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それぞれの成長 パーティー編
閑話 秋一期二十二日の奇跡
しおりを挟む秋一期二十二日。
雷雲が空を覆ったその日、リンドウ邸の庭に一家が集合していた。
皆一様に空を見上げている。
「なんや、あれ?」
「分からん。あんなものを目にするのは初めだ」
「影、ですね」
スミレの言葉に、空を見上げたまま、サツキが頷く。
「変な気配なのじゃ」
「そうなのです。でも、怖くないのですよ」
最初に気づいたのは、シラセの二人だった。探知に感じたことのない気配が入り込み、それを一家全員に知らせて回り、庭に出た次第である。
空には厚い雲が広がっているが、リンドウ邸の真上にだけ、雲の向こうに何かがあるような丸く濃い影が現れていた。
やがて、その影の中央にある雲が筒状の光に貫かれ、リンドウ邸の庭に降りる
「ウイナ、サイネ、サツキ! わしの後ろに!」
リンドウが声を荒げて指示を出す。名を呼ばれた子供たちは言われた通りに素早く行動する。リンドウ、スズラン、スミレの三人は光の筒を囲うように位置取り身構える。
間もなく、その光の筒の中を通って、上空から巫女服を着た長い黒髪の少女がゆっくりと降りてきた。顔立ちは整っており柔和、体つきは小柄で華奢。細腕の中に三毛猫を抱いている。それはイノリノミヤ神教の伝承に伝わる、イノリノミヤの姿そのもの。
「まさか……⁉」
最初に呟いたのはスズランだった。目を剥いて、信じられない思いを吐露する。
「イノリノミヤ、様……⁉」
リンドウとスミレも息を飲む。
言葉には出さなかったが、二人もスズランと同様に感じていた。
異常なまでの強さと、包まれるような優しさ。
ウイナ、サイネ、サツキもまた、それがイノリノミヤであると感覚で理解していた。
そして、それは間違っていなかった。イノリノミヤ、降臨の瞬間であった。
間もなく、イノリノミヤはやんわりとリンドウ邸の庭に降り立った。それと同時に、光の筒が上空に向かうようにして消え去る。
イノリノミヤの腕の中で、三毛猫がみゃあと鳴く。その首輪に付けられた向日葵のチャームが鈴と共に揺れる。チリン、と涼しげな音が鳴る。
「なんや、ミィちゃん、遊びたいんか。そかそか。そうやなぁ、そういえば地上は初めてやもんなぁ。分かった、なら行っといで。あんまり汚したらアカンよ」
イノリノミヤの腕の中から三毛猫が飛び出し、リンドウ邸の庭に降り立つ。そして鈴の音涼やかに、尻尾を立てて闊歩しだした。だが、その場の誰一人として三毛猫には目を移すことができていなかった。皆、イノリノミヤに釘付けになっている。
「あ、あのう、イノリノミヤ様、ですか?」
一家の大黒柱であるリンドウが怖ず怖ずと訊ねる。すると、イノリノミヤがくるりと回転し、ピースサインを目元に当てる可愛らしいポーズを決めた。
「どうもー、インドア系ネットアイドルのイノリンでーっす! 今日も楽しく配信してくんでよろしくねー! 荒らしはお断りだよー!」
リンドウ一家、唖然。静寂に包まれた庭に、やや強めの風が吹いた。
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