アシンメトリーの蠱惑(連載)

音央とお

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傷跡は絆創膏で済ませようとしたら、母に必要以上に大きなガーゼを貼られてしまった。
嫌に目立つ頬は、どこに行っても注目されてしまう。

だから、一ヶ月ぶりに会った真子は大騒ぎをした。

「その怪我どうしたの?! いつ怪我したの? ちゃんと病院に行った?」

カフェの中だから静かにしてほしい。
幸いにもそんなに混んでいないから良かったけれど。

「ちょっと転んじゃって」

「跡が残らないといいけど……」

心配そうに見つめられて、居心地が悪い。大したことないんだけどなぁ……。

「必要なら医者を紹介するから。親戚筋に皮膚科医や美容外科医もいるから」

こういうことをさらりと言ってしまえるのが凄い。
本当に医者一家なのだと思い知らされる。

「……ところで、用事って何?」

真子は忙しいはずなのに、呼び出すなんて不思議だった。
三日月のように歪んだ口元に、嫌な予感がした。

「合宿とか頑張ったから、親が旅行に連れて行ってくれることになったの。ちょうど兄貴たちも帰省していて、家族みんなでハワイに行こうって」

「それは、すごいね」

「夕奈も一緒に行こうよ!」

「……え?」

ストロベリーティーのグラスに添えていた私の手を、真子は包み込んだ。

「チケットはどうとでもなるし。実はハワイにお祖父さまが移住していてね、誕生日会をするから裕兄のご両親も後から来るらしいよ。いい機会だから顔を合わせてみたら?」

「真子、それは……」

「おばさまにも夕奈のことを話してるんだけど、控えめなところも良く思われているみたい。何よりも、裕兄の気持ちを知ったら大賛成するしかないっていうか」

「待って」

「裕兄のお家は向こうに別荘があるし、費用の心配とか全然大丈夫。もちろん裕兄がいるから、現地の案内もしてくれるよ。夕奈の親御さんには私から話してもいいから」

「待って!」

ちっとも聞いてくれないから、大きな声を出してしまった。
周囲の視線を感じて居た堪れない……。

「大きな声を出して、びっくりするじゃない」

「だって、無理だよ。そんなの」

「なんで?」

丸縁眼鏡の奥の目が、笑っていない。
……真子は真剣に話しているんだ。

「私は一緒に行けない。……パスポートだって持ってないし」

「ええ! パスポート持ってないとかあるの?」

珍しいことではないはずなのに、真子の基準では信じられないことのようだった。
大袈裟なほどの反応を見せられる。

「夕奈の家庭って変わってるんだね」

「……」

「……やっぱり、あの姉がいるくらいだし、変なんだね」

また月奈のこと……。
頬の傷が一瞬、疼いた気がする。

うちが変わっているのは事実だ。
家族旅行なんてまともに行ったことがないのだから。パスポートを必要とするはずがない。

「あは……。そう、だね。裕人先輩には不釣り合いなんだよ、私なんて……」

だから、諦めてほしい。
私と裕人先輩をどうにかしようなんて。

しかし、真子は食い下がらなかった。

「それは別じゃない? 結婚したら長谷川の家に入るわけだし、あの姉とは縁を切ればいいだけ」

「……真子?」

「何よりもさ、裕兄みたいな素敵な人の気持ちを弄ぶとかないよね?」

鈍器で殴られたような気分だった。
真子の中では裕人先輩の気持ちが最優先で、私の事情なんてお構いなしだと突きつけられたから。

……私たちは、表面上は友達のはずなのに、友達じゃない。

それが痛いほど分かって、泣きたくなった。

「夕奈、どうしたの?」

真子の爪が、手の甲に突き刺さる。脅すつもりがありありで、酷く痛んだ。
以前の私だったら、波風を立てないようにしただろう。

でも、今は違う。

顔を上げ、真子の目を見る。
思い出してしまう左右非対称の瞳とは全然違う、どこにでもいる色。

「裕人先輩と、そういう付き合い方はできない。私は……真子の代わりじゃないから」

息を呑んだ気配がした。
真子の目に怯えが混じる。
……ごめん、触れられたくない部分だったよね。でも、どうせもう戻れない。

「真子が私に求めているのは、真子がなりたかった姿だよね。誰もに認められて、裕人先輩に好意を寄せられて、彼のお嫁さんになるっていう」

「……なんで、そんなこと言うの! 違う!」

真子の爪がより深く刺さった。
でも、絶対に顔を歪めてなんかやるもんか。

「違わない」

ずっとそばにいたから、私は知っている。

「真子が先輩のこと、好きなの気付いてた」

ガリっと、甲を引っ掻かれた。
……最近、こういうのばかりだ。

「……違う! 違うけど、気付いていたなら……なんで?! 私のことをずっと笑って見ていたの?!」

「そうじゃない」

「笑って見ていたってことでしょう! 私のことを見下していたんだ! 可哀想って思ってた? 夕奈がそんな最低な人間だとは思わなかった!!」

「そんなこと言ってないでしょうが!」

ドンッ、とテーブルを叩く。

流石に真子は暴走を止めた。
普段怒らない私の変貌ぶりに、戸惑っているのが分かる。

「……ちゃんと見てくれなかったのは、真子のほうじゃない。私は真子と友達になりたかった。恋だって応援したかった」

唇を噛む。ここで泣いたら、卑怯になってしまう。

「……」

放心状態のように、真子は口を閉ざした。もうこれ以上は不毛な言い争いになる。

それに気付いて、私は真子の前から消えた。


*   *   *


吉光煌大

スマホの画面に表示した名前と、手の甲の傷を交互に眺めた。
こんな状態で「会いたい」なんて甘えたら、ダメかな……。

いつの間にか足は、先輩に声をかけたことがある公園に向かっていた。
日が暮れてきたこともあり、サッカーをしている少年たちの姿があった。

バイト中かもしれないし、寝ているかもしれない。
煌大先輩の生活リズムがわからないから、迷惑なんじゃないかとばかり考えてしまう。

「先輩のこと、知らないことばかりだ」

改めて考えると、本当に僅かなことしか知らない。
もしかしたら付き合いが長い分、月奈のほうが知っているのかも……。

“この子のほうが腰が細いと思う”

出逢った日の、あれは何だったんだろう。ずっと引っかかっていた。

煌大先輩は、月奈のことを――抱いた?

あの美しい瞳を一身に向けて、私の片割れをどう扱ったのか。

「……想像したら、イライラする」

思わず声に出て、悪い感情だなぁと苦笑する。
過去を変えることなんてできないけれど、私だけが知らないのは許せない、かも。

嫉妬心だけが原動力となり、私は発信ボタンを押していた。

「もしもし、夕奈です。……これから会いに行ってもいいですか?」


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