも、貴重な資料として扱われるかもしれないな」
「なるほど、作家としてのお仕事ですか。あるいは翻訳家としてなら何か出来る事があるかもしれませんね」
ドラミナの顔に、安堵と希望の色が新たに浮かび上がる。
「しかし、少し考えただけでもこれくらいの事は浮かんだのだし、ドラミナは思いつかなかったのかい?」
「恥ずかしながら、自分がお役に立てていないのではという事ばかりに囚われて、考えが及ばなかったようです。自分の浅慮が恨めしく思います。そうですね、まずは子供向けのお伽話でも書いてみましょう。それならあまり読む方を選ばないでしょうし」
「子供向けの話なら、ファティマに知恵を借りると良い。彼女は魔法を応用した玩具や児童書などの製作に取り組んでいるからね。話の内容について色々と助言をくれるだろう」
「ふふ、そうだったのですか。では、明日、ファティマさんにお願いしてみましょう。ご迷惑でないと良いのですが」
「なに、ファティマなら喜んで話を聞いてくれるとも。それどころか、もっと話を聞かせてほしいとせがんでくるはずさ」
翌朝ファティマと顔を合わせて事情を説明すると、彼女は快く引き受けてくれた上に、予想以上の食いつきを見せて、私の言葉が事実であると証明された。
こうしてドラミナの無職騒動は短期間で解決し、彼女は執筆活動に勤しむようになるのであった。
第二章―――― 災いは妹と共に
龍吉と瑠禹、ヴァジェに競魔祭に向けての特訓再開を打診して数日。
その日の授業を終えた私は、特訓を行なっているガロア郊外へ向かうべく、セリナとドラミナを伴って魔法学院を出ようとしていた。
事務局に外出届を提出した私達に、背後からやって来たフェニアさんが声を掛けてきた。
「私、どうしても外せない用事がありまして、申し訳ないのですが、今日の特訓は私抜きでお願い出来ますかしら? 後でお詫びにお菓子でも差し入れいたしますわ。それではごめんあそばせ、おほほほほほほほほほほ!!」
こちらが口を挟む暇もなく怒涛の勢いで喋り切って、フェニアさんは黄金の巻髪を翻して魔法学院の廊下に消えていった。
嵐が過ぎ去った後のような静けさに包まれる中、私の傍らに居たセリナがポツリと呟いた。
「えっと、それじゃあ、いつもの場所に行きましょうか」
私には〝そうだな〟と答える以外に選択肢はなかった。
フェニアさん不在となると、ヴァジェが手持ち無沙汰になるかもしれないが、クリスティーナさんやレニーア、あるいはネルとやり合うのも良いか。
季節は秋に移ろいはじめ、陽が早く落ちるようになってきた。それに伴い、特訓に割ける時間も若干短くなっている。
競魔祭に出場する私達に配慮して、学院は一部の授業や課題を免除してくれている。私達はそうして捻出した時間を最大限利用して、特訓を行う予定を立てていた。
ガロアの郊外に広がる平原の一画に結界を展開して、模擬戦を主体とする特訓を行うというのは、夏季休暇以前と変わらない。
夏の暑さは日ごとに退いているが、冬の足音が聞こえるにはまだ数ヵ月の猶予がある。
もうじき、木々の枝や大地を覆っていた緑の衣が黄色に染まりはじめ、夏の盛りと共にあった生命の躍動は徐々に小さくなってゆくだろう。
私達は暖かい風に頬を撫でられながら、まだ緑の色彩を残している草がまるで海のように風に靡く中を進む。
欠席を表明したフェニアさんを除く全員が集まっているかと思ったが、約束の場所に来ているのはクリスティーナさんとレニーアだけだった。
レニーアの数少ない友人であるイリナの姿もない。
「おや、ネルとファティマに、イリナも来ていないのか。全員勢揃いとはいかなかったな」
私は少し残念な思いを吐露しながら、レニーア達に近づいていく。
レニーアは制服姿で、クリスティーナさんは見慣れた男子生徒用の制服を纏い、左右の腰にエルスパーダとドラッドノートを帯びている。
「ネルはまだ授業が残っているそうです。ファティマとイリナも同じ理由にございます。お父様」
レニーアは私の姿を認めた途端、それまでの血の気の通っていないような無表情から満面の笑みに変わり、歩み寄ってきた。
レニーアと十歩ほどの距離を置いていたクリスティーナさんは、その場に留まって軽く手を振る。
「少し寂しいが、この面子で模擬戦を始めるかい? セリナとドラミナさんも協力してくれるのだろう。それなら人手は足りる。なんなら、ドラン相手に全員で挑むというのも、十分な訓練になるだろう。ドランは退屈かもしれないけれど」
「ふ、確かにお父様が相手では、私達の総力を結集したところで鱗一枚剥ぐ事も出来ずに一蹴されるのがオチだな。お前もたまにはまともな事を言う」
決して自慢出来ない事なのだが、薄い胸を張って得意げに口にするレニーアを見て、クリスティーナさんは降参とばかりに苦笑した。
あまりに過剰な私への崇敬の念だが、こればかりはちっとも緩和する様子が見られない。このまま放置していたら、レニーアは生涯を私に捧げてしまいそうである。どうにか自分の為に人生を送ってほしいのだが……
ふうむ、ひょっとしたら私のこの心の動きは親心というものかもしれない。私もすっかりレニーアに絆されているというわけか?
そんな事を考えている間に、いつものヴェールで顔を隠したドラミナが頭上を見上げて、遠方からこちらに近づいてくる三つの存在について口にした。
「どうやらドランと私達全員という形式は取らずに済みそうですよ。北から一つ、南から二つ、急速に近づいて来る者があります。北は火の属性を持つ竜、南は水の属性を持つ龍ですね。以前ドランからお話を伺った方々だと思いますが?」
彼女の声には、自身を上回る力の主に対する畏怖が少なからず交じっている。
秋風に靡く草原の中に立つドラミナに、私は首を縦に動かして答えた。
他の飛行生物と遭遇しないようにかなりの高度を飛んでいるようだが、この距離ならここにいる全員が近づいてくる三者を捕捉出来るだろう。
「ああ、北から来ているのが深紅竜のヴァジェ。南から来ているのが水龍皇並みの力を持つリュー・キッツという古水龍と、その娘の瑠禹だ。ドラミナは初顔合わせになるが、気性の荒いヴァジェはともかく、リュー・キッツと瑠禹なら馬が合うのではないかな?」
ドラミナはヴェールの奥で何やら含みのある笑みを浮かべたようだった。
「さあ、それはどうでしょう。ドランとセリナさんのお話を聞く限り、お三方とも私に対しては、思うところがあると思いますよ。ドランもまだまだ女心への理解が足りておりませんね。ね、セリナさん?」
セリナは〝ううむ、大人の色気〟などと呟いていたが、ドラミナが自分に話し掛けた事を理解すると、慌てた様子で首を何度も縦に振った。
「そ、そうですね。でもドラミナさんだけじゃなくって、私に対しても色々と思うところはあると思います。龍き……リュー・キッツさんは余裕の微笑みを浮かべると思いますけれど、瑠禹さんとヴァジェさんがどんな反応をするか怖いくらいですよ」
ちなみに、セリナにはリュー・キッツの素性を伝えてある。
彼女とは長い付き合いになるだろうし、竜としての属性を得つつあるセリナが、リュー・キッツが隠している実力を察して変に疑ったり悩んだりする前に教えたほうがいいと判断した為だ。
「ふむん? リュー・キッツは微笑みを浮かべるかもしれないが、瑠禹とヴァジェは怖い反応をするかもしれず、そしてその対象がドラミナとセリナ……か」
私は顎に手を当ててセリナの言葉を繰り返す。
どうやらクリスティーナさんもセリナの意図を理解したらしく、ああ、と一言呟くとしきりに頷きはじめた。
「なるほど、そういう事なら瑠禹とヴァジェはちょっと怖い反応をしそうだな。ドラン、君だって格別鈍感というわけでもないし、もう気付いているだろう?」
「ああ、まあね。セリナとドラミナの名前が挙がるとなれば、思い当たるのは一つだけだ。ただ、ヴァジェが含まれているというのは正直意外だよ。案外好かれているのかもしれないとは思ったが、それは父兄に向けるようなものだと思っていた」
「まあ、普段のヴァジェの君に対する突っかかりぶりを考えると、そう捉えるのも仕方ないのかもしれないが……。話しているうちに着いたようだな。それにしても早い。ふふ、三人共浮かれているのかもしれないぞ。大した色男ぶりじゃないか、ドラン」
冗談めかして言うクリスティーナさんに、それはどうもと肩を竦めて返し、私は高度を下げながら猛烈な勢いで近付いてくる三つの影を見た。
三名とも竜人・龍人へ変化を終えていて、空にポツンと見えた小さな黒点は見る間に大きくなっていく。
北からはゴルネブで買った真珠のネックレスを身につけたヴァジェが、南からは清楚な印象を受ける異国の衣服を纏った瑠禹と、薄紫色の道着に袖を通したリュー・キッツ母娘が、それぞれ私達の近くに降り立つ。
三者ともまずは私に、それからセリナ達へと視線を巡らせるが、クリスティーナさんに視線が流れたところで一様に驚きを露わにした。
そうか、私殺しの因子が消え、ドラッドノートを手にしたクリスティーナさんに会うのは、皆初めてだったか。
ならばクリスティーナさんの霊魂に刻まれた因子の劇的な変化に、驚くのも納得だ。
「おい、ドラン、こいつに何かしたのか?」
目を大きく見開いたまま問うてくるヴァジェの言葉を、無礼と捉えたレニーアが激昂しかけたが、ドラミナとセリナが宥めてなんとか抑えてくれている。
レニーアよ、ヴァジェは前から私に対してこういう口の利き方と態度をすると知っているはずだ。だから少しだけ我慢してくれ、良い子だから。
「ヴァジェさん、そのような乱暴な口の利き方はおやめなさいと言っているでしょう。……ですがドラン様、わたくしも珍しくヴァジェさんと同じ感想を抱きました。最後にお会いした時と比べて、クリスティーナさんがお持ちの因子があまりにも違います」
普段の瑠禹なら、まず新顔のドラミナに挨拶するだろうに、真っ先にこの質問が出てくるのだから、彼女が受けた衝撃がいかに大きかったか分かるというものだ。
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