5 / 7
第一章
5
しおりを挟む
大学の仲間たちと飲み会が行われた。
最近お酒が飲めるようになった私は、まだ自分の限界を測れないでいた。
ちびちびと飲んでいたはずなのに、気付けば酔いつぶれてしまった。
「……」
「モカちゃん、目が据わってるね。誰かにお迎え頼んだほうがいいんじゃない?」
幹事の絵里ちゃんが水の入ったグラスを渡してくれる。
彼女は面倒見の良い子で、いつも助かっている。
「ありがとぉ~」
頬がだらしなく緩んでしまう。
「うーん、これは危険。男に送らせたら狼になっちゃう。……モカちゃん、ご家族は?」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃんがいるのね。お兄ちゃんは迎えに来てくれる?」
「う~ん、宙は引きこもりだからなぁ!」
「おお、まさかのカミングアウト! じゃあ、ソラさん?は無理だね」
畳の上に落ちていたスマホを渡される。
「他に連絡できる人いる?」
「……」
連絡? 誰に? ……うーん?
何だか眠くなってきた。
「おーい」という絵里ちゃんの声は聞こえるけど、まぶたが重い。
「……しょうがない、あの人を呼ぶか。酔わせ過ぎて怒られないといいけど」
なんて聞こえてきたけど、頭が回っていないのですぐに忘れてしまった。
* * *
懐かしい匂いがする。
甘くて官能的な香り。
その正体に気付いて飛び起きる。
「……夢、じゃないよね……」
居酒屋にいたはずなのに移動している。
部屋の中は電気がついておらず、窓の月明かりが室内を照らしていた。
スーツの手触りも、家具の配置にも覚えがある。
キングサイズのベッドには私以外おらず、そっと廊下へと続くドアを開けた。
耳をすませると微かにシャワーの音が確認できる。
……今のうちに帰ってしまおう。
なぜ、ここにいるのかは分からないけど、迷っている暇はない。
「鞄がない……」
ベッドルームには見当たらない。
リビングや他の部屋も覗いてみるけど無し。スマホも財布も鍵もないとなれば、宙の家を目指すしかない。
でも、それも徒歩では気が遠くなりそうだった。
「探し物?」
「ひゃあ!」
うろうろと歩き回っていたら、KINGがシャワーを済ませていた。
髪の毛は無造作になっていて水滴がこぼれる。何よりも、その上半身が……
「なんで裸!?」
「エッチ。着替えるから待って」
上着を取りに行く背中には、大きな傷跡があった。衝撃に目を見開く。
まるで刃物で切りつけられたような、赤く膨れた跡。
「それ、どうしたの」
「ん? ああ、半年くらい前にちょっとね」
濁すというよりは、何でもないかのような言い草。
服を着た男は、私の顔を眺めると上機嫌に微笑んだ。
なんだか嫌な予感がする……。
「覚えてないだろうけど、酔っ払ってる時のモカちゃんは俺の名前を何度も呼んでいたんだよ」
「……」
全く記憶にない。
あっても思い出したくないけど……。
「素面の時も呼んでよ」
「……嫌」
「荷物、返してあげないよ?」
やっぱり隠されていたんだ。
名前さえ呼べば返してくる。でも、それを口にするのが怖い。
情報屋のKINGにとって、名前は重い意味がある。軽々しくは扱えない。
「ほら」
急かすように催促され、鞄が戻ってこないよりマシであると自分に言い聞かす。
ぼそっと喋る。
「……環」
「うん」
嬉しそうに微笑まれると、息が詰まりそうになる。
気まずさに目を伏せてしまう。
……そんな顔をしないでよ。
「モカちゃん」と名前を呼ばれた。
「なに?」
「君は気付いていないかもしれないけど」
「え?」
「ここでは口調が緩むんだね」
ハッとして、口を閉じる。
本当に?
「この部屋を手放さなくて良かったよ」と言って、喉を鳴らして笑っている。
私は愕然とする。
「おかえり、モカちゃん」
「……私は、帰ってきたつもりなんて……」
「まだ拗ねてるの?」
まるで私が駄々をこねているみたいに言う。
でも、どっちが駄々をこねているの?
「……帰る」
「今日は泊まっていきなよ。終電は止まったし、俺はもう寝るから送れない」
「うそつき」
「何も嘘はついてないよ? 朝になったら、鞄は返してあげるから。……おいで」
ベッドルームのドアが開かれる。
真ん中に置かれたベッドに環は腰掛けた。
「モカちゃん」
来い、というニュアンスが含まれた言い方。
じっと見つめられると捕食者になった気分だ。後退る。
「一緒に寝るの?」
「手は出さないよ」
「……ソファーとか」
「ダメ。広いんだから、ここでいいでしょう」
視線だけで、私の意思を奪い取ってしまう。
「本当に俺はすぐ寝るから。疲れてるんだよ」という言葉に、そろりと足を踏み入れた。
近づくほど動悸が激しくなる。
ベッドの中に潜り込むと、布団をかけてくれた。
「おやすみ、モカちゃん」
本当に眠かったようで、環は背中を向けて寝息を立て始めた。
こんな姿は初めて見たかも。
疲れているなら、私の相手なんてしなくていいのに。
「環さん」
名前を呼んでみても反応はない。
安心したような寝顔だ。
「……」
そっと、環の服を捲くり上げてみる。
中央部分へと指を這わせてゆく。
気になっていた傷跡は、こうして見ると痛ましい。
私の知らないところで環は何をしていたの?
――その質問は、できそうになかった。
最近お酒が飲めるようになった私は、まだ自分の限界を測れないでいた。
ちびちびと飲んでいたはずなのに、気付けば酔いつぶれてしまった。
「……」
「モカちゃん、目が据わってるね。誰かにお迎え頼んだほうがいいんじゃない?」
幹事の絵里ちゃんが水の入ったグラスを渡してくれる。
彼女は面倒見の良い子で、いつも助かっている。
「ありがとぉ~」
頬がだらしなく緩んでしまう。
「うーん、これは危険。男に送らせたら狼になっちゃう。……モカちゃん、ご家族は?」
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃんがいるのね。お兄ちゃんは迎えに来てくれる?」
「う~ん、宙は引きこもりだからなぁ!」
「おお、まさかのカミングアウト! じゃあ、ソラさん?は無理だね」
畳の上に落ちていたスマホを渡される。
「他に連絡できる人いる?」
「……」
連絡? 誰に? ……うーん?
何だか眠くなってきた。
「おーい」という絵里ちゃんの声は聞こえるけど、まぶたが重い。
「……しょうがない、あの人を呼ぶか。酔わせ過ぎて怒られないといいけど」
なんて聞こえてきたけど、頭が回っていないのですぐに忘れてしまった。
* * *
懐かしい匂いがする。
甘くて官能的な香り。
その正体に気付いて飛び起きる。
「……夢、じゃないよね……」
居酒屋にいたはずなのに移動している。
部屋の中は電気がついておらず、窓の月明かりが室内を照らしていた。
スーツの手触りも、家具の配置にも覚えがある。
キングサイズのベッドには私以外おらず、そっと廊下へと続くドアを開けた。
耳をすませると微かにシャワーの音が確認できる。
……今のうちに帰ってしまおう。
なぜ、ここにいるのかは分からないけど、迷っている暇はない。
「鞄がない……」
ベッドルームには見当たらない。
リビングや他の部屋も覗いてみるけど無し。スマホも財布も鍵もないとなれば、宙の家を目指すしかない。
でも、それも徒歩では気が遠くなりそうだった。
「探し物?」
「ひゃあ!」
うろうろと歩き回っていたら、KINGがシャワーを済ませていた。
髪の毛は無造作になっていて水滴がこぼれる。何よりも、その上半身が……
「なんで裸!?」
「エッチ。着替えるから待って」
上着を取りに行く背中には、大きな傷跡があった。衝撃に目を見開く。
まるで刃物で切りつけられたような、赤く膨れた跡。
「それ、どうしたの」
「ん? ああ、半年くらい前にちょっとね」
濁すというよりは、何でもないかのような言い草。
服を着た男は、私の顔を眺めると上機嫌に微笑んだ。
なんだか嫌な予感がする……。
「覚えてないだろうけど、酔っ払ってる時のモカちゃんは俺の名前を何度も呼んでいたんだよ」
「……」
全く記憶にない。
あっても思い出したくないけど……。
「素面の時も呼んでよ」
「……嫌」
「荷物、返してあげないよ?」
やっぱり隠されていたんだ。
名前さえ呼べば返してくる。でも、それを口にするのが怖い。
情報屋のKINGにとって、名前は重い意味がある。軽々しくは扱えない。
「ほら」
急かすように催促され、鞄が戻ってこないよりマシであると自分に言い聞かす。
ぼそっと喋る。
「……環」
「うん」
嬉しそうに微笑まれると、息が詰まりそうになる。
気まずさに目を伏せてしまう。
……そんな顔をしないでよ。
「モカちゃん」と名前を呼ばれた。
「なに?」
「君は気付いていないかもしれないけど」
「え?」
「ここでは口調が緩むんだね」
ハッとして、口を閉じる。
本当に?
「この部屋を手放さなくて良かったよ」と言って、喉を鳴らして笑っている。
私は愕然とする。
「おかえり、モカちゃん」
「……私は、帰ってきたつもりなんて……」
「まだ拗ねてるの?」
まるで私が駄々をこねているみたいに言う。
でも、どっちが駄々をこねているの?
「……帰る」
「今日は泊まっていきなよ。終電は止まったし、俺はもう寝るから送れない」
「うそつき」
「何も嘘はついてないよ? 朝になったら、鞄は返してあげるから。……おいで」
ベッドルームのドアが開かれる。
真ん中に置かれたベッドに環は腰掛けた。
「モカちゃん」
来い、というニュアンスが含まれた言い方。
じっと見つめられると捕食者になった気分だ。後退る。
「一緒に寝るの?」
「手は出さないよ」
「……ソファーとか」
「ダメ。広いんだから、ここでいいでしょう」
視線だけで、私の意思を奪い取ってしまう。
「本当に俺はすぐ寝るから。疲れてるんだよ」という言葉に、そろりと足を踏み入れた。
近づくほど動悸が激しくなる。
ベッドの中に潜り込むと、布団をかけてくれた。
「おやすみ、モカちゃん」
本当に眠かったようで、環は背中を向けて寝息を立て始めた。
こんな姿は初めて見たかも。
疲れているなら、私の相手なんてしなくていいのに。
「環さん」
名前を呼んでみても反応はない。
安心したような寝顔だ。
「……」
そっと、環の服を捲くり上げてみる。
中央部分へと指を這わせてゆく。
気になっていた傷跡は、こうして見ると痛ましい。
私の知らないところで環は何をしていたの?
――その質問は、できそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる