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自称悪役令嬢な妻の観察記録。5
自称悪役令嬢な妻の観察記録。5-3
女性がすると可愛い表情かもしれないけれど、成人男性がしても微妙でしかないから止めた方が良いと思うよ?
「それでも、ティアがここにいる時に無駄に話し込んでいくのは君らしくないよ。君は何だかんだ言って気が利くからね。私がティアとの時間を大切にしているのを知ってるから、邪魔はなるべくしないだろう?」
私の言葉に、チャールズが少し気まずそうに頭を掻きながら「そうですね」と呟く。
「あとはそうだな、話題の選択の仕方とか表情の動きとかそういうのを見れば、何か私に個人的に話したい事があるんだという事はわかるよ。……付き合いも長いしね」
「あ~も~、わかりました! 私の負けです!! そうです。そうですよ! ちょっと殿下に相談しておきたい事というか話しておきたい事があったんですよ!!」
何でわかったかについて説明をしてあげていたら、チャールズがもう勘弁してくれとでもいうかのように負けを認めた。
「クールガンは同席しても良いんだろう?」
敢えてゼノについては確認しない。
私の従者である彼は、普段からいないように扱われるべき存在だからね。
王族の従者という者はそういうものだ。
常に影のようにそこに存在し、そこで知り得た情報は一切口外せず、ただひたすらに主に尽くす。
それだけ信頼の置ける存在でなければ、常に傍に置けるはずもない。
……まぁ、表面を取り繕っていない普段のゼノの私に対する態度からすると、やや違う部分がある気もするけれど……彼は彼なりにプロ意識があるから、情報漏洩なんてしないのは確かだ。
「あぁ、クールガン……というか、殿下の側近メンバーには聞いておいてもらった方が良い気がする。……あ、やっぱりバルドには言わないで下さい! アイツは多分誤魔化したりそういうの苦手だと思うから」
チャールズが苦笑いを浮かべる。
「……それはそうだね。吹聴するような事はないだろうけれど、問い質された時とかに挙動不審にはなるだろうね。……他の者達は呼ぶかい? 今だったら多分王宮内にはいるよ?」
私の側近の中でも騎士をしているバルドは、悪い奴ではないがとにかく嘘とかごまかしが苦手だ。
ついでに言うと、空気を読む事もね。
常に真っすぐで熱く、武力を磨く事を生きがいにしているような人間である為、裏切等とは縁遠い。護衛としてはとても頼りになる存在ではあるが……頭脳労働や裏工作には不向きと言って良いだろう。
「いや、他の連中には後で俺の方からこっそりと話しておくから大丈夫。それより、内容が内容なんで、女性陣にはなるべく知られたくありません。妃殿下が戻られる前に話をつけておきたいです」
……そんなに長く掛かる話なのかな?
そうなると、私の昼食の時間がなくなるんだけれど。
まぁ、忙しい時は食べなかったり、ゼノに軽食を用意させたりする事もあるから別に良いけどね。
「ふ~ん、なら話してくれる?」
私がそう告げると、無言でクールガンが立ち上がり、執務室のドアの鍵を閉める。
おそらく、万が一何かの事情があって、バーティア達が戻ってきた時に、話を聞かれない為の予防策だろう。
彼もまた気が利く人間だからね。
「……兄上が遂にやらかしました」
「兄上という事は、ラオネル公爵家の嫡男……だね。まぁ、元々問題が多い人間だったし……君もその時を待っていたんだろう?」
沈痛な面持ちで告げた言葉。
それに対して、ニッコリと微笑みながら言葉を返すと、チャールズは表情を一変させてニヤリッと片方の口元を吊り上げた。
「まぁ、そういう事です。あの人に実家を任せておいたら、いつか大変な事になる気がしてますし、何より私は私の愛するアンネ嬢をより幸せな女性にしてあげたいですからね」
チャールズの恋人……彼が私の側近になった時点で彼女の両親と交渉して現在は彼の婚約者となっている、アンネ・コガーレス嬢は元々は彼の兄であるラオネル公爵家の嫡男にして跡取りでもある、ダルメオ・ラオネルの婚約者候補だった女性だ。
幼少期にダルメオと引き合わされた彼女だったが、ダルメオは有名な遊び人であり、彼女がラオネル家に会いに行った日も他の女性とのデートを優先してすっぽかす程の最低男。
しかし、公爵家との婚姻という事もあり、彼女の父であるコガーレス侯爵もその現状を良しとしないまでもキッパリと断る事もせず、アンネ嬢が「政略結婚だから」と割り切って受け入れる時を待っていた。
そんな中、彼女に思いを寄せていたのがダルメオの弟であるチャールズだ。
彼は彼女の事を愛しつつも、自分が跡取りになれない事で、彼女にダルメオとの結婚で得られる程の地位を与えてあげる事が出来ないと悩み、苦しみ、諦め、見守る道を選んだのだが……バーティアがそれを良しとしなかった。
どうやら彼女は、『乙女ゲーム』の攻略対象である彼がアンネ嬢に思いを寄せつつ引き下がり、その結果、婚約となったダルメオによって不幸になるアンネ嬢を見守るチャールズが後悔する事を知っていたらしく、引き下がろうとする彼にアンネ嬢がいる前で説教をした。
そうなると、当然チャールズの秘めた思いはアンネ嬢にもバレる事となり……結果、二人は結ばれる事となった。
まぁ、当時バーティアが言っていたように、遊び人の夫に苦労させられる公爵夫人よりも愛に包まれた生活を送る伯爵夫人の方が幸せっていうのは間違いないだろうし、今となってはチャールズには王太子の側近という身分もある。
アンネ嬢自身も地位よりも愛を取ったからこそ、今彼女はチャールズの隣にいるんだけれど……まぁ、でもどうせ折角手に入るなら愛だけではなく地位もおまけに付いた方が良いと思うけどね。
ましてや、元々その地位を得るはずだった兄がろくでなしなら尚の事だ。
だから、自分は公爵家の跡取りにはなれないと諦めていたチャールズも、兄の愚行を見て虎視眈々とチャンスを狙うようになった。
おそらく、争い事を嫌う彼は、自分一人の事だったら波風を立てないように耐え忍んだだろうけれど、今の彼には愛する婚約者がいるからね。
より良い生活を目指したいだろうし、何よりも兄の愚行に巻き込まれて愛する女性を不幸にするような事はしたくないのだろう。
その為に、戦う道を選んだ彼は以前のうじうじ悩んでいた頃に比べて、一皮も二皮も剥けたと言っても過言ではない。
「ふ~ん、良いんじゃないかな? 私としても自分の側近がしっかりと足元を固めてくれるのは良い事だと思うしね。それに何よりも、公爵家という大きな影響力を持つ家の跡取りが問題の多い人間……というのは王家としても看過出来ないしね」
もし、問題のない人間……それも兄を嵌めて蹴落とすという話ならば私も流石に止めるかもしれないけれど、今回はそういうわけではないからね。
あくまで、問題だらけの人間が自業自得で落ちていくよう背を押して、力のある人間が相応の身分に就けるようにするだけだ。
「有難うございます。殿下にそう言っていただけると非常に、非常に! 心強いです」
ニッと明るい笑顔を浮かべているチャールズだけれど、その瞳には小さく安堵の色が広がっている。
まぁ、相手に問題があるとはいえ、身内を蹴落とす行為だからね。
今までの私の言動から応援してくれるだろうと予想はしていても、実際に肯定されるまでは非道だと責められるのではないかという心配も心の片隅にはあったのだろう。
「で、君の兄……ダルメオは一体、何をやらかしたんだい? 今までも結構頻繁に問題を起こしていたけれど、それでも跡継ぎ交代に漕ぎ着ける事はなかった。だから、今回はよっぽどなんだろう?」
しかも、女性陣には聞かせたくない話。
明らかに女性関係の問題だろうし、相当ろくでもない事をしたに違いない。
「えぇ、おそらく今回は父上も流石に兄を庇えないと思いますよ。……というか、庇えば王宮での派閥が崩壊しかねないと言いますか」
「なるほど。それで?」
話の先を促すように首を傾げて見せると、チャールズが少し気まずそうな表情になる。
「ある意味一族の恥としか言えないのですが……兄上は元々女性関係が派手な人だったんですが、実は何人か隠し子がいる事が調査の結果わかりまして……」
女性を大切にし、一人を一途に思い続けるチャールズ的には隠し子の存在は不快でしかないのであろう。
眉間に皺を寄せ、不快そうに話す。
それは、私にしてもクールガンにしても同じ気持ちであり、思わず私達の眉間にも皺が寄る。
……しかも、一人ではなく複数人とは。
身分違いの恋でやむを得ず隠していた……という類いの話ではないはずだ。
「隠し子自体は、以前からこっそりと調査してわかっていたんだけど……兄上も性質の悪い事にかけては優秀ではあるので、そこは嫌な意味で上手くやっていたみたいです。相手の女性には妊娠がわかっても知らぬ存ぜぬで押し通すか金を掴ませていたようで。遊ぶ相手も立場の弱い女性達ばかりを選んでいた上に、本人達には『いずれ迎えに来る』みたいな感じで甘い言葉を囁いて隠し切っていたんですよ」
全くもって気分の悪い話だね。
下手に地位も金もある分、押し通せていたらしいのが余計に最悪だ。
「ラオネル公爵は知っているのかい?」
チャールズとダルメオの父であるラオネル公爵はこの事に対してはどう考えているのだろうか?
「さぁ、どうでしょう? 兄上の女遊びの激しさを見ればそういう事もあるかもしれないと予想はしてそうですが……。父は自分が公爵位を継ぐ際に兄弟と揉めて色々あったので、長男の相続を絶対と考えているんですよ。だから、隠し子の存在を知っても、公にさえなっていなければ、ある程度の事は大目に見るかと思います。むしろ多少のトラブルなら裏で手を回して隠す可能性もあるかと」
「なるほどね。ラオネル公爵は倫理観はあっても、『トラブルにならない事』に物事の優先順位を置き過ぎているようだね」
チャールズの父のラオネル公爵とは何度も会った事がある。
女性に対してとても紳士的に振る舞う、物腰の柔らかな美丈夫という感じの人で、チャールズによく似て奥方に対して一途な人間だ。
だから、女性関係が派手なダルメオに対しても何度も厳しく注意はしているらしいが、本人が聞く耳を持たない為、頭を悩ませているという。
そこまでいけば、跡継ぎの交代も視野に入れそうなものなのだが、そこは彼自身の生い立ちが災いして今一つはっきりとした態度を取れていないのだろう。
「父上の時の相続争いは熾烈で、父上自身はその地位に興味がなかったにもかかわらず、刺客を送られたり、兄弟から刃を向けられたり、食事に毒を盛られたり……とかなり辛い思いをしていたようですからね。それもこれも、きちんと跡継ぎを定めず、曖昧な態度をしていた祖父が悪いと思っているらしくて……」
その頃のラオネル公爵家の話はとても有名だ。
大きな家門だというのもあり、兄弟それぞれに派閥が出来てしまったらしく、かなりギスギスとした雰囲気になった上に、血生臭い話もいくつかあった。
ちなみに、チャールズの父であるラオネル公爵は三男だ。上の兄二人は熾烈な相続争いをし、それなりに汚い事をしたせいで、最終的に両方とも廃嫡されたという。その結果、繰り上がりで公爵位を継ぐはめになったのが今のラオネル公爵である。
その後も逆恨みされて色々あったようだけれど、当人はそれなりに優秀な上に、自身は公爵となったのに対して、逆恨みしている兄達は地位を落としていた為、特に危険はなく処理出来たようだ。
もちろん兄弟仲は今でも回復していない状態だけどね。
「確か、ラオネル公爵はそうそうにダルメオを自分の跡継ぎに指名していたね」
おそらく、自分の父のような過ちを犯さない為に。
「そうなんですよ。自分のような思いをさせないようにと、父上はそうそうに兄を跡継ぎと公表して、俺にも兄上を支える立場であれと教え込んでくれたんですけどね……肝心の兄上があんな感じなんで……」
チャールズが大きな溜息を溢して肩を竦める。
跡継ぎが誰かを明示し、争いが起きないようにきちんと自分の役割を教え込む……という教育は別に悪い事ではないだろう。
ただね……
「兄弟同士で争わないようにというラオネル公爵の親心なのかもしれないけれど……少々行き過ぎているね」
その教育が上手くいくのは、あくまでも跡取りとなる者がある程度の常識や能力を身に付けている事が前提だろう。
ダルメオのような人物にはあてはまらない。
「そうなんですよね~。父上の生い立ちを考えると揉めて欲しくないという気持ちはわかるんですけど、それを早いうちから徹底し過ぎてしまったせいで、兄上は『好き勝手しても自分の地位は揺らがない』と認識してしまって。あとはご存じのような有様です」
なるほどね。自分が次期公爵なのだから人一倍頑張らないと……といういい方向には考えが向かずに、『何をやっても最終的には許される』という悪い方向に捉えて暴走してしまっているというわけか。
それだと、その思い込みが確固たるものになっていればなっている程、いくら父親である公爵が注意をしても、周りが忠言しても、聞き入れはしないだろうね。
「親の心子知らず……という感じだね」
チャールズも争いは好まないし、アンネ嬢を公爵夫人にしてあげたいという思いはあっても、兄がそれなりの人物だったら、その地位を脅かすような事は考えないだろうに。
「まぁ、父上もこの件については兄上を過度に甘やかし過ぎている節はあるので、どっちもどっちな所はあるんですけどね」
「チャールズも苦労しているね」
「わかったら、もっと仕事を減らして休みを下さい」
「それとこれとは別だよ。あくまでプライベートとオフィシャルは切り離さないといけないからね」
私の労いの言葉に、本当はそれで私が仕事を減らす事なんてないと十分わかっているだろうに、軽口を飛ばしてくるチャールズ。
こんな風に気軽に彼と冗談交じりの話を出来るようになったのも、バーティアと出会ってからの事だ。
「で、それだけ長男の相続にこだわっているラオネル公爵を説得出来るネタというのはどういうものなんだい?」
その家の当主の考え方にもよるだろうけど、既に廃嫡されていてもおかしくない程問題を繰り返しているダルメオ。
それでも、兄弟間の争いを嫌って考えを変えないラオネル公爵。
そんなラオネル公爵の考えを変える程の出来事となればそれなりに大きなものなんだろう。
「それが……さっきも言った通り、兄上に隠し子がいるというだけだと胸糞悪い話ではありますが、正直弱いと思うんですよね。ただ、今回は相手が悪い」
「相手? その辺はダルメオも上手くやっていたんだろう?」
チャールズの話によると、かなりゆるゆるな感じではあるがダルメオも踏み越えては不味いラインを引いていたようだ。
だからこそ、小さなトラブルがあったり、評判は悪かったりしても大きな問題にはならずにここまで来たはずだ。
「そうなんですけどね……どうやら今回は本人も気付かずにしくじったらしいんですよ」
「……なるほど。で?」
「最近、兄が出入りするようになった夜の遊び場があるんですが、そこで出会った女性と関係を持ち……相手を妊娠させたんです。その相手が、うちの敵対派閥のご令嬢だったんですよ」
「うん、バカだね」
それ以外、コメントのしようがない。
きっと、その出入りしていたという遊び場自体が、あまり品のよろしくなく、ダルメオの地位からしたらもみ消せる相手しかいない場所だったのだろう。
だからこそ油断していたに違いない。
でも、これだけ遊び人だとバレている彼の事だ。もしそういう場に出入りしていると知られれば……あわよくば関係を結んで妻の座につこうとか、強請すろうとする輩が現れるのは十分考えられる。
それを計算に入れずに遊んで、案の定手を出したら不味い相手に手を出してしまい、あまつさえ子供まで作ってしまったとなれば……最早バカとしか言いようがない。
「正直、俺もバカだとしか思えませんよ。しかも、それを父上や相手の派閥のトップに知られない為に、おそらく家の金にも手を出してると思うんですよね~。兄上がやったという証拠まではまだ掴めてませんけど、帳簿を改ざんした形跡は既に見付かってますし、それが出来る可能性がある人物は限られますから」
「もう、そのままラオネル公爵に報告したらどうだい? 流石にこれはもう公爵も救いようがないと思うよ」
自分でバカをやって、その後始末の為のお金を実家から持ち出す。
この時点で既にアウトとしか言いようがない。
ダルメオは人間として紳士としては最悪だが、能力は並か上の下位はあるかと思っていたんだけれど、この評価は下方修正した方が良さそうだね。
「俺もそう思いはしたんだけど……父上の『長男に爵位を相続させる』というこだわりはなかなかのものだから、出来ればここで後もう一押し……念には念を入れてきちんとした証拠を揃えてから話を持って行きたいところなんですよね」
チャールズが顎に手をあて、悩むような表情を浮かべる。
「まぁ、中途半端な状態になれば、それこそラオネル公爵が心配しているように、家族内での血みどろの相続争いに発展……なんて事にもなりかねないし、慎重に進めるならそれはそれで良いんじゃないかい? そもそも、その状況なら証拠もすぐに揃うだろう?」
「それが、金の持ち出しについては何とかなりそうなんですけど、隠し子や敵対派閥の令嬢の妊娠についてはまだちょっと微妙な所という感じなんですよね。兄上は口が上手いので相手の女性達も兄上を思う気持ちを持っていて……証言を取るにしても、ガードが固くて。多分、俺が調査している事が兄上に知られれば今以上にガードが固くなるか……最悪証拠隠滅なんて事もあり得るかと」
「証拠隠滅……。自分の子を産んでくれた女性と我が子を?」
相手の女性が証言したところで、「嘘を吐いている」と言い張れるかもしれないけれど、疑いの目が向くのは確かだろう。
そうなる前に証拠隠滅をはかるとなれば……良くて、相手の女性や子供を地方に送り、姿を晦ませる。最悪の場合は……考えただけで憂鬱になる結果だね。
本当に最悪だ。
「自分の兄ですから、そこまではしないと思いたいですけれど……我が身可愛さにないとは言えない選択だなと。そうさせない為にも、相手の女性や子供を保護しつつ、きちんと兄上に責任を取らせる形に持っていきたいんですよ」
「まぁ、確かに妥当な判断というところかな」
被害者である相手が加害者を信じ切っているというのが厄介だな。
これが俗に言う「恋は盲目」というやつなのだろうか?
相手の女性も、ダルメオのせいで苦労しているのだから、現実を見て怒れば良いものを。
申し訳ないが私にはその考え方は理解が出来ない。
「下準備は入念にこっそりと。動く時は一気に徹底的に……が理想的という事だね」
「そういう事です。下手に家の人間を動かすと、同じ家の人間である兄上に気付かれる可能性が高まるのが余計に厄介なんですけどね」
チャールズが深く溜息を吐く。
身近な人間であれば、色々と探れる機会は増えるだろうが、一方でこちらの動きもバレる可能性が高くなる。
自分の手先として使える人間も重なる可能性が高いだろうし、そうなった時にその人物が本心ではどちらの味方なのかを見抜いて動かないといけない。
読みを間違えれば、敵にみすみす情報を渡す事になってしまう。
……まぁ、チャールズならそんなへまはしないだろうし、大丈夫だとは思うけれどね。
何と言っても、私の側近として動く事が出来る位には優秀だから。
「それで私には何をして欲しいの?」
単純にこれから起こる事を知っておいて欲しいというだけの事であれば、話はこれで終わりだ。
チャールズは私に頼らなければ何も出来ない人間ではないから、そういう可能性もあるだろう。
でも、念の為に今後の方向性については確認しておいた方が良いに違いない。
「今はこれといって何かして欲しいというわけではありませんが……強いて言うなら、女性陣にはこの事を黙っていて欲しいという感じですかね。あ、あと、人手が必要になりそうだったら、その時は誰か……クールガンあたりを貸してもらえると助かります」
「まぁ、今回の件については内容が内容だから、女性陣には……特にティアには聞かせない方が良いだろうね」
ダルメオの素行については、バーティアを含め彼女の友人達も知っているだろうけど、隠し子の存在や、もしかしたらそれを隠蔽する為に母子ともに始末する可能性もある……なんていう物騒な話を耳に入れるのは躊躇われる。
特に実際子供をその身に宿しているバーティアにとっては、ショックな内容だと言えよう。
彼女は心優しく感受性も豊かな人だから、人の痛みを自分の事に感じて悲しむのが目に見えている。
心身ともに大事にしたい今の時期だからこそ、余計に耳に入れずに済むならそうしておきたい。
ついでに言うと、話が彼女の耳に入った途端に、事前準備も何もしないまま突撃してしまう可能性があるのも心配だ。
彼女なら力技で何とかしてしまいそうな気もしなくもないが……今回は、『何とかなる=ダルメオに制裁が下る』というのは確実だから、逆上した彼がバーティアに危害を加える可能性が出てくる事は十分に考えられる。
妻の暴走を温かく見守るのが趣味の私ではあるが、流石にそんな危険な状態に陥るのを看過する事は出来ない。
「クールガンについては……自分で交渉したら良いよ」
ずっと無言で私達の話を聞いていたクールガンを視線で指し示す。
彼は無言で掛けていた眼鏡をカチャッと押し上げた。
その場ですぐに断らないあたり、必要であれば力を貸す気でいるのだろう。
「それでも、ティアがここにいる時に無駄に話し込んでいくのは君らしくないよ。君は何だかんだ言って気が利くからね。私がティアとの時間を大切にしているのを知ってるから、邪魔はなるべくしないだろう?」
私の言葉に、チャールズが少し気まずそうに頭を掻きながら「そうですね」と呟く。
「あとはそうだな、話題の選択の仕方とか表情の動きとかそういうのを見れば、何か私に個人的に話したい事があるんだという事はわかるよ。……付き合いも長いしね」
「あ~も~、わかりました! 私の負けです!! そうです。そうですよ! ちょっと殿下に相談しておきたい事というか話しておきたい事があったんですよ!!」
何でわかったかについて説明をしてあげていたら、チャールズがもう勘弁してくれとでもいうかのように負けを認めた。
「クールガンは同席しても良いんだろう?」
敢えてゼノについては確認しない。
私の従者である彼は、普段からいないように扱われるべき存在だからね。
王族の従者という者はそういうものだ。
常に影のようにそこに存在し、そこで知り得た情報は一切口外せず、ただひたすらに主に尽くす。
それだけ信頼の置ける存在でなければ、常に傍に置けるはずもない。
……まぁ、表面を取り繕っていない普段のゼノの私に対する態度からすると、やや違う部分がある気もするけれど……彼は彼なりにプロ意識があるから、情報漏洩なんてしないのは確かだ。
「あぁ、クールガン……というか、殿下の側近メンバーには聞いておいてもらった方が良い気がする。……あ、やっぱりバルドには言わないで下さい! アイツは多分誤魔化したりそういうの苦手だと思うから」
チャールズが苦笑いを浮かべる。
「……それはそうだね。吹聴するような事はないだろうけれど、問い質された時とかに挙動不審にはなるだろうね。……他の者達は呼ぶかい? 今だったら多分王宮内にはいるよ?」
私の側近の中でも騎士をしているバルドは、悪い奴ではないがとにかく嘘とかごまかしが苦手だ。
ついでに言うと、空気を読む事もね。
常に真っすぐで熱く、武力を磨く事を生きがいにしているような人間である為、裏切等とは縁遠い。護衛としてはとても頼りになる存在ではあるが……頭脳労働や裏工作には不向きと言って良いだろう。
「いや、他の連中には後で俺の方からこっそりと話しておくから大丈夫。それより、内容が内容なんで、女性陣にはなるべく知られたくありません。妃殿下が戻られる前に話をつけておきたいです」
……そんなに長く掛かる話なのかな?
そうなると、私の昼食の時間がなくなるんだけれど。
まぁ、忙しい時は食べなかったり、ゼノに軽食を用意させたりする事もあるから別に良いけどね。
「ふ~ん、なら話してくれる?」
私がそう告げると、無言でクールガンが立ち上がり、執務室のドアの鍵を閉める。
おそらく、万が一何かの事情があって、バーティア達が戻ってきた時に、話を聞かれない為の予防策だろう。
彼もまた気が利く人間だからね。
「……兄上が遂にやらかしました」
「兄上という事は、ラオネル公爵家の嫡男……だね。まぁ、元々問題が多い人間だったし……君もその時を待っていたんだろう?」
沈痛な面持ちで告げた言葉。
それに対して、ニッコリと微笑みながら言葉を返すと、チャールズは表情を一変させてニヤリッと片方の口元を吊り上げた。
「まぁ、そういう事です。あの人に実家を任せておいたら、いつか大変な事になる気がしてますし、何より私は私の愛するアンネ嬢をより幸せな女性にしてあげたいですからね」
チャールズの恋人……彼が私の側近になった時点で彼女の両親と交渉して現在は彼の婚約者となっている、アンネ・コガーレス嬢は元々は彼の兄であるラオネル公爵家の嫡男にして跡取りでもある、ダルメオ・ラオネルの婚約者候補だった女性だ。
幼少期にダルメオと引き合わされた彼女だったが、ダルメオは有名な遊び人であり、彼女がラオネル家に会いに行った日も他の女性とのデートを優先してすっぽかす程の最低男。
しかし、公爵家との婚姻という事もあり、彼女の父であるコガーレス侯爵もその現状を良しとしないまでもキッパリと断る事もせず、アンネ嬢が「政略結婚だから」と割り切って受け入れる時を待っていた。
そんな中、彼女に思いを寄せていたのがダルメオの弟であるチャールズだ。
彼は彼女の事を愛しつつも、自分が跡取りになれない事で、彼女にダルメオとの結婚で得られる程の地位を与えてあげる事が出来ないと悩み、苦しみ、諦め、見守る道を選んだのだが……バーティアがそれを良しとしなかった。
どうやら彼女は、『乙女ゲーム』の攻略対象である彼がアンネ嬢に思いを寄せつつ引き下がり、その結果、婚約となったダルメオによって不幸になるアンネ嬢を見守るチャールズが後悔する事を知っていたらしく、引き下がろうとする彼にアンネ嬢がいる前で説教をした。
そうなると、当然チャールズの秘めた思いはアンネ嬢にもバレる事となり……結果、二人は結ばれる事となった。
まぁ、当時バーティアが言っていたように、遊び人の夫に苦労させられる公爵夫人よりも愛に包まれた生活を送る伯爵夫人の方が幸せっていうのは間違いないだろうし、今となってはチャールズには王太子の側近という身分もある。
アンネ嬢自身も地位よりも愛を取ったからこそ、今彼女はチャールズの隣にいるんだけれど……まぁ、でもどうせ折角手に入るなら愛だけではなく地位もおまけに付いた方が良いと思うけどね。
ましてや、元々その地位を得るはずだった兄がろくでなしなら尚の事だ。
だから、自分は公爵家の跡取りにはなれないと諦めていたチャールズも、兄の愚行を見て虎視眈々とチャンスを狙うようになった。
おそらく、争い事を嫌う彼は、自分一人の事だったら波風を立てないように耐え忍んだだろうけれど、今の彼には愛する婚約者がいるからね。
より良い生活を目指したいだろうし、何よりも兄の愚行に巻き込まれて愛する女性を不幸にするような事はしたくないのだろう。
その為に、戦う道を選んだ彼は以前のうじうじ悩んでいた頃に比べて、一皮も二皮も剥けたと言っても過言ではない。
「ふ~ん、良いんじゃないかな? 私としても自分の側近がしっかりと足元を固めてくれるのは良い事だと思うしね。それに何よりも、公爵家という大きな影響力を持つ家の跡取りが問題の多い人間……というのは王家としても看過出来ないしね」
もし、問題のない人間……それも兄を嵌めて蹴落とすという話ならば私も流石に止めるかもしれないけれど、今回はそういうわけではないからね。
あくまで、問題だらけの人間が自業自得で落ちていくよう背を押して、力のある人間が相応の身分に就けるようにするだけだ。
「有難うございます。殿下にそう言っていただけると非常に、非常に! 心強いです」
ニッと明るい笑顔を浮かべているチャールズだけれど、その瞳には小さく安堵の色が広がっている。
まぁ、相手に問題があるとはいえ、身内を蹴落とす行為だからね。
今までの私の言動から応援してくれるだろうと予想はしていても、実際に肯定されるまでは非道だと責められるのではないかという心配も心の片隅にはあったのだろう。
「で、君の兄……ダルメオは一体、何をやらかしたんだい? 今までも結構頻繁に問題を起こしていたけれど、それでも跡継ぎ交代に漕ぎ着ける事はなかった。だから、今回はよっぽどなんだろう?」
しかも、女性陣には聞かせたくない話。
明らかに女性関係の問題だろうし、相当ろくでもない事をしたに違いない。
「えぇ、おそらく今回は父上も流石に兄を庇えないと思いますよ。……というか、庇えば王宮での派閥が崩壊しかねないと言いますか」
「なるほど。それで?」
話の先を促すように首を傾げて見せると、チャールズが少し気まずそうな表情になる。
「ある意味一族の恥としか言えないのですが……兄上は元々女性関係が派手な人だったんですが、実は何人か隠し子がいる事が調査の結果わかりまして……」
女性を大切にし、一人を一途に思い続けるチャールズ的には隠し子の存在は不快でしかないのであろう。
眉間に皺を寄せ、不快そうに話す。
それは、私にしてもクールガンにしても同じ気持ちであり、思わず私達の眉間にも皺が寄る。
……しかも、一人ではなく複数人とは。
身分違いの恋でやむを得ず隠していた……という類いの話ではないはずだ。
「隠し子自体は、以前からこっそりと調査してわかっていたんだけど……兄上も性質の悪い事にかけては優秀ではあるので、そこは嫌な意味で上手くやっていたみたいです。相手の女性には妊娠がわかっても知らぬ存ぜぬで押し通すか金を掴ませていたようで。遊ぶ相手も立場の弱い女性達ばかりを選んでいた上に、本人達には『いずれ迎えに来る』みたいな感じで甘い言葉を囁いて隠し切っていたんですよ」
全くもって気分の悪い話だね。
下手に地位も金もある分、押し通せていたらしいのが余計に最悪だ。
「ラオネル公爵は知っているのかい?」
チャールズとダルメオの父であるラオネル公爵はこの事に対してはどう考えているのだろうか?
「さぁ、どうでしょう? 兄上の女遊びの激しさを見ればそういう事もあるかもしれないと予想はしてそうですが……。父は自分が公爵位を継ぐ際に兄弟と揉めて色々あったので、長男の相続を絶対と考えているんですよ。だから、隠し子の存在を知っても、公にさえなっていなければ、ある程度の事は大目に見るかと思います。むしろ多少のトラブルなら裏で手を回して隠す可能性もあるかと」
「なるほどね。ラオネル公爵は倫理観はあっても、『トラブルにならない事』に物事の優先順位を置き過ぎているようだね」
チャールズの父のラオネル公爵とは何度も会った事がある。
女性に対してとても紳士的に振る舞う、物腰の柔らかな美丈夫という感じの人で、チャールズによく似て奥方に対して一途な人間だ。
だから、女性関係が派手なダルメオに対しても何度も厳しく注意はしているらしいが、本人が聞く耳を持たない為、頭を悩ませているという。
そこまでいけば、跡継ぎの交代も視野に入れそうなものなのだが、そこは彼自身の生い立ちが災いして今一つはっきりとした態度を取れていないのだろう。
「父上の時の相続争いは熾烈で、父上自身はその地位に興味がなかったにもかかわらず、刺客を送られたり、兄弟から刃を向けられたり、食事に毒を盛られたり……とかなり辛い思いをしていたようですからね。それもこれも、きちんと跡継ぎを定めず、曖昧な態度をしていた祖父が悪いと思っているらしくて……」
その頃のラオネル公爵家の話はとても有名だ。
大きな家門だというのもあり、兄弟それぞれに派閥が出来てしまったらしく、かなりギスギスとした雰囲気になった上に、血生臭い話もいくつかあった。
ちなみに、チャールズの父であるラオネル公爵は三男だ。上の兄二人は熾烈な相続争いをし、それなりに汚い事をしたせいで、最終的に両方とも廃嫡されたという。その結果、繰り上がりで公爵位を継ぐはめになったのが今のラオネル公爵である。
その後も逆恨みされて色々あったようだけれど、当人はそれなりに優秀な上に、自身は公爵となったのに対して、逆恨みしている兄達は地位を落としていた為、特に危険はなく処理出来たようだ。
もちろん兄弟仲は今でも回復していない状態だけどね。
「確か、ラオネル公爵はそうそうにダルメオを自分の跡継ぎに指名していたね」
おそらく、自分の父のような過ちを犯さない為に。
「そうなんですよ。自分のような思いをさせないようにと、父上はそうそうに兄を跡継ぎと公表して、俺にも兄上を支える立場であれと教え込んでくれたんですけどね……肝心の兄上があんな感じなんで……」
チャールズが大きな溜息を溢して肩を竦める。
跡継ぎが誰かを明示し、争いが起きないようにきちんと自分の役割を教え込む……という教育は別に悪い事ではないだろう。
ただね……
「兄弟同士で争わないようにというラオネル公爵の親心なのかもしれないけれど……少々行き過ぎているね」
その教育が上手くいくのは、あくまでも跡取りとなる者がある程度の常識や能力を身に付けている事が前提だろう。
ダルメオのような人物にはあてはまらない。
「そうなんですよね~。父上の生い立ちを考えると揉めて欲しくないという気持ちはわかるんですけど、それを早いうちから徹底し過ぎてしまったせいで、兄上は『好き勝手しても自分の地位は揺らがない』と認識してしまって。あとはご存じのような有様です」
なるほどね。自分が次期公爵なのだから人一倍頑張らないと……といういい方向には考えが向かずに、『何をやっても最終的には許される』という悪い方向に捉えて暴走してしまっているというわけか。
それだと、その思い込みが確固たるものになっていればなっている程、いくら父親である公爵が注意をしても、周りが忠言しても、聞き入れはしないだろうね。
「親の心子知らず……という感じだね」
チャールズも争いは好まないし、アンネ嬢を公爵夫人にしてあげたいという思いはあっても、兄がそれなりの人物だったら、その地位を脅かすような事は考えないだろうに。
「まぁ、父上もこの件については兄上を過度に甘やかし過ぎている節はあるので、どっちもどっちな所はあるんですけどね」
「チャールズも苦労しているね」
「わかったら、もっと仕事を減らして休みを下さい」
「それとこれとは別だよ。あくまでプライベートとオフィシャルは切り離さないといけないからね」
私の労いの言葉に、本当はそれで私が仕事を減らす事なんてないと十分わかっているだろうに、軽口を飛ばしてくるチャールズ。
こんな風に気軽に彼と冗談交じりの話を出来るようになったのも、バーティアと出会ってからの事だ。
「で、それだけ長男の相続にこだわっているラオネル公爵を説得出来るネタというのはどういうものなんだい?」
その家の当主の考え方にもよるだろうけど、既に廃嫡されていてもおかしくない程問題を繰り返しているダルメオ。
それでも、兄弟間の争いを嫌って考えを変えないラオネル公爵。
そんなラオネル公爵の考えを変える程の出来事となればそれなりに大きなものなんだろう。
「それが……さっきも言った通り、兄上に隠し子がいるというだけだと胸糞悪い話ではありますが、正直弱いと思うんですよね。ただ、今回は相手が悪い」
「相手? その辺はダルメオも上手くやっていたんだろう?」
チャールズの話によると、かなりゆるゆるな感じではあるがダルメオも踏み越えては不味いラインを引いていたようだ。
だからこそ、小さなトラブルがあったり、評判は悪かったりしても大きな問題にはならずにここまで来たはずだ。
「そうなんですけどね……どうやら今回は本人も気付かずにしくじったらしいんですよ」
「……なるほど。で?」
「最近、兄が出入りするようになった夜の遊び場があるんですが、そこで出会った女性と関係を持ち……相手を妊娠させたんです。その相手が、うちの敵対派閥のご令嬢だったんですよ」
「うん、バカだね」
それ以外、コメントのしようがない。
きっと、その出入りしていたという遊び場自体が、あまり品のよろしくなく、ダルメオの地位からしたらもみ消せる相手しかいない場所だったのだろう。
だからこそ油断していたに違いない。
でも、これだけ遊び人だとバレている彼の事だ。もしそういう場に出入りしていると知られれば……あわよくば関係を結んで妻の座につこうとか、強請すろうとする輩が現れるのは十分考えられる。
それを計算に入れずに遊んで、案の定手を出したら不味い相手に手を出してしまい、あまつさえ子供まで作ってしまったとなれば……最早バカとしか言いようがない。
「正直、俺もバカだとしか思えませんよ。しかも、それを父上や相手の派閥のトップに知られない為に、おそらく家の金にも手を出してると思うんですよね~。兄上がやったという証拠まではまだ掴めてませんけど、帳簿を改ざんした形跡は既に見付かってますし、それが出来る可能性がある人物は限られますから」
「もう、そのままラオネル公爵に報告したらどうだい? 流石にこれはもう公爵も救いようがないと思うよ」
自分でバカをやって、その後始末の為のお金を実家から持ち出す。
この時点で既にアウトとしか言いようがない。
ダルメオは人間として紳士としては最悪だが、能力は並か上の下位はあるかと思っていたんだけれど、この評価は下方修正した方が良さそうだね。
「俺もそう思いはしたんだけど……父上の『長男に爵位を相続させる』というこだわりはなかなかのものだから、出来ればここで後もう一押し……念には念を入れてきちんとした証拠を揃えてから話を持って行きたいところなんですよね」
チャールズが顎に手をあて、悩むような表情を浮かべる。
「まぁ、中途半端な状態になれば、それこそラオネル公爵が心配しているように、家族内での血みどろの相続争いに発展……なんて事にもなりかねないし、慎重に進めるならそれはそれで良いんじゃないかい? そもそも、その状況なら証拠もすぐに揃うだろう?」
「それが、金の持ち出しについては何とかなりそうなんですけど、隠し子や敵対派閥の令嬢の妊娠についてはまだちょっと微妙な所という感じなんですよね。兄上は口が上手いので相手の女性達も兄上を思う気持ちを持っていて……証言を取るにしても、ガードが固くて。多分、俺が調査している事が兄上に知られれば今以上にガードが固くなるか……最悪証拠隠滅なんて事もあり得るかと」
「証拠隠滅……。自分の子を産んでくれた女性と我が子を?」
相手の女性が証言したところで、「嘘を吐いている」と言い張れるかもしれないけれど、疑いの目が向くのは確かだろう。
そうなる前に証拠隠滅をはかるとなれば……良くて、相手の女性や子供を地方に送り、姿を晦ませる。最悪の場合は……考えただけで憂鬱になる結果だね。
本当に最悪だ。
「自分の兄ですから、そこまではしないと思いたいですけれど……我が身可愛さにないとは言えない選択だなと。そうさせない為にも、相手の女性や子供を保護しつつ、きちんと兄上に責任を取らせる形に持っていきたいんですよ」
「まぁ、確かに妥当な判断というところかな」
被害者である相手が加害者を信じ切っているというのが厄介だな。
これが俗に言う「恋は盲目」というやつなのだろうか?
相手の女性も、ダルメオのせいで苦労しているのだから、現実を見て怒れば良いものを。
申し訳ないが私にはその考え方は理解が出来ない。
「下準備は入念にこっそりと。動く時は一気に徹底的に……が理想的という事だね」
「そういう事です。下手に家の人間を動かすと、同じ家の人間である兄上に気付かれる可能性が高まるのが余計に厄介なんですけどね」
チャールズが深く溜息を吐く。
身近な人間であれば、色々と探れる機会は増えるだろうが、一方でこちらの動きもバレる可能性が高くなる。
自分の手先として使える人間も重なる可能性が高いだろうし、そうなった時にその人物が本心ではどちらの味方なのかを見抜いて動かないといけない。
読みを間違えれば、敵にみすみす情報を渡す事になってしまう。
……まぁ、チャールズならそんなへまはしないだろうし、大丈夫だとは思うけれどね。
何と言っても、私の側近として動く事が出来る位には優秀だから。
「それで私には何をして欲しいの?」
単純にこれから起こる事を知っておいて欲しいというだけの事であれば、話はこれで終わりだ。
チャールズは私に頼らなければ何も出来ない人間ではないから、そういう可能性もあるだろう。
でも、念の為に今後の方向性については確認しておいた方が良いに違いない。
「今はこれといって何かして欲しいというわけではありませんが……強いて言うなら、女性陣にはこの事を黙っていて欲しいという感じですかね。あ、あと、人手が必要になりそうだったら、その時は誰か……クールガンあたりを貸してもらえると助かります」
「まぁ、今回の件については内容が内容だから、女性陣には……特にティアには聞かせない方が良いだろうね」
ダルメオの素行については、バーティアを含め彼女の友人達も知っているだろうけど、隠し子の存在や、もしかしたらそれを隠蔽する為に母子ともに始末する可能性もある……なんていう物騒な話を耳に入れるのは躊躇われる。
特に実際子供をその身に宿しているバーティアにとっては、ショックな内容だと言えよう。
彼女は心優しく感受性も豊かな人だから、人の痛みを自分の事に感じて悲しむのが目に見えている。
心身ともに大事にしたい今の時期だからこそ、余計に耳に入れずに済むならそうしておきたい。
ついでに言うと、話が彼女の耳に入った途端に、事前準備も何もしないまま突撃してしまう可能性があるのも心配だ。
彼女なら力技で何とかしてしまいそうな気もしなくもないが……今回は、『何とかなる=ダルメオに制裁が下る』というのは確実だから、逆上した彼がバーティアに危害を加える可能性が出てくる事は十分に考えられる。
妻の暴走を温かく見守るのが趣味の私ではあるが、流石にそんな危険な状態に陥るのを看過する事は出来ない。
「クールガンについては……自分で交渉したら良いよ」
ずっと無言で私達の話を聞いていたクールガンを視線で指し示す。
彼は無言で掛けていた眼鏡をカチャッと押し上げた。
その場ですぐに断らないあたり、必要であれば力を貸す気でいるのだろう。
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