アシンメトリーの蠱惑(連載)

音央とお

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月奈の行方が判明したのは三日後のことだった。
煌大から連絡をもらった私は、塾へと向かっていた足を反対方向に走らせた。

「煌大! 月奈は?!」

向かったのは歓楽街の中にあるカラオケボックスで、ビルの入り口に煌大が立っていた。

「友達と中にいる」

「よく見つかったね」

この三日間、なかなか見つからず焦っていた。
どうやら他校の知り合いのところにいたようで、煌大も知らない人だと言う。

「俺が探しているって噂を聞いて、連絡を取ってきたらしい」

「……」

煌大《・・》だからこそ見つかったのだと思うと、胸がざわついた。
やっぱり月奈にとっても煌大は特別なんだ。

「煌大はもう会ったの?」

「まだ」

「一緒に行かなくてもいいんだよ」

会わせたくなかった。
きっとまたベタベタと触れるだろう。
月奈の感触や匂いを、煌大に残したくないと思った。

「行くよ。……そんな顔をしてるのに、放っておけるわけないだろう」

「そんな顔?」

嫉妬に狂った表情でもしている?
……煌大に見せられるようなものじゃないもの。
そんな心配が頭を過ったけれど、聞かされたのは違う言葉だった。

「心細そうな顔をしている」

「……」

「隣にいさせてよ」

眉を下げながら、煌大は小さく笑った。心配されているのが伝わった。

「隣にいるだけじゃなく、手も繋いでいてくれる?」

「うん」

無骨な手が差し出される。
ゆっくりと指で触れれば、しっかりと絡み取られた。それだけで鼻の奥がツンとした。

私の持て余しそうな感情など知らず、煌大は真っ直ぐに心配してくれている。
……この手を失いたくない。

私の中で煌大の比率はどんどん膨らんでいく。
それが「ダメな女」にされていくようで怖くもあるけれど、同時に息が楽になるようだった。煌大がいないと生きていけなくてもいい。
もう、そうなっている。

だから、月奈なんかに触れさせない。

ビルの中に入り、受付ロビーに向かっていると、どんな嗅覚かと思うタイミングでグラスを持った月奈が立っていた。
不意打ちに息を呑んだけれど、それは向こうも同じこと。

煌大と繋がれた手を見つめ、月奈の表情が歪んだ。
どうしてここに私がいるのか、そんな些細な疑問など、もう不要だ。

「月奈、外に行こう」

煌大が声を掛けた。店員からの視線に気付いた月奈は、黙って付いてきた。
ビルの路地裏に移動した途端、月奈は口を開いた。煌大に向けた、甘い声色で。

「びっくりしましたよ、煌大さん。妹と知り合いだったんですか?」

「ああ」

「ふーん。でも、ちょっとベタベタしすぎじゃないですか? いくら煌大さんが他人との距離が近いからって、誤解されかねないですよ」

「……誤解?」

「妹は真面目ちゃんなんで、誤解させないようにそれ・・やめたほうがいいです。……夕奈も早く離しなよ」

ギロリと睨まれる。
でも、従わない。従う理由なんてないから。

「夕奈とは付き合ってる。誤解でもなんでもない」

煌大の言葉に、月奈の笑顔が消えた。
その瞬間から、ピリッとした空気に包まれた。

「……ふーん。たまには、いい子ちゃんを味見したくなったとかですか? 趣味が悪いですね、先輩?」

こてん、と首を傾げ、嘲笑うように月奈は言葉を並べていく。

「どうせすぐ飽きちゃいますよ。妹は本当に面白みもないし、生徒会長みたいなのがお似合いです。遊び方も知らないような女に手を出したら、大変なのは煌大先輩ですからね。さっさと別れたほうがいいですよ?」

煌大はムッとしながら言い返した。

「遊びのつもりなんてあるわけないだろ」

繋いだ手に痛いくらい力が込められて、まるで「誤解をするな」と言われているようだった。
煌大の顔を見上げながら、私は熱い息を漏らした。

「……何よ、その顔! 優等生のアンタがそんな顔をして、煌大先輩のことを誑かしたの?!」

月奈が声を荒らげた。
煌大の前で取り繕う余裕もなくなってきたようだ。

「昔からそうだもんね。大人の顔色ばっかり読んで、相手のことを誑かす。なんでみんな騙されるのよ!」

髪を振り乱し、感情のままにしゃべり続けている。
向けられた悪意が痛くないわけではない。でも、怖いとは思わなかった。

「見た目はほとんど同じなのに! みんな、夕奈夕奈夕奈! なんで、なんでなのよ?!」

静かに煌大はため息を吐いた。
月奈は目を見開きながら、次の言葉を聞いた。

「お前と夕奈は違うよ」

左右非対称の色をした瞳の中に、私が映る。

「二人に何があったかは知らない。どっちが悪いかなんて俺には分からない。でも、俺は夕奈を選ぶ。他人がどうであれ、俺に必要なのは夕奈。それだけだ」

私が求められる時はいつも、月奈が基準だった。
「月奈より正解に近いから」選ばれてきた。
けれど今、初めて基準が私自身になった。

「私がいいの?」

「当たり前だろ」

「そう……」

締まりのない口元をしていると思う。
煌大のせいだから仕方がない。

月奈に目を向けると、うつむいてうなだれていた。煌大の選択は、彼女にとっても大きな衝撃だったようだ。

「……なあ、何か用事があったんじゃないのか?」

思い出したように問われ、大事なことを忘れていたことに気づいた。

「月奈」

「……なによ」

「これ、あなたのだよね」

ポケットの中から取り出したピアスを見て、月奈は目を逸らした。

「私には謝らなくていいよ。でも、みんなにはちゃんと謝ってね」

あの花壇は私の物じゃない。
美化委員会のみんなで大切に育てたものだった。罰はちゃんと受けてもらう。

「……分かったわよ」

引ったくるようにしてピアスを取った月奈は、もう何も言わなかった。

私たちはたぶん、ずっと仲が悪いまま。

でも、それはお互い様の結果だから仕方がない。
月奈は私に怒ればいいし、私だってそうする。完全に私たちが離れる日なんて、きっと来ない。
これは一緒に生まれてきた運命だ。

「行こう、煌大」

帰ることを促せば、煌大は頭を撫でてくれた。……なんで?

首を傾げている私を見て、「なんとなく」と笑われ、まあいいかと思った。


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