アシンメトリーの蠱惑(連載)

音央とお

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​夏休み明けのだらけた空気も消えたある日、私は煌大先輩の家のリビングにいた。

訪問するのはもう四度目で、弟の雄大くんとも少し打ち解けたように思う。
ご両親にはまだ会ったことがないけれど、近いうちにご挨拶したい。

​「夕ちゃん、このゲームも面白いよ! やってみよう」

​雄大くんがあれもこれもとゲームのパッケージを見せてくれる。
これまでテレビゲームに触れてこなかった私には新鮮で、一緒に遊んでくれるのは楽しい。

けれど、

​「なんで雄大が真ん中に座っているんだ?」

​ソファに三人で腰掛けている真ん中に雄大くんが収まっているため、煌大先輩が拗ねていた。

​「兄ちゃんは教えるの下手じゃん。プレイは上手いけど、説明できないタイプじゃん」

「……」

​天才肌というやつなのか、煌大は人にどう教えていいのか分からないタイプのようで。
反論の余地を失った煌大は口を閉ざしたけれど、ずっと何か言いたげにしていた。

​二時間ほどゲームをした後、雄大くんは友達に会いに行くと言って出かけていった。
冷蔵庫から飲み物を取ってきた煌大が、不自然なほど距離を詰めてソファに腰掛けてきた。

​「まだゲームしたい?」と、聞いてくる。

​「……もういいかな」

「キスしてもいい?」

「……うん」

​煌大は軽く唇に触れた。
火を点けられた私は、わざと音を立てながら何度もキスをした。
そうすれば余計に興奮した。

熱に当てられたように煌大は髪や首に触れてきて、時々「夕奈」と名前を呼んだ。

​「煌大、もっと……」

「ストップ。理性が持たない」

「やだぁ」

​ぐずぐずになってしまった私と違い、煌大はストップをかけた。
火照った顔をしているくせに我慢強い。

​「もっと煌大と溶け合いたい」

​「……ぐっ」と変な声を出して息を呑んだ煌大は、慌てて私から離れた。

​距離を取られたことで唇を尖らせる。
まだ覚悟ができていないらしい。私は煌大なら、いいのに。

​でも、ぎこちなく目を泳がせる姿を見て、関係を急ぐのはやめておくことにした。
それよりも、やってみたいことがあるんだ。

​「明日の昼食、一緒に食べませんか?」

「いいけど、空き教室とかあるかな」

​記憶を辿っているようだけれど、そんな場所じゃなくていい。

​「食堂に行こうよ。いつも行ってるんでしょ?」

「それは……やめておいたほうがいいと思う」

「なんで?」

​歯切れが悪い。
気まずそうに彼は続けた。

​「俺と夕奈が一緒にいるところは、見られると良くないと思う」

「良くないって? 悪いことなんてしていないよ?」

「……夕奈のイメージが悪くなる」

​これには驚いた。まだそんなことを気にしているの?

​「イメージなんてどうだっていい」

「良くないよ。夕奈は特進科だろう。内申とかあるだろ……」

​真子がよく月奈のことを蔑んでいたけれど、煌大たちが自分を卑下する必要なんてないのに。

​「俺は特にこの見た目だから……。普通にしていようと目立つし、目をつけられる」

「それは、煌大は何も悪くないよ」

「夕奈が誤解されるのが、俺は一番怖いんだ」

​苦しそうに言われたら黙るしかない。
誠実さが伝わってくるから、無下にはできなかった。

​「……夕奈が対等に思ってくれてるのは伝わったから。それは、ありがとう」

​伝わっているなら、なんで隠さなきゃいけないの?

分かんないよ、煌大……。



*   *   *



​煌大の家からの帰り道、月奈と喧嘩になった昔のことを思い出した。

​「いい子ちゃんなアンタなんかが、私の気持ちなんて分からないんだよ」

​月奈が怒って、あの時も私は、煌大に言ったようなことを返したと思う。

​私がもっと「いい子」じゃなくなれば、いいの……?

​そんなことが頭に浮かんだけれど、きっとそれは違うんだろうなと思った。
そんなことをすれば、煌大は自分のせいだと自分を責めてしまいそうだ。

​「ただ一緒にいたいだけなのに……」

​このままではダメだと思う。

すれ違う関係のままでなんて、いたくないんだ。
​どうすればいい?

​こんなに誰かとの関係に悩んだのは、初めてかもしれない。

これまでは誰かに従っていれば、それが正解だった。
でも、もう私は、そこで我慢なんてできなくなっている。


*   *   *


昼休みになった教室。

真子も私も、それぞれ新しいグループで過ごすようになっていた。
けれど、今日はその誘いを断る。

​「どこか行くの? 夕奈ちゃん」

「うん。会いたい人がいるから行ってくるね」

「え?」​「誰?」なんて声が背中越しに聞こえてきたけれど、説明することなく教室を飛び出した。

校舎を結ぶ渡り廊下を越えて、上級生のフロアへ。
​見慣れない下級生が現れたことで注目されている気がする。けれど、その視線に躊躇することなく進んでいく。

そして、たどり着いた。

​「煌大!」

​お腹から声を出して名前を呼べば、彼は綺麗な瞳をこちらに向けて、動きを止めた。
煌大と一緒にいた先輩たちが、不思議そうな顔をする。

​「誰?」

「あれじゃない、月奈の妹」

「なんで煌大のところに?」

​動揺が広がるのが分かったけれど、一番困惑していたのは煌大だった。
「なんで……」と信じられないものを見たようにつぶやいている。

​「会いたかったから、来たんだよ」

​素直に気持ちを伝えれば、煌大は奥歯を噛み締めた。

​「こんなに目立つことをしたら、夕奈が……」

「私が来たいと思ったから来ただけなのに。何かおかしい?」

「……」

​親しげな私たちに、周囲は好奇の目を向ける。
煌大は焦りからか、苛立ちを露わにした。

​「変な詮索するなよ!」

「いや、余計に怪しいわ」

​誰かが口を挟み、煌大は息を呑んだ。もう言い逃れは無理だよ。

​「食堂に行きたいな。みんなで行きませんか?」

​周囲に声を掛ければ、面白がって「行く行く!」と返ってくる。

私は煌大の知り合いどころか、素行不良の一団として食堂に向かうことになった。


​*   *   *


​結論から言えば、煌大の友達は楽しい人たちだった。
今まで触れ合ってこなかったタイプだけれど、私を除け者にせず話題を振ってくれて、「今度一緒に遊ぼうね」とまで言ってくれた。

​「夕奈……。これからどうするんだよ」

​食堂を出ると、煌大は私の手を引っ張り、目立たない校舎裏へとやって来た。
そして、その場にしゃがみ込んでうなだれている。

​「どうもしない。会いたくなったら、また会いには行くけど」

「……俺は止めたのに」

「私は止まりたくなかったの」

​顔を上げた煌大は目を細めた。
じっと見つめられる。

​「俺が夕奈の人生、めちゃくちゃにしたらどうするんだよ」

「そんなことさせないよ」

​即座に否定したから、煌大は片方の眉を上げた。
私はにっこりと笑う。

​「見くびらないで。煌大が思うほど私の立場は弱くないし、これからの人生を大切にするから。あなたのせいでめちゃくちゃにされるほど簡単じゃないの」

​「ははっ」と、乾いた笑い声が聞こえた。

​「……強いな、お前」

「泣きそうになってる煌大よりは強いよ」

「泣いてねーよ」

​ムッと口を尖らせて視線を逸らした煌大は、「悪かった」と小さく呟いた。

​「俺の覚悟が、そこまで伴っていなかった。でも、追いつくから。夕奈の隣に立てるように」

「追いつくとかじゃなく、歩み寄ればいいんだよ」

「……勝手に暴走する女に言われたくないわ、それ」

​酷い言われよう。暴走したつもりなんてないのに。

​「明日も、一緒にご飯食べてくれる?」

「……いいよ」

​こうして私たちは、周知の関係へと変化した。

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