アシンメトリーの蠱惑(連載)

音央とお

文字の大きさ
4 / 11

しおりを挟む
映画館を出た私達は、何事もなかったかのように手を離して別れた。ただ、私の連絡先に煌大先輩の名前が増えただけだ。

​美化委員会の水やりの日、久しぶりに裕人先輩と顔を合わせた。花壇の前までやって来たのだから、わざわざ会いに来てくれたのは明白だった。

​「前野さん」

「お疲れさまです、裕人先輩」

「……やっと会えた。今日は一緒に帰らない?」

​制服の白いシャツが似合う爽やかさで、裕人先輩は微笑んだ。

​「ごめんなさい。まだ色々やることが残っていて。先生から資料作りも頼まれているので、数時間掛かるかも」

「待つよ、それくらい! なんなら手伝うし」

「それは申し訳ないので……」

​俯きながら謝れば、裕人先輩は慌てたように「ごめん!」と叫んだ。
その様子は、今にも枯れてしまいそうな花のようだった。

​「君を困らせたいわけじゃないんだ。真面目に仕事をしているのに、わがまま言ってごめん」

「また今度、時間を取るので待っていてもらえますか」

「うん! いつでも連絡して」

​元気を取り戻したように背筋を伸ばし、裕人先輩は生徒会室の方へと戻って行った。

それを静かに見送った私は、校舎の中へと移動する。
職員室に寄ってパソコンを借りてこないと。

​夏休み特有の静かな廊下を歩いていると、横から伸びてきた手に腰を抱かれた。
……既視感。

​「……それ、セクハラって言われませんでした?」

「そうだった。また、お詫びをしないと」

​そのまま空き教室に連れ込まれた私は、煌大先輩の瞳を見つめる。

​「今日も綺麗です」

「本当に物好きだね。こんなもの、気味悪がられることのほうが多いのに」

​そう語る先輩は寂しそうで、私は背伸びをしてその口を塞ぐ。
……もうそれ以上は言わないで。

​「夕奈ちゃんって……キスすれば、俺が黙ると思い込んでない?」

「口答えするなら、またしますけど?」

「まいったなぁ。何も言えなくなる」

​全然そんな様子もなく、煌大先輩ははにかんだ。

なかなかお互いの予定が合わない私たちは、こうして僅かな時間に会っていた。
廊下から見つからないように、並んで死角に座る。

​「生徒会長って夕奈ちゃんのこと好きなんでしょう? 知り合いから聞いたけど」

「どこでそんな噂が……」

「夕奈ちゃんは特進科の才女って聞いた。二人はお似合いだって」

「拗ねてくれるんですか?」

​顔を見れば一目瞭然だった。
……こんなに素直だとは思わなかった。
こちらのほうが照れてしまい、顔を背ける。

​ふいに先輩は呟いた。
思いついたことをそのまま、口にしてしまったような軽さで。

​「こんなに違うと、罪悪感みたいなものを感じるなぁ……」

​それは、冷や水を浴びせられたような気分になる。

そんなに煌大先輩と私は違う存在?

もし……もし、私が月奈みたいに普通科の後輩だったら、そう思わなかった?

​月奈に負けた気分になって、それはとても口にできなかった。キスなんてされなくても、私の口はいつでも閉じられてしまう。

​もうとっくに、いい子なんかじゃなくなってるのに……。


​*   *   *


​また父と食卓を囲むことになった。

今回は誰も喋ろうとしなかった。この場に月奈がいたから。
相変わらず父の好物ばかりが並び、普段の献立とは品数が圧倒的に違う。

​……昔は、月奈がそれを喜んでいたこともあった。

父がいればご馳走を食べられると無邪気に喜んでいた。今は、顔色一つ変えずに口に運んでいる。

​3人の時はつけないテレビをつけ、ちっとも笑えない空気の中に第三者の笑い声が聞こえてくる。

​「……ねえ」と月奈が箸をテーブルの上に転がしながら、口を開いた。
乱雑に転がった箸は、私の膝の上に落ちてきた。

​「こんなにお通夜みたいな空気で食べるならさ、私の分は用意しなくていいよ。お金さえくれれば、外で食べてくるし」

​夏休みを自由な時間と思っているのか、日に日に月奈の容姿は校則からはみ出していく。長く伸ばし、真っ赤に塗られた爪が、テーブルを叩いた。

​「せっかく顔を合わせたんだし、お小遣いちょうだいよ、パパ」

「高校生の小遣いの範囲内で渡してある。これ以上はダメだ」

「それがしけてるって言ってるんでしょう? ……この真面目ちゃんと違って、私はお金が掛かるの。友達が多いから」

​月奈の怒りの矛先は私に変わったらしい。
箸を置いて俯く。

ふいに叩かれることがあるから、奥歯を強く噛んでおくのは癖になっていた。

​「どうせ、学校と塾しか行ってないんでしょ、アンタは。そんな人生の何が楽しいの? ……ああ、私たちみたいな底辺を見下すのが楽しいのかな? 最低じゃん」

​両親は何も口を挟まない。
私だって、嵐が去るのを待つべきだ。でも、

​「……そんなこと思ってない」

​それは否定したかった。底辺とかそんなこと思ってないし、関係ない。

​「勝手に決めつけてるのは、あなたたちじゃない!」

「夕奈?! どうしたんだ?」

​父が驚いたように反応を示した。
こんな私は意外だったようだ。

​「私は間違えたことを言ってるつもりはない。見下すとか、そんな感覚で考える方が最低だよ」

​睨むように月奈を見つめると、手を振り下ろされた。

「月奈! やめなさい!」と父が叫ぶも、止まるはずがない。

​「やだ……!血が出てるじゃない!」と母が口元を押さえて青ざめた。

伸ばされた爪によって、頬を引っ掻かれたらしい。ズキズキと傷が痛む。

​「フン! みんなして、夕奈のことばっかり。こんな家、大嫌い!!」

​月奈はそのまま家を飛び出した。
両親とも追いかける素振りを見せず、私の頬を心配する。

​「傷が残ったらどうするの……。顔に傷がある女なんて価値が下がるのに」

​母の言葉にゾッとした。
こんな時に心配するところが、そこ……?

​「ごめん、気分悪くなってきたから、もう寝るね」

​ふらりと立ち上がり、自分の部屋へと向かう。

​「ちゃんと手当てするのよ。必要だったら病院に行くから」

「……うん」

​月奈が思っているほど、私はこの家で立場なんてないんだよ。
それをあの子が気付く日は、来ないと思う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※完結まで毎日更新 ※全26話+おまけ1話 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

処理中です...