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自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1
自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。1-2
「「殿下……」」
バーティア嬢とノーチェス侯爵が、同時に私の名前を呼ぶ。
けれども、二人の声色は正反対だ。片方はどこか恍惚とした声。もう片方は……申し訳なさそうな雰囲気を出してはいるものの、同時に舌打ちでもしそうな感じだった。
ノーチェス侯爵は、宰相としてはそれなりに実力を発揮しているみたいだけど、プライベートでは顔色一つ上手く隠せない単純な性格らしい。
いや、これは意図的に隠していないのかな?
「ノーチェス侯爵は、この後父にお会いになる予定でしたね? その間、彼女をお茶にお誘いしてもいいでしょうか?」
「駄目で……」
「はい、喜んで!!」
侯爵が反射的に断ろうとした瞬間、バーティア嬢がそれを遮った。
ノーチェス侯爵……いくら顔に笑みを貼り付けたままとはいえ、今の舌打ち、しっかり聞こえましたからね?
「ありがとうございます。ついでに明日の打ち合わせもさせてくださいね」
ノーチェス侯爵の言葉は聞こえなかったふりをして、彼らにお礼を言う。
そこに「明日の打ち合わせ」という言葉を盛り込めば、侯爵も断ることはできないだろう。
明日は私の誕生日パーティーが開かれる。
私とバーティア嬢は、まだ社交界へのお披露目はしていない。だから今まで、パーティーや祭典には父上たちのおまけとしてしか出席したことがない。けれどお披露目を済ませれば、王太子として公の場に出られるようになるので、パートナーが必要になる。
明日はその練習として、婚約者である彼女をパートナーとして同伴することになっている。
国内の諸侯が集まる公式なパーティーだけれど、私たちはまだ子供。多少の粗相なら見逃してもらえる内に、そういう場に二人で出席することに、慣れさせておこうというのだ。
つまり王族の一員として振る舞うための予行演習といったところだね。
「おつかい」からの報告では、バーティア嬢は公の場での振る舞い方を、それなりにマスターしているらしい。けれど、実際に公式な場に出るのは初めてのことだ。
私が彼女をフォローするためにも、事前の打ち合わせはしておいたほうがいいだろう。
お茶に誘いながら言外にそんな意味を匂わせれば、侯爵も下手に断ることができなくなる。
王族からの厚意なのだから、当然だ。
「では、僕らはここで失礼しますね」
「殿下もご存知の通りふつつかな、ふつつかな、ふつつかな娘ですが、よろしくお願いいたします。お見苦しい点も多々あるかと思いますが、まだ幼いのでどうか、どうか、ご容赦くださいませ」
つまり『駄目な子っていうのは知ってますよね? それでもいいと言ったのは殿下ですよね? だから多少馬鹿をやっても子供のしたことと思って目を瞑ってくださいね?』と言いたいのかな?
まぁ、面白ければいいよ。
「もちろんです。彼女は私の婚約者ですから。何かあればそれなりにフォローはさせていただきますので、ご安心を」
侯爵の言いたいこともちゃんと理解したよ、と伝えるべく、私は笑顔でしっかりと彼の目を見据え、うなずいてみせる。
しばらく不安そうにしていた侯爵だけれど、私の視線からきちんと意図を汲み取ったのだろう。何かを諦めたように、ふっと溜息をついて言った。
「優秀……いえ、天才と名高い殿下にそう言っていただければ安心ですね。……バーティア、セシル殿下はこう仰っているが、お前はお前なりに気を付けなさい」
「はい! もちろんです、お父様!」
バーティア嬢が無駄に元気のいい返事をする。侯爵はそんな彼女のことを心配そうに見つつも、深々と頭を下げて去っていった。
侯爵の背中を見送った後、バーティア嬢に声をかける。
「さて、それではお茶にしようか。準備は済んでいるので、こちらへ」
「はい。ありがとうございます、殿下!」
私はニッコリと笑って、バーティア嬢をエスコートするために手を差し出す。すると彼女は、満面の笑みでそれに自分の手を重ねた。
淑女の作法をしっかりふまえてはいるけれど、やはり元気がよすぎる。
そういえば、彼女は確か「強く、気高く、美しい悪の華」を目指してるんじゃなかったっけ?
確かに、前より痩せて美人に近付いてはいるけれど……性格や言動はどう考えても「悪の華」とは正反対の方向に向かっている気がする。彼女はそれでいいのかな?
そんなことを思いながら、バーティア嬢を来客用のティールームへ誘う。
部屋に入ると、お茶の準備を整えたゼノが、私たちに気付いてニコリと笑った。
「こちらへおかけください」
ゼノがバーティア嬢のために椅子を引く。彼女をそこに座らせ、私もその正面の席に着いた。
私たちが着席したのに合わせて、ゼノがお茶を淹れてくれる。
目の前に置かれたお茶とお菓子を、バーティア嬢はキラキラした瞳で見つめていた。私が『どうぞ』とすすめるのを、『待て』と命じられた犬のように待っている。
「コホンッ」
バーティア嬢の侍女の一人が咳払いした。
バーティア嬢はハッとして、「ダイエット……」と呟く。
その姿は、まるで耳を寝かせてしょんぼりした犬みたいだ。私は思わず苦笑を漏らす。
「こちらのケーキなら、糖分は控えめだよ? 私は甘いものが得意ではないから、特別に作ってもらっているんだ」
そう言って侍女に目配せし、私の前にあるケーキを一つ彼女のほうへ持っていかせる。甘さを抑えてあるので、比較的低カロリーのはずだ。
「糖分控えめ! ケーキ!」
バーティア嬢は目の前に置かれたケーキを見て、再び目をキラキラさせる。しょんぼり寝ていた耳がピンと立ち、尻尾がブンブンと勢いよく振られる……幻覚が見えた気がした。
バーティア嬢……嬉しいのはわかったから、幼児化するのはやめようね?
子供の内は可愛いで済むけど、国母になった時に、それはアウトだから。周りに色々と付け込まれるよ。
まぁ、私の前でだけだったら、面白いから構わないけれどね。
「どうぞ召し上がれ」と私がすすめると、彼女はとても嬉しそうに、そして幸せを噛みしめるようにケーキを頬張った。
あまりにも美味しそうに食べるものだから、今日のケーキはそんなに特別なのかと思って、私も一口食べてみた。けれど、いつもと変わらない味だった。
口の中に広がった甘さを、紅茶で喉の奥に流し込んでから、さっきからずっと気になっていたことを尋ねてみる。
「ところでバーティア嬢、今日は随分変わった襟巻をしているね?」
黒く艶やかな毛並みの狐の襟巻。
室内で襟巻をするのもどうかと思うけれど、それ以上に気になることがある。
私の目の錯覚でなければ、それは「狐の毛皮」ではなく「狐」そのものだ。
……しかも、生きたままの。
「殿下はお目が高いですね!! 素敵な毛並みでしょう?」
ケーキから視線を上げた彼女が、満足げな笑みを浮かべる。
いや、確かに見事な毛並みではあるけれどね? 注目すべきはそこではないと思うよ?
彼女の小さい肩にはどうやっても乗らないはずのそれが、まるで浮いているかのように彼女の首に巻き付いている。
その異様さに、彼女は気付いていない様子だ。
チラリと背後に視線を向けると、ゼノがいつも通りの穏やかな笑みを維持しようと頑張っていた。けれど残念なことに、口元がピクピクと引き攣っている。
「確かに見事な毛並みだね。ただ、私にはそれがさっきから、微妙に動いているように見えるのだけど?」
「あ、バレてしまいましたか? おかしいな。お父様たちにはバレなかったのに」
彼女付きの侍女たちは、私たちが話していることの意味がわからないようで、首を傾げている。
けれど、筆頭侍女らしい一人だけは、さっと視線を逸らした。
うん。きっと彼女は気付いてるね。
その上で、これまで放置していたんだろう。
筆頭侍女の視線が、恐る恐る私のほうに戻された。それには申し訳なさと共に、後はお任せしましたと丸投げするメッセージが込められている気がする。
「まぁ、面白いから今はそのままでいいかな。ただ、明日の誕生日パーティーにはしてこないようにね? 襟巻をしていることを、よく思わない人もいるだろうから。後で父上に許可をもらっておくから、今度からは『襟巻』ではなく『狐』として連れておいで」
「確かに、室内のパーティーで襟巻は変ですわよね。わかりましたわ! それに……ペットとして連れてこられるのは、正直ありがたいですわ。この子、拾ってからずっと、私のそばを離れなくって……。今日も、どうしても家に置いてくることができなくて、こうして襟巻に擬態させて連れてきましたの」
……擬態できてないけどね?
というか、拾ってきたんだ……狐を。
「どこで拾ってきたの? ノーチェス侯爵は知ってる? 何か言ってなかった?」
「この子を拾ったのは、領地の屋敷のそばにある森です。変わった形の石が置いてある場所にいましたの。毎日ランニング……散歩をする時にその石の前を通っていたのですけれど、いつもそこにちょこんと座って私のほうを見ていまして。石の形が鳥居に似ていたので、この子がお稲荷様のように見えたんですの。それで、前世の記憶をフル活用していなり寿司を作って、試しにお供えしてみたら、気に入ったらしくてついてきてしまいましたの」
『鳥居』?
『お稲荷様』?
『いなり寿司』?
バーティア嬢の話によると、前世の彼女が生きていた世界では狐の姿をした神様――『お稲荷様』がいて、それを祭る『神社』という神殿のような場所が、彼女の家のすぐそばにあったらしい。
「前世では小さい頃、お母さんに怒られそうになると、よく神社に逃げ込んでいましたの。でも、なぜかすぐに見つかってしまって……」
いや、いつも同じ場所に逃げ込んでいたら、見つかるのは当たり前だよね?
「何回もそこに隠れている内に、神主のお爺ちゃんと、その奥さんのお婆ちゃんと仲良くなったんですの。隠れている時には、お供え用に作ったいなり寿司の余りをご馳走になりましたわ! たまにお手伝いして、一緒に作ることもありましたのよ?」
それ、途中から隠れる気なくなってるよね?
『神社』とかいうところで、普通にくつろいでいただけだよね?
「そういえば、その神社は不思議な噂のあるところでしたわ。お稲荷様にいなり寿司をお供えする座敷童が現れるらしくて、それを見るといいことが起こるというジンクスがありましたの。私も何度かお手伝いでいなり寿司をお供えに行っていたんですけど、残念ながら一度も見られませんでしたわ」
昔を思い起こすように遠くを見つめ、懐かしむバーティア嬢。
でも私には、とても疑問に感じる点がある。
「ねぇ、バーティア嬢。君が前世で『いなり寿司』とやらをお供えしに行った時、周りの人に変わった様子はなかった?」
「変わった様子? 特に……あ、そういえば、知らない人が満面の笑みで近寄ってきてお菓子をくださったり、私を見てガッツポーズをしたりしてましたわ」
「そっか……」
どうやら私の婚約者は、『悪役令嬢』だけでなく、『座敷童』とかいうものも兼任しているらしい。
『座敷童』がどういう存在なのかはよくわからないけれど、多分ラッキーアイテムみたいなものなんだと思う。
見るだけでいいことが起こるんなら……バーティア嬢が彼女の狐に餌をあげているところを、今度見せてもらおうかな?
前世のジンクスとやらが本当かどうか、検証してみるのも楽しそうだ。
「じゃあ君はその頃のことが懐かしくなって、その狐に『いなり寿司』を作ってあげたら、懐かれたということだね?」
「そうですわ! 美味しそうに食べてくれましたわ」
彼女は満面の笑みでうなずいた。
「最初は悪役令嬢らしく毛皮の襟巻にでもしようかと思ったのですけど、凄く可愛くて……それに優しいんですの。帰る途中で転んでしまった私の傷を、舐めてくれたんですのよ。それでついうっかり名前を付けてしまったら、情が湧いて……。このまま巻いたほうがあったかいし、それでもいいかと思いましたの。ちなみにこの子の名前は、クロですわ!」
彼女はそう言いながら、首に巻き付いている狐の手触りを楽しむように、ふんわりとした黒い尻尾を一撫でした。そして満足そうに「ほぅ」と息を吐いている。
う~ん……なんでそこで、「それでもいいか」と思っちゃったんだろうね?
生きた動物と毛皮は、まったく別物だよね?
「それでお父様に見せて、飼いたいと言いましたの。そうしたら真っ青な顔で、拾った場所に戻してこいと怒られてしまって……。でも、私の傷を舐めてくれた話をしたり、もう名前も付けたのだと訴えたりしたら、飼うことを認めてくださいましたの。それからは、『大切にしなさい』と口煩く言われてますわ。……お父様は私がペットを無下にするとでもお思いなのかしら?」
傷……つまり血を舐めさせて、名前を付けた後じゃ仕方ないね。
きっとノーチェス侯爵は、「大切にしなさい」としか言えなかったと思うよ?
今の話を総合して考えると、この黒狐はただの狐ではない。
自分のしたことの意味をまったく理解していない婚約者殿と、反対にすべてわかった上で素知らぬ顔をしている黒狐を見比べる。
バーティア嬢はニッコリ笑いかけてくるのみ。
黒狐――クロは、私の笑顔の中に少しだけ混ざった非難の色を的確に感じ取った様子で、『何よ、文句ある?』とでも言うように、大きく尻尾を振ってみせた。
まぁ正直なところ、クロ自身に種明かしをする気がないなら、私も様子を見てもいいかなと思っている。
きっと真実を教えないほうが、バーティア嬢は面白いことをしてくれるだろう。
それならクロに便乗して、もう少し現状を楽しませてもらおうかな。
「そうか。それはよかったね。私もその子は大切にしたほうがいいと思うよ。……後々のために」
「はい! 大切にしますわ!!」
屈託なく笑った彼女に対し、私は意味深な笑みを浮かべる。
私のうしろでゼノが「殿下も大切にしてください」と呟いていたけれど、スルーしておく。
大切にする方法は人それぞれなんだよ、ゼノ。
「さて、疑問は解消できたし、明日の話をしようか」
「お任せください! 一流の悪役令嬢らしく気高く殿下のパートナー役を務めてみせますわ!!」
バーティア嬢は自信満々に胸を張った。
……なんでかな。頼もしいはずなのに、不安になったよ。
ひとまず、釘だけはしっかり刺しておこう。
「それは心強いね。……ただこれからは、その『悪役令嬢』云々に関しては、私と君だけの秘密にしておいたほうがいいと思う。もちろん、君の言う『前世』の記憶のこともね」
「なぜですの?」
少し吊り上がった大きな目がパチパチと瞬きを繰り返し、私に答えを求める。
「これから私たちが出ていく社交界というのは、何が仇になるかわからない世界だからね。立派な悪の華になりたいのであれば、そういった特殊な事情は隠しておいたほうがいい。ほら、隙だらけの悪の華なんて、いかにも下っ端っぽいだろう?」
「な、なるほど! 確かにそうですわね! 隙を見せずに相手を蹴落としていくのが一流。口で色々言って墓穴を掘るのは三流ですわよね」
バーティア嬢は首を大きく縦に振った。
「……わかりましたわ! 私はゲームのバーティアとは違って、美しく気高い悪の華になるんですもの。余計なことは言わず、意味深に微笑んでみせますわ!!」
「……ありがとう。わかってくれて嬉しいよ」
理解の仕方が微妙にズレている気がするけど……まぁ、何か起きそうなら私がフォローすればいいし、しばらくは様子を見ようかな?
「ところで、明日のスケジュールについてはノーチェス侯爵から聞いている?」
「ええ、聞いておりますわ。セシル殿下と一緒に入場して、ファーストダンスのお相手を務めさせていただけばよろしいのですわよね?」
「うん。大体はそんな感じかな。ひとまずそれだけ押さえておいてくれれば大丈夫だと思うよ。あ、でも、もし何か困ったり迷ったりしたことがあったら、必ず私に聞いてね? 自己判断はしないこと。いいね?」
「その時は殿下がフォローしてくださいますの?」
バーティア嬢が期待のこもった目で私を見つめてくる。
「ああ。私は君の婚約者だからね。できる限りのことはさせてもらうつもりだよ」
「婚約者……いい響きですわね。あぁ、でもわかっておりますわよ? 私はちゃんと自分の役目をまっとういたしますから! 見事にギャフンとされますから!」
バーティア嬢は言葉の途中でしょんぼりした後、気合いを入れるように拳を握った。
「婚約者としての役目、大変だと思うけど頑張ってね」
「ええ、頑張りますわ!!」
彼女は……やっぱり何かがズレている気がする。でも、そのズレが面白いから敢えて訂正はしない。私はニッコリと笑みを浮かべるだけにとどめた。
「十一歳の誕生日を君と一緒に迎えられることを、嬉しく思うよ」
「私も殿下の十一歳の誕生日をお祝いできて嬉し……十一歳? 殿下、十一歳になられますの?」
バーティア嬢が急に表情を硬くした。
「ん? そうだよ? 知らなかったの?」
「いえ、知っておりました。ただ……殿下が明日で十一歳……。私はつい先日の誕生日で九歳になりましたわ。ということは、次の誕生日で私は十歳に……」
バーティア嬢はブツブツ呟きながら、徐々にその顔を青くする。
それと同時に、彼女の琥珀色の瞳には涙が溜まって……
「で、殿下、お母様がぁぁぁぁ!!」
遂に彼女の目から涙の雫が零れ、ボロボロと泣き始めてしまった。
え? なんだろう? これは私が原因なのかな?
でも、彼女は『お母様が』って言っていたし。
どういうことだろう? 意味がわからない。
急に泣き出したバーティア嬢を見て、さすがの侍女たちも慌てだす。彼女たちはハンカチでバーティア嬢の顔を拭こうとして……しかし、そっとテーブルにハンカチを置いてうしろに下がった。
……『お任せします』的な視線を私に送るのはやめてくれるかな?
私は十歳の……まぁ明日で十一歳になるけれど、まだ子供だし、万能なわけじゃないんだよ?
それに、彼女は君たちの主だろう?
フォローも仕事の内なはず……わかったよ。そんな縋るような目で見ないでくれ。できる限りのことはするから。
私は無言の攻防戦に負け、渋々バーティア嬢に話しかけた。
「どうしたの? バーティア嬢。私にもわかるように教えてくれるかな? 私で力になれることなら協力するから」
「で、殿下ぁぁぁ」
私の言葉を聞いて、バーティア嬢の涙はさらに勢いを増した。彼女は嗚咽混じりに話し始める。
聞き取りにくいそれに根気強く耳を傾けた結果……さすがの私も愕然としてしまった。
バーティア嬢によると、例の『ゲーム』の設定では、彼女が十歳の誕生日を迎える直前に、母親が死んでしまうらしい。
しかも恐ろしいことにその原因は、母親が亡くなる三ヶ月前から王都で流行り出した伝染病。
それは新種の……いや、正確にはある伝染病の一種が進化したものらしく、治療薬が見つかるまでに一ヶ月かかったそうだ。
しかしその治療薬に必要な薬草の一つが、手に入りにくいものだったという。育てるのが難しい上に、あまり使われないものだったため、栽培されている量が少なかったらしい。
しかも、その薬草が採れるのは春。伝染病が流行ったのは夏なので、この国には生えているものがなく、他国から取り寄せるにしても時間がかかってしまう。結果、病に罹った人のほとんどが命を落とすことになったという。
「お母様が病に罹った際、お父様は必死で薬草――ルオナ草を探しました。でも手に入れることができず……。無理を承知で、王家が備蓄している分を分けてほしいと陛下に頼むのですが、譲ってはもらえないんですわ。そしてお母様はそのまま死んでしまうんですの。陛下のお気持ちはわかります。他の臣下やその家族たちも多く病に罹っている中、一人だけを優遇することはできませんもの。それに、セシル殿下の弟君もその病に罹っておりましたから、もしものことを考えると譲るわけにはいかなかったのですわ」
涙は止まっていないけど、少しは落ち着いてきたらしい彼女が、辛そうにうつむく。
「お母様の死を機に、お父様は人が変わったようになってしまいますの。頭では仕方のないことだと理解していても、納得しきれない部分があったんだと思います。その心の闇につけ込む人たちもいて……徐々に悪の道へ進んでしまうのですわ」
そんな彼女の話を聞いて思った。
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